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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
18/28

<17> あなたが狙われる理由

右の第六および第七肋骨が亀裂骨折、左の薬指と小指が骨折、そのほか、下の歯が二本ほどグラつき、身体中、()り傷だらけ。ただ、この時代の医学レベルのおかげだろう、もう痛みは感じない。生前、バイクで派手に転倒して似たような怪我をしたことを思い出した。あの時代、治るまでに2ヶ月以上かかったと思うが、今は指の骨折は五日、肋骨のヒビは三日で治るそうだ。肺がゼイゼイしていたが、投薬でもう落ち着いている。


  白衣を着たクレオは、仕事中も僕をオーナーとして認識してくれるようで、治療が終わると手を洗いながら優しい言葉をかけ、それが終わると僕の(ひたい)に軽くキスをした。僕が「ありがとう」と言うと、にっこり微笑み、僕の前髪を指で()いて横に流して整えた。そして、再び、優しく微笑むと、使った治療器具を片付け始め、それが終わると「真理さんが迎えにきます。しばらく、待ってて下さい」と言い残して部屋を出て行った。僕は、椅子のようにリクライニングになった診察台に背をもたれて真理を待った。


  ほどなく、壁に診察室のドアの外の映像が映る。真理が立っている。無愛想(?)モードの真理は、診察室に入ると何も言わずに診察台の横に立ち、真顔で僕の左の薬指と小指に巻きついたギブス(メッシュ状の樹脂)を確認する。(にら)むような視線を向けると、ジェスチャーで胸の具合を聞いた。僕がシャツをめくって肋骨を保護するベストのようなギブス(保護するだけでなく、定期的な薬物投与と超音波で治療する仕組みもあるそうだ)を見せると、視線を床に落とし、少し怒ったような表情になった。


「君の怪我は大丈夫?」


さっきまで真っ赤だった口元のアザは、化粧でもしたのか痕跡(こんせき)すら見えない。が、右目の上にはパッドのようなものが張られ、目の形が少し歪んでいる。まだ、腫れは完全には引いていないようだ。顔の擦り傷も化粧で隠しているのだろうか、目立った(あと)は見られない。首の擦り傷には、一箇所だけバンドエイドのようなものが貼られている。


「あたし?あたしは、怪我なんてないわ」


傷跡は見えなくても口の中にはダメージが残っているようだ。話し方に少し違和感がある。真理はギロリとするどい視線を向け、一旦、うつむくと神妙な表情を浮かべ、再び、視線を合わせた。


「あなたに助けられました。本当は、あたしがあなたを守るはずなのに」


「いやいや、・・・全然、戦力にならなかったから、全然」


「・・・なぜ、逃げなかったんです?逃げてって、言ったのに」


「ん〜、身体が勝手に?」


真理は、再び、ギロリと(にら)む。少し怖い。


「い、いや、それに、奴らの狙いは僕じゃなく君だった。僕はそう感じた」


「ケイ、あなた、まだ普通の身体じゃないのよ?あのくらいのことで骨折れちゃってるじゃない!死んじゃうでしょ!・・・どうして、あんな無茶したの?」


「ん〜、自然な反応?・・・カイルとケイコさんは僕の恩人。彼らのお孫さんなら僕は全力で守る、たぶん無意識に」


「・・・おじいちゃんたちへの恩と、あたし、全っ然、関係ないから」


真理は怒った表情、ドスの効いた声で僕の行動を必死に否定しようとする。職業上の立場を考えると複雑なんだろう。


「僕のせいで君が危険にあうのなら、僕は君のおじいちゃん、おばあちゃんへ申し訳・・・、いや、違うな。僕は、自分を許せなくなる」


複雑な表情を浮かべる真理は天井に向けて大きなため息をついた。そして、再び、神妙な顔になり、視線を僕の胸のあたりに下ろす。長い沈黙が続いた。僕も、言葉を探し続けたが、うまく投げかける言葉が浮かばない。真理は、再び、大きなため息をついてから、ボソリとぶっきら棒に言葉を吐き出した。


