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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
17/28

<16> 魔法使い

部屋に戻るとフライング・スキャナーが騒々しい警告音を立てながら飛んできた。既にアラートとレポートは受信していたが、今日の早朝、窓が一枚割られ、2ダースものスパイ・デバイスが飛び込んできたそうだ(※窓は自動修復済み、もちろん掃除も)。スパイ・デバイスは全て稼働不能な状態に駆除、もしくは、活動できないよう通信が遮断された場所に隔離したそうだが、念のため、もう一度、部屋全体をスキャンさせた。その間、隣の714号室も調べたが、ケイの部屋に異常はなかった。713号室に戻り、再び、部屋を注意深く見まわす。


  寝室のウォークイン・クローゼットの扉が薄く開いている。サイドテーブルの引き出しからスタンガンを取り出し、クローゼットの扉をゆっくり開けて中に入る。衣類の隙間には怪しい影はない。奥に置いたスーツケース(※自走式の荷物運搬ロボット)を開けて、上から覗き込むように中を確認する。「(神経質になりすぎか?)」スタンガンを構えた右手をダラリとおろし、扉の方へ振り返る。扉横の棚、いつも閉めているはずのアクセサリー・ケースが開いている。閉め忘れではない。少し飛び出した一番下の引き出しを引く。そこには、白いシンプルなメッセージ・カードが添えてあった。


『I’m so sorry but I need these』


何がなくなっているのかは、すぐに分かった。五連のブルー・サファイヤのアンクレット、同じモチーフのブレスレット。心のようなものを持つヒューマノイド、サラが翼と私に形見として残したもの。13年前、翼がサラをデリートする前に。


  最高精度のフライング・スキャナー、さらに幾重にもセットされたセキュリティ・システムに引っ掛かることなく、この部屋に侵入、ターゲットを盗み取るだけでなく、ご丁寧にメッセージ・カードまで残していった。 ・・・今のところ、なんら論理的繋がりはない。が、私の脳裏には、アニー・シャノンの優しく悲しい微笑みが浮かんだ。あの女は、五連のサファイヤの特殊な使い方を知っている?何か特別なことに使おうとしている?・・・あるいは、私の単なる妄想か?


  腕のデバイスが通話リクエストを知らせる。ジョンからだ。ダイニングルームへ戻り、テーブルの椅子を引き寄せて逆向きに座り、背もたれの縁に両前腕を乗せ、モニターへ向かって繋げるよう指示する。AICSのサンフランシスコ・ブランチ・オフィス、現地時刻は夜の9時5分と表示された。アンチ・エイジングをしない無精髭のジョンは、いつもより老けて見える。連日、欧州と西海岸を行ったり来たりの毎日で疲れてもいるのだろう。


「襲撃のビデオは確認した。・・・危なかったな」


「あたしの判断ミス、ケイ・ミズシマに怪我をさせてしまった」


「今回は俺の判断ミスだ。警備インフラの整った日本で、あそこまで本気で襲撃するとはな。俺の予測が甘かった。神奈川県警にお前とケイ・ミズシマの警護を要請した。まもなく、警備隊員ヒューマノイドがそっちに到着する手はずだ」


「あたしに警備は不要よ」


「お前が狙われてんだよ、これは命令だ」


「・・・」


「返事は?」


「イ、イエッサー」


「それから、お前を襲った三人の男ども」


「ええ」


「死体になって発見された。目立つ場所で、残忍な方法で、誰かへのメッセージのように」


「・・・」


私を襲撃した奴らは、ロザル共和国の軍人で特殊な任務についていたそうだ。ロザル共和国は、2040年前後に欧州で相次いで独立・誕生した小国の一つ。


  2030年代半ば、AIが雇用を大きく奪いはじめ、失業率が急増した。各国で政情不安になり、ポピュリズムが横行、名声狙いの新興資産家もそれに加わり、安易にベーシック・インカム(※働かなくても食べていける程度の金を国がばらまく制度)を導入、数年後、それらの国の経済が破綻した。経済発展の頼みの綱のAIに高い税をかけて経済を失速させ、一方、国民には働かなくても食べていけると甘やかした後の破綻だ。それらの国は再起不能なレベルの混乱に陥った。暴動を伴う激しい抗議運動が続き、溜まり溜まった不満で、幾つもの地域がそれまでの国家から独立を宣言した。が、独立したからといって経済を立て直せる訳ではない。


