9/22 後編 【最終話】
「洋一っ…………!」
結果として、博打にはなんとか勝てたみたいだった。彼らは廃工場にいた。だけど、この状況を見て絶句してしまった。
四人の男女に、一人の男が嬲られているという光景。
それを見て吐きそうになった。逃げ出しそうになった。だけど、足は一歩も退いてはいないんだ。
無抵抗の洋一を見て思わず叫びそうになる。
「動かないと……動かないと!」
足が動く。前に、一歩。もう……下がったりしない。
俺は走っていた。洋一の方向に。
「あ、誰……え? お前、那須じゃん!?」
俺に気づいた大田がこちらを向いた。
「────ふーん。来ちゃったんだ」
そして坂田と南が俺に近づき、詰め寄ってくる。
その間、洋一と遊ぶのは飯野。
「四人とも……洋一から離れて、蹴るのを、殴るのをやめて!」
動かなかった。いや、動かなかった。大田、坂田、そして南の三人の男に囲まれる。俺はその包囲の中心にいた大田和也を睨みつける。
「あ? なんだよ……遊んでもらえなくなったからってそんな目はいけねぇよなあ!」
「……っ!」
左から腕が現れる。俺の頭に向けて飛んできたその手を避ける。
「ちっ……なあ那須、容赦を与えてやる。そうだな、今日ここで見たことを忘れて、もう帰れ」
右の坂田の囁く声。俺は手で彼を払い除けた。
「手を出すな……!」
「あ? なんだって!? 聞こえねーんだ────!」
「俺の友達に! 手を出すな! って言ってるんだよ!」
瞬間、何かの割れる音がした。無論比喩ではあるが、きっとそれは俺の身体から発せられたのだろう。
「うがっ!」
脇腹に一発。頬に一発。撃ち込まれた拳が、俺を現実へと引き戻す。
言葉だけではダメかも知れない。だけど……立ち止まるわけにも────いかないんだ!
「うぉぉお!!」
「ぎっ……ッッッ!」
まずは坂田春樹から。彼は一番のヒョロだ、俺でも殴れる。
「てめぇ! 殴ってただで済むと思うなよ!」
けれど、あと三人。飯野涼子、女子だけど多分俺より力がある。大田和也、少なくともタイマンで勝てる相手ではない。南蓮太郎、無理だ。体格差がありすぎる。
「だっッッッ!!!」
「殴って来たんだ、殴り返してもいいんだよなぁオイ!!」
「はっ……それはこっちのセリフだ! 洋一を散々いじめておいて、ただで済むなんてあるはずない!」
殴っても変わらない。きっと、勝つことなんてできない。
だけど、戦わなくちゃいけない。それが、いじめっ子達と同じ拳を使うとしても。俺は、それが、俺の!
「うぐっっつ!! かはっ……!!!!!」
瞳孔が揺らいだのを感じる。そのまま俺は廃工場の床へとへたり込む。何が起こったのか、身体の寒気から瞬時に感じ取った。
鳩尾を……やられた。
「だっ……!!」
「はっ、さっきまでの威勢……どうしたんだよ那須和妻!」
蹴られる。
「分かってんのかよオイ! 弱いんだよお前は!」
蹴られる。
「くっ……そぉぉおあ!! ────っはっ!!!」
立ち上がる。
「容赦……? そんなのねぇよこの野郎。殴られたお返しだよほらさぁ!」
「ぶ……はっ!!」
顔面を拳が貫く。
鼻血……鼻の下の違和感からそれの存在を確認する。立ち上がろうとすると殴られる。立ち上がらないと蹴られる。
ふざけんな、ふざけんなよ! 立ち上がって……俺は洋一を。
洋一をこいつらから、そして洋一自身から取り戻す!
