<22> 夜半前
目の上の腫れは引いたが、アザは赤から青紫に変色している。まあ、頬の傷といいバランスだろう。・・・少し迷ったが、やはりファンデーションでアザを隠した。副作用として、いつもより右頬の傷も目立たなくなってしまった。
「(・・・別に隠したいんじゃない、アザを心配されたくないだけ)」
化粧はしない、夜の9時に隣室に行くだけだ。
「(でも、この洗いざらしの髪、ちょっと野暮ったい?まあ、いっか?・・いや、ちょっとだけカールする?)」
そんなこんなで、もたもたしていたら、約束の時刻まであと15分。急いでバスルームを出てクローゼットに入る。ドレスはあり得ない。かといって、この時間にスーツもない。
「(ワンピース?できるだけ、素っ気ないやつ?いや、少しはシックな感じ?)」
この2年、まともに服を選んだのは翼の命日だけか?いや、昨日も、一応、選んだ。
「(いや、今は格好どうでもいいだろう?・・・でも敬意は払うべき、いや、でも家族っぽい格好・・・って、どんなだっけ?う〜、面倒!)」
散々、迷った挙句、ブルー・ジーンズに白のサマーセーター。「(これでいいの!)」そう言い聞かせて、クローゼットを出ようと視線を扉の方に向けた。白いメッセージ・カードが視界に入る。辺りを警戒しながら、アクセサリー・ケースの上に乗せられたカードにゆっくり手を伸ばす。
“Finally, you are safe. We took care of them.(もう大丈夫よ。我々が手を打ったから)”
「なにこれ?おまえらだろ、あたしら脅してたのは!」
メッセージは続いた。
“I’m giving these back to you. I apologize that one of the stones was crashed into pieces. So, let me replace it with new one(これ、返すわね。ごめんなさい、石を一つ、粉々に破壊ちゃった。なので、違う石を使わせて)”
アクセサリー・ケースの一番下の引き出しを開けると五連のサファイヤのブレスレット、同じデザイン・コンセプトのアンクレットが入っていた。左右の手でそれぞれ持ち上げ、白く光る壁(の照明)に透かす。ブレスレットの一番大きい石が淡い水色になっていた。アンクレットをケースに戻し、モバイルデバイスのセンサーをブレスレットに近づけて聞いてみる(※クラウド上のAIアシスタント)。
「この石、何?サファイヤ?」
「鑑定中です・・・、これは、ダイヤモンドです」
「ダイヤ?ブルーだよ?」
「ブルー・ダイヤモンドと言います。最高ランクの品質です」
「そう・・・。あたし、サファイヤの方が好きだけどね」
アクセサリー・ケースの引き出しの中を確認する。私が用意したメッセージ・カードは、ちゃんと受け取ってくれたようだ。
「決着、まだ、ついてないから」
アクセサリー・ケースに向かってそう言うと、左腕にブレスレットを巻き、メッセージ・カードをアクセサリー・ケースの一番下の引き出しにしまい、ウォーク・イン・クローゼットの扉を勢いよく閉めて隣室へ向かった。
* * *
海に面する大きな窓を覆い隠すようにスクリーンが降りていた。ケイは、私をスクリーンの前のソファに座るよう促す。
「何か飲む?」
ケイ自身は、担当医(クレオだが)から、まだ飲酒を許可されてないが、私のためにポートワインやビールなどの飲み物とデザートを用意してくれていた。でも、私は「業務中なので」と言って断り、代わりにクレオにレモネードを頼んだ。
狭い部屋の隅には、身長185センチ、体重120キロの神奈川県警の護衛用ヒューマノイド2体が姿勢を正して立ちすくんでいる。私は、レモネードを待つ間、その一体へ玄関の外、もう一体にはベランダで警備するよう指示を出した。彼らには悪いが、この狭い空間には鬱陶しいので。
ケイがマグカップを片手に私の横にやってきた。ソファの端、私から1メートルくらい離れて座る。私って、警戒されてる?まあ、たしかに凶暴な女だけど。
「連中、また、襲ってくるんだろうか?君を狙った連中?」
答える前にクレオからレモネードを受け取り、乾いた喉にゴクゴクと注いだ。どう答えるべきか?直感的には大丈夫だと思う。でも、客観的に説明する理由が見つからない。とりあえず、私から離れて座りやがった男をにらんでみる。
「奴らからは襲ってこないわ」
「・・・なぜ、そう思う?」
「なぜ?・・・そうねぇ、これかなぁ」レモネードの入ったグラスへ視線を移し、独り言のように呟いてみた。
