氷雨
大和の都ー平城京
ここは、宮城朝議の間の廊下。
朝から、利成は、女官達に御簾越しに、声をかけられ捕まっていた。
「中将様は、先日、春宮様御前にて、笛をご披露なさって、災難会われたとか…。大変でございましたね」
「あら、でも春宮様の御前で披露された笛は、それは見事だったと、春宮様付の女官が話しておられましたわ」
「「「絶対、私どもにも笛を聞かせてくださいませ」」」
利成は、また笛の話題かと思った。
先日の件以来宮城でも、私的な宴の席でも、『魔笛』の話になり、最後には、春宮様の御前で披露された笛を聞かせて欲しいと言われる。
その為、既に何回も披露して正直うんざりしていた。
「申し訳ないが、明日から、少し休暇を頂いているので…」
「「「まあ、それは寂しいですわ」」」
「では、失礼。」
爽やかな笑顔で答えれば、女官達は見る見る内に「ぽ~~」となってなにも言えなくなっている。
こうして、逃れる様に、その場を後にした。
◇◇◇
翌日
早朝に起き、食事も取らずに都をでる。
人のが、誰も居ない野原で笛を吹く。
すると、蛍のような光が、何処からともなく集まって来て光が一つに集まると、その中から突然、若く美しい女が姿がを現した。
長い伸ばされた、黒髪は、ややくせがあり、所々はねているが、艶やかで美しい。左右の耳の上辺りには、紫陽花の花の様な髪飾りをつけている。
着物も、上等な絹で、うす緑色の小袖の上には、赤紫色の袿を纏い、腰の紐で、裾は足首の辺りまで上がっていた。
容姿は、可憐で優しく穏やかな印象で、よく見ると瞳が月の様な柔らかな金色をしていた。
利成は、笛を吹くのを止めて、女の元へ向かう。
「氷雨逢いたかった」
そう言って、駆け寄り抱きしめる。氷雨と言うのは女の名前だ。
氷雨は、顔を赤らめ恥ずかしいがる。
「と、利成様…。」
「ようやく、休みが三日だけ取れたので…。別荘で、貴方と過ごしたいと、朝、早くから都を出てきてしまいました」
「まぁ、それでは朝食は、どうされましたの?」
「あ~抜いてしまいました」
氷雨は、クスクス笑いながら答えた。
「それでは、別荘で、早めのお昼にいたしましょうね」
「では、別荘に」
そう言って、氷雨の手を取り歩き出した。
別荘は、都を離れた郊外のひっそりした人里離れた場所にある。けして大きな屋敷ではないが、利成が気に入って購入した屋敷だった。
◇◇◇
ー 別荘に着くと氷雨は、食事の用意をするために台所に行ってしまった。
別荘には、普段の管理もかねて、坂神家で以前、下働きをしていた、夫婦に通いで働いてもらっている。
二人は、老齢の親の面倒を見るためひまをもらい、郷里に帰ったものの、村での暮らしは、大変で、幸い別荘から村が近かった為、通いの使用人として働く話をしたら喜ん引き受けてくれた。口も固く、霊力も無く、氷雨の事も人と思い、普通に接してくれた。
しばらくすると、氷雨が食事を運んで来た。
「お待たせいたしました。沢山召し上がってくださいね」
氷雨の作る料理は、素朴で、暖かい家庭料理だ。日頃、屋敷で、料理人達が作る料理とは、また違った魅力がある。
こうして誰かと食事をするのが楽しいという事も氷雨にあって初めて知った。
食事が終わると、二人でゆっくり部屋で過ごしている内に、氷雨と、初めてあった時のことを思い出した。
ーあれは、今から2年前の事…。
この頃は、まだ近衛として出仕したばかりで、地位も低く慣れない日々の連続で悪戦苦闘していた。
そして、初めて帝から、『お役目』を命じられた。
『お役目』には、既に『お役目』に付いていた能力者三人に見習いとして、同行することなった。
財前や高道とは、まだこの時は、一緒に行動していなかった。
都、放れたある山で化け犬が旅人や商人等、次々襲われ餌食になると言う事が起こり、化け犬を退治するために派遣された。
まずは、馬を駆け、山の峠にあると言う訴えて来た村長や、村人に話を聞く事になった。村に着くと変わった様子も無が、村長が迎えてくれた。
「これは、これは、都のお役人様遠い所、ご苦労様でございます」
「うむ。」
「訴えました通りこの山では、化け犬が出て、皆怯えております。幸い村には、襲ってこないのですが…。」
「わかっておる…化け犬を退治するまで、世話になるよろしく頼む」
「ありがとうございます。どうぞ、私めの家はこちらでございます」
こうして、馬を村長の屋敷に預け、山中を探す事になった。
だか、道中で、突然、雲行きが変わり冷たい雨が降り、その上何やら怪しい影が現れた。
巨大な黒い化けい犬が、現れた!
