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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
15/28

<14> あの人

同日、6月7日午後3時(米国太平洋標準時刻)、サンフランシスコ・ベイエリア ––––––––––


フレッドのオーナー、アニー・シャノンの家は、私のアパートから5マイル(8キロ)も離れていなかった。目的地の5ブロック手前で車を降り、強い陽の光に手をかざしながら周囲を見渡す。サンフランシスコ・ペニンシュラを(つらぬ)く山並みの中腹にある住宅地、高級とまでは言えないが、きちんと手入れされた庭のある小綺麗な家々が並ぶ。一緒の車に乗ってきたエマが隣に立ち、アニー・シャノンの家の方角を指差す。エマは私をガードする目的(私の暴走を食い止める目的?)で、ジョンが送りつけたシンス(ヒューマノイド)だ。可愛い黒人女性タイプだが、軍事用で民生品にはない防衛能力を備え、民間企業のAICSが所有することは法的にはグレイゾーンだ。が、今のところ問題にはなっていないらしい。本当は、このクラスのシンスをケイ・ミズシマのガードにあてたいのだが、日本では御法度(ごはっと)だ。


「ドクター・ファーガソン(※真理のこと。AI社会生態学の博士なので)、ミズ・シャノンは、カメラの持ち込みを拒否されたそうですが、私は、どこで待機しましょうか?」


アニー・シャノンは自宅でのインタビューは許可したが、条件として一切の撮影を禁じた。ヒューマノイドの目はカメラで、常に撮影している。だから、エマは同席できない。


「5ブロック以内には近づくなってさ。だから、この辺にいて」


「はい。では、ドクター・ファーガソン、バイタル(※心拍などの生体信号)をモニタリングさせて下さい。異常を検知したら確認の連絡をします。お返事なければ、現場に踏み込みます」


「・・・わかった(うざいなぁ)」


腕のデバイスをエマとリンクさせると、バッグからサングラスを取り出してかけ、白樺の並木道をアニー・シャノンの家へ向かう。気温は高いが、日本と違い、カラッとしているので心地よい。昔は調査へ向かう時、とても緊張した。どんな凶悪犯が待ち構え、何が起こるか分からない、殺されるかもしれない。緊張のあまり、心拍が乱れ、すごく喉が渇いた。が、最近は何も感じない。翼の死後、私は生へのこだわりを失ってしまったのかもしれない。


  五分ほど歩くと、エマが指差した辺りに着いた。白い壁の家が並ぶ中、たくさんの花に囲まれた一軒だけ違う色の家。小さいが英国風の良く手入れされた庭、その奥に煉瓦(れんが)造り(風)の落ち着いたデザインの建物。腕のデバイスで確認したが、ここが、アニー・シャノンの家だ。


  あらかじめ私の情報を送っていたので、庭の小さな門(のシステム)は、私を認識してゆっくり開いた。綺麗な芝生に挟まれた小道を通り、重厚な大きな木製の扉の前に立つ。玄関のシステムが男性の声で私の名を呼びかけ、丁寧な言葉で私を室内へ招く。大きな扉の内側は、しかし、華やかな庭とは正反対に薄暗く何もない空間だった。サングラスを外してバッグにしまい、玄関をざっと見回す。上手に隠しているが随分とたくさんのセキュリティー対策が施されている。玄関から家の中は見えない。真正面は煉瓦の壁、その手前、左右に廊下が分かれる。音声システムの案内に従って左側の廊下を進むと、ダーク・ブラウンのフローリングの部屋に招かれた。ガランとした空間、イミテーションの暖炉と丸テーブル、木の椅子が二脚、それしかない。暖炉の上の棚にも何も置かれていない。まるで、引っ越した後のように何もない部屋。


  ノックの音が聞こえ振り返る。気の弱そうな、小柄な女がトレーにティーセットを持って立っていた。肩にかかる長さの綺麗なブラウンベージュの髪、薄いブラウンの瞳、透き通るような白い肌、オールド・ブルーのロングスカートにグレーのシンプルなニット。地味だが、よく見るとかなりの美人、いや、薄幸の美女とでも言おうか、なぜか悲しみを感じる。トレーを持った美人なので、ヒューマノイドかと思ったが、私の腕に巻かれたデバイスは人間と認識している。


「真理・ファーガソンです。あなたがアニー・シャノン?」


「(小さな声で)はい」


「フレッドのオーナーの?」


「(小さな声で)はい」


ブロンドで碧眼(へきがん)の美青年が好みの乙女チックな四十二歳・・・?いや、物静かな地味な美人、年齢不詳、実際のアニー・シャノンは、そんなイメージか?


