9/22→9/1
どうやら俺はこの教室という小さな枠組みの中で、『いじめられっ子』という役割を持たされているらしい。
気づいたのは6月のある日のことだった。
シカト……とはまた違っていたが、明らかにそれに類する嫌がらせ。そういう空気を浴びていた。最初はそんなことないって思ってたし、別に俺は何もしてないのだから、いじめられる理由なんて無いと思っていた。
理由など些細なことで、いじめの対象になるならないには関係なかった。
簡単だ。「いじめやすかったから」、以上。
それだけで人間は空気を作る。それだけで人間は嘘を突き通す。それだけで、それだけで人間はゴミに成り下がる。
「目障りだ」、「視界に入るな」、「お前がいると吐き気がする」。
実際に言われてはいないけど、たしかに彼らはそう言った。嘘だと思ったし、基本的にそういうものを見ないようにして、自分の世界を誤魔化してきた。いつもの風景だと頭に誤認させた。
だけどそのせいで俺は、それを非常な状態だと理解するのに時間がかかりすぎていた。
いじめっ子という存在は頭がいい。先生にも、真面目な生徒にも気づかれずにいじめを通す。先生や真面目な生徒はその空気に侵されて見えるものがなくなる。それはまさに、いじめられっ子を囲う檻になるのだ。
「いじめなんて起こっていない。起こるなんておかしい」
そういう考えのもとで生きているのが人間だ。だから、いじめは軽視され、揉まれて消える。無かったことになる。
だけど、いじめられっ子は忘れない。彼らが全部忘れても、その人間の心の中に必ず宿る。抑えきれない怒りと、復讐の心。
だから俺は、俺をいじめた奴を許せない。
そんなこと考えても無駄だと知ったのは、この俺。転落人生まっしぐら高校一年生の那須和妻、いじめられっ子クソ陰キャ帰宅部オタクメガネでーす。
もう我慢の限界なので、大声出しながら、膝の痛みとか関係なしに階段駆け上がりまーす。
「あああああああ………………ッッ!!!!!!」
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!!!!!
どうして、どうしてッ! もう嫌だ、もうこんな世界なんて嫌だ! 大嫌いだ、もう人間なんて死ねばいい消えればいい!
五等親ぐらいまで呪ってやる! 無残に一家謎の惨殺事件が俺の手以外で起こってしまえばいい! いや起これ!
「大田和也、坂田春樹、南蓮太郎、飯野涼子! ……俺をいじめたクソ野郎共がっ! いいぜもういいぜ、泣け喚け俺の死に慄けぇぇえええ!」
階段を駆け上がる、目指すは屋上。今から死ににいく。
もういいぜいいよ死んでやるよ。遺書も証拠も、全部全部作ってある。俺が死んで、その力で、社会的に殺してやる。
うーわすっげ、楽しみすぎる。今から死ぬっていうのに背から翼が生えたみたいだ!
本当に先に生まれただけで踏ん反り返ってるクソ先生が、「夏休みが終わったらそんな悪ふざけもすぐに終わるよw」ってあくびしながら笑ってたけど、もう遅い。
俺が、俺を殺した世界を蒼白に変えてやる。
「あ、那須君だ。おーい、何してんの?」
「あ……?」
目の前に男の子が立っていた。俺の顔が蒼白に変容してしまう。
「あ、ああ……どうして、加賀梨がここに!」
加賀梨洋一。俺をここまで追い詰めた奴らの……学年の元締め。学校内で知らない人はいない最強陽キャ、俺が一番嫌いな奴。
「目障りなんだよ、どけ」
「え……おっ、おう悪い。大丈夫か?」
ああウザいウザいウザいウザい!!!! 死ね死ね死ね死ね!!!! お前のせいで俺はこうやって心傷つけられて屋上から自殺しなきゃならなくなったんだよ!
「邪魔だ、消えろ」
「……本当に大丈夫か? 元気出せよ!」
あああああ! こ い つ の せ い で !
加賀梨洋一のせいで、俺はいじめられてこうやって!
「おい! 教室は反対だぞ!」
知らねーよ、もうそんな場所には一生行かない。もう見せ物にはならない。
走る、走る。屋上の鍵をぶっ壊して青空の下に飛び出した。
風が吹いていた。
この風は、今から俺の魂を乗せて地獄に行くんだ。
翼はいらない。屋上から落ちて、確実に俺は死ぬ。
やっぱり、怖かった。分かっていた。一瞬だけ、まだ生きていたいって思ってしまった。
だけど、それ以外の選択肢なんて残されていない。どうせ俺はいじめられて死ぬ運命にあるのだ。どうせ俺は道半端で諦める運命にあるのだ。それは、俺の人生だって同じことだ。
走馬灯はなかった。いや、思い出したくもなかった。全てが最悪で、全てが、全てがもう嫌になった。
だから死ぬのだ。
頭から、三階下のコンクリートに落ちていく。
「陽キャのゴミ共……必ずお前らを呪い殺してやるッ!!」
俺は生まれ変わって、お前らを殺す。絶対に殺す。死んだ後も殺し尽くしてやる。
だから、無残な死体に俺はなる。
音がした。ぐちゃり、べちゃり。
その時、俺は、死んだ。
──。
死後の世界が、死ぬ前の世界と酷似──いや完全に同じなことはあるのだろうか。
気がついたら、いつもの教室の光景が目に入ってきた。
「気をつけ、礼」
辺りを見渡しても、ここがただのいつもの教室であることは変わりない。
何が起こっている? 手は動く、足も動く。ペンケースを手に持つが、別にすり抜けたりしない。
「もしかして……戻って、きた?」
今日は二学期最初の日。体育館での校長の意味わからない話、夏にあった大会の賞状納め。
