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中将様は憂鬱  作者: 藍
3/9

魔笛

大和の国ー平城京の都


ここは、宮城(きゅじょう)ー兵部省。


利成が、廊下を歩いていれば、使いの者に呼び止められた。

「中将様、春宮様(とうぐう)がお呼びでございます」


春宮様(とうぐう)は、帝の第八皇子である。

皇家にも、人知を越えた力を持つ者が、数多(あまた)生まれてきた。

その能力の中でも、『天啓』『先見』と呼ばれる力は、

皇家では別格であり、その力を持つ者は、特別な存在である。


皇太子様は、『先見』の力をもっており、母君の身分が引くく、第八皇子であったにも関わらず、春宮となられた特別な方だった。


利成は、大貴族の跡取りとして、次代の帝となられる春宮様とは歳も近く、幼い頃には、遊び相手としてよく宮に上がり、畏れ多くも幼なじみだ。


その為、今でも親しい関係にある。



ー春宮の住まう宮


春宮様の待つ部屋の前で、傍付きの者が膝を付き声をかける。

「春宮様、坂神利成様が、参りました」

すると中から、声が聞こえた。

「利成、待っていたぞ。入れ!」

中から、襖が開けられ、部屋に通された。

「失礼いたします。」

なかには、春宮が、脇息(きょうそく)に背もたれかかり座って待っていた。


春宮様は、御歳、23歳と若いが高級な白い直衣を纏い、大変威厳がある。顔立ちも気品があり、多少強引でお気が強い性格だか、まさに皇子様と言う感じの方だ。


利成は、近くまで行くと、座り頭を垂れて挨拶をする。

「春宮様には、ご機嫌も麗しく、重畳にございます。坂神利成お召しにより参りました」

「堅く苦しい挨拶や言葉使いは、そこまで良い。そちに見せたい物と、頼みがあってな」

にこやかに話した。


「なんでしょうか?」


「あれを持て」傍に控えていた女官に声をかける。


そうして、女官が、利成の前に細長い木箱を置く。

木箱の蓋は開けられいて、中には横笛が入っていた。

「この笛が、なにか?」

「ある貴族から、譲り受けた笛でな。名笛(めいてき)だそうだ。

そちも、笛を習っていた事を思いだし、一度、聴きたいと思ってな。一曲所望する」


春宮様は、笛の音を好まれ、自身でも演奏される時もある。

その為、有力貴族達は、こぞって、春宮様に、笛を献上している。この笛もその一つだろう。


「はぁーまあ笛は習っておりましたが、その様な名笛なら、奏楽の得意な者をお召しになった方がよろしいのでは?」


利成は、正直困惑した。

確かに、笛は吹けるが、専門家では無い、あくまでも趣味だ。

春宮様や大勢の女官や侍従の前で、披露など恥をかきたくない。

(やれやれ、困ったな)

