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少女と食事に関するナイトメア

水菓子を飲む

作者: 三隅 凛
掲載日:2020/05/09

 桃を差し出される。皮ごと、まるまる一個。それは白とピンクで構成された丸い物体であり、産毛が愛らしく口にじゃれてくる。でもわたしは桃を食べるので、よく噛んで食べるので、外側から食べるので、果汁を飲みながら食べるので、そよかぜみたいで仔猫のぬいぐるみみたいなじゃれ合いは、一瞬と少しで終わってしまった。ジュースなんていらないくらいにみずみずしい。でも、水に比べると美味しいかわりに、喉が潤わない。口の周りと鼻先を桃の透明な果汁で濡らす。全部を口に入れて舌先を駆使して舌の奥へ口の奥へ流し込んで、喉に届けることは難しい。なので一部は皮膚に染み込んだり、舌に落ちて爪先を濡らしたり、床に落ちて染み込まなかったりする。桃の真ん中のやたら赤いところを舐めたら、桃を引っ込められた。そして彼はわずかに残った果肉を吸い出すようにかぶりついた。喉仏が上下する。唇が濡れて、ほんの少し赤い。

 指でつままれた一粒の葡萄が差し出される。赤味はない、むらさき。大粒で、人間の目玉より大きく、でもさすがにハムスターよりは小さい。歯でぷち、と皮を破ると果肉が口内を埋める。なんてこらえしょうのない皮だ、全然中身を守れていない。ちゅぶちゅぶと歯で潰して、こぼれた果汁を飲み込む。でも、口から溢れてしまった。やっぱり。それはむらさき。

 ところで、この葡萄には種があるし、皮は歯でいくら刻んでも少し残る。飲み込む気がないからかもしれない。何粒か分なら全然、大したことじゃないんだけど、何十粒も食べると口の中は果肉が付着した種と皮で埋め尽くされてしまう。でも大丈夫。骨っぽくて長い彼の指が二本がかりで、わたしの口内で丸いかたまりになっている種と皮を取り出してくれる。すっきり。そしてむらさきの団子に少しだけ付いている果肉を、親指の爪ですくって、舐める。とても丁寧に、彼はわずかな果肉を摂取する。その親指には不自然な赤色がいくつかあって、それはわたしの歯形だ。彼の指が差し出してくる果物を食べて噛むので、勢い余って彼の指を含んで顎を動かしてしまうことだってあるのだ。

 わたしたちの──ほとんどわたしの──口から溢れた果汁の水位が、ようやく足首に到達した。

 次はオレンジ。まず彼が分厚い皮を蜀?Κuできれいにはぎとって、その指で白いのを取り除いて、一房つまんで、わたしの口の前に。それは大ぶりなので、二口で食べる必要がある。そして大抵、二口目で彼の人差し指を舐め、時々口付け、たまに歯を当ててしまう。でも彼の指は頑丈なので、大丈夫。

 オレンジは一回噛んだだけで、小さなつぶつぶが口中に逃げ回る。飲み込む。喉を伝って、わたしが少しだけ潤う。果物は他の飲み物に比べて水分補給の効率が悪く、潤ってもすぐに蒸発して、渇いてしまう。したがって、たくさん果物が必要だ。種類も豊富であるべきだ。色とりどりなのは素晴らしいから。

 オレンジの皮が足元の水に散る。それはゆっくり、ゆっくりと散り散りに泳いでいった。

 へたが取られた苺を食べる。桃が食べたい、と訴えるとこの次にね、と嗜められた。なので次が来るまでは苺だ。赤くて、甘くて、酸っぱくて、オレンジとは違う粒がある。それはごくまれにわたしの歯にひっかかるので、そのたびに彼の小指や中指にお世話になる。苺はそこまで大きくないので、果汁は大して水位を上げない。でも口周りの皮膚は今、吸水性が落ちているので少しは頬や顎を伝う赤い水がある。あとで頬を舐めてもらわないと。赤い舌で。そういえば、指も随分赤い。苺が塗料になったからだし、わたしの歯形が腫れたからだし、彼の体液が破れた肉から零れたからだ。赤い指が桃を支えている。少しだけさっきの桃より赤いそれを、やっぱり皮ごと食べる。心地よく破ける薄い皮。丁度いい柔らかさの果肉。贅沢に、上品に溢れる果汁。

 桃が好きだ。ほんのり白いのもきれい。でも、桃ばかり食べるのはよくない、とわたしはちゃんと納得している。色んな果物を食べ、果汁を摂取しよう。わたしの渇きがきれいになくなって、潤いに満ちるまで。あるいは世界が溺死するまで。あるいは、彼の指が果物をつまめなくなるまで。

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