  ロザル共和国をはじめ、幾つかの新しい国では、犯罪歴や犯罪の疑惑があっても、経済的に使えそうな人材を資産ごと世界から受け入れた。受け入れるだけでなく、外国政府の犯罪捜査の手から守るとも約束した。つまり、これらの国々では、犯罪者が大手を振って歩いている。


「もしかして、レンレイ事件でジョンが捜査している国って、ロザル共和国?」


モニターの向こうのジョンは、一瞬、表情を固め、その後、天井を見上げ、ゆっくり、ため息をつきながら頷いた。


「・・・ああ、そうだ」


つまり、私の実父、ステファンはロザル共和国に住んでいる、あるいは、住んでいた。今回の事件との関連性は分からない。が、私は実父の住むロザル共和国の特殊部隊に襲撃を受け、誘拐されるところだったのだ。


「ジョン、大丈夫、心配しないで。あたし、あの人のこと、もう、何とも思ってないから。あたしの父は、本城翼、ただ一人。それが、あたしの自慢であり、誇りってことは、ジョンもよく知ってるよね?」


「・・・ああ」


ジョンは、再び大きなため息をつき、いつもと違い、力なく私に指示を出した。


「お前はロザル共和国とは可能な限り距離を置いてくれ、念のため」


「ええ、・・・ロザル共和国の軍人三人を惨殺した連中って、誰なの?」


「まだ、分からねえ。ロザルの軍人は素人に毛の生えたようなレベルだ。戦闘力も規律も軍人とは言い難い。一方、奴らを殺した謎の連中は、正反対に規律も戦闘力も半端なく、おまけに、テクノロジーに凄く強い」


ロザル共和国の軍人を殺した連中は、この監視社会で手がかりを残すことなく消え去った。連中が移動したであろうはずの場所のセキュリティー・システムは、ちょうど連中が通ったであろうタイミングで次々誤作動を起こした。ジョンの言葉を借りれば、連中は魔法を使ったように完璧に形跡を消したそうだ。魔法という言葉から、私はアクセサリー・ケースに残されたメッセージ・カードを思い出し、ジョンにサラのアクセサリーが盗難されたことを告げた。


「それから、(サンフランシスコ)ベイエリアのあたしのアパート、空き巣に入られたわ。今、映像出すわね」


モバイルデバイスで、アラートシステムからの映像をジョンと共有する。


「めちゃくちゃだなぁ、徹底的に部屋をひっくり返されてる」


「今から流すのが、固定カメラが壊されるまでの2分間の映像、人物に注目して。三人の男が映ってるけど?」


映像には、ドアをぶち破って侵入した三人の男が、カメラを見つけては原始的な手段で破壊している様子が映される。粗暴なだけで、規律性も知性もみられない。


「・・・ロザルの殺された三人か?ここで探しものをして、見つからなかったから、そのまま日本に向かったか」


「ねぇ?」


「なんだ?」


「あたしの部屋の被害、AICSが何とかしてくれるよね?」


「ククッ、・・・ああ、後で必要な書類と被害額を出しな。で、お前の推理は?」


「おそらく、ロザルの連中の狙いは、サラのアクセサリー(五連のブルー・サファイヤのアンクレットとブレスレット)。でも、それを、あたしの部屋から盗み出したのは、謎の連中の方、あなたの言葉なら魔法使い?」


「ああ、同意見だ。問題は、その魔法使い連中が誰かってことだ」


「エマ(ヒューマノイド)も魔法をかけられたんじゃない?」


「・・・今日のお前、翼みてぇだな?」


「娘なんで。で、エマはアニー・シャノンの監視に失敗したのね?」


「ああ、魔法をかけられたみたいにボーと突っ立ってる間に、アニー・シャノンは欧州へ向かい、その途中、失踪した」


「・・・あの女、何者?」


「調べてる。今のところ手元の情報では、アイルランド、アメリカ、二国間のシステムの違いをうまく利用、操作して、過去を作り上げたのだろう、ということまでしか分かっていない」


「レンレイの創業者、メイ・リンだという可能性は?」


「東洋系から西洋系の顔に整形かぁ・・・?いや、メイ・リンは、そこまで、小柄じゃない。アニー・シャノンに接触したのは、お前だけだ。後でモンタージュ作って送ってくれ」


