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休日の陰キャオタクの朝は早い──。
人の往来も少なくない住宅街の一角に、その男──那須和妻、つまり俺の住む家がある。
俺の休日の日課は、自分で朝ごはんをつくるところから始まる。白米と、昨日の残りの唐揚げ。そして嗜む程度の野菜ジュース。少し傷んだ膝を抑え、新聞を開き、知識を蓄える。
8時半。朝ごはんを終えて部屋に戻ると、俺の仕事が始まる。
そう、撮り溜めておいたアニメの消化作業だ。消化──などと言ってはいるが、その全てのアニメに魂が宿っていることはわかっている。でも、12話まで観きることが苦行となるものもある。今日までに放送された秋アニメは7作。単純計算で視聴には3時間半かかる。
「一作一作、全部が面白いって思えればなぁ」
それならいいんだけど、いかんせん相性ってのは大事だ。俺と青春モノが、最悪相性だと言うことと同じように。
『レッドバイカル』、『チート魔法はエスクタシーガールのために』、『魔法少女マジカ・ソレナ』、『最強ロリ吸血鬼に襲われています、ノートの上でだけど』。沢山のアニメを観てきた弊害か、どれも心に響かない。もっと面白いアニメを知ってるから、こんなのいつもの奴だろ? って先入観が出てきてしまう。
──母親が作ってくれた昼ごはんを食べ終え、秋アニメ7作目を観はじめる。そんな時、スマートフォンが振動した。
どうせコンビニのクーポンか何かだろう。そう思ったが、どうやら電話が来ているらしい。誰からだろうと怪訝に思いながら、スマホの画面を覗いた。
「──加賀梨洋一、なんのようだ?」
俺は迷わずボタンを押した。
「ふぅ。よし、アニメを観よう」
キャンセルボタンを押した。LINEの通知音が鳴った、『今日俺の家で遊ぼうぜ! 地図送っとくから!』スルー安定。どうせ面倒なことをさせられるだけだ。アニメ観ていた方が有意義と判断。俺には青春必要ない。それでいいんだ、それで。
☆
7作目のエンディングが終わる寸前だった。俺に来客が来たのは。
「和妻ー! お友達が来てるよー!」
母親の声が、閉まっている俺の部屋にまで入り込んでくる。……誰だ? 来たのは。
「加賀梨洋一くんよー!」
……なんでアイツ、この家知ってんだよ!! って、そういえば家の前まで送ってもらってたっけ。あーあ、そりゃ一生の不覚でした。帰って欲しい。
「でも、せっかく来てくれたのに追い返すのはなぁ……やっぱアイツめんどい奴だ」
一応これで今季のアニメ1話観終わるし……でもこの家なんも無いからなぁ。
本棚を見る。そこには沢山のラノベやマンガ、そしてブルーレイ等が綺麗に敷き詰めてある。
「これで話食いつなぐのもちょっとキモいし……」
まあ帰ってもらえば良いか。そう楽観的に考えていた時。
「へー、ここが那須君の部屋かー。おっ、マンガとかDVD置いてあるじゃん。那須君、おすすめなに?」
「なに! 勝手に! 入ってきて! くつろいでんだ加賀梨洋一っ!!」
飄々と、ふらふらと、にへらと頬を緩ませて登場したのは、キラキラオーラ全開のザ・陽キャ加賀梨洋一。
「不法侵入、即刻退去!」
「えー良いじゃん。少しくらい休ませて。あと、ちゃんとお母さんに許可貰ってるからさ!」
指で丸を作って顔の横に持ってって傾ける。……なんだこいつあざとっ! てかイケメンだから余計に腹立つ!!