化け犬は、いきなり襲いかかり、一人が喰われた。なんとか、皆で応戦するも、化け犬は、強く、また一人と喰らっわれる!とうとう、利成一人となり、崖っぷちへと追い込まれる。
(最早これまでか…)
その時、突然、化け犬に雷が落ち、その衝撃で崖が崩れ落ち、利成は、崖から落ちてしまった。
ー 目覚めれば、見知らぬ屋敷で寝ていた。
慌て体を起こせば、体のあちらこちらが痛んだ。
「いっ~」
(ここは、どこだ?私は確か…)
思い返せば化け犬襲われ、その上突然目の前に雷が落ち崖から落ちたはず…。
だが、よく見れば、単しか着ておらず、怪我は、手当てされていて、包帯が巻かれていた。
火鉢が置かれ、濡れた利成の着物は、近くに干されていた。
どうやら誰かに助けられたらしい。
屋敷には、明らかに人の気配がある。
「……誰かいないのか!!」
叫んで見ると、襖が開き、女三人が入ってきた。
「良かった。お目覚めになりましたのね」
真ん中の一番美しい着物を着た、若い女が一人声をかけてきた。どうやら、この屋敷の主らしいが、人目見て彼女達が、人ではない事に気がついた。
「これは、また、女神様に助けられようとは…私は、坂神利成と申します。…神仏は、滅多に人前に姿を現したりしないと聞いているが…」
女は、少し困った様な表情になる。
「おしゃる通りですわ。ですが、この山では恐ろしい化け犬が人を喰らって暴れております。弱き人々を救う為、貴方にお力をお借りしく…こうして、姿がを表しました」
私の名は氷雨と申します。
神世の昔に、この大和の地に生まれ、この山々や近くの湖を守護きました。
ある時、人の邪心によって生みだされた、化け犬がこの山に住み付き罪なき人々を喰らっておりました。その頃は、まだ神と人は近しい関係にあり、人と力をあわせて、化け犬をなんとか封印いたしました。
その封印の場所には、社を立て、村人は、代々社を守って参りましたが、最近、その社近くに地方と都を繋ぐ街道が作られ、封印の一部が、解かれてしまったのです。
「そうか、それで化け犬が…元々その化け犬を退治するためにここに来たが、この怪我では…」
「それでしたら、心配いりません。傷口に塗った薬は、どんな怪我も数時間で完全に治してしまう傷薬ですから、お体が痛む様ならこちらも、お飲みください」
そう言うと、隣にいた、女が、丸薬と湯飲みに入った水を差し出した。
「そのお薬で、体の痛みや腫れも
すぐに引きましょう」
「それはありがたい」
差し出された丸薬を飲んだ。
「今夜は、こちらにお泊まりくださいませ。夕食までには、怪我癒えおりましょう。では、夕食まで、ゆっくりとお休みくださいませ」
そう言うと、女達は一礼し部屋を出ていった。
言葉に甘えて再び横になった。
再び目覚めたのは、しばらくしてからだ。
どうやら、氷雨は、側でに着いててくれたらしい。
起きると、氷雨は上着を掛けてくれた。
「お目覚めですか?ご気分は、いかがですか?」
そう問われれば、あれほど痛んだ体は、何ともない。
「ああ、痛みは…引いたようだ…」
正直、驚き、上手く言葉にできない。
「包帯も、ほどいてみましょうか?きっと怪我も癒えているはずです」
包帯をほどいて見ると体には、傷跡すら無くなっていた。
だが、ほどかれた包帯には、血が付いていて、確かに怪我をしていたらしい。
「すごいな。まさに神通力だ!」
氷雨は、子供の様に喜ぶ利成の様子に「ふふ」笑っている。
「さあ、よろしければ、一緒に夕食をいただきましょう」
そう言うと、隣の部屋に夕食の用意がされていた。
