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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
25/28

<24> 時の流れ

スクリーンに映る映像の中の舞台では華やかな衣装の男女がカメラを意識しながら所狭しと集まっていた。その軽薄な笑みで声の聞こえない映像からも鼻につく自慢話が耳に届きそうだが、目を()らすとその中心にグレーのドレスを着た小柄な女性の姿が垣間(かいま)見えた。肩にかかるブラウンベージュの髪、透き通るような白い肌、場違いの地味なドレス。一人周りに溶け込めないサマンサの姿は一度(とら)えると見失うこともなかった。人々は次から次へサマンサに話かけるが、彼女は少し引きつった微笑を浮かべるだけで、その口元から何かが発せられる気配はなかった。若い頃は『超の付く人見知り』だったそうだが、今も表舞台に登場するのが苦手な様子がありありと感じられる。美しきコミュ障で謎に満ちた変人、私が勝手に抱くサマンサ像だが。やがて司会の男が現れ、人々に静寂(せいじゃく)を求めた。


  叙勲(じょくん)式と聞いていたので(おごそ)かな衣装に(かんむり)をかぶったルリタニア公爵(形式上の元首)が勲章を授与する姿を想像したが、公爵はビジネスマン風のスーツで営業スマイルを()き散らしながら登場した。カメラが公爵にフォーカスを当てなければ、その男が公爵だとは気づかないだろう。やがてステージ上では公爵とサマンサを取り囲むように人垣ができ、公爵自身によるサマンサを(たた)えるスピーチがはじまった。


  最高位の叙勲であり、公爵のスピーチからサマンサの功績を要約するなら、経済、医療、教育、文化、国防、多方面に渡り同国に貢献したそうだ。が、そんなに一人で貢献できるものだろうか?そもそも、サマンサは最近までアメリカとアイルランドを拠点に活動しており、加えてルリタニアは建国からたったの9年しか経っていない。如何にも取って付けたような叙勲だ。


  やがて、サマンサの胸に勲章がかけられ、取り囲む華やかな人々から拍手が湧き上がり、ステージの後方に控えていた楽団が軽快な音楽を(かな)で始めた。ステージでは踊り始める人々もいたが、サマンサは引きつった微笑を浮かべながら周囲の様子を伺うように徐々にステージの(すみ)へ移動し、誰かのおどけた仕草に視線が集まった瞬間、人見知りな猫のように、さっとステージから姿を消した。ステージにはダンサー(本物、人間のようだ)も登場し、楽団の演奏はさらに本格的になった。


*  *  *


  クレオにジャスミンティーをお願いしてお手洗いに立った。この部屋ではバスルームは寝室にある。ケイを起こさないよう、そっと扉の開け閉めをする。居間へ戻る途中、寝室の奥へ目を向けると、窓はスモークモードではなく、透明な窓から青白い月の光が射し込んでいた。


  2つあるベッドの窓側の方に仰向けになった人影が見える。いけないとは思ったが好奇心に勝てず、そっと近づいてケイの寝顔に視線を落とした。呼吸をしているのか分からないくらい小さな寝息だった。薄暗い月の光でも、昼間、暴漢に殴られた顔のアザを確認できる。祖父母のヒーローだけど、・・・私も助けられた。視線を感じ、窓の外を見ると神奈川県警の警護用ヒューマノイドが微笑みながら立っていた。ちょっとビックリしたが、ベランダで警備するよう指示したのは私じゃないか?気まずさを感じながら、そそくさと寝室を後にする。


「真理さん、ジャスミンティーはソファの前のローテーブルに置きました」


「ありがとう」


「まもなく、プレス・カンファレンスが始まります」


「うん、じゃあ、クレオも隣に座って」そう言ってソファに座り、隣の席をポンポンと叩いてクレオを招いた。


クレオはソファに座るなり「水島さんの寝顔って可愛いですよね?」と聞き、私は持ち上げたティーカップからジャスミンティーを半分こぼしてしまった。警護用ヒューマノイドとクレオの間で情報はシェアされているのだ。


「さ、さあ、どうかな?」


クレオがこぼれたジャスミンティーをタオルで拭いている間に、スクリーンの映像は華やかな叙勲式のステージから、大統領府のプレス・カンファレンス・ルームの映像に切り替わった。


*  *  *


登壇(とうだん)者の演台の後ろには、ルリタニア共和国の国旗があり、その後ろの壁にはレックス財団とニュー・ホライズン研究所のロゴマークが掲載(けいさい)されていた。ともに旧カルダシェフ財団出身の科学者が設立したアメリカの組織で、メルクーリ以外で冷凍保存からの蘇生に成功したのは、この2つの組織しかない。