うっすらとした記憶が、完璧なものになっていく感覚。
そして、後ろ指をさして俺を笑う南蓮太郎。完璧だ、これは俺が一度通った道だ。
全てが、記憶と完全に一致する。
「これは、完全に……」
戻ってきた。戻ってきてしまっていた。戻ってくれた。
神様からの贈り物。そんな言葉が脳裏をよぎる。
「は」
気分がいい。
「はは」
世界が広い。気持ちがいい。清々しい。
頭を抱えて笑みを堪える。
今日の日付、9/1。俺の死んだ日、9/22。
戻ってきた、戻って来てしまった。
このクソだらけのクソみたいな世界に。
「夢なはずがねぇ。これは夢なんかじゃねぇ」
──だったら、やることは決まっている。見たことのある場所、見たことのある展開、そして見たことない復讐を。
まずは、俺を殺した張本人。
加賀梨洋一を、俺の記憶でいじめてやる。
俺は覚えている、俺は絶対に忘れない。
俺を殺した全ての行動を。俺をいじめた全ての出来事を。
俺には未来がわかっている。俺には全てが見えている。
さあ始めよう、俺はこの世界の全てを知り得る存在だ。だから俺に仇なす奴らは全部ゴミ同然、カス以下。
記憶を全て使って、陽キャのゴミを泣き喚くまで潰してやろうか。そして、そうやって、俺の復讐をここから始める。
☆
まずはどうやってアイツをハメてやろうか。
加賀梨洋一。性別は男。完璧陽キャ。歳は知らない、まあ15、16歳だろうとは思う。留年しているなら17歳もありえるんだろうけど、そんなのどうでもいい。
9月1日、放課後……。歴史通りにことが進むのであれば、彼をいじめの魔の手に引き摺り込むことができるかもしれない。
記憶通りに行けば、俺は今日いじめっ子の一人である大田和也によって頭から水を被ることになる。
放課後、人気のなくなった自転車置き場で。
そこに呼び出すというのはどうだろう? しかし加賀梨は俺の呼びかけに応じるだろうか? いや、そんなはずがない。
素直に俺が言ったらそこに来るか? 面識も、話すこともまず無かったあの野郎が、そんな簡単な呼びかけを怪しまないなんてことはない。つまりこの作戦は却下。
ならどうする? 呼び出す方法は多々あるものの、成功するかどうかは賭けだ。
俺は加賀梨洋一をハメるために、手紙を書くことにした。
☆
放課後になり、俺は加賀梨を呼びつける為に匿名でラブレターを書いた。俺を殺した奴に愛を綴るなど最悪な気分だったが、今から最高の気分を味わえるのだからそれでいい。
「ここで加賀梨を待って、俺にかかるはずだった水をアイツにかける……くくっ、ふははっ、ははははっ!!」
なんて最高のシナリオなのだろう。今から俺をいじめた奴の絶望した顔が見られるのだから。頭抱えて笑い堪えるのが辛すぎるわマジで。
あー楽しみだ、最高だ。
「それじゃ、どこに隠れよっか──────────な」
バシャン。大きな音が頭上から出て足元に消えた。
ぽたぽた。そんな音が聞こえた。俺の下の地面から。
は…………? どうして俺が濡れている?
頭上には笑いながら俺を見る大田和也。
理解した。当たり前のことを思い出した。
──そりゃそうだよな。俺が先に来たならそこで水かければいいもんな。
笑い声、笑い声。笑い声、笑い声。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
怖い。息が上がる。喉が痛む。
────あー、死にたい。
「おい、大丈夫か那須君!?」
聞こえない、何も聞こえない。俺を心配する加賀梨洋一の声なんて……え?
「は、え、ちょっと待て!? お前、加賀梨洋一……だよな! え、待て待て、なんで!?」
加賀梨が、あの男が、俺を気遣いう言葉を吐きながらこちらに向けて走ってきた。
「どうしてこんなに濡れて……もしかして誰かにやられたのか!?」
バッグからタオルを出して濡れた髪を拭いてくる洋一。俺から見ても本気で俺を心配しているみたいだ。
困惑した。かの俺を殺した引き金である加賀梨洋一が、俺を気遣っているという事実に。
「ななっ、何するんだこのゴミ野郎!」
「……じっとしてろ! 怪我とかあったら大変だろ!」
その声に気圧されてしまう。
俺の見てきた世界に、こんなイベントはなかったはずだ。なのにどうしてここに加賀梨洋一が……ってそうか、俺が呼び出したんだもんな。一応成功。俺が水を被るという大筋は変わらないが、未来を変えることができる可能性はあると見た。
なのに、目の前の陽キャは屈託のない笑顔で言ってきたのだ。
「心配ならまた、俺を呼んでくれよ!」
「ななっ、なんで……もしかして手紙ばれて──」
俺はすかさず自転車に乗って走り出した。陽キャのゴミを視界に入れないように、飛ばして家に向かう。
「事故には気を付けろよー!」
そんな加賀梨の親切心らしきものも、全部潰したかった。
逆行転生……まあ転生とは言わないだろうが、今の状況を表す1番の言葉だろう。なら、やることは一つ復讐のみ。
そんな考え事していたので家の前の砂利道でこけた。そのせいで自転車が使い物になくなってしまった。
明日からは歩いて行こう。そして俺を殺した奴らに、最高の復讐で返してやるのだ。
「やってやる見せてやる、俺の真髄を!」
拳と拳を打ち付けて、転んで擦った膝の痛みを頭の中から消していく。はぁぁぁ! 昂ってくる昂ってくる!! 俺が見せてやる!
「陽キャのゴミ共、今に見てろ! この俺、那須和妻がぶっ潰してやるからな!」