「あれがなければ、あたし、拉致されてた。ごめんなさい」


真理は深々と頭を下げた。ざっくり後ろで結ばれた艶のある黒髪が結び目を中心にシルクのように前に流れる。


「・・・お礼の方が相応しいんじゃないかなぁ?」


「えっ?」


真理はびっくりしたように顔を上げ、随分、意外だったような表情をする。


「あっ、ごめん、偉そうなこと言っちゃったな。今の、なし」


「い、いえ、そうでなく・・・そうよね。ありがとう御座いました」


真理は再び頭を深々と下げた後、僕の瞳をしげしげと見つめた。そして、吹き出すようにフフッと声を漏らし、その後、しばらくお腹を抱えて笑いを必死にこらえていた。訳が分からない。


「何か、変なこと言ったかな?」


「フフッ、そうじゃなく、フフッ・・・ごめん。ゴホンッ、フフッ。・・・ねぇ、昔の人って、そういうふうに言うのかしら?」


「そういうふうに、って?」


「フフッ、『お礼の方が相応しい』って」


「・・・カイルもそう言ってた?」


「いや、お爺ちゃんじゃなく」


「そういえば、君のお父さんってステファンかな?」


「・・・」


真理の表情が一瞬暗くなった。残念ながら触れてはならない話題のようだ。僕は、この話題を振ったことを少し後悔したが、やめるのも変に感じた。


「思い出したんだ、幼かったステファンと遊んだ日のこと。アメリカでも、ケン玉ってやつが流行っていてね。日本製のケン玉、プレゼントしたら、とても喜んでくれた」


「ステファンは・・・、そうね、生物学上はあたしの父です」


「・・・」


「あたし、ステファンに捨てられたんです」


僕は、なんて最悪な話題を振ってしまったんだろう。真理から目をそらし、左手の平で顔を(おお)いながら、僕はため息をついた。顔を拭うように左手を下ろし、ゆっくり、恐る恐る真理に視線を向ける。でも、そこには達観したような優しい笑みが浮かんでいた。


「でも、そのおかげで、あたし、本城翼の娘になれた。世界一、素敵な父だった」


「・・・ホンジョウ?」


「・・・あっ、ゴメン、ま、まだ、・・・ちょ、ちょっとダメかな」


「(えっ?)」


真理の両目には涙が溜まり、声もくぐもる。真理は、すぐそばに椅子があることを見つけ、ストンッと座ると、天井を見上げ、大きくため息をついた。


「二年前・・・死んじゃって」


「・・・すまん」


「いえ」


「まあ、・・・色々、あるよな、生きてると・・・」


真理の顔には悟ったような優しい微笑みが浮かぶ。瞳には涙が(あふ)れ、ゆらゆらと白い照明を反射している。真理は太ももの下に手のひらを挿し入れ、僕とは視線を合わせずにポツリ、ポツリと語りはじめた。


  彼女が十歳を過ぎた頃、『不気味の谷現象』を乗り越え、人と区別がつかないレベルのヒューマノイドが登場、すぐに普及しはじめたそうだ。ヒューマノイドがオーナーの代わりに働いて家計を支える時代だ。ほどなく人間ではなくヒューマノイドを人生の伴侶に選ぶ人が増えはじめ、それは結婚している夫婦でも同じことが起きた。真理の家では、まず、母親がヒューマノイド依存に(おちい)り家を出て行った。それまで仲の良かった両親が別れ、混乱する真理は強くて頼れる父のステファンではなく、弱く頼りない母を心配して後を追って家を出た。彼女はそのことを大きな間違えだったと後悔している。が、十四歳の真理に判断を求めるのは酷な話だ。


  真理は母親を連れ戻すために来る日も来る日も説得を重ねた。が、母親の依存症はさらに深まり、むしろ真理を避け、彼女を(うと)みはじめた。一方、反抗期でギクシャクしていた実父ステファンとの関係は、真理が母親と一緒に出て行ったことでさらに悪化した。やがて、ステファンに恋人ができ、そして、ステファンは若い女性型のヒューマノイドを購入、娘のように育て始めた。


「メイ・リンという人がステファンの恋人で、え〜と、レンレイという、ヒューマノイド・メーカーを創業した人でもある、と?」


「ええ、そして、ステファンはレンレイへ多額の出資をしたの」


  ステファン・ファーガソン、親友カイル・ファーガソンの一人息子であり、ビリオネアになったカイルの巨額の遺産を引き継いだ。生前の僕の記憶の中では八歳の男の子だが、今は僕より十五歳年上の五十九歳、欧州に逃亡中だそうだ、あの可愛いかった男の子が。