  やがて拍手が巻き起こり、ビジネススーツを着こなした同国大統領(実際の国家元首)が演台についた。数時間前にあったメルクーリCEO(最高経営責任者)のプレス・カンファレンスに比べると質素だが、その内容、話し振りは理路整然としており、用意周到に準備されたものだった。が、大統領は冒頭「アメリカのメルクーリ社に先を越されてしまいましたが」とメルクーリのプレス・カンファレンスの映像を流しながら(くや)しそうな表情を浮かべた。が、演技だろう。このタイミングはわざとであり、計算され尽くした演出だ。


  大統領の話は、メルクーリのCEOがプレス・カンファレンスで話した趣旨に似ている。メルクーリはTSM(時間移動医療)という用語を使ったのに対し、ルリタニア共和国の大統領は『Life Option』という用語を使ったが、どちらも人体を生きたまま冷凍保存し、未来のある時期に蘇生するという事業を始める内容だ。


  大統領はパネルを使ってメルクーリとルリタニアの比較を論じ始めた。大きな違いの一つ目は、メルクーリはこれから各国政府と協議しながら法改正を促すという段階なのに対して、国家であるルリタニアでは既に法改正が終わっており、同国でレックス財団とニュー・ホライズン研究所は今日から事業を始めるという(両組織とも、既に本社や主要施設をアメリカからルリタニアへ移したそうだ)。


  二つ目の大きな違いは、メルクーリがTSMを現代医学では治癒(ちゆ)できない難病患者に対しての手段と限定しているが、ルリタニアの『Life Option』は必ずしも難病患者に限定していないという。実際、ルリタニア共和国で最初に『Life Option』を受ける人は、その人自身は病気ではなく、訳あって生きる時代を未来にシフトするために自分自身を冷凍保存するという。


*  *  *


「ねぇ、ボリューム下げて」クレオにそう命じて、再び、ジョンに連絡をした。ジョンは欧州に向かう車中で同じ映像を見ていた。


「魔法使いの連中って、ルリタニア共和国?」


「ああ、そうだ。欧州AICSの調査員、さっそくルリタニア入国を拒否されたとさ。あの国はインターポールにも加盟していない、というか、加盟する気がないそうだ。テクノロジーを駆使した諜報機関が優秀ってのは有名だが、世界中からスカウトした特殊部隊も凄いんだとよ」


「・・・ねえ、あたしをなんとか入国させられない?」


「無理だ。お前、やつらのブラックリストの筆頭だぜ。それに素人の諜報活動サポートするほど厄介なものはない」


「・・・」


「気持ちは分かるがな、でも諦めてくれ」


ジョンは大きなため息をつき「メルクーリは、完全にダシに使われたな」とつぶやいた。


「ええ、完敗ね・・・でも、ルリタニアはどうしてレックス財団やニュー・ホライズン研究所に協力したの?」


「あの国は観光立国として独立したが、3、4年前から旅行のトレンドが変わって観光収入が当初の目論見からは随分減ったそうだ。それに建国以来、取り組んだ企業誘致にも失敗。独立を主導した現政権は本当は苦境らしい」


「でも、人体の冷凍保存って産業になるの?」


「いい質問だな。AICS欧州の調査員によると冷凍保存そのものより、それに付随する金融サービスを狙ってるんじゃねえか、ってことだ」


「金融サービス?冷凍保存と何の関係があるの?」


「現状、冷凍保存は法的には死んだことになる。だから、生前の所有権は剥奪(はくだつ)、ケイ・ミズシマもそうだが蘇生すると無一文になる。それどころか、ミズシマには国籍すらないだろう?」


「うん、そうだけど、それが?」


「ルリタニアは本日付で法改正したそうだ。冷凍保存中も生きているとみなすと」


「・・・つまり、今、冷凍保存を考えている人にとって、蘇生後も資産を維持するにはルリタニア以外に選択肢がない、と?つまり、冷凍保存の希望者は、みんな、資産を持ってルリタニアに移民する、と?」


「ああ。高額の冷凍保存サービスを受けられるのは裕福層だけだ。そいつらが資産を持ち込む。資産はそのままじゃあ、価値がなくなる、常に運用し続ける必要がある。ルリタニアは資産運用サービスを国の産業政策の柱にするそうだ」


「・・・ハハッ、笑っちゃうね、策略が凄すぎない?」


「全くだ」


「天才サマンサかぁ。・・・でも、なぜ、サマンサはルリタニアのために、こんな手の込んだことをしたの?」


「それを調べるのが、お前の仕事だろ?あ、そういや、サマンサに関して面白い情報を見つけたぜ。本部(AICS)の年配の調査員が見つけた。共有画面(※ジョンも真理も同時に操作できる)のリンク送るから見てくれ」


