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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
14/28

<13> 暴走

6月7日午前1時30分( 米国太平洋標準時刻)、オレゴン州ポートランド、旧カルダシェフ財団施設 ––––––––––


ケイ・ミズシマを担当しているヒューマノイドの医師、フレッドが挙動不審で捕獲された。管理責任者である上杉先生の指示も許諾もなく、メルクーリ本社から千キロ以上も離れたポートランドにある冷凍保存クライオニクス施設に勝手に侵入したところを警備班が捕獲。が、残念ながら、警備班はAI犯罪に関しては素人だった。拘束後、三十分も通信が使える状態で放置、その後もシャットダウンせずに拘束し続けた。つまり、証拠隠滅には十分すぎる時間を与えてしまったのだ。


  まあ、とりあえず、この一件で、メルクーリの経営陣にも何らかの事件が進行していることを完全に理解してもらえるだろう。私がAICSから派遣された特別調査員だという身分を隠す必要もなくなった。


  警備責任者のボブ(人間)に、念の為、こういうケースの対処法の基礎を教えた後、私はフレッドが拘束されている部屋に向かった。一枚目の扉から奥の扉までの通路のような空間には、スパイ・デバイスの侵入を防ぐ一般的な対策が施されているのを確認。二枚目の扉をくぐると、照明を兼ねた真っ白な壁に囲まれた長方形の部屋があった。中央には透明なテーブル、その周りに四脚の椅子が配置され、向かって左奥の椅子にフレッドであろうヒューマノイドがいた。フレッドは、人間用の拘束具で椅子に固定され、シャットダウンされた状態で少し前かがみの姿勢で座っていた。


(真理)「この部屋、通信はシールドしたのよね?」


(ボブ)「オイ、この部屋はシールドされているのか?」


(警備班のヒューマノイド)「ハッ、先ほど施しました。外部とは、一切、通信できません」


  眠りに落ちたようなフレッドのすぐ隣に立ち、左手で肩を(つか)み、椅子の背に押し付ける。輝くようなサラサラのブロンドが流れ、長い前髪の下から乙女チックな美青年趣味で作り込まれた顔が現れる。右手でその(あご)(つか)んで持ち上げ、顔の左右をチェックする。彫りの深い、色白の細い顔には傷一つない。顎から手を離し、両手で胸ぐらを掴んで拘束具の首元を広げる。首筋の隙間から見える人工皮膚も確認したが傷跡はない。捕獲時、フレッドは全く無抵抗だったと聞いたが本当のようだ。AICSのプロファイリング・ツールによると、ボブは少々サディスティックな元軍人で、アンチ・ヒューマノイドだ。フレッドが少しでも抵抗していたら、かなりの損傷を負わされていただろう。


(真理)「この拘束着、脱がしてくれない?」


(ボブ)「・・・危険じゃないですか?」


(真理)「(お前の方が危険だろ?)そうね。脱がせたら、あなたは隣の部屋から監視していて」


(ボブ)「・・・イ、イエッサー」


ボブは側にいた警備班のヒューマノイド二体に命じてフレッドの拘束着を脱がすよう指示すると、彼らを残して部屋を出ていった。


「(はぁ〜、クレオに続き、今日、二体目かぁ・・・)」


現地時刻では午前二時だが、日本時間では夕方六時、まだ眠くない。クレオの時と同様、フレッドにもケーブルを装着する。カンダ製のクレオとアプリコット製のフレッド、プラグを差し込む耳の位置が左右逆だが、それ以外は、ほとんど同じ要領だ。モバイルデバイスで上杉先生を呼び出す。先生は、ロンドンにいらっしゃる。


「上杉先生、準備できました。テストモードで立ち上げる承認をしてください」


「はい、了解です。・・・どうですか?」


フレッドは、眠りから目覚めるようにゆっくりと起き上がる。その顔に表情はない。手元のタブレッドでも、テストモードで立ち上がったことが確認できる。


「はい、無事、テストモードで立ち上がりました。ありがとうございます」


「真理さん、そちらって、午前二時ですよね?大丈夫?」


「あ、あたし、日本から来たばかりなので、時差で全然、眠くないんです。まあ、これが済んだら仮眠とりますが」


「それもありますが、この時間に事件が起きても、人間の同僚が気付かないんじゃないかと、そちらも心配です」


「ご心配、ありがとう御座います。でも、大丈夫です。実は、ジョンも今はベルギーでして、先生と同じ時間帯です。午前十時ですね?」


まあ、当然だが、やはり上杉先生にとって、私は頼りないのだろう。最後まで不安を払拭できず、(ねぎら)いの言葉まで頂いた。


  タブレットには、フレッドのAIシステムに関する解析結果が次々表示される。不審なプロウェア(ソフトウェア)が混入していないか、疑惑のハードウェアが差し込まれてないか?改造の有無をチェックする解析ソフトは、AICSがNSA(米国国家安全保障局)と共同開発した極秘のツールだ。一通りの解析が終わり、レポート画面は安全を示す薄緑色の背景に変わる。