「だから俺は! ここで止まらないんだよぉぉお!」
「ふっ、もう殴る。本気で!」
拳が、俺に近づいて、そして────────
目を瞑っていた。しかしそれは起こらなかった。
目を開けた。俺の前には、取り戻した彼がいた。
「ははっ、言っただろ……俺の友達にはもう手を出させないって。だからお前らももうやめろ」
「……っ、洋一!」
彼は、さっきまでの弱気の自分を打ち破ったように。彼はそこに堂々と立っていた。
「ただいま……だね、和妻! ありがとう!」
久しぶりの彼の本音。それが、なんかすごくて──。
「はぁ……ったく、手間かけさせんなよスーパー陽キャ!」
────めっちゃ楽しい!
☆
「というわけで、四人とも今日はもう帰ろう」
洋一の提案に、その場にいた五人全員が口を開ける。もちろん、俺も含めての五人全員だ。
「は? おいおい、まだ俺たち4対2だぜ? 退く理由が……どこにあるんだよ洋一」
「あるさ。これ以上もうお前達が、だれも傷つけないっていう……一番の理由がな!」
やはりポカンとして彼の声を聞く四人組。
今度口を開いたのは俺だ。
「おい待てよ! 確かに4対2だと部が悪いかも知れないけどさ! それでも俺たちなら────俺と洋一なら!」
「だからだろ和妻! 俺たちが暴力を使ったらそこで終わりだ! 彼らがその力を使ったとしても、俺たちはもうただ逃げることしかしない! 少なくとも、俺は絶対に!」
彼の言葉に気圧されてしまう。確かにそれは必要なことなのかも知れない。確かにそれは正論だ。
「だけどな洋一、そんなの綺麗事で──」
「綺麗事だよ和妻。お前達四人も聞け!」
戦場で歌った兵士がいたらしい。きっと加賀梨洋一はそれに類するものなのだろう。だけど、こんなことをしたって……その場しのぎになればいい方。かえって彼らのことを挑発しかねない。
だけど彼は続けた。自分のいじめに対する思いを綴り、彼ら四人の良心を揺さぶった。
「確かに今、俺はお前達を殴りたいし蹴りたい。俺より酷い目に──いじめに遭えって思う。だけどな! そんな短絡的な考えだと、いつかそれがあたりまえになる。そんなのはダメだ! そんなものは……絶対にダメなんだ!」
震えている。確かに俺は、彼の言葉に。そして最初にその考えを理解したのは、坂田春樹だった。
「それは……そう、かもな。正論だよ」
そしてその言葉を噛み砕いたのは、南蓮太郎。
「だったら、尚更俺たちを殴ればいい。殴れよ!」
「そんなことできるか!」
それでも彼は二人の言葉を一蹴する。信念は、曲げられないということか。本当にコイツは凄い奴だ。
「俺はもう、そんな奴らの弱った顔を見たくないんだ。お前らのもだ!」
飯野涼子が根をあげる。この空気に耐えきれなくなって走り去ろうとする。しかし洋一は畳みかけていく。それを聞いた俺も、この場から逃げたくなるような……だけど、それ故に。
「誰にだってわかるよ。いじめられることの辛さは……誰にでも!」
☆
結局俺たちは、あの廃工場から走って脱出してきた。そして今、俺たちが友達になった公園のベンチに座っていた。
「夕日……あの日と同じだな、和妻」
「あ……ああそうだね洋一。確かに、あの日と同じだ」
転がってきたサッカーボールを蹴り返してあげる。そうするとその少年は笑って友達の輪に帰っていった。
「サッカーボール、大丈夫になった?」
「……まあ、まだちょっと変な感じはするけどね。あの時みたいに発狂したりしないよ。もう、ね」
「なあ洋一」
俺は彼へのプレゼントを渡す前に、あんまり聞きたくなかった話題を振った。
「洋一。お前はまた俺みたいにいじめられて、そして自分から命を絶った人を見つけたら────」
「うん、ごめんね。そこだけは曲げたくないんだ」
────分かっていたことだったが、やはり言葉にされると心は痛いな。別に、もうコイツと友達じゃなくなるなんてそんな簡単なこと……思いたくもない。