ジョンが送ってきたリンクをタブレットで開くと、古めかしいデザインのサイトが開いた。そこに記載されている内容は、随分、プライベートな感じだ。


「昔のサイト?何これ?」


「あ〜、お前の年代じゃあ知らねえかぁ、SNSってやつだ」


「SNS?」


「ソーシャル・ネットワークってやつだ、聞いたことねえか?」


「ん〜・・・最後のSは何?」


「あぁ、サービスのSだったかなぁ?まあ名称はいい。俺が子供の頃は、こういうサイトに日々の出来事を情報として掲載、友達と共有する習慣があったんだ」


「・・・共有してどうするの?」


「美味しいもの食べたとか、有名人に会ったとかを友達に自慢したり、写真とか、なんだろう、笑い話も書いたかなぁ?」


「あたし、友達のそんな情報、興味ないけど」


「今とは価値観が違う時代だったんだよ。仕事用の情報共有もあったんだぜ、サマンサの夫もNPOの仕事で使ってたんだ」


「エリック・シャノンという人?」


「ああ、今見てるのがエリック・シャノンが投稿した情報だ」


「へぇ〜、・・・あれっ?この上に ”Tsubasa Honjo” って書いてるけど?」


「ああ、翼には悪いが、あいつのアカウントに潜入させてもらった。で、俺が見るのも気が引けるから、奴の娘に代わりに見てもらおうかなと」


「ふ〜ん、了解。ところで、翼って、エリックって人とも知り合いだったの?」


「エリックの投稿の日付を見てみな、最近のもあるだろう?16年前に死んだはずなのに」


「えっ、・・・ホントだ。どういうこと?」


「お前なら分かるはずさ」そう言い残し、ジョンは通話を切った。


画面上部の ”Tsubasa Honjo” という文字列をしばし見つめ続けた。クレオの「お飲物のおかわり、いかがですか?」という声で我に返る。「(まずは仕事!)」そう自分に言い聞かせ、まずはエリック・シャノンのプロファイルに目を通した。


  2046年に環境系NPOのGiBBS、2048年に教育系NPOのPASSIONを立ち上げ、共に代表を務めている。「(GiBBS?PASSION?・・・どこかで聞いたことあるような・・・?あっ!)」と思い出し、上杉先生がマークしていたフレッド以外の二体の医師ヒューマノイドのオーナーを調べた。案の定、エレンのオーナーが GiBBS、ジーナのオーナーがPASSIONだった。企業や病院などの組織が採用できるのは個人が所有するヒューマノイドだけでない。NPOが所有するヒューマノイドも採用できるのだ。これらのNPO法人の経営陣にサマンサの名前はなかった。だが、経営を実質的に掌握(しょうあく)しているのはサマンサだろう。つまり、エレンもジーナもフレッド同様、サマンサが実質のオーナーだったのだ。「ちっ」と舌打ちしたが今更だ。


  エリック・シャノンの投稿に戻る。最新の投稿は一週間前の6月1日、その日はGiBBSの21年目の設立記念日とキャプションがあり、サマンサとは真逆、明るく闊達(かったつ)な姿の男がサンフランシスコ湾を背景に仲間たちと記念撮影した写真が掲載されていた。その前の投稿は4月17日。ゴールデン・ゲート・パークだろう、野花を()んだ写真がアップロードされ『エリックに花束を』のキャプションだ。3月15日はエリックの誕生日のようだ。パーティー・ハットを被ったエリックがケーキの前でポーズをとる写真には『あなたは、まだ、29歳のままね』という言葉が添えられていた。


  時間軸を(さかのぼ)るために幾つかの投稿をすっ飛ばしていると、1年前の6月8日の投稿写真に目が止まった。『19周年記念』のキャプションの写真では、頬のこけた青白い顔のエリックがティアラに白いベールの女と微笑みながらキスしている。 肩にかかるブラウンベージュの髪、透き通るような白い肌、今とあまり変わらない容姿だが、若き日のサマンサだ。


「(1年前で19年、ということは・・・)」


時代を一気にさかのぼる。2047年6月8日の投稿、そこには、エリックのNPOが主催するイベントにスーツ姿のサマンサが写っていた。キャプションには『フレンズ社の共同創業者、サマンサ・フォーサイス』とある。超の付く人見知りのサマンサがイベントに参加するなんて珍しいと思うが、これが二人の出逢いなのだろう。二人が恋に落ちた時期は定かでないが、その約一年後から、サマンサはエリックのページに頻繁(ひんぱん)に登場するようになった。それは、絵に描いたような幸せな生活を彷彿(ほうふつ)させた。ビーチで(そろ)いのサングラスでポーズをとり、緑豊かな公園で二人でサンドイッチを頬張り、南の島のディナーで乾杯し、何でもない日常の暮らしで笑みをこぼし、・・・そんな何百枚にも上る映像が連なる。私がサマンサをインタビューした家、あれは、この時期にエリックと暮らした家だった。