半分に減った半透明の液体、大きなアザの残る左腕、そして、一つだけ色彩の違う五連のブレスレット。彼は、しばらく『これ』が何なのかを考えているようだった。
「そのアクセサリーって、盗まれたのが戻ってきたの?」
「当たり」
「また侵入されたの?」
「(うっ)・・・そうね(痛いところを指摘するなぁ)」
「一番大きな石、他とバランスしてない気がする」
ケイに視線を戻す。この男って、ぼぉっとしてるようで、実は結構鋭い。まあ、あのお爺ちゃんの相棒だもね。
「ここにあった一番大きい石、あれが奴らの狙いだったようね」
「・・・でも、あのアクセサリーを盗んだのは君を襲った連中じゃない。僕を追いかけ、調べていた魔法使いの連中だ。フレンズ社を創業したサマンサ・フォーサイスが首謀者だろ?」
「そうね」真理は大きく息を吐いてから続けた。「あなたに伝えておくべきね。あたしを襲った方の首謀者はレンレイ社を創業したメイ・リン、彼女は元はフレンズ社の社員で、サマンサ(=アニー)の部下だったの。今はヨーロッパのロザル共和国って国に匿われている」
「・・・つまり、僕らはフレンズ社の上司・部下の争いに巻き込まれたってこと?」
「ん〜、違うと思う」
「でも、13年前の事件、心のようなものを持つAIを巡る事件とは、関係あるよね?アクセサリーの石って、その中に、そのAIを駆動するのに必要なバックアップ、交換用のチップが隠されていた、ちがう?」
「そうね、ジョンは、そう推理してる(この男、やっぱり凄い)」
「その石が、今はサマンサ・フォーサイスの手の中にある。そこに危険は無いのかなぁ?」
「サマンサは、あの石を粉々に破壊した。そして、そのことをメイ・リンにも伝えたはず」
「サマンサは、僕らを恐怖に陥れた。一方で、メイ・リンから助けてもくれた。君の仮説が正しいとして、この二つの相反する行動って、何?」
「・・・わからない」
予定時刻の9時を10分過ぎた。窓辺に降りたスクリーンに映像が流れはじめる。それは、イングランド北西部のレイク・ディストリクトにあるメルクーリの複合施設の宣伝映像だった。ビアトリクス・ポターの『ピーターラビット』やアーサー・ランサムやワーズワースの作品の舞台にもなった森や湖、田園風景、可愛い動物たちの映像が優雅なクラシック音楽とともに流れる。
「綺麗な風景ね」
「・・・」
眠りに誘うような映像と音楽に必死に耐えていると、スクリーンは湖畔のプレス・カンファレンス会場の映像に切り替わった。かなり大勢の観衆が取り囲んでいる。中央にメルクーリのロゴが付いた演台があるが、そこには、40代後半くらいの彫りの深い、短髪で長身の男が立っていた。男はメルクーリのマーケティング担当ヴァイス・プレジデントで、オープニングの挨拶として映像を駆使してメルクーリ・グループの事業や慈善活動を通した社会貢献を紹介した。そして、トークの最後でメルクーリ・グループ最高経営責任者のジャクリーン・デイヴィスを紹介した。
「あっ、上杉先生」ソファの右隣に座るクレオが指差す先に、一瞬だがスーツ姿の上杉先生が映った。
観衆からの拍手で一人の女性が登壇する。メルクーリのトップ、ジャクリーン・デイヴィスは誰の紹介がなくてもリーダーであることが一目で分かる、そんなオーラに包まれた女性だ。往年の名テニス・プレイヤーのような浅黒い顔に大柄な体をダークグレーのスーツに包み、ブラウンのロングヘヤーに黄金色の髪が混ざる。メルクーリが病院からヘルスケアのコングロマリットへ大きく舵を切ったのは今から35年前(その後、他分野と合併、買収を繰り返した)、ジャクリーンは7年前に内部昇進で3代目のCEO(最高経営責任者)の地位を得た。幾多もの社内政治を勝ち抜いた冷徹な経営者の目は、揺るぎない自信に満ちた信念を漂わせる。
「意思の強そうな人だね?」ケイが久しぶりに口を開いた。
「意思が強い?ん〜、強すぎて恐い女ですね。反対勢力を全て抹消して独裁政権を樹立、今では恐怖で誰も意見を言えないそうよ」
「ふ〜ん」
「あたしの潜入調査では、社内政治力は凄いけど投資家からの評価はイマイチですね」
「へぇ〜、それは、どうして?」
ケイは、私の方に身体を向けて質問を続けた。私も詳しくは知らなかったが、ケイに根掘り葉掘り聞かれ、ネットで調べるうちに、メルクーリは過去10年以上、革新的な商品もサービスも生み出せず、売上は横ばい、利益が単調に減少していることが分かった。メルクーリは、世界ではじめて人体の冷凍保存からの蘇生に成功し、その社会的インパクトは大きかった。が、蘇生自体は収益に貢献していない。それどころか、実は宣伝効果以外では負債でしかなかった。だから、メルクーリの経営陣は、上杉先生に金になる方、つまり、人体の冷凍保存事業の再開をプッシュしていたのだ。
