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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
27/28

<26> 夜明け前(後編)

「つ、付き合ってたの?」声が震える。


サマンサはさらに困ったような複雑な表情を浮かべ、しばらく考えていた。


「・・・プラトニック?」サマンサはそう言って微笑む。「私はツバサを愛した。彼も私のこと・・・たぶん。でも私たち、距離を置いたわ」


「・・・なぜ?愛し合ってるなら、なぜ付き合わなかったの?」


「フフッ、ツバサから聞いてたけど、マリって古風な女の子ね」


「・・・」


「あなたも恋愛に憧れるの?」


「・・・わ、悪い?あたし、ヒューマノイドなんて愛せない」たぶん私の顔は真っ赤になっている。私の世代で結婚を考える人はほとんどいない。


  ヒューマノイドがオーナーに変わって働いて生活を支える時代、リースだから5年から7年ごとに新品になり、オーナーが病気や年老いても面倒みてくれる。好みの容姿、性格を設定でき、わがまま言っても人間ではあり得ない寛容な態度で受け入れてくれる。ほとんどの人は人間と生活を共にするのに必要な忍耐が退化してしまっている。そして、ほとんどの人は、人間ではなくヒューマノイドを人生の伴侶に選ぶ。私のように人間の伴侶に憧れを抱くのはマイノリティーだ。


「あなたのことを聞いて、ツバサが(うらや)ましかったわ」そう言って、サマンサは微笑みを浮かべた。


「(翼が羨ましかった?あたしが羨ましかったの間違えでしょ?)翼との交友はいつから?」頭に血が上る感じがしたが、できるだけ冷静な態度で問いかける。


「あなたが16歳の時?」サマンサは首を軽く(かし)げながら答える。


「あたしが16って、・・・レンレイ事件のすぐ後?」


「ええ、あの事件があって、その参考人としてツバサからインタビュー受けたの。主犯のメイ・リンは私の元部下、違法のヒューマノイドは私の設計をベースに改造されたので、二重に参考人だったの」


「(あっそうかぁ、あの時に・・・)」


レンレイ事件は私の古い人生を滅茶苦茶に壊した。そして、私の新しい人生の出発点となった。実父のステファンは私を捨て愛人のメイリンと共に欧州へ逃亡。その後、父の旧友であり、事件の調査をした翼が私の父親代わりになり、私は日本へ留学した。


「インタビューから一ヶ月くらい経ってからかしら。ツバサから食事へ誘われたの。フフッ、可笑しかったわ、すごく真面目な顔で言われたの。『突然だけど、俺、16歳の娘ができた』って。最初、何言ってるのか分からなくて、フフッ」サマンサはそう言いながら優しい微笑みを浮かべた。


「・・・なぜ、あなたに?」私は怪訝(けげん)そうな顔で聞いた。


サマンサは目にかかる前髪を指で後ろへ流しながら、斜め前方へ視線を向けた。


「私、15歳の時にツバサに会いに行ったの、友人と父と三人で」


「・・・お父様も一緒に?」ジョンからは、サマンサは共同創業者のケイト・ナカガワと翼に会ったと聞いていたが、父親も一緒だったのか?


「ええ。ツバサ、その時のこと、良く覚えていて」


「あなたのお父様のこと?」


「私と父って、すごく仲良かったんです。一卵性親子って言われるくらい」


「・・・」


「『父親って娘とどう接するのか全然わかんねぇんだ』って相談受けたわ」


サマンサは昔を(なつ)かしむように、ゆっくりした口調で語り続けた。それは私には少なからずショックだった。翼は私を娘として育てるためにサマンサに助言を求めた。サマンサだけでなく様々な人から娘の育て方を()うたらしい。あたしは、年齢を重ねれば、いつか娘じゃなく女として見てもらえることを夢見ていた、たぶん、心のどこかで。でも翼はずっと良き父になるために学び続けた。そして、翼がモデルケースとして選んだのがサマンサとその父の関係だった。


  サマンサは幼少時に母親を亡くし、父一人に育てられた。父親は娘との対話を重要視してサマンサが何をやりたいのかを理解し、そのために学ぶべきことを寄り添うように支援し続けたそうだ。サマンサの場合、それは父の専門でもあったAIでありロボティクスだった。その父親はサマンサが二十一の時に亡くなり、二十六の時には夫エリックも失っている。翼がサマンサに相談しはじめたのは、サマンサがいまだ喪失感で真っ暗闇の中だった二十八歳、今の私と同じ年齢だった。


「私ね、フフッ」サマンサは優しく語りかける。「あなたのこと、十年以上、影で見守り続けたの」


「・・・」


「あなたとツバサって、私と父以上に仲良しよね?ツバサのSNSのアルバム、いつも見てたけど、父娘というより仲の良い兄妹(きょうだい)か恋人どうしみたいね」


私はテーブルの上のタブレットを引き寄せ、翼のアカウントでログインしていたSNSというツールのアルバムを開いた。私が馬鹿みたいに笑っている数百、いや数千にのぼる写真が並んでいた。––––– 波打ち際でふざけあう二人、ふざけて翼におぶさる私、テラスで料理を囲んでピースサインする二人、翼の膝枕で寝たふりをする私、揃いのサングラス姿で映画のシーンを真似する二人 ––––– そういえば、翼ってしょっちゅう写真を集めていた(※この時代、手持ちのデバイスだけでなく、ドローンや壁などに埋め込まれたカメラを誰もが利用できる。写真を撮るというより、周囲のカメラシステムから欲しいシーンの映像を集める感覚)。


「(たしかに・・・これって父娘というより恋人の構図!?)あたしって、こんなおもいっきり笑ってたんだ。バカっぽいね」そう自虐っぽく言ったが、やばい、きっと顔が火照って赤くなっている。


