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中将様は憂鬱  作者: 藍
2/9

月姫

大和の都ー平城京

ここは、帝の住まう城、宮城(きゅうじょう)

宮城(きゅじょう)には、帝やその妻子が住まう私的な宮、

他に、政治、軍事を司る様々な省も置かれている。


まさに、都の中心の場所である。


朝、 束帯(そくたい)に身を包み、出仕した坂神利成は、近衛が属する、兵部省(ひょうぶのしょう)[※大和の軍事を司る省]に与えられられている執務室に向かうべく廊下を歩いていた。

廊下を曲がろうとしたその時だ。庭の鍛練場の方から数人の男達の話声が聞こえてきた。


「聞いてくれよー。好きな女に、坂神の中将様の部下だっていったらさー。会う度に、『中将様に人目お会いしたい』、『中将様ってどんな女人がお好みなのかしら』、中将様に、中将様って、と会う度に、坂神の中将様の話しかしなくなった……。」

一人の男が、涙ながらに話だした。

「きつ」「ひでぇ」

別の男が、気の毒そうに男を見ながら慰める。

「あー良くある、ある、ある。」

他男もうなずきながら、

「そりゃ良くある事だ。諦めろ」

そう言って肩を叩き慰める。

また、更に別の男も

「俺なんて、中将様の部下だって事は、恋人には、黙って付き合ったが、ある日それがばれて、恋人から『中将様にお会いできないかしら…』て言われさー。俺の恋は……終っちまった………」

「うぁぁー」「ひさん」

しばらく影に隠れ耳を澄まして、話を聞けばどうやら、部下達が話しているは自分の話。

しかも、自分が近くいる事には気がついていない。

廊下を曲がれば、鍛練場から自分の姿は、丸見えである。

曲がるに、曲がれなかった。


「………」

(噂好きな、暇人どもめ。どうしたものか…)

