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知らない道をゆっくりと歩いていく。
「この道を左? 右? アッチ? コッチ? ソッチ? ドッチ? ったく、洋一のよこした地図……見てなかったけど、これ手抜きすぎじゃんか」
某追試の女帝みたいになりかけながらも、手探りで彼の家を探す。あいつがくれた地図がここで役に立つなんて思っても無かった……ってか家がまあまあ近場でよかった。──でもそりゃそうか、徒歩で高校から帰れる距離なんだから。
昨日、洋一のあのいじめの現場を見た俺は、夜に洋一にラインをしてみた。
未読。まあ、なんとなくは分かっていた。あんなことがあった日なんだ、そりゃ洋一でも傷つく。
だけど今日になってもまだ未読。だから一応『今日お前の家に行く』ってラインして洋一の家を探しにやってきた。
『俺の家で遊ぼうぜ!』って言ってラインよこしてきていたと久々に気づき、こうやって今歩いている。そう考えると、運命って面白いね。
まあ、洋一は今面白くもなんともないんだろうけど。
「はぁぁ!」
思わず大きなため息が出た。なんか住宅が入り混じってて分かりづらい。なんだよ青っぽい屋根って、そんなのどこにでもあるじゃんか。
だけど根気強く探した。そんな甲斐があったのか、1時間かけてようやくお目当てらしき家にたどり着く。
「表札は……加賀梨。珍しい苗字だしここで間違いない、のかな?」
インターホンを鳴らしたが、返事が返ってこない。車も無いみたいだし、少なくとも親はいないのだろう。……だけど、あいつは多分この家にいる。
そう思って、辺りを彷徨き始めた。────客観的に見るとこれ、俺って犯罪者なのでは?
やばいねマジやゔぁい。これ通報されたりとかしないのかな……?
「あの……」
とりあえず洋一にもう一回ライン入れとこう。
「えっと、その……」
いやでもどうせこいつ既読もしないよなぁぁあ!
「きっ、聞こえてますか……!」
「いや? だったら、家突っ込んで外にでも出させようか……?」
「けっ、警察呼びますよ!」
警察かぁ、いじめの件警察に持って行ったらなんかなったりしないのかな……?
「あっ、あの! あなた誰ですか!」
「ん? えっと俺は────って、あんた誰?」
振り向いた先に、俺と同年代くらいの女の子が立っていた。
なんて言うんだろう、セーター? みたいなものを着たその少女は、どうやら俺と同じで洋一に用があるみたいだ。
「えっと、俺は洋一の友達の那須……和妻です。あなたは?」
「私は、三峰……優子って言います」
「優、子────────あれ? どっかで聞いたような」
脳をフル稼働させて記憶を辿る。どこで聞いた? きっと洋一からだ。ならいつだ? 優子、優子…… UFOキャッチャー。
『ああ、中二のときに優子って言う彼女がいてね』
脳内で反芻された洋一の言葉。そうつまりこの子は、洋一の彼──いやちょっと待て。本当にこの子は彼女って存在だったか……?
『いや元カノって奴! 交際は……ほんの少しだし、そっから彼女とか作らなくなったし』
……えっと、つまりこの子は。
「えっとじゃあ、あなたは……元カノストーカー様なのではありませんでございませんでしょうか?」
困惑の表情を見せた優子さん。悟られたく無い……ってこと?
「えっと私、洋一くんのただの幼なじみです……けど?」
「へ? いやあれ? 俺は洋一の元カノって聞いてたんですけど……あれ、もしかして優子さん、普通に洋一の幼なじみってこと?」
「えっとまあ……はい。那須さんの言う通りで、あの普通にただの幼なじみです」
しゅんとして、端の悪そうに眉毛を動かす優子さん。……なんか、普通に洋一の幼なじみって感じがする。健気だ。
……なんか嫌な間が生まれる。
どうにか会話成り立たせないと、洋一にたどり着けない。
「優子さんは今日、どう言ったご用件で洋一の家に?」
普通に疑問を投げかけてみる。
「はい、最近洋一くんが少し変で……それで尋ねてみたんですけど。あの、那須さんは?」
「ああ、俺もそんな感じです。洋一、昨日殴られて──」
「なぐっ!? られ、ていたんですか……?」
びっくりした! と全身で表現する優子さん。なんかちょっとオーバーだけど、そこがちょっとだけ愛らしい感じがする。……オーバーだけど。
「まあそんな感じ。えっと優子さん? ……洋一、いじめられたりとかされたことってあるの?」
「……えっと」
優子さん、黙ってしまった。なんかやましいところとかあるのだろうか?