「ヒューマノイドを娘のように育てたのは、娘の君が出て行って寂しかったからじゃないかなぁ?」


「違うわ。出て行ったって言っても、すぐ近所に住んでて毎日のように顔は出してたのよ。でも、ステファンはあたしに愛想を尽かし、代わりにサラという名のヒューマノイドを溺愛(できあい)しはじめた」


「・・・そんなことって、あり得るのかなぁ。父親が実の娘よりヒューマノイドを溺愛する?ヒューマノイドって、人生の伴侶として設計されているんだよね?」


「レンレイは違うの」


民生用ヒューマノイドは人生の伴侶として設計され、恋人や配偶者、あるいは、執事や部下のような位置付けで設計されるのが普通だ。そんな中、異色の存在として現れたのがフレンズ社だ。同社のヒューマノイドの基本コンセプトは社名が示すように「友達」だ。オーナーにもタメ口で、時にオーナーと喧嘩し、そして、絶妙のタイミング、方法で仲直りする、そんな演出が一部の人々に受け入れられ、一時、世界シェア第二位まで上り詰めた。そして、メイ・リンは事件の数年前からフレンズ社の技術者であり、複数いたAI設計のチーフ・アーキテクトの一人だった。


「メイ・リンがフレンズ社を乗っ取った、ってこと?」


「乗っ取ったのではなく、どさくさに紛れて、設備を悪用して国際社会が定めるフレームワークという規制を無視して違法なAIを開発したの」


フレンズ社は創業者のリタイアのタイミングで巨大企業ジェネラル・ロボティクスが買収、その傘下に収まった。メイ・リンは、そのタイミングで独自のコンセプトのヒューマノイドを開発すべく独立、レンレイ社を設立した。この時、創業まもない同社へ出資したのが真理の実父ステファンであり、その後、資産家のステファンの助言に従いジェネラル・ロボティクスもレンレイへ出資、新しいAI開発のためのコンピュータ関連の超巨大設備をメイ・リンに貸し出した。


「つまり、その巨大企業(ジェネラル・ロボティクス)の設備は合法的に借り、その設備で娘になるようなAI、ヒューマノイドを開発したと?」


「表向きは娘や息子のコンセプトのヒューマノイド開発だったわ」


「・・・じゃあ、裏の狙いは?」


「心のようなものを持つAI」


「心?・・を持つAI?」


「人類は、いまだ心って何か分からない。だから、正確には心ではない」


「じゃあ、何なの?」


「翼は、それを『暴走因子』って呼んだわ」


「『暴走因子』・・・なるほどね、心は論理で説明がつかない行動を導く。好きになったり、嫌ったり、嫉妬したり、憎んだり、恨んだり、よく分からないけど優しくしたり、いじめたり、憂いたり。でも、非力な人間と違い、スーパー・インテリジェンスたる、この時代のAIがそんな説明不能な行動起こしたら、瞬時にネットを駆け巡り、世界を大混乱に(おとしい)れてしまう」


真理は勢いよく立ち上がった。そして、リクライニング状態の診察台の背もたれに手をドンっと付き、眉間にしわを寄せて僕の顔を覗き込んだ。


「なぜ、それ知ってるの?あなた、半世紀以上、眠ってたんでしょ?」


「えっ?・・・えっとぉ、なんでと言われても・・・、何か変なこと言った?僕?」


真理は超至近距離で僕に視線を合わせ続けた。鼻と鼻が触れ合うのではないかと思うくらい近い。僕は緊張のあまり唾液をゴクンと飲み込み、それを見て(あるいは聞いて)真理は我に返ったように体を起こし、診察台から離れた。


「翼も同じこと言ってた」


「・・・翼って、君の父親になったという人?・・その人って、・・誰?」


「・・・」


真理は黙ったまま壁際まで進み、振り向いて壁に寄りかかり、両腕を組んだ。


「本城翼、本業は無名大学でAI社会生態学を教える大学教授、あまりパッとしなかったけど。でも、副業のAI犯罪の特別調査員では、現代に舞い降りたシャーロック・ホームズとも称されるAICSの絶対的エース。数々の難事件を解き、レンレイ事件でもNSA(米国国家安全保障局)からの依頼で調査にあたっていた」