  変化が訪れたのは2050年半ばだ。エリックが病の床につき、それをサマンサが見守る写真が増え始める。明るい笑顔を見せる病床のエリックに対し、それを見守る硬く悲しい表情のサマンサ、そんな写真が続く。


  写真に美しいブロンドの女性が加わる。キャプションには、エリックのためにサマンサが特別に調律(※性格の設定)したヒューマノイドのフローラとある。当然、フレンズ社製のヒューマノイドなのだろうが、ケイの話と(つな)げるなら、フローラの記憶は、その後、アプリコット社製の男性型ヒューマノイドに移植され、フレッドの名でメルクーリに医師として勤めることになる。


  フローラはサマンサとは対照的なキャラクターに設定されているようだ。多くの写真で二人と一緒に登場し、天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を見せ、いつも、ふざけて面白いポーズ、表情をしている。おそらく、明るく振る舞うのが苦手なサマンサが、エリックを励ますために、()えて、そんな明るい性格にしたのだろう。


  2051年1月1日の投稿は、()せて頬のこけたエリックが硬く悲壮な表情のサマンサの頬にキスをしている写真だった。そして、この写真で二人はフィアンセの関係になったことを告げた。この年の2月、巨大企業のジェネラル・ロボティクス社がフレンズ社を買収、共同創業者で大株主のサマンサは巨額の資産を得たはずだ。実際、3月後半に投稿された写真には大きな窓のある広い部屋のベッドで寝ているエリックの写真があり、そこには「新居での1日目」とある。大きな窓からは遠くに海が見える。母国アイルランドの住まい 兼 診療施設だ。次の写真には、2体の新しいヒューマノイドが加わり、「僕の主治医たち」というキャプションが付いている。一体はエレン、他方はジーナだ。


  3月末から4月初めに幾つか投稿があったが、その次の投稿はかなり間隔が空いた。それが再開されたのは9月になってからだ。エリックの頬はさらにこけ落ち、サマンサの表情はさらに硬くぎこちなくなった。明らかに文体が変わり、おそらく、ここからはサマンサがゴーストライターになったのだろう。その日からは、ほぼ毎日投稿されている。フローラの天真爛漫な笑みとエリックの精一杯の微笑み、そして悲壮感漂うサマンサ。


  12月に入り、大きな病院に入院したようだ。狭い病室にエリックとサマンサを囲み、フローラ、エレン、ジーナの五人で写した写真がある。「僕の家族」と書いてあるが、サマンサがエリックの言葉をそのまま書いたものだろう。


  12月7日、ティアラに白いベール、ウェディングドレスのサマンサは真っ赤な目をしながら、無理やり笑顔を作っている。痩せこけたエリックと頬を寄せ合わせた写真にキャプションはない。翌日の投稿はなく、次の投稿の日付は3週間以上経った12月31日だった。グレーのコートにブラウンベージュのセミロングの女性の後ろ姿、両手を大きく広げ、銀色の大きなタンクに頬を当てて抱えるように寄りかかっている。そのタンクにはレックス財団(※人体の冷凍保存からの蘇生に成功している組織の一つ)のロゴが左上に、中央に"Eric Shannon(DOB(生年月日):Mar.15.2022)"とあり、すぐ下に"Since Dec.8.2051"と記載されていた。


  私の身体は石のように固まっていた。涙が頬を伝わり、(あご)のあたりから(したた)るように流れ落ちる。クレオがタオルを差し出すが体は反応できそうにない。クレオは、その計算された表情、振る舞いで私の頬を伝わる涙をそっと(ぬぐ)い、背後にまわると包むように優しく私を抱いた。「(疲れた・・・)」目をつむり、その心地よい温もりの胸に抱かれながら眠りに落ちたいと思った。が、その時、タブレットがコトッという効果音を立てた。


  エリック・シャノンのSNSへの新しい投稿だ。写真は私が魔法使い宛てに書いた手書きのメッセージ、魔法使いがアクセサリー・ケースに残したカードの裏紙だ。


『Shall we meet before freezing yourself? (氷漬けになる前にお会いしません?)』


キャプションは何もない。代わりに”Shall we meet now? (今、会おうか?)”のテキスト・メッセージで ”Tsubasa Honjo” 宛に “Eric Shannon” からビデオ会話へのインビテーションが届いた。


  私は手首に付けていたネイビーブルーのシュシュを外して後ろ髪をザックリ束ね、天井を見上げて大きく深呼吸する。

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