どうしたものかと、目の前に置かれた笛を睨んでいたら、

「早く吹け」

と促され、笛を手に取る。


「かしこまりました」

答えてから、諦めて笛を吹いた。


その笛の音は部屋に美しく響き渡り、まさに名笛の名に、ふさわしい演奏だった。


「見事な笛の音だった。奏楽の者に劣らない腕前だ。」


東宮様は、利成の演奏に満足したらしくご機嫌だ。

回りに控えていた女官達や侍従達も、皆おおっぴらに騒がないものの、ざわつき喜んでいた。


「お褒めいただき光栄に存じます」

利成も、ほっとし、笑って答えた。



春宮様は、孤独な方だ。幼い頃に、母君様とも引き離され、異母兄の方達とも交流も無く、それどころか、その身内から命を何度も狙われている。

時々、自分を呼ばれるのも、お寂しいからなのかも知れない…。


「せっかく、こちらに来たのだから、ゆっくりしていけ」

そう春宮様に声をかけられ、久しぶりに楽しい語らいの時を過ごした。


◇◇◇


春宮様の宮を退室した後は、再び、兵部省に戻り多少の書類を片付けて、屋敷に帰る頃には、日も暮れてきていた。

できれば、今日は宮城(きゅじょう)で仕事をして、屋敷には帰りたく無かったが、それはそれで、後で大変な問題があるので、屋敷へと帰った。


屋敷へ着くと、母上が、鬼の様な形相で待っていた。

「ただいま、帰りました。母上」

とりあえず、誤魔化す様に笑顔で帰宅の挨拶をする。

しかし、母上の怒りは、収まらない。

「利成さん、今日は、わたくしの知り合いの方の、宴に招かれいると言うのに、何をなさっていたの?」


宴と言うのは口実で、実在には見合いの席だ。

母上は、最近やたらと縁談の話をどこからかか持って来ては、勧めてくる。

「申し訳ありません。どうしても務めが終わらなくて…。お約束の時間は、過ぎていますし、今回は遠慮したいと…」

いくら、見合いの席を設けられても、まだ、結婚する気はない。

宴にいっても、見合い相手の姫と当たり障りなく話して、毎回、話を有耶無耶にして終わらせるけ、時間の無駄だった。


「今からでも、遅くありません。早く着替えていって来なさい!」

「ですが…。日も暮れてきてますし…」

「あちらも、貴方が来るのを楽しみにしています。私の顔が立ちません。早く支度なさい」


多忙を極める父上に代わり、坂神の家をしっかりと取り仕切っているこの母上には、誰も逆らう事ができない。


結局母上に気迫に負け出掛けることになった。


すっかり辺りは、暗くなり、宴の開かれている屋敷に向かう途中でのことだった。

強い妖気を感じ、すぐに、牛車を停めて利成は、牛車を下りた。


供の者は力の無い者達、足手まといの為、皆、屋敷に帰し、一人残った。


そして、とうとう強い妖気とと共に大きな鬼が現れ、襲ってきた!

幸いにも、退魔の太刀を持って出掛けた為、大鬼を退治できる。



大鬼は、力で押し潰そうと、襲いかかる。

それを交わし、片腕を切り落とす。

とどめを差そうとした時だ…

後ろから人の声…

「う、うぁぁー お、鬼が…誰かー」

大鬼は、叫び声を上げた子供の方向かって行った。

「なっ!しまった」

咄嗟に、襲われた子供を庇い左腕に怪我をしたが、右手に持っていた刀で、大鬼を切りつけた。


その後、屋敷から能力のある家人が、数名きた為、大鬼は、姿をくらました。


助けた子供に声をかける。

「無事か!?」

見たところ怪我は、していない。

「う、うん」

泣きべそをかきながら答えた。

「もう大丈夫だ。家は、この近くか?」

「うん、お使い帰り…」

保護した子供を家人に送らせ、利成は、屋敷に引き返した。


屋敷に戻ると、母上や父上までもが心配して出迎えてきた。

「利成、大丈夫か?怪我をしたか!」

左の袖は横にやや裂けて、血も滲んでいた。

「早く手当てを!」

「ご心配無く、かすり傷です。それより父上、鬼の腕を切り落としたので、封印しなければ」

物の怪や妖怪は、死ぬと、体は塵となって残らない。切り落とした大鬼の腕が、塵になっていないならば鬼生きていた。

そして、鬼の腕に残る妖気に釣られて物の怪がよってくる事がある。その為、妖気を封じなければならなかった。


「それは、私がやる。お前は怪我をしておるし、今夜は休みなさい。逃げた大鬼の退治は後日で良い」


「父上のお手を煩わせ、申し訳ありません」


父上は、強い霊力を持っていて、現在でも、『お役目』にあたっている。また、表の官職では、兵部卿として、武官をまとめていた。坂神家の当主としての仕事もあり、常に忙しく、子供頃から遊んでもらった記憶も無い、尊敬はしているが、どこか遠い存在で、甘えにくく、他人行儀になってしまう。


翌日、出仕をすれば、なぜか利成が、鬼に襲われた話は、宮城(きゅじょう)中の噂になっていた


「春宮様は、昨日、中将様が、見事な笛を披露されて、鬼に見いられ、鬼を引き寄せたのだろうと仰せになって」

「いや、私は、笛が、怪異をなす魔笛(まてき)だった

のだと言われたとか、笛が原因だと聞いた」

「春宮様は、その災いの笛をすぐさまお返しになられたとか…」

「いや、いや、あの辺りは大鬼が出る場所とか聞いたぞ」

尾ひれが、ついて様々な噂が飛び交っていた。


(やれやれ、朝から、噂好きの暇人どもめ)


更に、廊下を歩いていると、財前と高道が、やって来た。

「よう、利成、話は聞いた。昨日は災難だっな」

「怪我をしと聞いたが大丈夫かい?」

「ああ、おはよう。かすり傷だ。心配無い」

そうして廊下で別れるはずだったが、二人は、利成の後をついてくる。

「なぜついてくるんだ?」

「勿論、利成を護衛する為だ」

兼好が、面白そうに答えた。


「はぁ?別に要らないよ。護衛なんて、そんなこといって面白がってるだけだろう。高道、財前と一緒になってお前まで…」


「いやー。財前に利成が、心配だって、一緒に護衛しようって言われて…真面目な話と思い…」

高道は、本気だったらしい。

「まあ、護衛は、要らないが、今夜の鬼退治を手伝ってもらいたい」

2人とは、夜、鬼退治をする約束して別れた。


◇◇◇

噂では、春宮様が、大変、心配をされているらしく、春宮様の住まう宮を訪ねた。

昨日とは、変わり、部屋には、人払いされていた。


「昨夜は、災難だったな無事で良かった」


「何やら噂では、せっかくの名笛を手放されとか…。ご心配をお掛けして申し訳ありません。この通り無事ござますれば、ご心配なさいませんように」


そう言うと、春宮様は、安心した表情になり。


「うむ、無事なにより。あの笛は、私を心良く思わぬ者からの献上品だ。何かいわくがあるかと思い、まずは、自分で吹かずに、そちに吹かせた。恐らく、笛を吹いた者に怪異が起こる様な、呪術でも掛けていたのだろ。よくある呪詛の類いだ」