「うん、分かった」


「ところで、俺たちの本来の仕事は、メルクーリのヒューマノイドの挙動がおかしい、その調査だった。それを調べる段階で、ケイ・ミズシマへの不可解な干渉を発見し、フレッドの暴走があった。さらに、真理が所有するアクセサリーが国をまたいで盗難され、真理が誘拐されそうになり、その襲撃犯が惨殺され、そして、アニー・シャノンが失踪した。その過程では、セキュリティー・システムや軍事仕様のヒューマノイドなどの高度なAIが、次々、誤作動を起こした。・・・一体全体、何が起こってるんだ?」


「・・・翼がいれば、スパイスの効いた語り口で、華麗なる推理を展開してくれるのにね」


「俺は、お前にも、それができると思ってるぜ」


「・・・いや、無理ッしょ?あたし、翼のような想像力ないし」


「お前の護衛力なんか、俺に言わせりゃ、素人レベルだ。だがな、・・想像力とか推理力は翼に負けてねえ」


「・・・」


「翼は推理するときは、いつも誰かと話をした。そうすることで想像力が増強されるそうだ。優れた想像力の持ち主との会話が優れた推理の鍵だとか言ってたが、ヤツが死ぬまでの最後の3、4年、その会話相手に選ばれたのは、俺が知る限り、お前が一番多かった」


「ホント?」


「翼は、お前がこの仕事に就くことには反対だった。危険だからな。だが、一方で、お前の推理力に関しては、凄げぇ高く評価していた。だから、AICSに入ることを最終的には認めたんだよ、翼も俺も」


「・・・ありがとう。でも、あたし、あんなに想像力ないよ」


「お前も誰か想像力のあるヤツを見つけて話をしてみろ。そうやって、推理力を増強するんだよ。俺でもいいが、俺は、所詮、頭の固い軍人上がりだ。だれか、もっと頭の柔らかいヤツを探してみろ」


「そう言われてもねぇ・・・。ねぇ、翼の話し相手って、あたし以外は、他はどんな人だったの?」


「ん?他の話し相手ねぇ・・・?そういや、ある女の名前がよく出てたなぁ?なんて名前だったか?」


「(ムッ)美人?」


「会ったことねぇよ。・・・あっ、思い出した。サマンサだ、たしか、サマンサって女だ。翼のヤツ、珍しく天才という形容を使ってたなぁ、天才サマンサって」


「天才?サマンサ・・・」


アニー・シャノン、アニーはミドルネームだ。S・アニー・シャノン、彼女のファーストネームはサマンサ、サマンサ・アニー・シャノン。天才・・・魔法使い?英国風の庭のある小綺麗な家、何もないティールームで翼とアニーが小さな丸テーブルを挟んで紅茶を飲みながら談笑している。翼がフライング・スキャナーの設定を変え、あの女をアニーではなく、サマンサと呼んでいる。アニーの手のひらが翼の頬へ添えられる、・・・セピア色の白昼夢。


不意にジョンの声が耳に飛び込んできた。


「それより、お前、アプリコット社には、いつ行くんだ?」


「えっ?あ、ああ、今日、これから」


「神奈川県警から届く警備員ヒューマノイドを、絶対、連れてけよ」


「あぁ、そうね、うん」


「返事は!」


「イ、イエッサー」


「誘拐されんなよ、じゃあ、また、後でな」


映像は、ジョンがニヒルな笑みを浮かべたところで途切れた。が、どこでどう操作を間違えたのか、消したはずのモニターに、あの橋での襲撃シーンが再生された。AICSの通常プロトコルに従い、私の活動を2台のマイクロ・ドローンが立体撮影した映像だ。病弱そうな男が襲撃犯に挑んでは跳ね飛ばされ、立ち上がり、また挑む。額を欄干にぶつけ、立ち上がり、殴られ、蹴りをくらい、倒れるが、再び立ち上がる。映像を巻き戻し、男の表情が見える位置に映像を調整し、同じシーンを繰り返す。何度見たんだろう。バカらしくなる。ホンット、どうしようもなく、ホンット、バカらしくなる。


「ホンット、もう、なんなのコイツ、ばかじゃないの!」


涙はここだけ。この人の前では、私は強い女になる。

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