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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
22/28

<21> リーク

「おんぶしようか?」


ふざけてるのかと思ったが本気のようだ。真理はざっくり結んだロングヘアーを片手で胸の前に流し、しゃがんで僕を振り返る。そんな真面目な表情で見つめられると困ってしまう。さすがに、その申し出は断り、とりあえず、肩を借りて立ち上がった。


  この時代、充電や燃料電池の補充の設備は至る所にあり、当然、公園内にもあるそうだ。パワー・アシスト・ウェアを充電すべく、屋根付きの充電ステーションへ真理の肩を借りながら百メートルほど歩いた。真理は170センチはあるだろう長身だが、腕をかけた肩は意外に細く華奢(きゃしゃ)なつくりだった。が、僕が出来るだけ体重をかけないようにすると「ほら、ちゃんと寄りかかって」と(しか)られる。しかし、よくもまあ、こんな細い体躯(たいく)で暴漢三人の襲撃に躊躇(ちゅうちょ)もせず、勇敢に立ち向かったものだ。


  充電ステーションでは3体のヒューマノイドがベンチに座って充電していた(※無線給電なので、単に座っているようにしか見えないが)。僕は一番手前のベンチに座った。腕のデバイスがノックする。画面を見ると充電中のマークが点灯していた。真理は壁の小さな扉を開き、中からコードを引き出す。有料の高速充電サービス用のコードだという。パワー・アシスト・ウェアをまさぐって高速充電用の端子を探し、コードを接続する。


「これなら、10分充電すれば公園の出口までは歩けると思う」


そう言うと真理も僕の隣に座った。


「ありがとう、何から何まで」


「お礼はいいわ。それより、どんなことがあったの?」


僕は、公園での出来事を要点を絞って説明した。フレッドがレンタル・ボディーを使って現れたこと、奴らの狙いが冷凍保存の処置について、つまり、実は生きたまま冷凍保存していたという事実を(つか)もうとしていたこと、アニー・シャノン=サマンサ・フォーサイスが絡んでいることを否定しなかったこと、奴らが誰を冷凍保存しようとしているかは分からなかった、そんな内容を共有した。


「生きたまま冷凍保存されたこと、上杉先生は知ってるの?」


「・・・そう疑っていた」


「疑うって?ケイから上杉先生には話してないの?」


「そう問い詰められたけど、・・・お茶を濁した」


「なぜ?」


「たぶん・・・唯一、覚えている生前の約束だったから、かな?」


「約束?」


「カルダシェフ財団とは、そのことを秘密にすると約束した。まぁ、カルダシェフは、もう存在しないんだけどね」


「・・・フフッ」


「ん?何かおかしい?」


「生前って言い方。だって、死んでなかったんでしょ?」


「う〜ん、そこは、どうなんだろう?よく分からない」


「まあ、いいわ。さあ、そろそろ充電はOKね。行きましょうか?」


真理は、そう言って立ち上がり、僕は高速充電のケーブルを端子から抜き取り、壁に備え付けの箱にしまった。時刻は夕方5時過ぎ、まだ6月の昼の明るさが残っている。僕らは並んで歩き、公園の出口へ向かった。