「・・・ふ、服、脱いで。下着もアクセサリーも全部外して。物理特性を測るから」


「脱いだ衣服やアクセサリーは、こちらのテーブルに置いてよろしいですか?」


「えっ、ああ、そ、そうね。テーブルに置いて」


ビジネスバッグからシートタイプの計測器を取り出し、テーブルの脇に置く。透明な椅子を一脚、テーブルから引き出して座り、左足の上に右足を乗せて組んだ。テストモードで無表情のフレッドは、ネイビーブルーのブリーフを脱いで、それを椅子の座面に置いて私の方を向く。私は、右手で計測器を指し、そこに乗るように指示する。クレオの時より、さらにぎこちなく、顔に熱を感じてしまう。私が生命体であり、女である証拠、あるいは、(さが)と言うのだろうか?できるだけ平静を(よそお)うが、鼓動(こどう)がいつもより早い。


「(ホントは、あたし、ケイにあんなこと言えないんだ)」


目のやり場は決まっている。不審な挙動がないか、監視しなければならない。目を離してはいけない。こいつは機械だ、機械だ、・・機械なのに・・。


  ビジネスバッグからスティック・タイプのスキャナーを取り出し、フレッドの全身をスキャンする。手を上げさせたまま、頭部から足の裏まで、背中、右側面、左側面、そして、正面。スキャンを終え、ホッとした次の瞬間、手を(すべ)らせてスキャナーを落としてしまう。転がるスキャナーを全裸のフレッドが拾って私に渡す。無表情なのが、せめてもの救いだ。顔の火照(ほて)りに我ながらムカつく。


「も、もういい。服を着て!」


乱暴に命じると、隣の部屋にいるボブを呼び、フレッドを再び拘束具で固めてシャットダウンするよう指示する。今日は、もう、一刻も早く、この場を去りたい。腕のモバイルデバイスで車(無人自動運転車による移動サービス)を呼ぶ。到着まで二分、腕に巻きつく小さなディスプレイにカウントダウンが表示される。ボブに後処理をまかせ、タブレットとビジネスバッグを抱え、玄関に向かって歩き始める。進む先ではライトが次々と点灯し、通り過ぎた後方は次々と暗くなっていく。立ち止まって振り返る勇気はない。


「((やみ)に迫られてなんかない)」


もう、振り返らない。もう、これ以上、嫌なことなんて、起こらない・・・。


「(ねぇ、そうでしょ?)」


  正面玄関に辿(たど)り着いた時には既に車は私を待っていた。近づくとドアが大きく開く。滑り込むように車に乗り込み、シートに深々と座る。扉が閉まるのを確認すると、大きくため息をついた。抱えていたタブレットに目を落とす。解析ソフトは、フレッドの各種バッテリーの状態や液体燃料の残量、涙や唾液などの擬似体液の残量、肌などの保湿状態、髪の毛の量などを考慮に補正して体重や電気特性等を正確に計算する。さらに、サブミリ・オーダーで全身をスキャンしたデータと合わせ、フレッドの体内に疑惑のハードウェアがないか調べている。


  結局、脅威は検出されなかった。それどころか、記憶も消されていなかった。タブレットには、フレッドのカメラが記録した映像が流れる。倉庫のような古い建物に侵入し、幾つかの扉を迷うことなく通り過ぎ、人体を冷凍保存するカプセルが並ぶ格納庫へ直行。その後、カプセルの前で何か調べている途中で警備班のヒューマノイドに身柄を確保された。全く抵抗する素振りもない。その様子を確認してからビデオを止める。


「(なぜ?)」


警備班が拘束後も三十分以上放置していたのに?フレッドのボディーには、最近一ヶ月の業務活動の記録がそのままの状態で保存され、それ以前のダイジェスト版(※完全版はクラウド上に保存されている)も、改ざんや消去された形跡もない、そのままだ。


  フレッドは何ら違法な改造なしで上杉先生の指示を無視した?AIの行動を規制する何重にも施された対策フレームワークをくぐり抜けた?・・・なぜ?どうやって?あり得ない。