「えっと……ここだと話しにくいので」
場所を変えましょう。彼女はそう言って、洋一とよく遊んだという公園まで俺を案内してくれた。
そこは、どこにでもあるような小さな憩いの広場だった。
☆
優子さんは教えてくれた。加賀梨洋一は、中学二年生まではあんなギラギラでは無かったと。
ギラギラでは無かったってことはつまり、中二まではあんな陽のオーラを振りまいてはいなかったということだ。
「中学二年生か、洋一に何かあったの?」
「はい、洋一はそこからなんか変になっちゃって……」
変に、なった。それは……ギラギラになったこととは別の問題らしい。
人助けというものを始めたのだという。そのために洋一は優子さんから少しだけ距離を置くようになった。そう彼女は言う。
「おかしい、とは少しだけ違うんです。どこか達観するようになったり……急に趣味や特技が増えていたりして」
「趣味や特技が増える。あのさ、もしかしてそれはカラオケだったりとか……しませんか?」
「そう、です。カラオケやUFOキャッチャー、あとスマホゲーム? とかもするようになって……私の知っている洋一くんが、どこか遠くに見えて」
なんだこの変なわだかまり。なんか、感覚……突然に増える知識、人助け、ある一定の日に変わった。
それを、覚えていない? どう言うことだ? 頭で考えきれない。
なんか身に覚えがある感覚が……なんか。なんかでなんかなんだ。もうなんかがゲシュタルト崩壊を起こしそうになるけどやはり『なんか』なのだ。いやもはや『なんか』の意味なんてほとんどないから最初から崩壊するものは無いのではあるのだが……頭が痛くなる。
「あの、元カノとかそんなことは、洋一くんが言っていたんですか……?」
「ん? あっ、ああ──────それ、は」
ここで本当に言ってもいいのだろうか。ここで『洋一自身の言葉だった』と、真実を伝えてもいいのだろうか。
「いや、洋一の友達から聞いたんだ。……多分、優子さんは洋一と仲が良かったらしいから、勘違いしちゃったとかかもね? ほら、幼なじみってだけでそういう目で見てくる奴とかいますよね? 多分そんな感じです」
どうしてか、俺は彼女に嘘をついてしまった。別に、洋一にジェラシー感じているわけじゃない。だけど、ここでそんなことを──この場所で言ってはいけないことを言うことはできない。
だから、次の彼女の言葉に俺は驚いた。
「じ、実は私……っ」
喉を震わせていた。彼女は、揺れる心を握りしめて、俺に本音をぶちまけてきた。
「私、洋一くんが……好き、だったんです」
「えっと、うん。まあ洋一かっこいいし優しいし、わかるよ本当に」
俺の声も聞かず、まるでダムが決壊したかのようにドバドバ言葉を垂れ流す。
その姿を見ると、とても心が痛かった。
「だけど、今の洋一くんは……私が告白しようとした、二年前のあの日からの洋一くんは、好きじゃない感じがします。他人の目を見てその場その場で行動して。なんか、いろんな人の一番いい子になって、スマートを演じている感じで……あの日から、洋一くんの心は、変になっちゃったんです!」
変になった、か。変……なのかな。
ギラギラしている洋一が、俺の知っている加賀梨洋一だ。だからその昔の姿も、そして今の姿も、俺には別のものに見えてくる。
「俺は、洋一じゃないので彼のことはわかりません。だけど優子さん。洋一はきっと、変わってなんかいないですよ」
「え……?」
困惑した眼差しでこちらを向いた優子さん。
俺は公園のベンチから立ち上がってお辞儀をした。
「もし洋一と会えたら、那須に連絡しろって言ってください! 優子さん、親切にありがとうございました!」
「えっ……どこに」
「考え事したいので帰ります! ありがとうございました!」
☆