「そういえば、別れ際、フレッドの瞳が急にダーク・ブラウンからエメラルド・グリーンに変わって輝きはじめた。それから、声色も変わり、言葉も日本語から英語に変わった」


「えっ?」


真理は驚いて立ち止まり、僕も彼女に合わせて立ち止まった。


「あれって、人がリモートで制御するモードかなぁ?」


「ええ、そうよ・・・。アニー・シャノン、いや、サマンサ・フォーサイスだったの?」


「分からない、何も名乗らなかった。女性の声だったけど、声はいかようにも変えられるし」


「・・・なんて言ってたの?」


「え?・・・ええと、なんだったかな?」


「思い出して!」


「えっとぉ〜、よく分からないんだけど、僕のことを尊敬してるって。お世辞だろうけど」


「尊敬?・・・それから?」


「えっとぉ〜、『私のことは許せないと思うけど、この無礼を謝罪します』って」


「・・・それから?」


「え、それだけ。それだけ言ったら、後ろ向いて立ち去ってしまった」


「それだけ?・・それだけ。・・尊敬って、なぜ?」


「いや、だから、単なるお世辞だろ?」


「・・・違うと思う」


「えっ?」


真理は真剣な目付きで僕をにらみつける。真理のモバイルデバイスが鳴る。メルクーリ・ジャパンの小野田さんからだ。叫ぶような大声だったので、何を言っているのか聞き取れた。メルクーリ・ジャパンに報道陣が大勢押し掛け、僕を取材させろと詰め寄っているそうだ。一方、メルクーリの経営側からは報道規制がかかり、僕を報道陣に接触させてはならない、という指示が出ているらしい。だから、帰りは地面を走る普通車ではなく、フライング・カー(※これも自動運転、空飛ぶタクシー)でメルクーリ・ジャパン本社の屋上に直接降りてくれと。


「(漏れ聞こえる声で)いったい、あの水島って男、何やらかしたんです?」


「・・・あたしのこと、・・・あたしの命、守ってくれた」


「・・・」


小野田さんの声が小さくなり、その後の会話は聞き取れなかった。真理は通話を切り、モバイルデバイスで何か操作すると、何も言わずに公園の出口に向かって再び歩きはじめた。僕も何も言わずに彼女の後をついて行く。


  僕らは公園を出ると綺麗に舗装されたフライング・カーの乗降場辺りで立ち止まり、それぞれ違う方向の空を眺めていた。ほどなく、6枚のプロペラが付いた無人のフライング・カーが僕らの目の前に降り立った。透明な扉が横にスルリと開き、真理はプロペラから吹き付ける風を避けながら、機体の中に乗り込み、僕もそれに続いた。


  フライング・カーは離陸こそ揺れたが、その後は、とても安定して飛行した。ヘリコプターと違い、ドアが閉まると音はほとんど聞こえない。車と違い、窓のあるフライング・カーからは、夕刻が近づく雄大な富士の姿を拝むことができた。山の景色に目を奪われていたが、気が付くと眼下にはエメラルド・グリーンの海が広がっている。やがて、それは深いコバルトブルーに変わり、陸が近づくと再びエメラルド・グリーンの海岸線となり、メルクーリ・ジャパンのキャンパスが現れた。


「あっ、神奈川県警の警護用ヒューマノイド、公園に忘れてきちゃった」


「・・あ、完全に忘れてた」


  彼らには悪いが、おかげで、僕らは再び視線を合わせ、言葉を交える切っ掛けを得た。フライング・カーは、僕らが滞在する宿泊施設の上を飛び越え、真理と出会った庭園を超える。やがて、白い小石が敷き詰められたエリアに到達し、幾つもの建物が現れる。その中の一つ、上から見ると正方形の建物の屋上には植物が植えられ、中央に小さなヘリポートのようなスペースがあった。僕らの乗ったフライング・カーは、そこへ吸い込まれるように着陸した。


  屋上では小野田さんが待っていた。その姿を見ると、真理は僕に耳打ちするように「ケイ、悪いけど、ちょっと協力して」と言い、視線を合わせると意味ありげにニッと笑みを浮かべた。真理はフライング・カーを降りると小野田さんには背を向け、僕に手を差し出した。そして、その手は僕が降りた後も離すことはなかった。真理は、再びニッと笑みを浮かべると握る手に力を入れ、僕を引っ張るように屋上の入口へ向かう。小野田さんはムッとした顔を僕に向け、この時になって、ようやく真理の意図を理解できた。


  エレベータで何階か下に降り、小野田さんの先導で会議室に入る。医師の上杉と、真理の上司というAICSのジョン・パーカーという男が、リモート・プレゼンス(※テレビ会議用のモニターがついた簡易ロボット)を使ってオンライン上で待っていた。ほどなく、正面の大きなモニターにニュース映像が流れはじめる。