「そうか、企業の状態って、こんな風に調べるんだ(ケイって、やっぱり、お爺ちゃんと同じ、ビジネスの人なんだ)」
会場内にサクラでもいるのだろう、さして上手くもないジョークにおべっか使うような笑いと拍手が起こる。プレゼンテーションの冒頭は華やかな雰囲気があったが、その後はトーンを一旦落として話を始める。基本的には、以前、上杉先生に聞いた蘇生の歴史と同じだ。が、かなり脚色している。最初に冷凍保存をはじめたカルダシェフ財団を謎めいた組織として語り、その資産を引き継いだメルクーリを幾多もの試練、謎解きに乗り出す冒険家集団、そんな演出でプレゼンテーションが進んだ。そして、6年前の2061年、12年の歳月をかけ(※カルダシェフ財団時代を含めると80年もの歳月)、ついに記憶を持った最初の蘇生に成功した。映像には30年の冷凍保存を経て蘇生した世界初のサバイバー、リンダが年老いた兄と一緒に牧場を歩く姿が映し出され、場内から拍手が湧き上がった。
「リンダは兄の記憶を失っているんだが、それは語らず、か」ケイはニヒルな表情を向けた。
「・・・詳しいのね?」
「いや、上杉先生が言ってたのを思い出しただけさ」
会場から十分な拍手を得て、ここで、ジャクリーンは上手にスピーチのトーンを変えた。物語の核心へ迫るための演出だ。静まり返った会場で、真っ黒になったスクリーンには中央に白字で数字が一つ表示された。ジャクリーンはそれまでの情熱的な口調から、冷静で解析的な口調に切り替える。
メルクーリは、これまでに39体が生命体として蘇生、内27名は記憶を保持して普通に生活できるレベルに回復した。この数値は、他のどの機関よりも圧倒的に多い。しかし、この数字にしてもメルクーリが引き継いだ500以上ある冷凍保存された人体のごく一部に過ぎず、蘇生できる確率は決して高くない。だが、蘇生した39名には不思議な共通点があった、と。
それは、39名全員が冷凍保存に際し、ある高価なオプションを選択、そのオプションを選択した人は、実に70%もの人が記憶を保持して普通に生活できるレベルに回復した、と。さらに、この70%という数字も初期の試行錯誤の時期を含めての数値であり、最近実施した蘇生では10人連続成功しているそうだ。映像は、ジャクリーンを右下からクローズアップし、聴衆へ向けて力強い意思の力を表現した。「メルクーリの最新の蘇生技術では、控えめに見積もっても90%以上の確率で蘇生することができるでしょう」
左肩に何かがもたれかかる。ケイがぐっすり寝ていた。無理もない、蘇生から、まだ2ヶ月半。普通なら起き上がることもできないのに、暴漢に襲われて戦い、アプリコットでの会議に付き合わせ、そして、公園で魔法使い連中と対峙・・・。
「水島さん、寝ちゃいましたね。ベッドまで運びましょうか?」
まあ、担当医のクレオがケイの生体センサー(※体内に埋め込まれている)を常にモニタリングしているのだから大丈夫なんだろう。
「うん、じゃあ、運んで」そう言うと、一見、華奢に見えるクレオがケイを楽々と持ち上げて、寝室に運んでいった。
プレゼンの映像は続く。Time-Shifting Medicine(時間移動医療)、略してTSM、ジャクリーンは新しい用語を使う。蘇生した人々は、冷凍保存時には余命幾ばくもない、その当時は不治の病に罹っていた人々だった。しかし、TSMにより治療法の確立された未来へ可能性を求めることで90%以上の確率で再び健康な体を取り戻せる。ジャクリーンは、高揚した表情で情熱的な言葉を投げかけ、会場から大きな拍手を受ける。
クレオが寝室から戻り、再び、私の隣に座った。
「パジャマに着替えさせた?」
「はい、水島さんは、パジャマに着替えて眠りにつかれました」
「ケイの身体、大丈夫?」
「少し疲れている以外、異常ありません」