「プライベート・ゾーンから制御?・・・いや、無理だ」


メルクーリでのフレッドの管理責任者は上杉先生だ。が、フレッドはメルクーリの所有ではない。フレッドのオーナーは、アニー・シャノン、アイルランドとの二重国籍で五年前にメルクーリ本社に近いレッドウッド・シティーへ移住した四十二歳の女性だ。(この時代、普通だが)独身で、フレッドがメルクーリで勤務して得る給与以外の収入、つまり、アニーが自ら働いて得る収入はない。十四歳の時にアイルランドの学校を卒業したと記録されているが、これが最終学歴だろう。ヒューマノイドが人間に代わって働く時代、学歴なんて意味はない。よくある平凡なプロファイルだ。


「・・・まあ、人間なんて、こんなもんか?」


フレッドのハードウェアやソフトウェア、過去のバージョンアップ等に関する情報はびっしり記載されている。が、フレッドのオーナー、つまり、契約上の被雇用者に関する情報はスカスカだった。まあ、プライバシーの関係でH2R(Human & Humanoid Resource: ※今でいうHR、人事部)部門から入手できる情報も限られている。AICSは民間組織だ、無理な(さぐ)り入れはできない。とにかく、今日の午後、アニー・シャノンに面会しよう。


「(四十二歳、ブロンドで碧眼(へきがん)の美青年趣味のアイルランド人女性)」


メルクーリから受け取った情報にはアニー・シャノンの写真が一つもない。不思議なことだが、ネットを探しても当てはまる人物の写真は一つも存在しなかった。頭の中で単純化したイメージを反復、午後の面会に備える。ジョンに連絡することを思い出し、「あっ」と小声を上げ、ポケットからモバイル・デバイスを取り出す。ジョンとは、すぐに繋がった。


「真理か?すまんな、一人にさせて。そっちは・・・午前二時四十分か?」


「今回の欧州出張、レンレイ事件の関係ですか?随分、急だったようですが?」


レンレイ事件とは、今から十三年前に起きた事件だ。メイ・リンという技術者が巨大企業、ジェネラル・ロボティクスを巧妙に騙し、その巨大設備を利用してフレームワークを逸脱した危険なスーパー・インテリジェンス(ヒューマノイド)を開発してしまった事件だ。当時はNSAに所属していたジョンの依頼で翼が調査、違法に開発された六体の危険なヒューマノイド中、五体は発見、処分に成功した。が、一体は十三年経った今も行方不明。恐らくメイ・リンと一緒に欧州に潜んでいる。何も言わないが、ジョンは、この事件にとても執着している。そして、・・・メイ・リンを巨額の資金で支えたのは、私の実父、ステファンであり、共犯者として国際指名手配になった。娘の私を捨てて。


(※この時代、危険なAIは開発も所有も重い罪に問われる)


「分からん、・・・それより、フレッドは、どうだった?」


「とりあえず、これまでの解析では不審なことは見つからなかったわ。これ以上の解析には、オーナーとメーカーの協力が必要ね」


「それにしても、・・・奴ら、あんなに慎重だったのになぁ。なんだ、今回のその稚拙な手口は?素人の警備班に捕まるって、いったい、何がどうなってんだ?」


「ええ、私もすごく引っかかってる。トラップ?あたし達を(わな)にかけようって魂胆かしら?」


「あり得るぜ。俺が欧州にいるのも奴らの罠かもしれん」


「うん」


「翼はなぁ、こういう時、すげぇ慎重だった。いつも以上に考え抜いて行動した」


「フフッ(ジョンは優しい、いつも、こういう言い回しで(さと)してくれる)」


「ん?何がおかしいんだ?」


「ンッ、何でもない。うん、気を付ける」


「フレッドはアプリコット製だったよな?」


「はい」


「あそこのCEO(最高経営責任者)とは顔馴染みだ、俺から協力を依頼しとく。俺は、あと一つ確認したら、そっちに行く。お前はオーナーと接触したら、その足で日本へ戻れ」


「うん、そうする、じゃかなった、イエッサー!」


「今更かよ?・・・オーナーにも気をつけろ」


「イエッサー」


通話を切り、シートをフルフラットにして身体を沈める。車は深夜のハイウェイを時速250マイル(400キロ)でカッ飛んでいる。ベイエリアの自宅まで、約二時間。奇妙な一日がようやく終わる。


「家族?・・・あの人って、あたしにとって・・・、いや、あたしって、あの人にとって、何なんだろう?」

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