  その映像には、一時間前の僕が『蘇生者』、フローラ(=フレッド)が『インタビュアー』というキャプション付きで登場している(フローラは声だけだが)。


=== ニュース映像 ===


・・・


(蘇生者)「あれは市販の睡眠薬二錠分を大きな青いカプセルに入れただけのものだ。実は病室がちょっとした芝居小屋になっていた。患者は薬を飲む前に棺桶のような箱に入るんだ、衛生上の理由とか言って。で、薬を飲むと(ふた)が閉められる。死を看取りに来た人たちからは顔の部分が(かろ)うじて見えるだけで呼吸や心臓の動きは見えない。病室内に心拍や血圧などを計る機器があるが、それは、嘘の信号を表示していて、患者が眠りにつく頃に生体活動が止まったと見せかける信号を流す仕掛けになっていた」


(インタビュアー)「どうやって、その話を知ったんですか?」


(蘇生者)「尊厳死、安楽死かな、その前日、死ぬ場所の下見をさせてもらった。勝手に部屋に潜り込んだんだけどね。その時、その棺桶のような箱の細工に気付いた。問い詰めたら、あっさり教えてくれたよ、冥土の土産話として」


(インタビュアー)「ありがとうございます。これで、水島さんを含め、蘇生された方は、冷凍保存前に死んでなかったと結論付けできそうです」


・・・


==============


ニュースでは情報源は匿名(とくめい)とされていたが、それはフローラの目の中のカメラが撮影した、ついさっき僕と交わした会話だ。ニュースのアナウンサーは僕を日本初の冷凍保存からのサバイバーと紹介し、この手の事件に詳しいというT大学の飯塚名誉教授という男に専門家としてのコメントを求めた。


  同教授によると、生きたまま冷凍保存するという行為は、僕が冷凍保存された2016年も現在においても殺人罪である、とのこと。一方で、冷凍保存からの蘇生が現実に成功して以来、『生存者は生きたまま冷凍保存された』という噂が都市伝説的に語られていたそうだ。今回、実際の蘇生者である僕の証言は噂の真相に迫るものであり、さらに同じ情報源から同時に2つの情報がリークされた。


  一つ目は、旧カルダシェフ財団が残した動物実験の手順書では動物を生きたまま冷凍保存しており、メルクーリでの再試では安楽死させた動物の冷凍保存からは一度も蘇生に成功したことがない、という情報。もう一つは、旧カルダシェフ財団では、通常の冷凍保存とそれよりも10倍以上の料金を取るスペシャル・オプションと呼ばれる特別な冷凍保存があり、旧カルダシェフ財団の資産を受け継いだメルクーリで蘇生に成功した27例は、いずれもスペシャル・オプションだったという情報だ。ニュースではスペシャル・オプションが生きたまま冷凍保存することを意味していたのでは、と(にお)わしていた。


=== ニュース映像 ===


(アナウンサー)「飯塚先生、スペシャル・オプションで冷凍保存された方は39名、そのうち27名、70%の方が蘇生に成功したということをどのように思います?」


(飯塚名誉教授)「あ〜、冷凍保存された方々ってのは、あれでしょ、その時代では手の施しようもない、あ〜、余命幾ばくもない方々だったんですよねぇ。そんな患者さんが蘇生されて、結構、普通に生活されてるんですよね、この、ミズ、ミズ、え〜、ナントカさん、・・・映像見ると元気そうだし。70%の成功率ですか?これ、治療法と考えるなら驚異的ですよ、ゴホゴホ、失敬」


==============


ニュースでは、旧カルダシェフ財団以外で蘇生に成功した2つの人体冷凍保存サービス提供機関、レックス財団とニュー・ホライズン研究所の両方の創業者が共にカルダシェフ財団出身の科学者であることを突き止め、両機関へコメントを求めているが、現状、回答を得られていない、といったことが報告された。


=== ニュース映像 ===


(アナウンサー)「しかし、現状の法律に照らし合わせますと、生きたまま冷凍保存する行為は殺人罪になりますよね?」


(名誉教授)「はい。だから、早々に、あ〜医療行為としてだね、え〜、認可させることじゃな。大怪我で瀕死の状態になった患者に対しては、一旦、低温で血を抜いて仮死状態にしてから手術する治療法は昔から認可されてる。それと同じように考えてだな、あ〜政府の役人さんには考えてもらいたい。ワシもそのうち使いたいのぉ、ヒョッヒョッヒョ」