「一昨日に教えてもらった……黒の黎明。あれが面白くってさー! 他のおすすめなんかないかなーって思って電話したのに出なかったから来ちゃった!」
「いやお前遊ぼうぜってLINE入ってたけど、いやまあ俺にとってはこれも遊びで楽しいんだけどさ」
少し傾いて下を向く。引かれないか、やっぱり不安。別にこいつ嫌いだから良いはずなのに……でも俺がこいつのこと嫌いでも、加賀梨は俺のこと、興味あるみたいだし……でもやっぱ、怖い。
「──加賀梨は、こういう趣味……アニメとかラノベとか、引いたりしない? 俺好きなことになると早口になって、ほんとキモムーブしちゃうから、だから!」
だから、きっと。
「俺、お前の友達なんてできないよ」
ぼそっと、吐き捨てる。チリから出た闇を、俺の見た光に投げつけた。
「できるとか、できないじゃなくて。やるかやらないかでしょ? それに俺は那須君と友達になりたいから、今日こうやって家に遊びに来ているの!」
怖い。この目の前の男が、怖い。何かのドッキリを仕掛けられているのでは無いか、なんて勘ぐりを入れてしまっても仕方がないだろう。
「──でも、どうして!」
「那須君といると、新しいことが知れるから!」
言葉が、出てこなかった。それだけで彼が、輝いて見えた。俺と違って自分から光を放って、そして他の光も反射する。──光らない俺とは、大違いだ。
「それに、そんなこと気にしてんの?」
いつのまにか持っていたマンガを床に置いて、彼の手は俺の頭の上にあった。その目はさながら、長年の友達を諭すようなものだった。
「俺、アニメとかラノベ? とかってあんまり分かんないけどさ……別に趣味なんだしなんでも良いじゃん? でも、人に迷惑かけるのは許せない。だけど那須君の趣味って、別にそんな悪いものじゃないと思うよ」
「っ、加賀梨。理解、してくれんの?」
「いやー、正直まだ分かんない。だってまだ一つしか観れてないから! ……那須君は趣味全開! って公私混同させてないんだから、それを咎めるのはお門違い。逆にそれを咎められたんなら、それって相手が悪いよ!」
なんか、ほっとした。彼は俺のこと思ってくれているのだと。なんかしっかりとした理由は聞けてないけれど。それでも彼は、俺の味方なのだと。
さあ、そうと分かれば布教布教! もうやべーなこいつなんて言わせないからな!
「『BBS団のスノー・バトルシップ』と、『ガンズ・アンド・マジック』この二つが俺のおすすめ」
「おもしろい話ですよ」と俺は言う。アニメの登場人物になりきって。
「じゃあ、マジック……魔法? って奴がいいかな。ほら、日曜日の朝、戦隊ヒーローの後にやってた『魔法少女』って奴をたまに少しだけ観てたし。……たまにだよ? 本当にたまに!」
「ほーん。まあ観ればわかる! ……あ、でも今は戦隊ヒーローのが放送は後なんだよー」
「へー、じゃあまた今度戦隊ヒーローも観てみようかな」
本棚からブルーレイを取り出してビデオデッキにシュート! エキサイティングな時間の始まりだぜ!!
ガンズ・アンド・マジック。今から約5年前に放送された深夜のアニメ。内容は暗く、一貫して描かれるのは……救いのない物語。夢を作り出す魔法を操る主人公と、それを献身的にサポートする神様のお話。
主人公は世界を救うという大きな目標のために理不尽と争うんだけど、そこに魔法があっても何の意味もない。失敗して死ぬ主人公を、神様は時間を戻してやり直させる。──そのことに、主人公は気づいていない。
だから神様が主人公のことを好きなのも、そして本当に神様なのかも、彼には知ることが出来ないのだ。
そして最後に訪れる別れ。……ここが一番精神的にキツい。
さて、加賀梨はどこまで不幸に耐えられるのかな?
☆
「ねえ那須君。俺、マジック気に入ったよ。ヒロインの神様の気持ちがよくわかる」
鑑賞終了後にはもちろん感想タイムが待っている。加賀梨の第一声がこれだった。
「気持ちがよくわかる……か。まあ確かに、献身的なとことか泣ける」
「そうだよね、なんかこう……ギュッとつねられたみたいで、なんか痛かった」
おうおう、加賀梨は感受性が豊かじゃなぁ。なんか意外。俺がいじめられてる時には考えもしなかった。
「だけど那須君、ひとつだけこの作品に物申したいことがある」
「ん? なになに、教えてよ!」
「物申したい」。そう言った彼は、一度深呼吸してから笑って言った。
「何回も挑戦するなら、最後くらい成功して欲しかった。笑って欲しかった──」
「加賀梨? おま、どうして泣いてなんか」
泣いていた。嗚咽を堪えて、涙を頬に伝わして。感受性が豊か、そんな言葉で形容するには勿体無いくらいに。
「──だって、こんな絶望の後には……綺麗な救いがあったっていいじゃないか!」
それは絶叫に思えた。何か、本物の悲痛を感じる。彼はかなり感情移入をしすぎていると思った。でも、それだけでこんな涙、流せるのかな。
「あーあ」とだけ言って彼は目を瞑った。
「なんか、気分落ちちゃったからさ」
立ち上がって、この部屋から出ようとする加賀梨。彼は振り向いた。その目には涙が、しかしその顔は笑っていた。
「明日はパーっと遊ぶぞ、那須君!」
「えー、俺もかよ?」
「いやいや、那須君と二人で! 一緒にゲーセンとか行って、二人で遊ぼう!」
そう言って、そそくさと家を去った加賀梨洋一。
──涙の意味を聞くことも、ゲーセン嫌だと言うことも、なんか俺にはできなかった。