優子さんと別れた後、家に帰って色々と調べてはみたがどうしても考察が止まらない。
もう夜中の11時を過ぎて、日を跨ぐレベルにまで達してしまっている。
まずは前提として……少し違うんだろうけど、逆行してこの世界が生まれたという、まあこの世界には複数の世界線がある。という考えで進める。
不可解な洋一の動向。時間が逆行した世界で、記憶を持っているそぶりをしていた人間はいない。それに、その世界は放課後の前までは『自分の知っている過去』と同じことが起きていた。
しかし、加賀梨洋一があの自転車置き場に現れてからそれは完全に崩れ去った。
初めは俺の手紙が歴史を変えたのだと思っていた。俺が経験してきた過去に、そんなイベントは起こらなかった。だからイベントのフラグを立てた──つまり手紙を書いたことによって新たな世界線なるものに分岐した……なんて考えることもできた。
だけど、よくよく考えてみるとそれは少しおかしい。だって、加賀梨洋一には俺を助ける理由がないんだ。まあ、人助けが趣味とか、そういう論理の破綻しているやべーやつではない限り理由がない。
まあこれは少し置いておこう。なんか洋一なら困っている人に見返りなしで手を伸ばしていそうだし。
『いろんな人の一番いい子』。それがやけに引っかかる。
今の洋一──つまりは俺と会ったばかりの頃の洋一は、俺にとっての一番いい子だった、そう記憶されている。
しかし、もし彼が俺の死んだことを知ってこの世界を逆行させたというのなら、それにも少しおかしい点がある。
本人がいじめられていること。そして、表面だけでも塞ぎ込んでいるということ。
任意で逆行することが可能なら、今の状況を洋一が簡単に受け入れるとは思えない。
────いや待てよ? 逆行を考える中でのいちばんの弊害見つけちまった。
どうして俺は、記憶保ってられているんだ?
仮説として、もともと優子さんと洋一は付き合っていた。それも別の世界線で。優子さんに何かがあって──多分優子さんが死んで──洋一は別の世界線へと逆行させたと考えよう。それなら『今』の優子さんが洋一とはただの幼なじみでも、『過去』の洋一が優子さんと彼女であったと考えれば、洋一は優子さんと付き合っていたということになる。それは洋一の中だけであるけど。
だけどそれだと、俺はどうしてその時世界が逆行していると気がつかなかったのだろう。流石に、今回だけ秘められし能力が発揮されたー、なんてそんな簡単なことじゃないだろう。
そして優子さんのあの言葉。『急に趣味や特技が増える』という洋一。それは、何回も逆行をしているから? それならガッテンもつく。スマホゲーム、タイタツ、UFOキャッチャー。それらがもし、『誰かを救うために手に入れた技術』だとしたら? そうしたら今度はそこに『アニメ』が加わるということか。
逆行のトリガーが俺でなく洋一にあるという可能性。
そして洋一は何回も逆行を行なっている可能性。
そしてその二つを妨げる、俺の記憶が今回だけ保持されているということ。
「ゔゔゔん! わかんねぇ! こんなのむずすぎる! 俺みたいなバカにはわからない!」
頭を抱えて一人唸る。正解にたどり着ける気が全くしなくて。
プルルルル、とスマホが鳴った。こんなときになんだと思いながら見ると、そこには『加賀梨洋一』の名前からの電話だった。
俺は意を決して、その通話ボタンを押した。
「おう洋一、なに?」
『優子から聞いたよ、今日家に来てくれたんだってね。ごめんね、出られなくて──それだけ』
「それだけ……?」
俺は意を決して、加賀梨洋一に……小さな声で、力強く咆哮した。
「だったら、俺が聞きたいことがあるんだ! 夜遅いけど……いいかな?」
洋一の誕生日、そして逆行する前の世界での俺の命日。
9/22まで。
あと、残り二日を切った。