==============


続いてニュースでは、メルクーリ・ジャパンのキャンパスの映像を流しながら、メルクーリがカルダシェフ財団の資産を引き受けた時に、その違法行為を知っていたのかどうか、当時のニュースをダイジェストで流しつつ、興味本位の解説をしていた。


僕が唖然とした顔で立ちすくんでいると、隣で真理が大声で笑いだした。声を立てて笑いながら大げさに手を打ち、人差し指で僕を指差し、笑いすぎて目に涙を浮かべながら、なおも笑い続ける。らしくない、その態度は、演技だ。不器用なくせに、一生懸命、演技している、そんな感じがする。僕もつられて笑い顔になる・・・フリをした。


「ケイ、有名人になっちゃったかも?ハッハッハ」


「ハハッ、まさか、こんな風に使われるとはね、参った」


「あの女が言ってた『許せないと思う無礼』って、これのこと?これ、許せないっしょ?ねえ?」


「参ったね」


「笑い事じゃないですよ、真理さんも水島さんも」真理の隣で小野田さんが怒った顔をしながら、僕らに早く席に着くよう促した。とりあえず、真理のおかげで会議室の凍りついた雰囲気は少し和らいだようだ。


  長方形の白い会議机を挟んで上杉とジョン・パーカーのリモートプレゼンスが向かい合って設置され、上杉の横に小野田さんが、ジョン・パーカーの横に真理が座り、僕は真理の横に並んだ。モニター上の上杉は相変わらず飄々としており、その隅には『ブリュッセル(ベルギー) 10:12am』と表示されている。秘書ヒューマノイドがやってきて、この場の三人へお茶を振る舞い、それが終わると深くお辞儀してから出て行った。僕は、軽く咳払いをしてからモニター上の上杉に詫びた。


(水島)「この度は、とんだことになってしまったようで、」


(上杉)「いえいえ、ご無事でなによりです」


自動通訳で参加しているので、若干、反応が遅れるが、ジョンも「まずは、無事でよかった」と気遣ってくれた。その後、上杉は軽く咳払いをして、改まって僕に質問した。


(上杉)「あの映像、いつ、誰とお話されていたんですか?」


(水島)「一時間ほど前です。相手はメルクーリの医師ヒューマノイド、フレッドです。正確には、フレッドの記憶が移植されたヒューマノイドです」


僕は、真理に話したのと同じように公園での出来事を要点を絞って説明し、真理は補足として、立て続けに起こった襲撃や殺人、窃盗事件を説明。そして、アプリコットからの帰り道、謎の『魔法使い』に捕まり、現場の判断として、先方の要求に従うことを決断したと続けた。


(ジョン)「真理の判断、及び、それによる負の結果の責任は全て私にあります。また、私が彼女の立場だったとしても同じ判断をしました」


ジョンの発言を受けて真理に視線を向けると神妙な顔をしている。ジョンという上司に頭が上がらないのだろう。一方、斜め前のモニターに映る上杉は、複雑な表情を浮かべている。


(上杉)「ゴホン、え〜、そっちの話も重要なのかもしれませんが、メルクーリは水島さんの発言に対して、至急、説明する責任があります。水島さんには、メルクーリ・ジャパンのシン代表と私と一緒に、今日、この後、記者会見に出席して頂きます。まず、その準備のため、事実関係を教えてください」


(水島)「はぁ(マジかよ・・・)」


(上杉)「先日、入院中の水島さんに人体の冷凍保存についてお話したことありましたよね、歴史を振り返りながら?」


(水島)「はぁ」


(上杉)「途中で私が『生きたまま冷凍保存されたんじゃないですか?』と尋ねると『そうかもしれないですね』とお茶を濁されましたが、先ほどのニュースを見ますと、とても明瞭にお答えされてます。その後、何か思い出されたのですか?」


気まずい話になったが、僕は正直に答えた。


(水島)「いえ、あの時、既に思い出してました。お茶を濁したのは、旧カルダシェフ財団に対して気遣いというか、秘密にする約束で教えてもらったので。50年以上経った今も、なんとなく話す気になれなかっただけです」