「・・・君の実父ステファンを追い詰めた人?」


「翼とステファンは大学院時代からの旧友、翼の能力を知るステファンは早々に逃亡したわ」


「・・・」


僕には、八歳の素直な男の子だったステファンのイメージしかない。NSAから追われ、逃亡している男とあの男の子をつなげるものは何も連想できない。もっとも、あの男の子と目の前の大人の女性とのつながりも見いだせないが。


「あたし、実父を逃亡に追いやった人の娘になったの。あなたの言うように、生きてると色々あるわね、・・・ステファンも、翼も、あたしも。・・・それと、あなたもね?」


「・・・」


本城翼氏には、もう一つ、大きな功績があるそうだ。大学でAI社会生態学を教えはじめる以前、氏は社会学ではなく、コンピュータ・サイエンスの若き天才としてカンダ・モビリティーズのヒューマノイド設計を指揮していたそうだ。


「KGE41型?」


「ええ、世界で最初に『不気味の谷現象』を乗り越えたヒューマノイド、カンダ・モビリティーズのKGE41型開発のチーフ・アーキテクト。言ってみれば、あなたの人生の伴侶、クレオの生みの親よ」


「・・・君の父親は、そんな凄い人だったんだ」


「ぶっきら棒だったけど、最高にカッコよかった。本当はとても優しいし」


「蘇生して、そんな凄い人の娘に出逢うなんて、・・・僕はラッキーだな」


「・・・何者かに狙われているけどね?」


「・・・君も誰かに狙われている」


「・・・そうね、一緒ね、あたしたち」


真理は壁から離れると、再び、診察台のすぐ横に立ち、尋問するような態度で迫った。


「ねえ、『暴走因子』って言葉だけで、なぜ、その意味が分かったの?なぜ、翼と同じこと言えるの?」


「えっ?同じだったの?」


「・・・あなたが狙われる理由、蘇生だけではなさそうね」


真理は腕を胸の前で組んで品定めするように睨む。そして、腕組みを解き、右手を僕の左頬にあて、優しい声だが、否定を許さない口調で指示をする。


「しばらく、あたしから離れないで。今から仕事で出かけるけど、一緒に来て。それから、今日から夜も一緒の部屋で寝ます。トイレも勝手に行かないで」


「えっ?寝るときもトイレも?・・・冗談でしょ?」


真理は、さらに顔を怖ばめながら僕の耳元に近づき、小声だが、有無を言わせない声色で(ささや)くように促した。


「いい?よく聞いて。相手は殺人鬼で魔法使い、普通じゃない」


「殺人鬼で魔法使い?」


真理は声を低くして話し続ける。橋で僕らを襲撃した三人の輩は残忍な方法で殺されたそうだ。おそらく、後からやってきた連中の仕業(しわざ)だ。真理の周囲では、昨日から今日にかけて(いく)つもの不可解な事件が起きた。アメリカだけでなく、メルクーリ・ジャパンの真理の部屋、つまり、僕の隣室でも事件が起きた。張り巡らされたAI監視網には一切証拠を残さず潜り抜け、軍事用ヒューマノイド警備兵も腑抜(ふぬ)けにされた。


「この相手にはAIの監視も警護も通用しない。だから、あたしが守る」


「・・・真理、僕は連中が欲しがっているモノをいつでも提供する。そうすれば、僕も君も狙われなくなる。公開メッセージで連中にそう伝えてくれ」


「・・・それが、あなたの命に関わることでも?」


「やだけど仕方ない」


「ヒーローぶる奴は、大っ嫌い」


「ハハッ・・・でも、相手は魔法使いなんだろう?」


「それが、世界を破滅に向かわせるモノでも?」


「・・・その可能性、あるのか?」


「あるわ。とにかく、今は、あたしと行動を共にして」


真理が差し出した手を取り、診察台から起き上がる。意図せず、両手を繋いだまま向かい合い、視線と視線が交わった。僕は(ちょっと引きつりながら)微笑みを浮かべたが、真理はクールな目元を崩すことなく、手を離すと背を向けて歩きはじめた。

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