食事を口にする。
「美味しい」不意に利成は感想を洩らした。
坂神家で、だされる食事は、料理人によって作られるが、毒味やら、台所から部屋まで運ばれてくる間に、冷めしまっていた。だから、こんな温かい食事は、初めて口にする。
「良かった。わたしくが、作りましたの。沢山召し上がってくださいね」
氷雨は、またもや、優しく笑って答えた。
「貴方が!?」
「ええ」
「今日は、驚かされてばかりです」
利成も、自然と笑顔になり会話が弾む。
よく考えれば、こうして、誰かと会話しながら食事をするのも初めてだ。
いつもは、部屋で一人食事をとる。近くには使用人達が、控えているが会話もない。
楽しい食事が済めば、屋敷に温泉があるからと勧められ、湯に浸かり、くつろいでいる自分がいる。
『お役目』で、来ている筈だが…、すっかりその事を忘れていた。
それでは、いけないと、化け犬の事を思いだす。
目の前で、能力者達が次々喰われた。あんな化け犬とどう戦えば、倒せるのかと。だか、実戦経験も無く、いくら考えても答えはでない。
眠れずに、ぼんやりと廊下に座り庭を眺めいた。
「眠れませんか?」
氷雨が、心配そうに声をかけていた。
「あっ、すまない。起こしてしまっただろうか?化け犬の事を考えていた。どうすれば倒せるのかと…。」
「それでしたら、心配いりませんわ」
そう言うと部屋から小さな弓を持って来た。
「これは、明日、渡すつもりでいましたが、角槻の弓 この弓と霊力で、作った『神通の鏑矢』を放てば、どんな魔も滅する事ができます」
「しかしこれが弓?」
正直、小さな弓で、子供の玩具見たいな大きさだ。しかも肝心の弦もない。これでは、矢を放つ事はできない。
「手に取り、その弓に霊力を込めて見てくださいませ」
今日だけで、様々な、ありえない経験をした今さら疑うつもりはない。言われるままに、庭に立ち、弓に霊力を込めてた。
一瞬、大量の霊力を持って行かれた感覚があった。次の瞬間、角槻の弓は、大弓に変わり、弦も張られている。
「その左手に弓を持ったまま、右手に霊力を集めれば、矢を作りだせるはずですその矢こそ、魔を滅する『神通の鏑矢』ですわ。霊力を込めるのを止めれば、矢は消え、弓も元に戻ります」
そう言われ、霊力を静めれば、確かに矢も消え弓も戻った。
「これは、すごいな。しかし、こんな弓をお持ちなら、貴女が、化け犬を倒せると思うのだが…」
不思議に思い、素直に訪ねる。
氷雨は、急に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに答えた。
「わたしくも、そう思って、神代にこの弓を使ったのですが……化け犬に当たるどころか……あさっての方角に矢が飛んでいってしまいまして……結局、化け犬を封印するのがやっとでしたの……」
思ってもみない、氷雨の答えに、一瞬唖然となるが、その後はなぜか笑いが込みあげてくる。
「わたくしは、武の神ではありませんし、と、利成様…お笑いになるなんてひどい…利成様」
氷雨は、非難の声をあげ、利成に近くに行こうと、廊下を降りようとした時、躓いて転びそうになる。
「おっと、危ない」利成は、慌て氷雨を抱きとめた。
氷雨は、顔をまた顔を真っ赤にし、礼を言う。
「あ、ありがとうございます…」
利成も、咄嗟とはいえ氷雨を抱きしめていた事に気づき、やはり少し顔が赤くなる。
「いえ、こちらこそ失礼を…」
名残惜しそう、氷雨を放した。
「そ、そろそろ、明日に備えておやすみくださいませね。利成様」