(真理)「彼にとって、唯一、覚えていた生前の約束だそうです」


(上杉)「・・・でも、今回、フレッドには、お話しされた。何故ですか?記者会見でも、きっと聞かれます」


一番の理由は真理が人質になっていたからだ。だが、彼女の職業上の立場を考えると、そうは言いたくない。少し考えてから、フローラの発言を思い出しながら、ゆっくり言葉を紡いだ。


(水島)「・・・フレッドから、私以外にも、その事実を知っている蘇生者がいると聞きました。なんでも、麻酔の失敗で生き地獄を経験して冷凍保存された方ですが。現在もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんで治療を継続されている方です」


(上杉)「・・・どの方です?」上杉は怪訝(けげん)な表情で聞く。


(水島)「ええと、冷凍保存のプロセスは、尊厳死の薬と偽って睡眠薬を飲まされ、その後、全身麻酔をかけて体液を抜いたりする冷凍保存のプロセスが始まるのですが、途中で意識が回復してしまい、でも麻酔の失敗で体は動かず、声も出せず、激痛の中、冷凍保存された人です。生き地獄を体験をされて、今もPTSDの治療をされている、とフレッドから聞きましたが・・・?」


(上杉)「う〜ん」


上杉は人差し指と親指で(あご)をつまみながら唸り声を漏らす。


(上杉)「私はメルクーリで蘇生した27名全員知ってますが、そんな方はいらっしゃいません。他の機関でも、そんな事例は聞いたことありませんが?」


(水島)「・・・」


うまく咀嚼(そしゃく)できなかった。が、何か嫌な予感はした。


(水島)「あの、フレッドは旧カルダシェフの施設で僕が冷凍されていたタンクに心電図や血圧、体温などバイタルデータを表示する計器があったと言っていました。死んだ人間を冷凍保存するなら、そんな計器は不要なはずだと」


(上杉)「冷凍保存のタンクにですか?そんなのあったかな?真理さん、フレッドがポートランドの施設で見た映像をそこに表示してくれます?」


真理はタブレットを操作してフレッドの目に内蔵されたカメラが見た映像を壁に表示した。映像は銀色のタンクの並ぶ部屋に入るところから始まる。左右を見渡す。右に3列進み、左へ曲がる。そのまま、奥から2番目のタンクまで進む。タンクのラベルを確認する。そこには、"102"という番号と ”Keita Mizushima” の名前があった。フレッドの手が伸び、タンクの横の柱に取り付けられた計器類を格納するネズミ色のキャビネット・ボックスの蓋を開けた。


(水島)「止めてください」


僕の声に少し遅れて真理が反応し、一旦、止めたビデオを少し巻き戻してキャビネット・ボックスの中身が映ったフレームで止めた。そこには、古めかしい計器が設置されていた。タンク内の温度、圧力、湿度を表示する計器があり、ブレーカーがあり、よく分からないが何かのボタンが6つ、あの時代を象徴するようなUSBの差し込み口が1つ、それだけだった。そこに心電図や血圧、体温などバイタルデータを表示するようなものは見当たらない。


(水島)「・・・ない。話が違うじゃないか・・・」


「ゴホン」上杉は軽く咳払いをする。


(上杉)「冷凍保存するときにバイタルデータをモニタリングするにしても、一度、冷凍保存したら、もう使わないので、わざわざキャビネット・ボックスに設置しないと思いますよ」


僕は、何が何だか分からなくなった。ふと疑問が浮かび、上杉に尋ねた。


(水島)「上杉先生は、どうして僕が『生きたまま冷凍保存された』と疑ったんですか?」


(上杉)「動物実験の結果です。カルダシェフ財団から受け取った実験手順書は生きたまま冷凍保存してましたし、安楽死させた動物では一度も成功しなかった。それから、スペシャル・オプション、平均生涯賃金に匹敵する費用は何のためか?そして、水島さん、あなた人一倍、好奇心が強そうです。きっと何かご存知じゃないかと」