ジャクリーンのプレゼンは、いよいよ大詰めを迎える。既に各種報道で伝えられているように、蘇生成功の鍵は生きたまま冷凍保存することだった、と。これは違法行為であり、メルクーリは今日までカルダシェフがそんなことをしていたとはつゆ知らず。ジャクリーンはメルクーリの法令遵守を強調する。カルダシェフから引き継いだドキュメントに記載はなく、カルダシェフから引き受けた科学者もその情報については知らされてなかった、と。しかし、カルダシェフから資産を受け継いで10年あまり研究する間、状況証拠的に蘇生できた人々は生きたまま冷凍保存されたのではないか、と疑うようになった、と。そして、今年3月に冷凍保存から蘇生したサバイバーが、その謎に関して決定的な証言をした、と。スクリーンには、フレッド(フローラ)によるケイのインタビュー・シーンが音なしで表示された。
「あっ、水島さんだ」
「あなたのご主人様、世界中に有名になったわ、フフッ」
「でも、一瞬でしたね、音声もなく」
「そうね(この子、可愛いなぁ)」
プレゼンテーションの最後は、メルクーリを挑戦者、革新者に仕立て上げる演出だ。地方の中堅病院から、医療と観光を結びつけ、治療の医療から予防の医療への遷移を行政の支援なしに経済的に成功させ、様々な医療機器やデバイス、治療方法を開発・確立し、医師プロウェアをいち早く開発してヒューマノイド医療を立ち上げるなど、常に時代をリードしてきた、と。そして、今後、TSM(時間移動医療)という新しい選択肢を人々に提供すべく各国政府へ働きかけていく、そんな趣旨でプレゼンテーションは終わった。
幾つかの的外れの質問を受け答え、メルクーリ最高経営責任者によるプレス・カンファレンスは幕を閉じた。映像が途切れる寸前にも、一瞬、上杉先生の姿が映ったが、飄々とした表情でスーツ姿以外には、いつもと違いは感じられなかった。中継映像は終わり、リビングルームのスクリーンが上がると窓の外には大きな月が昇っていた。
「ねえ、クレオ、さっきのプレス・カンファレンス、メルクーリの主張を要約してくれる?」
「はい。第一にTSM(時間移動医療)は難病に対してとても有効な新しい医療コンセプトである、ということ。第二にTSMのためには生きたまま冷凍保存することが必要ですが、現行の法律の枠組みでは、それが許されないということ。そして、第三点として、現行法の枠ぐみを各国政府と協力しながら見直しを進めていく。この3点かと思います」
「・・・どう思う?」
「まず、メルクーリは私の雇用主ですので、法令に反しない限り、あるいは倫理的な問題がない限り、私は否定的な見解ができません」
「ふ〜ん(やっぱり、つまんない)」
法律改正うんぬんは、そうなんだろうけど、サマンサは、そんな悠長な改革のために暗躍したんだろうか?・・・いや、そんな訳はない。サマンサは、誰かを生きたまま冷凍保存しようとしている?
クレオにタオルケットを持ってきてもらう。さすがに連日の緊張で私も疲れた。このソファで少し仮眠を取ろう。
「ねえ、クレオ、お願い聞いてくれるかな?」
「もちろんです。真理さんにはセカンダリー・オーナーの権限があります。水島さんと、ほぼ同等の権限です」
「(あ、そっか)」
そうだった、昨日、クレオを調べるために私にもオーナー権限を付けたんだ。忙しすぎて権限外すの忘れてた。・・・って、ことは、私史上、はじめて、シンス(ヒューマノイド)のオーナー!?
クレオはテーブルの椅子から充電シートを持ってきて私の隣に座った。あらためてクレオの顔を見る。可愛い。人の持ち物だから尚更そう思うんだろうが、可愛い。思わず見とれてしまった。
「あの、真理さん?何か、お手伝いすることありますか?」
「えっ、あ、そうだね。・・・えと、あたし、今から、ここで仮眠する。その間、世界中のニュースをモニタリングしていて欲しいの」
「はい、どんなニュースでしょう?」
「メルクーリ以外で人体の冷凍保存、クライオニクスに関係する事業を始めるってニュース」
「メルクーリ以外、ですか?」
「うん、メルクーリ以外で。もし、見つけたら、すぐに起こして欲しいの」
「わかりました。他に、お手伝いすることはありますか?」
「そうねぇ・・・。あっ、膝枕してもいいかな」
「もちろんです」
クレオの微笑みに、何故か私の顔は熱くなった、シンス相手なのに。タオルケットを羽織り、クレオから顔が見えないように横向きにクレオの太ももに頭を乗せる。クレオは優しく私の頭を撫で続ける。「(・・・そろそろ、こんな生活もいいのかなぁ)」今は、何も考えたくない。真っ白な空間で、細い手が優しく私の頭を撫でる。公園の芝生に寝転び、翼の膝枕で眠り込んだフリをする私、ステファンと結衣(※真理の母)と両手を繋ぎながら海岸を歩く幼い私、ベッドで祖母が語るケイの昔話に耳を傾ける私・・・。遠い日の思い出を抱きながら、私は深い眠りについた。