「これ、プレゼント。誕生日おめでとう、洋一」
ハンカチを渡す。彼はそれを喜んでくれた。
「出来るだけ、大事にするよ」
だけど、心の中ではあるのだろう。──また戻った時、このプレゼントが無かったことにされているかも知れないと。
俺との絆も、無かったことになると。
だから言ってやった。彼の、加賀梨洋一の、欠陥だらけの表面陽キャの……ゴミを潰して掃き飛ばすように。
「約束だ。これから洋一は、誰かを助けるために逆行の力は使わない!」
「え……でも、ごめん。俺は──」
彼の唇を指で塞ぐ。
最大にカッコつけて、俺にしか言えない──記憶のある俺にしか言えないことを、大声で。
「助けるために逆行するんじゃない!」
俺は、確かに俺をいじめた奴らを許せないし、許す気もない。だけど、だけれど、だからこそ。
これだけは、洋一に言わなければならないんだ。
笑って受け止めてくれるなら、きっと彼は……俺の大切な友達だ。それで頑なに拒んでも、それでも俺は彼を友達だって思い続けて生きていく。
次に彼が逆行の力を使って、俺の記憶が残っているという保証などどこにもないし、ある種これの記憶の保持だって奇跡って言ってもいい。
それでも俺は、
「救うためじゃなくて、友達になるために逆行の力を使うんだ! お願いだ、洋一。俺にとっての恩人で、そして大好きな俺の友達に……約束だ!」
「ああ必ず。────必ず、友達になる。だから許してくれ和妻、俺の……友達!」
その笑顔が、とても嬉しくて。
「……それなら安心だな! そうだ、腹減っただろ? なんかお菓子でも買ってこうぜ!」
「そうだ和妻、誕生日パーティーでもやらない? 小さくても、お菓子パーティーするんだ!」
俺も自然に、笑顔が溢れた。
「……復讐、か」
あったかい夕陽が照りつける。そして、彼の笑顔が輝いた。
「どーでもいいか、そんなこと」
『役割』。力を持っている存在から、割り振られた役目のこと。どんな繋がりにでも、決められた役割がある。
社会に生きる人間は必ずそれを持たされている。それに逆らうことは出来ない、そんな暗黙の了解が蔓延るこの社会。
別にそのルール自体を批判する気はない。俺もそのルールに則って生きてきたし、きっとこれからも生きていく。俺はバカだし、考える脳なんて全然ないから洋一みたいな大それたことは言えない。
だけど、この1ヶ月で少しだけわかった気がする。
そんなこと考えても無駄だと知った。なんて大きなことを言ったこともあった。当たり前だ、それに逆らわずに流れていけば痛くなんかない。
それでも、争う人がいる。それでも、助ける人がいる。
俺に世界を変えることは出来ない。フィクションの主人公達のように美しいものを望むことはできない。
それでもなお、抵抗を望む理由は。不当な暴力やいじめを無くそうと思う理由は。手の内にある理由は、きっと。
──俺はポケットにある、彼のハンカチを握りしめた。
あとがき
この作品に出会ってくださりありがとうございました。
突然ですが、皆さんの持つ『役割』ってなんですか? 学生さん? サッカー部部員? 生徒会長? ゼミ生? 妻? 母? 親父? 平社員? バイトリーダー? それともどこかの企業の社長だったりしますか?
少なくともこれを読んでいるあなたは、読者という役割を持っていると思います。私は作者ですから、読者という役割を持つことはありえないのでしょうか──?
きっと当たり前のことで、何も疑うことなどないでしょう。
それは壊せないものなのだろうか? 私はバカなのでそんなこと考えるなんてできません。
とっても投げやりです。与える方はいつもそうなんです。
それをどうしていくかが、大切なんだと思います。
thank you for reading.
4/28/2020 Noel Lovsrorigeat Phant