「あなたがベイエリアの私の家に来たとき、とってもドキドキしちゃった。あなたって私にとっても娘みたいな存在だから。とても会いたかったけど、でも会ってはいけない、みたいな関係?わかる?」


「娘みたいって・・・で、でも、あなたとあたし、十四歳しか違わないし・・・」


「フフッ、年齢差が気になる?」


「い、いや、そのぉ、・・・だ、だったら、なぜ、翼と付き合わなかったんですか?」


「そうねぇ、・・・聞かれたの、ツバサと会うようになってから二年ぐらい経ってからかな?」


「・・・」


「『もし、お父さんに恋人ができたら君はどう思っただろう?』って。・・・私、正直に答えちゃった。悲しいし、嫉妬するし、それは望まなかったと思う、って。私、凄いファザコンよね」


「・・・」


「あの時期、ツバサに恋人ができたらマリがどう思うか、私たち真剣に話し合ったの、お互いの気持ちは隠して」


山中さんの『とても高潔な人です』という言葉が再び脳裏に浮かんだ。私が翼なら、私じゃなくサマンサを選ぶ。サマンサは思慮深い大人の女性で、私は浅はかなガキに過ぎない。「(そして、二人はプラトニックな関係を選んだ・・・)」心の中でつぶやいてみた。


  頭がぼ〜としてしまった。ふと気がつくと、サマンサはマイクをミュートにして壁の方にいる誰か(仮想空間上には映っていない)と話をしていた。そのジェスチャーで彼女がまもなく席を立たねばならないことが伝わってくる。氷点下196度の世界へ向かう準備が始まるのだろう。


  ミュートが解除され、サマンサは話を中断したことを丁寧に詫びた。そして、お別れの時間だと告げ、今回の人生の最後に私と話しができたことが光栄だと私との会話をクロージングしはじめた。


「サマンサ、あたしの方こそ最後にこうしてあなたとお話できてよかった。優しく見守って育ててくれた、あなたと翼・・・父にお礼を言いたい。それから、ごめんなさい。あなたと父は本当は自由にお付き合いすべきだったのに」


「あなたが謝ることは何もないわ。それより、ケイ・ミズシマを支えてほしい」


「あっ、そうだ。・・・どうして、ケイの昔の著作を調べてたんですか?」


「・・・気付かない?」


「えっ・・・あ、・・『アシモフの罠』!?」


「そう、冷凍保存の秘密を探るためにケイ・ミズシマのオンラインの発言を徹底的に調べたわ、特に彼が生前所有していたPCというデバイスからの通信形跡を。古い時代だったから、各国の諜報機関が保存していた過去の膨大なネットの情報にも侵入して調べたわ。その過程で思わぬ発見をしたの。Yomibito Shirazu (詠人不知)、『アシモフの罠』の著者がケイ・ミズシマということを」


「・・・」


「驚いたわ。もし、ツバサが生きていたら、どんなに喜んだでしょう」


「翼が?・・・翼とケイって、何か接点あるんですか?」


「・・・そうね、マリは技術者じゃないから聞いてないのね。翼は Yomibito Shirazu 氏を最大のインフルエンサー、師と仰いでいたわ」


「ケイが・・・翼の師?」


「ヒューマノイドの設計コンセプトに『日本庭園の宇宙観』を提唱したのも、心を人工的に作ろうとすれば『暴走因子』になるだろうと警鐘を鳴らしたのもYomibito Shirazu 氏、つまり、ケイ・ミズシマよ」


「・・・・・・・・・えっ?」


たしかにそうだ、ケイはAIの『暴走因子』という言葉の意味を翼と同じ意味で認識していた。なぜなら、それは元々ケイの言葉だったからだ。サマンサがケイに『尊敬している』と言った理由も、重罪を犯しながらも私を助けた理由も、頭の中がぐるぐるしながら色々なことが繋がってゆく・・・。


「マリ、お別れの時が来たわ」その声でハッと我に返りサマンサへ視線を向ける。サマンサは立ち上がり、クレオを指差しながら「その子のボディーをお借りしていいかしら?」と尋ねた。サマンサの横に立つフローラは既に受け入れ状態で、私からの接続待ち状態だ。


  私はクレオにサマンサのリモート制御を受け入れ、ハプティック(触覚)通信モードをオンにするよう指示をし、グラス(メガネ型ディスプレイ)に付属する脳波センサーをオンにした。仮想空間上のクレオがサマンサの姿に代わり、姿を消したフローラはサマンサの視界では私の姿になっているのだろう。実際のサマンサより7〜8センチ背の高いクレオに重ねられた彼女のアバターと、私より7〜8センチ背の低いフローラに重ねられた私のアバター。


  優しい微笑みを浮かべ両手を広げるサマンサ(のアバター)を、私は無意識にハグしていた。ハグする両手にギュッと力を入れると、またしても涙声になってしまう。


「今までありがとう。見守ってくれてありがとう。育ててくれてありがとう。あたし、あなたのこと、いっぱい誤解してた。翼が愛した人だもん、あなたもとても素敵な人」


「私も・・・あなたには感謝しかないわ。翼が『娘の存在が俺の人生に価値を与えてくれた』って言ってたけど、私の人生にとっても娘を育てる経験って特別なことだったわ」


「フフッ、あたしも娘欲しくなっちゃった」


「マリはきっと良い母になると思う」


「次に目が覚めた時はもっと幸せになってね」


「ありがとう、あなたもね。元気で」


「・・・」


ずいぶん長い時間ハグをした。いつの間にか噴水の音は消え、代わりに疑似心音が耳に届いていた。目を開けると仮想空間は消え、私はケイの部屋でクレオをハグしていた。

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