そう言うと、氷雨は、恥ずかしそうに自分の部屋へと戻っていった。
氷雨に助けられ、たった一日、一緒にいただけで、ひどく浮かれ、大事な役目さえ忘れそうになる自分がいる。自分は、『お役目』でここにいる大和の為、帝の為に、化け犬を倒す役目が、あるとのだ、しっかりしろ。そう自分に言い聞かせた。眠りについた。
ー 翌日
部屋に干していた着物はすっかり乾き、身支度を整えて部屋いると、 昨日と変わらず、優しい笑みを浮かべ、氷雨が、部屋に朝食を用意ができたと呼びにきてくれた。
一緒に食べた後は、化け犬退治の手筈を話あった。
屋敷の門の外の一本道を案内された。
「この道を行けば、化け犬に見つからず、村に戻れますわ。では、お話した通り、お昼に、村の結界を一度解きます。人の匂いにつられ現れた化け犬に、わたくしが、雷を落として動きを止めたますからその隙に矢を!角槻の弓で必ず仕留めてくださいませ」
「ああ、必ず仕留めてる」
氷雨を安心させるように、力強く答えた。
「あと、それから…こちら印籠を上にの段には丸薬が、下には傷薬が入れてあります。もし怪我をされましたら必ず使ってください」
「昨日の薬か!?ありがたい。必ず化け犬を仕留めてここにもう一度訪ねて来ます。その…弓もお返ししないと…えっとあと、助けていただいた礼を…」
何で、自分でもこんな事を言ってしまったのかわからない。只、このまま氷雨と別れたくなかった。そもそも相手は神だ、人の自分とは種族さえ違う。また会ってくれるかどうかわからない。
そんな不安が一瞬よぎる。
「はい。必ず無事に、化け犬を倒して、またこの屋敷に訪ねてきてくださいませ。お約束ですよ」
氷雨は、そう答えて、笑顔で送り出してくれた。
そうして、また会う約束を交わし村へと戻った。
氷雨の言う通り、一本道をひたすら歩けば峠の村が見えて来た。
「おお、お役人様ご無事でしたか、誰もお戻りにならず案じておりました」
「ああ、残念ながら、生き残ったのは、私一人だがな…それで、村長殿話がある」
村長には、ここは神が、結界を張って守られていたから、化け犬が襲わなかった事や、お昼頃に、その結界が一時解かれる事を話した。
村長は、話に驚いたが、化け犬を倒す為と理解し村人達を村の一ヶ所集めた。
準備は整った。
そして、昼、約束の時間が来た。
利成は、目を閉じ静かに感覚を研ぎ澄ましていた。そうすれば、強い化け犬の妖気を感じ、居場所を掴む事ができると、氷雨に教えられた。
彼女の言う通り、段々化け犬が近づいてくのがわかる。
化け犬が、来る方角の方に弓矢を向け待ち構える。
刹那、雷が化け犬に落ち、動きを止めた隙に、「神通の鏑矢!!」利成は、化け犬目掛けて矢を放った。
矢は、まっすぐ、化け犬の額を貫いた!化け犬は、そのまま、塵と消えていく。
その様子を見て村人達も、化け犬が退治されたとわかり喜んだ。
そして、化け犬を退治し、約束通り氷雨に会いにいく。更に会う理由を、必死に考えは、また氷雨と会う約束を交わした。今考えれば、なんと子供染みたことかと思う。
そうして、氷雨と恋に落ちるのにそう時はかからなかった。
ある時、この篠笛をくれた。逢いたい時に、この笛を吹いてくれれば、わたくしから、逢いに行きますと言ったからだ。
だから、必死に笛を習い覚えた。
「どうなさいましたの、ぼんやりとして?」
氷雨が、心配そうに声をかけてきた。
「あ、いや氷雨と初めてあった日の事を思いだしいたんだ」
氷雨は、静かに微笑み返す。
やわらかな日差しと穏やかな場所で、楽しい休暇の日々は過ぎていった。