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9/2

「見知った天井だ……」

 朝起きてスマホのカレンダーを見る。今日の日付は9月2日。逆行は夢でもなんでもなかったということになる。


 よろしい、ならば復讐だ。


 まず初めの標的は加賀梨(かがなし)洋一(よういち)。昨日の行動……何故か俺に優しくしてきた。前の世界ではそんなことなかったのに。

 まあそれなら大丈夫だろう。サンドバッグにするにはちょうどいい。


 とりあえず……面と向かって他の人間を頼ることは難しい。頼れる人間も、友達もいないし。

 はぁ。一人でできる復讐なんて、容易いものしか無いように思える。集団でいじめれば、流石の最強陽キャ加賀梨洋一にだって効くのだろうけど……。

 まあアイツは味方が多すぎてそんなことにはならないだろう。いいよな、簡単に友達の輪を増やせる人間って。マジで恨み辛みが祟って殺したくなる。


 街の死角とか探しておこうかな。リンチはそういうところで行われると思うし……。

「って、そもそも殴り合いで加賀梨に勝てる訳がない……かぁ。まあ一応調べとく価値はある、かな?」

 目算だが、加賀梨は俺と10㎝くらい身長の差がある。殴り合いで勝とうだなんて持ってのほか。逆に殴られてアウトだろう。

 じゃあどうすればいい? いくら未来が分かっていたって、俺にはそれしかないのだから。逆行した時にすんごい力とか備わったりしなかったのかな……。

 学校へ行く準備のために、『8』の形のストラップが目を引く筆箱をカバンにしまう。

「──弱い人間が、復讐できる方法か……」

 手を握っても、力が手に入ったという感覚はない。身体一つ、頭一つで、俺をいじめた奴らをぶっ潰す。

 どうすればできる? どうすれば成功する? どうすれば、俺と同じ気持ちになる?


 ────そうか。俺と同じ気持ちにできればいいのか?


 なら、話は早い。俺と同じ目に遭わせることができればいいのだ。

 俺は、またアイツらにいじめられる。何が起こるのか、それが分かっているのであれば簡単だ。

 今日は高校に遅く行こう。俺はそう決めて、この街の死角を調べ始めてスマホのメモに打ち込み始めた。


    ☆


 爽快。さわやかで気持ちがよいこと。また、そのさま。

 今の俺は、まさにそんな気持ちであった。水を得た魚、兎の登り坂、翼の生えた那須(なす)和妻(わづま)

 どうやら決まってしまったみたいだ、俺の完璧な計画が。


 計画はこうだ。自分の靴と洋一の靴をすり替え、他のいじめっ子たちに捨てさせる。


 人間は、基本的に知りたいこと以外を知ることはできない。視界に入るもの全てを覚えていることなどできるはずがないのだ。そう、本当に大切なもの以外は、絶対に覚えてなんかない。

 だから俺は覚えている。俺を殺した人間たちの笑い声を。


 してやったり、加賀梨洋一。陥落や!


    ☆


 どうやら俺は、逆行によって必要以上の精神の退行をしてしまったようだった。

 計画は成功した。しかし、それではダメだった。

 自分の下駄箱に入ってあった、加賀梨洋一の靴がなくなっていることを確認する。

 加賀梨のところにあった靴を取り出して靴を履く。


 現れたのだ、加賀梨洋一が。いや、加賀梨の下駄箱から取ったところは見られていないはずだ。けれど、彼は知っていた。

「ねえ那須君、俺の靴知らない?」

 即落ち、那須和妻。陥落や! って考えている場合じゃない! まずいまずいまずいまずい!!!!!!

「えっ、あ。あの、知らない。えっと、俺……俺はもう帰るから……」

「そう? ……実は今日の朝、那須君が俺の靴と那須君の靴を──」

「ダメダメ! それ以上は!」

 首を傾げて惚ける加賀梨。分かってるくせに、性格悪い。いや待て。この状況、俺の方が性格悪くないか?


 どうしよう。ほんまにどうしよう。助けて逆行させてくれた神様!

「ふーん。あのさ那須君。その靴、もともと俺の靴箱に入ってたはずだよね?」

 あ、やっぱ終わったわ。はーいアウト、死亡。もう一度やり直したーい!

「……はいそうです。ごめんなさい。煮るなり焼くなり殺すなりしてください」

 

「え? どうしてそんなことしなきゃならないの?」

 え? どういうことですか加賀梨さん?

「いや、だって俺は悪いことをしたんだ。だから殴られたりとかするべきで……」

「誰がするんだよそんなこと。俺が那須君を殴るわけがないじゃないか!」

 どういうことでしょうか、加賀梨洋一さん。いじめる、いじめられる、いじめられない。そんなものを通り越して、俺は悪いことをしてしまった。それが誰であっても、俺は裁かれるべきである。


 だけど、彼は咎めなかった。いや、さすがに俺に嫌悪感は抱いているであろう。それは人間の共通意識のはずだ。しかし彼は怒らなかった。どうして? 俺はコイツに復讐しようとしているのに。

 どうして俺は、こんなゴミ陽キャにお情けを頂いているんだ?


「ああ、でも一つだけ罰をくれてやる!」

 罰……え、罰だって!?!? 嘘だ、そんな。上げて落とす神様かよこの目の前のゴミ! 

「ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃー!!」

「俺と、靴探すの手伝ってくれよ」

 ………………へ? それが罰ってことですか!?


    ☆


 靴がどこに隠されているかは知っていた。まあ、歴史と同じ場所に、いじめっ子達が隠したならばの話であるが。

 だけど、俺に残る悪の心は、簡単に教えるという選択肢を拒んだ。探しているフリをしながら、タイミングを見計らって駆け出して逃げる。不幸ではあったものの、自転車が壊れているので走って逃げることができるのはいいことだった。

「那須くーん! そっち見つかったー?」

 靴を履いていない加賀梨は、上履きのまま自分の靴を探している。その光景を見て、少しだけにやけそうになる。

「まだ」

 でもアイツはうるさい。これだから陽キャは嫌いなんだ。ヘラヘラ顔についた笑いの仮面被りながら頑張っているこっちを、本物の笑いで殴り殺してくる。ジャブなんか打つ陽キャは居ない。毎回毎回デンプシーロールで俺みたいな陰キャを叩き潰す。

 本当にゴミだ、消えろ。


 でも何故か、加賀梨洋一のことだけは……少しだけ、どうしてか。

 いけない。こんなことを考えていたら、俺の逆行の意味がなくなってしまう。絶対に殺すんだ。精神的に、社会的に。殺して殺して、俺はそれで至上の快楽を得るのだ。アイツらと、俺を殺した人間どもには味わえない、復讐の蜜を。


 そんな事考えてた時、その思考に横槍が入る。

「あれ? 那須じゃん、どうしたんだ?」

 にやにやと笑って近づいて来たのは、クソゴミ死ねクズ最低野郎共の四人組。テンプレヤンキースタイルの大田和也(おおたかずや)、言葉がいちいち鼻につく坂田春樹(さかたはるき)、ゴリの南蓮太郎(みなみれんたろう)、ギャルの飯野涼子(いいのりょうこ)

「探し物は見つかったのかにゃー、那須?」

 高音ギャルボが頭にくる。正直言って死んで欲しい。

「……探し物は靴ではないのか? なのにどうして今キミは靴を履いているんだい?」

「……」

 俺は無条件で下を向いて、黙ってしまう。ゴミ共、さっさと消えてくれ。

 お願いだからやめてくれ。お願いだから、加賀梨が来る前に、早く!


「おーい、那須くーん!」

 ニッコリ顔の陽キャ、降臨! 真っ青顔の陰キャ、死亡!

 あー、やっちまった。死んじまった。終わっちまった。

「あれ? 大田君と坂田君と南君と飯野さんじゃないか。えっと、ここで何してるの?」

 ……さあて、俺は後ろの陽キャに全てを託すことしかできなくなっちまったぞー不本意ながら。

「そりゃ……って洋一なんで上履きなん?」

「あー、なんか捨てられちゃったみたいで。だから、理由知ってる那須君と一緒に靴探してたんだけど……那須君は理由教えてくれないんだよねー」

 はぁぁぁ…………、最悪。もうダメ、死ぬ。終わった、人生終わった。逆行して新たなロード突き進む予定だったのに全部全部海の藻屑。しかも俺が加賀梨の靴と交換してたのも間接的に言っちゃってるし。

「那須さぁ……どういうことか教えてよー」

「いや、えっと。その…………」

「あ? 聞こえねーんだけど、もっとはっきり言えよ。お前みたいな奴に俺の耳使わしてやってるってこと考えろよ」

 はー!? 何こいつ死ね! 死ね! 俺のロードと一緒に溺死しろ!

 なーんて心では反論できるんだけどな。やっぱり、俺は弱いよ。

 だけどまあ、しっかり言わないといけないこともある。

「だから……加賀梨の靴が!」

「あーうるせぇ耳が腐る」

 は? うっざ死ね。もう死ね。こいつら全員死んじゃえ。大嫌いだこんな奴ら。もう顔も合わせたくない。

「おっおい、坂田くん。なくなったのは俺の靴だから……那須君は手伝ってくれただけだよ?」

 加賀梨はどうしてか俺を擁護する。……いや擁護なんてしてない。ただ事実を言っているだけだ。それなのに。


「まあいいや、バイバイ洋一!」

「ん? ああ、みんなもまた明日」

 逃げ帰ろうと走り出した俺を、口達者な一人の男が止める。そして、加賀梨に聞こえないように声を潜めて。

「……これはもう、ただのいじりじゃ済まないかもね?」

 坂田春樹、彼の声が反芻する。

 逃げるように、ふざけるなと心で叫んだ。
























 次の日、俺の机には俺の私物が乱雑に置かれていた。


 笑い声が、脳内に直接入り込んでくる。

「あ、あ……」

 もう二度とこんな思いをしないために、意を決して死んだはずなのに。これではまるで、俺が傷つくために逆行したみたいじゃないか。そんなもの、あっていいはずが────


 悲しいほど楽しそうな笑い声。感じたことの無いような不快感。経験したことない悪意。こんなものに当てられてしまうのなら、俺は9月22日まで生きていなかっただろう。


 今初めて、死んだ方がマシだという気持ちになった。


 使い終わったティシュが投げられ、俺の頬を貫いた。

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