「えっ、それでは、私は春宮様の身代わりですか?」

あっさりと東宮様は答えた。


「そうだ。お前なら、怪異や異形の者に襲われても、大丈夫だろう」

あっさりと言われ、最早返す言葉もでない。


(鬼畜、ここに鬼畜がいる。昨日、孤独でお寂しい方など思った自分を殴ってやりたい)


「あの『魔笛』と名付けた笛は、既に、献上した者に返した。お陰で災いを呼ぶ笛とすっかり噂になってしまったな。今宵も、きっと大鬼は『魔笛』のある所に現れるだろう。心配だな」


そう、春宮様は、心配そうに語った。


「まこと、心配でございますね」

にこりと笑って利成は、答えた。


今の帝には、他にも皇子がおられるが、利成としては、春宮様が、多少性格に問題があっても、このまま帝に即位される事を願っている。

時に能力を持つ者は異端扱いを受け迫害される。坂神家や他の家も帝に絶対の忠誠を誓うことで生き残り、大和での立ち話を保ってきた。


だが、今は貴族達の権力闘争が激しく、能力者とていつまでも無縁でいる事は難しい。万が一にも権力者達の傀儡のような方が帝に即位されれば、能力者は、大和との為ではなく、権力者の私兵として働かされる事になるだろう。


だからこそ、特に権力者の後ろ立てもなく、臣下の言いなりになりそうにない、有能な春宮様を帝に担いで、自分や坂神家の立場を守るのも一案だ。


その為、本来なら、権力争いに荷担関わってはならないと言う、坂神家代々の掟や父上の考えに背く事になっても、春宮様をお守りしたかった。


夜になり、大鬼の腕に利成は、呪術を仕掛けてか、大鬼の封印を解く。

大鬼の腕は、空を飛んでいき、都のある貴族の屋敷にたどり着く。

財前、高道と合流すると、大鬼の腕が飛んでいった方に馬で、向かった。


大鬼の妖気が、辺りに漂っていた。


すると一軒の屋敷から悲鳴があがる。


屋敷中では、昨日現れた大鬼が暴れ、屋敷の者達を殺していた。飛んでいった大鬼の腕の後追って来た利成達は、屋敷の門を叩く。

中から、使用人が門を開け助けを求めてきた。

「お、お助けください…。大鬼が…突然現れて」

「安心してください。その大鬼を退治しに来ました」

高道が、使用人を落ち着かせるように言う。


屋敷の中では、大鬼が、人を襲っていた。

財前が、結界で屋敷の人を保護するし、高道が念力で大鬼の動きを止める。

そして

「神通の鏑矢!!」

利成は、矢放ち、大鬼は、塵と消えた。

屋敷の主は、既に大鬼に襲われていて、亡くなっていた。



◇◇◇

ー翌日の朝、坂神家の屋敷。

利成は、出仕の支度し、廊下を歩いていると父上の姿があった。

「父上、おはようございます」

挨拶をし通り過ぎようした時だ。

「利成、待ちなさい」

「はい…」

「夕べ大鬼に襲われた屋敷は、春宮様にあの『魔笛』とやらを献上した者の屋敷と聞く…。そたな、一体あの鬼の腕を使って何をした…?」


一瞬、目が合い睨みあうが、利成は、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべた。

「何をとはおかしな事を…。大鬼の場所突きとめるための呪術を掛けただけございます」


「私は、てっきりお前が、大鬼の腕に呪詛返しを掛けて、春宮様に仇なされた者が、大鬼に襲われる様に仕向け、葬ったのかと…」


厳しい目でまだ父上は、睨んでいる。


「まさか、全てはあの『魔笛』が引き起こした怪異。

あの屋敷には、春宮様が返された『魔笛』がございました。きっとその笛が、怪異を引寄せ、大鬼が屋敷に現れたのでしょう。

そんな、怪異を静めるのが我々の『お役目』。私は、『お役目』で鬼を退治しだけでございます。魔笛も、焼いて灰になりましたし、これでもう怪異は、二度と起こりますまい。

では、務めに遅刻してしまいます故、これにて」


一礼して、その場を後にしようとした。


「坂神家の力は、大和と帝の世に尽くす為にある。権力争いに荷担するなぞ、もってのほかぞ」


「心得ております」

利成は、そう答えて今度こそ、父上に背を向けた。


そして、今日も『魔笛』の噂話で騒がれている、

憂鬱な宮城(きゅうじょう)に務めにでた。


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