しばしの沈黙は、小野田さんの不機嫌な声で破られた。


(小野田)「つまり、ヒューマノイドのフレッドがブラフを使い、水島さんは、まんまと引っ掛かったと?」


(水島)「そ、そうだね、そういうことだと思う・・・」


(真理)「でも、ヒューマノイドって嘘つけるのかしら?アプリコットの山中さんには、一応、報告しておきます」


小野田さんの冷ややかな表情とは対照的に、上杉は同情的な眼差しを僕に向ける。


(上杉)「まあ、ブラフかどうかは置いておいて、表立っては何と説明しようかね?例えば、メルクーリでは蘇生に成功した人は生きたまま冷凍保存されていたのではないか、との疑惑のもと調査を進めていた。そして、今回、蘇生した水島さんにヒューマノイドの医師がインタビューしていたが、その映像が何者かによってリークされた、と。まあ、嘘ではない範囲のストーリーで」


(小野田)「その何者かって、誰ですか?」


(上杉)「まあ、フレッドのオーナー、アニー・シャノンだと思うんだが、とりあえず、院内の問題なので院内で調査しましょう」


(水島)「上杉先生、もし、入院中に私がこのことを先生に伝えていたら、どうされました?」


上杉は、しばし、天井を見つめながら考える。


(上杉)「このことは秘密にね、とお願いしました。私は冷凍保存の再開には反対なので」


上杉は毅然(きぜん)とした表情で僕を見つめた。10秒ほど見つめられてから僕は尋ねた。


(水島)「素朴な疑問ですが、この時代にも不治の病はあるんですか?」


(上杉)「ある病気の治療法が確立すると新しい難病が見つかる、その繰り返しでね。昔なら死んでいた症状でも生き延びる。すると、そこから、さらに先の病気になる。それまでは、その病気になる前に死んでいたから知らなかった病気もあります」


上杉は、さらに続けた。


(上杉)「近頃は人間が()いた種で生じた難病も多い。例えば、ある種の遺伝子組換え作物の人体への影響が次世代、次々世代の子孫に現れ、人工肉の製造工程に紛れ込んだ不純物で新たな疾病が誕生し、低品質の卵子冷凍保存で生まれた子や超未熟児出産のために使われた薬が難病をもたらし、多くの人々が気軽に宇宙へ行くようになって新たな染色体異常の病気が生まれ、極度の若返り整形や病気でもないのに体をサイボーグ化することで複雑な神経系の病気を生み出し、高機能のタトゥーの材料が致命的なアレルギーの原因となり、度を過ぎて清潔なライフスタイルが免疫異常を起こし、蚊を駆除しすぎて生態系のバランスが崩れ、新たな伝染病を生み出したり、と」


(水島)「ふむ。・・・でも、上杉先生は冷凍保存には反対なんですよね?なぜ、反対なんです?法改正とか面倒な課題はあると思いますが?」


上杉は、大きくため息をつき、天井を見上げる。


(上杉)「進歩がね、・・・止まったんですよ」


上杉が(つぶや)くように語った時、モニターの向こうのモバイル・デバイスが上杉を呼んだ。上杉はしばらく誰かと英語で話していたが、通話を切ると僕に視線を向けた。


(上杉)「水島さんに記者会見へ出て頂く必要はなくなりました。メルクーリ・グループの最高経営責任者、ジャクリーン・デイヴィスからでしたが、彼女自ら本件について記者会見をやるそうです」


上杉は、立ち上がって腰に両手を当て、背中を伸ばす動作をした。


(上杉)「人体の冷凍保存事業を再開するそうです。水島さんに『ありがとうと、お伝えください』とのこと。冷凍保存事業再開に踏み切れて嬉しいようです。すぐにアブダビに来いと命じられましたので、私はこれで失礼します」


上杉は、そう言うとリモートプレゼンスの通話を切断した。モニター部分が真っ黒になったリモートプレゼンスは、その絵に描いたようなロボットの足を使って会議机から後退すると、向きを扉の方に変えてそそくさと会議室の外へ出て行った。続いて、ジョンも真理に「後で連絡する」と言い残して通話を切り、小野田さんも席を立って、僕を一瞬にらみつけると、真理へ向かって「私も後で連絡します」と言い残して部屋を出て行った。


(水島)「(進歩が止まった、って、どういうこと?)」

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