「えっとぉ、S・アニー・シャノンさん、2025年生まれ、国籍はアイルランドとの二重国籍、この情報は正しいですか?」


「(小さな声で)はい」


アニー・シャノンは、持っていたトレーをテーブルに置くと、腕につけたデバイスからパスポート情報を私のモバイルデバイスへ表示した。たしかに、彼女がアニー・シャノンだ。


「(小さな声で)ミズ・ファーガソン」


「真理と呼んでください」


「マ、ママリー?」


「あぁ、あたしのミドルネームです。ファーストネームはメアリーですが、今はミドルネームの真理を名乗ってます」


「マリ」


「はい。あっ、そう言えば、アニーもミドルネームですよね?ファーストネーム、S・アニー・シャノンのSは、何ですか?」


「・・・(小さな声で)サマンサ」


「サマンサね。でも、アニーと呼んで良いのかしら?」


「(小さな声で)はい。あのぉ、フレッドは、どこに?」


蚊の鳴くような声、まともに人の目も見つめられない。シンスにペットのように飼われ、一人じゃなにもできないのだろう。正直、この手の人間は苦手だ。とりあえず、用意された椅子に座り、アニーにも座るよう促す。


「アニー、あなたのフレッドは、とても不可解な行動をしたの。危険かもしれない。まずは、その原因究明が必要なの」


フレッドは、国際社会が定めるAIのフレームワークを逸脱している可能性がある(※フレームワークとは、AIの暴走を防ぐための包括的な対策の総称)。ヒューマノイドのような高度なAIの暴走は、社会に大きな危害を与えかねない。よって、早急に真相を調べる必要がある。フレッドに関しては、現在、メルクーリの依頼でAICSが調査しているが、今後、NSAかFBIが捜査を主導することになるだろう(もっとも、どちらの機関が担当しても、我々、AICSに調査依頼が来ると思うが)。


  そんな説明をすると、アニーは下を向いて、しばらく沈黙を続けた。私はティーカップを持ち上げて一口、二口、ゆっくり飲みながらアニーを観察する。「(泣きださなければいいが。・・・面倒だなぁ)」そう思いながら、(うつむ)いたままのアニーへインタビューを続ける。


  私の質問にアニーが小声で短く、必要最小限の言葉で答える。それが続いた。アニーによると、フレッドのリースは17年前、彼女がまだ二十五歳の時に(さかのぼ)るという。17年前の2050年は、ちょうど『不気味の谷』を乗り超えた人間そっくりのヒューマノイドが普及しはじめた時期だ。以来、伴侶として(恐らく恋人としても)、また、アニーの生計を支える労働力として常にフレッドと共に暮らしてきたそうだ。身の周りのことは、基本的にすべてフレッドに頼っていたらしい。最近の挙動については、以前と全く変化は見られなかったそうだ。


「あのぉ、フレッドは、戻ってくるんでしょうか?」


「・・・さあ、分からないです」


「私、どうやって生きていけばいいの?」


「フレッドを作ったメーカー、アプリコット社から、当面、代わりのヒューマノイドを貸してもらえるはずです、希望すれば同じ顔の。・・・あ、えと、もし、あなたに、今回の事件に責任なければ、ですが」


「わ、わたし、何もできないわ」


「・・・(何もできないって、どっち?家事?それとも、陰謀?)」


悲壮感漂う表情だが涙は流さないようだ。おどおどした雰囲気だが、怖さで身体が硬直している感じもない。インタビューを続ける。


「アニー、言い難いんだけど、プライベート・ゾーンの記憶を見せて頂きたいのですが、アクセスを承認して頂けますか?」


「そ、そんなの、できるわけないでしょ?プライバシーの侵害よ、絶対、無理」


まあ、この反応は当たり前だ。プライベート・ゾーンの記憶では、フレッドとの夜の行為などの極めて生々しい情報まで含まれる。それも、フレッド視点の映像で。過去の事例でも、よほど深刻な事態でない限り、裁判所もアクセスを許可しない。


「・・・でも、今後、NSAが調査に乗り出すわ。そうなると、裁判所から許可を取って強制的にアクセスされるわ。そして、その時に調査するのは、NSAからの依頼で、やっぱり、私たちAICSなの」


「それでも嫌、あれを見られるなら殺されるのと同じよ。私、裁判所に不服を申し立てます」


「・・・(チッ、知ってたか)」


まあ、しょうがない、と思いながら、ティーカップに手を伸ばす。


「(あれっ?)」


シンスにペットのように飼われる人が、ティーセットを自分で用意するだろうか?疑問が頭にわき起こる。ティーカップに伸ばした手を戻し、太ももの上で軽く両手を合わせ、しばし、アニー・シャノンを見つめる。泣きそうな表情はしている。が、・・・本当には泣きそうにない感じがする。おどおどしているが、身体がこわばっている感じもしない。