困り果ている時だ。


一人の男が別の話題を持ち出した。

「女と言えばさ、都外れのある翁の孫姫が、スゲー美姫らしくてさー最近では宮廷でも噂が広まってて」

別の男が、

「おお、知ってる。知ってる」

どうやら、完全に自分の噂は、無くなったので、廊下を曲がる事した。


持っていた扇子で、口元を覆いながら

「やあ、なにやらにぎやかだね」

ニコリと笑いながら部下達に声を掛ける。

「「「これは、坂神の中将様!!お疲れ様でございます!」」」

部下の男達は、慌てて整列し頭を下げる。

「楽しんでいた所を、邪魔してしまったかな」

「「「とんでもござません」」」

焦りながら、部下が否定する。

「まあ、噂話も良いが、我々は、帝をお守りするのが使命、日々鍛練も怠らぬように」

部下達に釘を差し、立ち去った。


ようやく廊下を曲がった所で再び声をかけられた。

「よう、坂神のモテモテ中将様」

気安く、冷やかすように声を掛けて来たのは、

財前 兼好(ざいぜん かねよし)少将と言う公達で、

副官の幼なじみだ。

財前家は、名門の大貴族であり、代々能力者を輩出してきた、坂神家と同じ『お役目』を担う家だ。


兼好は、そこの三男で、容姿は、やや濃い顔立ちと垂れ目気味で、くせのある髪が印象的で、雰囲気はいかにも名家の放蕩息子という感じである。

副官と言えば、聞こえはいいが、実在には、放蕩息子のお守りを押し付けられたに過ぎない。

ただし、能力者としては、かなり有能なのも事実で、

『お役目』の時は頼りになる存在でもある。


「おかしな、呼び方をするな」

少しムッとして言い返す。

「で、そんなモテモテ中将様に頼みがあるんだが……」

「断る!!」

間髪入れずに即答する。どうせ、女の話しだろう。

「まあ、聞けって…、最近な、都外れの翁の屋敷に……」

先程の、ちらりと聞いた話に似ていた…。

「美しい孫娘が、いるって話か………」

「おお、さすが早耳だな…。で、お前に姫を口説き落とせる恋文の代筆をだな…。それか、ちょっと姫と知り合いになって、俺に紹介してくれ」

「どちらも断る!」

「いいじゃないか…減るものでなし」

飽きれたように言う。

「お前は、いい加減に……」


その時だ。一人の使いらしき男が、声を掛けてきた。

「お探しいたしました。坂神の中将様、財前の少将様、『お役目』で帝のお召しでございます」

「あい、わかった。兼好、行くぞ」

「へいへい」


◇◇◇

帝のがお出でになる部屋に向かう途中で、もう一人公達と合流した。

公達の名は、高道 夏季(こうどう なつき)少将で、同じく、利成の副官である。

容姿は、利成や兼好と比べるとやや背が低く、細身だ。まっすぐな黒髪と優しく穏やかな顔立ちだか、やや地味な印象がある。

性格は素直で、大人しく まさに良家の子息といった感じである。


ただし高道家は、能力者が、余り誕生したい為『お役目』を担う家としては、珍しく中級貴族だ。

夏季は、高道家、唯一の能力者だが、実力もあり、今は共に『お役目』を担う仲間だ。

皆、同じ歳で、三人一組で『お役目』を命じられていた。

利成を中心に三人で、帝の御前に座り、頭を垂れる。


帝どは、現在、六十路前半とご高齢だ。

とても公務に熱心ではあるが、気の弱い性格である。

「早速ではあるが、今、巷で、都の外れに住まう翁に評判の姫がいるらしいが……」

(帝まで……。)利成は、少々あっけに取られながら話を聞く。

「その姫に、求婚していた公達が、行方不明やら、亡くなったと朝議で聞いた。貴族の子弟に、なにかあれば世は乱れ、大事が起きぬかと不安でならぬ…その姫の事、調べてたも…」

「かしこまりました」

利成が答えてから、三人は再び頭を垂れて部屋を退室した。


『お役目』を命じられたが、実在に怪異や妖怪の類いがかかわっている事は少ない。その為、ただの徒労に終わる事もしばしばあった。



取りあえずは、姫の回りで、亡くなった者がいるかを調べる事にした。

早速報告が上がってきた。

中級貴族の子息で、磯田正隆(いそだ まさたか)と言う者が、夕べ姫を訪ねた後自宅で急死した事がわかった。

午後、務めを終え、屋敷で着替えてから早速で訪ねることにした。


『忌中』張り紙があり、門は固く閉ざされていた。

門を叩くと、使用人らしき男がでてきた。

「申し訳ありませんが…当家は、ただいま…」

「突然の訪問お許し願いたい。私は、近衛中将、坂神利成、生前

お世話になった、正隆殿の事、一言お悔やみ申しあげたく…」

「おおー!それは、それは…どうぞお入りください」

大貴族の坂神家、嫡男の突然の訪問に驚き、使用人の男は、屋敷の中に案内してくれた。


正隆の母親が、客間で対応してくれた。

「まあ、坂神様の…!」

さすがに、『お役目』や、物の怪の類いが関わっているなどは、極秘の為、知り合いのふりをした。


「はい。生前…えっと…宴の席などでお親しくさせていただいて…。突然の訃報に驚き、こうしてお悔やみに参ったしだい。できましたら、ご子息との最後のお別れなど…」

どこか、ぎこちない演技だが、信じてもらえたらしく…

「ええ…ええ。こちらでございます…」

母親は、泣きながら息子が安置されている部屋へ通してくれた。

遺体と対面すると、妖気が、微かに感じられる。明らかに、妖魔の類いが係わっているとわかる。

利成は、お悔やみ言い、屋敷を後にした。


坂神の屋敷に戻り、取りあえず翁の姫の元に文をしたためる事にした。

求婚者の振りをして近づいて、調べるのが一番の早道だからだ。

文を書いて、庭に咲いている花に結び使いの者に届けさせた。


朝、兵部省に出仕すれば、文を姫に送った事は話題になって広ろまっていた。

(中将様が、翁の姫に恋文を…)

(美し姫が中将様の物なるのか…)

(中将様ならいくらでも他にいるだろうに…)

男達のひそひそ話や視線が浴びせられ、正直、いたたまれない。

(やれやれ、噂好きの暇人どもめ…)

「よう。中将様、姫は、釣れたかい」

ニヤニヤしながら財前が、声を掛けてきた。

隣には、高道も一緒だ。

(こいつは、まったく『お役目』での事を知ってるくせに…)

