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人加水 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ん、どうしたつぶらや。何か俺、おかしいところがあるか?


 ――いつもしている腕時計をつけていない?


 ほう、よく気がついたな。実は今朝、洗濯機から服を取り出した時に、ワイシャツの胸ポケットに腕時計が入っていたんだよ。仕事帰りに外して、ポケットに入れておいたのをすっかり忘れていたらしくって、びっちょだったのさ。

 知っているかもしれないが、時計はかなりの精密機器。専門の知識がないと修理することはままならない。今日にでもどっかしらの時計屋さんにお願いして、見てもらおうかと思っているんだ。

 水は熱と並び、機械にとっての天敵と認知されている。だがな、関わり方によってはもっと恐ろしい牙のむき方をしかねないケースがあるのさ。

 それについて俺が体験した話、聞いてみないか?


 子供の頃、俺もまた周囲にいるゲーマーの一員だった。据え置きのゲーム機がまだ少なかったこともあって、新しいものを持っているとみんなの注目の的。放課後にその家へみんなで集まり、交代で遊ぶことも珍しくなかった。当時はまだ、外側にソフトが露出しているロムカセットが主流。接続の調子が悪いとソフトと本体の端子部に、ふーふー息を吹きかけるのは、おなじみの光景だったっけなあ。

 かくいう俺んちも広いスペースがあったから、遊び場を提供することも多かった。その日も学校で、友達とうちに来る約束を交わし、少し早めに帰宅。ゲームの準備を万端に整えて待ち受けることにした。

 今日は家に親がいない。適当にお菓子屋やジュースの用意をして待っていたんだが、ふと喉の渇きを覚える。まだ封を開けていないジュースだったが、俺は構わず自分用のコップを引き寄せつつ、蓋を開けようとする。


 その時だった。冷蔵庫から出されてさほど経っていないせいで、ジュースの1.5リットルペットボトルは大いに結露していた。俺はすでにコップをひざ元に置いている。そこまで移動させる時、俺はうかつにも、ゲーム機本体の上を通る形で、ペットボトルを運んでしまったんだ。

 揺れる。垂れる。叫ぶ。俺の手をかすめつつペットボトルを離れた水滴は、あやまたずゲーム機本体と挿しているカセットの間。半紙一枚通すことができるかどうかという、わずかなスペースへ落ち込んでしまったのだから。

 この時、電源はつけていなかったが、つい数秒前までは全力で稼働させ続けていた。本体はかなりの熱を持っていたし、水が垂れた瞬間「バジュッ」と音がして、例のすき間からも、かすかにオレンジ色の火花が散ったように見えたのさ。

 門外漢でがきんちょの俺でも、ひと目で「やばい」って思ったね。同時に、「こいつは俺のせいじゃなく、このタイミングで勝手に落ちた水滴のせいだ」とも、心の中で言い訳し出す自分もいたのさ。

 ほどなく家のインターホンが鳴る。友達がやってきたんだ。この、先ほど水滴を垂らしてしまったゲームを、目当てにして。

 それができないことを謝って、頭を下げる……なんて、情けないことはできない。したくない。何事もなかったように起動し、何事もなかったように遊べて、時間を過ごすことができる。

 予定通りに、いつも通りに。それが、自分の落ち度を棚に上げたい、俺の望み。


 ――たとえこの後、まったく動けなくなってしまってもいい。今、この瞬間だけでも動いてくれ!

 

 そう頭の中で切望しつつソフトを本体から外し、本体に乗せた上で、何食わぬ友達を家へ招き入れた。

 

 予想通り、友達はすぐにゲームをやりたがってくる。ほいほいと、俺はテレビの準備を済ませながら、友達にカセットを挿して電源を入れてくれるように頼む。

 これで最後に触ったのは、友達になる。つまり不具合が起きても、その原因は友達になすりつけることができるだろう。

 俺は悪くない。遊ぶ場を提供しただけの、「善人」だ。上手くいけばよし。上手くいかなきゃ、最後に触れたのを理由に糾弾する。何とも汚らしいやり口だったよ。

 結果として、ゲームは稼働した。最初に電源を入れた時には、一面灰色のテレビ画像が映し出された。この本体とテレビの接触が悪いならよくあることで、友達はすぐにソフトを抜き、端子部に息を吹きかけていく。

「これでますます言い逃れが聞かなくなるぞ」と、僕は内心でほくそ笑んでいた。息を吹きかける時に唾が飛び、端子部に入ったせいで壊れてしまったカセットの例を、どこかで聞いたことがある。善意で行う友達の行為は、自ら余罪を重ねていくのも同義なのだ。