「(演技・・・?)」


カメラを使えないので、AICSのプロファイル・システムは使えない。腕のデバイスでメッセージをチェックするフリをしながら、外で待つエマに指示を出す。私の様子に気が付いたのか、アニーがそわそわした素振りをはじめた。


「マリ、そろそろ約束の時間になります。私、出かけるの。フレッドがいないから、知人に夕食を招待されたの」


腕のデバイスで時刻を確認する。4時15分前。できるだけ、ゆっくり反応することで時間をかせぐ。


「そう〜ねぇ。・・・ちょっと待ってね。あと、聞かなければならないのは、・・・えぇと〜」


爪を噛むフリをして膝に置いたハンケチを床に落とし、それを拾い上げて、軽く叩いて埃を落とすフリをする。それから、ティーカップに手を伸ばし、冷めた紅茶を口に含む。


「あっ、そうそう、フレッド以外のヒューマノイドは、いないんですか?この家には?」


「さきほど答えましたが、フレッドだけです」


「そうでしたね。ええと、ペット型のロボットは?」


「いません」


そんな、どうでもいい質問を繰り返していると隣の部屋で物音がした(というか、あたしが仕込んだのだが)。ほどなく、小型のドローンがアニーの元へ飛んできてレポートする。


“It’s a toy device, no threats detected (おもちゃです、脅威は発見されませんでした)”


「へぇ〜、ロッカード社のRSDシリーズ、随分、高価なセキュリティー・ツールをお使いですねぇ?」


「・・・ええ、以前、マイクロ・ロボットに侵入されて・・・」


「・・・」


「恥ずかしい映像をいっぱい盗撮され、ネットに流されたんです」


「・・・」


「お金かけて、なんとか全部消しましたが・・・。以来、怖くて、セキュリティーには、お金をかけてます」


ネットにアニーの写真が一枚もないのは、それが理由だろう。カメラに対する拒否反応としては、とても説得力のある説明だ。それに、彼女の表情。私は力が抜け、同情で首をうなだれた。が、次の瞬間、ドローンがアニーの手のひらにふわりと収まるのを目撃した。そして、彼女がドローンの上部を二度、三度、優しく撫でると、ドローンは再び浮き上がり、奥の部屋に飛んで行った。私は思わず、奇声をあげてしまった。


「えっ!?」


・・・偶然かもしれない。が、翼が私のドローンに仕組んだイタズラと同じだ。あの設定は、RSDシリーズの標準にはない。簡単そうに見えるが、軍事用途の製品だ。かなり裏技的な知識と特殊なツールが必要だ。そもそも、RSDシリーズは普通のルートで入手できる製品じゃない。


「・・・何か?」


「いえ、・・・お、面白い設定ね。あなたのアイデア?」


「今の操作設定?」


「う、うん」


「フフッ、そうね、友達?・・・うん、友達が設定してくれたの」


アニーの瞳に微かに涙が浮かぶ。ハンケチを口にあて、顔を天井に向ける。その様子は、涙をこらえているようにも見える。


「・・・あの人は、友達だったの?」


「フフッ、あの人って?」


アニーの表情が変わる。優しさと何かを達観してしまった人の微笑み、・・・これが、この女の本当の姿だ。


  モバイルデバイスに緊急レベル4のメッセージが届く。クレオからだ。水島敬太をモニタリングしていたフレッドがネットから削除、代わりに自分が医師になることになり、インストールとセッティングのため、日本時間午前10時から少なくとも数時間、水島敬太を見守れない、そんな趣旨のメールだ。考えてみれば当然だ。フレッドをネットから切り離せば、代わりの医師が必要になる。メルクーリが選ぶ第一候補はクレオだろう。そのために、あんなハイスペックのヒューマノイドを水島敬太に与えたんだから。


  時刻は午後4時(日本時間は午前8時)を過ぎている。今すぐ、ここを発たねばならない。


「あなたも、次の約束があるんじゃない?」


「・・・あたし、あなたに、また、会いたい」


「そうね、機会があれば」


アニー・シャノンは、もう、自分を隠していない。しばし、見つめあった後、立ち上がってアニーに近づき、右手を差し出す。が、その手はスルーされ、アニーの右手は私の左頬に添えられた。


「真理、あなた、もう少し、自分を大切にしないとダメよ」


そう言うと、アニーは小さな体で私を優しくハグした。私は混乱してしまった。色々なことを聞きたい。が、同時に何も聞きたくなかった。アニーの体が私から離れると、すぐに彼女に背を向けて玄関へ向かい、逃げるように外に飛び出した。歩きながらモバイルデバイスで車を呼ぶ。頭の中を整理しようとしたが、今は無理だと悟り、5ブロック先まで走った。さっきと変わらぬ微笑みを浮かべるエマに、アニーの監視を命じる。そして、やってきた車に飛び乗った。


「(何なの、あの女?・・・全然、分かんない)」

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