「後日、屋敷を訪ねる…事にはなった……」

「おお!流石中将様」

高道は、感心したように利成に言う。

「僕は、『お役目』とはいえ、こういうの苦手だから…利成が、居てくれて助かるよ…」

「あのな…高道…私だって得意ではないぞ…」

周囲は、私をなぜか、色男だの言うがそんなつもりはない。

そもそも、坂神家の跡取りとして、幼い頃から、厳しく、育て。家の名に傷をつける行いはできない。こうした噂をされ正直、憂鬱である。

「とにかく、2人には、私の供として動向してもらうから、当日はよろしく頼む」


当日は、美しい満月の夜で、翁の屋敷に行けば、酒や食事でもてなされた。

しかし少し時が立つと、甘い香りが立ち込めて、利成をはじめ、供の者達も皆、眠ってしまった。


スッと奥の戸が開き、若い女が香炉を持って入ってきた。

甘い香りは、香炉から薫っている。


その姫は、豪華な着物を纏い、妖しげな濃い紫の瞳が禍々しさ放つが、銀色の長い髪はと顔は、大変美しくまさに、噂通り月のような姫だが、明らかに人ではない。

月姫は、香炉を床に起き、利成達を見る。

「今宵も、餌がみずらやった来るとは、ありがたいことよの…。若い男の血は、さぞや格別であろう…ほほほ」

そう言うと、おもむろに近づき、月姫の口から覗かせたのは、鋭い2本の牙。

そして利成の首筋に噛みつこうとした。


その時だ!!

目に見えない何かで、姫の体が弾かれた!

そして、同時に、甘い香りを放っていた香炉が粉々に砕けた!

「こ、これは、結界!!香炉が!」

戸が開き廊下を見れば、三人の男達がいた。

「そこまでだ。人の生き血を吸う物の怪め。私達が、退治してくれよう」

「何者じゃ!?」

突然の男達の登場に月姫は、驚いた。

「私は、坂神利成。そこに眠っているのは、(おとり)だ。物の怪が、霊力者相手に、簡単に、正体を顕すとは思えないのでな」

三人は、狩衣に、刀を腰にさして武装していた。


「おのれ!お前達から始末してくれるわ」

そう言うと、呪文の様なものを唱えだした。すると、庭の土の中から、死人が出現した。

「これは、まずいな。都に、こんな物がさ迷ったら、大変だ。兼好、この屋敷に結界を張ってくれ。高道は、援護を頼む」

「「おう」」

財前兼好は、結界術の達人である。

その結界は、小さなものから、屋敷一つを囲うものまで、使い分けられる。囮の者をとっさに結界で守ったのも兼好だ。

高道は、念力の使い手で、手で触らなくても、物を持ち上げたり、破壊したりできる。その為、遠くにあった香炉を砕くことが出来た。


「この屍は、都で行方不明の男達か!?」

屍が、襲いかかる。利成は、腰にさていた刀で屍を斬る。高道も、念力で屍を弾き飛ばした。

月姫は、空に浮かび上がって、強い竜巻をお越し利成達に攻撃する。

兼好は、結界を自分達の、回りに張る風から皆を守る。

利成は、腰の後ろの方に差していた、小さな弓を取りだした。

霊力を込めると大弓に変形した。

霊力で矢を形成する。

「これで終わりだ!神通の鏑矢(じんつう かぶらや)!!」

矢が、風を切り裂き月姫の体がを射ぬく。


「ギャァァー」悲鳴と供に月姫は塵と消えた!


ーそして、屋敷にいた翁や屍などもすべて塵と消え、屋敷はまるで、廃屋と変わった……。

月姫が、塵となり、立ち込めていた、妖気が消えた事を確信し安堵の一言放つ。

「終わったな…」

「ああ、美し姫だった…残念だ…」

兼好は、心底残念そうだ…。

「お前な……。一度痛い目にあった方にいいぞ」

利成は、心底あきれた。

「とにかく、二人供、囮の者達を起こして、ここ引き上げよう」

そうして、翁の屋敷を後にした。


◇◇◇

ここは、宮城。

「聞いたか…翁の屋敷が突然、廃屋に…」

「ああ、物の怪に憑かれたとか」

「いやいや、月姫が夜な夜な、人を喰らっていとの話もある…」

「恐ろしいや…恐ろしいや」

利成は、皆、暇人の噂好きどもと飽きれながら、今日も務めるのだった。



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