 しかし、「ふーふー」を経てからの二度目。今度はゲーム画面が映る。ところどころ、糸を引いたような乱れがグラフィックに見受けられるものの、バックで流れる電子音は、まさにこのゲームのタイトル画面で流れる音楽。

「あともうちょいだなあ」とつぶやきつつ、カセットを抜き差ししながら、何度も試し続ける友達。あの火花を見た俺としては、ちょっと意外な結果だ。十中八九、ろくに起動しないまま、おしゃかになっちまうと踏んでいたのに。

 でも、それならそれで楽しむだけ。俺はさっさと気持ちのスイッチを切り替えて、間もなく、乱れなしで映し出されたゲーム画面に向けて、コントローラーを握っていた。

 このゲームは二人同時プレイができるものの、その場合はところどころで処理が遅れることを、弟とお試しで遊んだ時に知っている。

 だが、この友達とのプレイは、何もかもがスムーズに進んだ。件の処理落ちする箇所はおろか、コントローラーの反応も敏感。むしろ感じやすすぎて、コントロールに苦戦するほどだったさ。いつもは、押してからワンテンポ遅れて動くことが多く、ちまちまとストレスを溜める代物なだけに、余計、この快適さに胸がスカッとしたな。

 最終的に友達が帰るまでの数時間で、それなりにやり込んで出したと思っていた、ハイスコアを軽く超えてしまう。俺にとってすでに友達は、濡れ衣を着せるべき悲劇の人ではなく、機械の性能アップを果たした英雄になりつつあった。送り出した後に、改めて電源を入れにかかると問題なく動き、機敏さも失われていない。

 彼の手管の賜物かと感心する俺は、またゲームにのめり込む。あの時、自分が垂らした水も、出してしまった火花のことも、すっかり頭の片隅に追いやりながら。

 

 だが、それからというもの、俺の身の周りで妙なことが起こり始める。

 きっかけは、その日の風呂上がりに使ったドライヤーだ。すでに10年近く買い替えることなく使い続けている、家族兼用のブツだが、もはや温度調節機能がいかれていた。ハイ、ドライ、クールのどれに切り替えても、一定の風の温度と勢いしか提供してくれないそれの機能が、俺が使ったとたん復活したんだ。

 その他の家電も、俺が触れて以降は軒並みグレードアップする。風呂上がりの飲み物を取り出した冷蔵庫は、出力をいじっていなくてもキンキンに冷え、逆にレンジやオーブンはこれまでより短い時間で、その役目を達成する。年季が入り、画像の乱れが目立つテレビもクリーンに。


 ――これ、もしかして俺、特殊能力に目覚めたみたいな?


 学校の調理実習で、温泉卵づくりの際にレンジを使った時にも、同じような現象が起きて確信を強める。もっとも温度が高すぎたせいか、取り出す前にほとんどの卵が爆発。惨事になってしまったことは、申し訳なく思ったがな。


 だが調子づく期間は長く続かなかった。

 一ヵ月もすると、まずゲームが突然、動かなくなったんだ。学校から帰ってきて、いの一番に電源へ手を掛けると、もはやうんともすんとも言わなくなっていたのさ。

 次いで、ドライヤー。冷蔵庫、レンジやその他の家電も、ほぼ同時期に動かなくなっていく。ほぼ総買い替えになって痛い出費だと、親が嘆いたのを覚えているな。学校の家庭科室のレンジも、一気に新しくなっちまったが、被害はそれだけにとどまらない。

 あの日、遊びに来た友達だ。元から運動が得意だった彼は、あの日から急激に記録を伸ばし、校内でも指折りの陸上記録を残したんだ。

 だが、数年後の体育の時間に、ちょっとした拍子で転んだ彼は、自力で起き上がることができなかった。そのまま病院へ運ばれて、卒業するまで二度と会えなかったよ。

 聞いた話じゃ、年齢にそぐわぬほど身体中の骨が老化しており、まともに動くことができない状態になってしまっていたとか、何とか。


 ――ん? 俺の家族が気になる?


 前にも話したと思うが、この仕事に就く前に両親は寝たきりになっちまった。少し前までは俺より長生きするんじゃね? ってくらいに、元気だったのにな。

 弟はどうにか大病を患わず、ばりばり働いている。だが、近頃の健康診断結果はじょじょに悪化してきているらしい。どうにも数十年分早く、身体の老化が始まっているようだとも告げられたとか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 家電だけならまだしも、友達や家族にまで影響していたとしたら悲しい……。 急に調子が上がったので、その反動も大きかったのでしょうかね。 あ〜、この最後に触った者……というのは、例えば自分が触っ…
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