<12> それは、人間も同じ
クレオを調査する手順を一通り説明すると、真理は仕事の観点から改めて自己紹介をした。彼女は、AICSという民間の調査・警備会社に勤務しているとのこと。AIを使った事件を調査、あるいは、AIを使った攻撃からクライアントを守る、そんな仕事だ。4ヶ月前からメルクーリの研究部に所属しているが、それは潜入調査のための偽装なんだそうだ。それにしても、富豪になったはずのカイルの孫娘が、なぜ、そんな危険な職に就いているのか?話を聞こうと思った矢先、クレオが隣の部屋から戻ってきてしまい、話は中断された。
真理はリビングのソファにクレオを座らせ、僕をその隣に座らせる。僕は身体を横に向けてクレオと向き合い、ソファの後ろに立つ真理に視線を向ける。真理は、軽く頷くジェスチャーで僕を促す。
(水島)「クレオ、これから、君をテスト・モードで再起動します。その前に、真理に僕と同じ権限を与え、君のシステムへのアクセスを許可します」
(クレオ)「私がテスト・モードの間、及び、その後、通常モードに戻るまでの再起動の間、水島さんのお身体をモニタリングすることはできません。左腕のデバイスによるモニタリングでは、機能が限定されますが、よろしいですか?」
真理に視線を向けると、真理は(怒ってないが)怒ったような表情で両腕を胸の前で組み、再び、頷いて促す。
(水島)「ああ、構わない」
(クレオ)「では、私の手を握ってください」
僕は、右手で握手するようにクレオの手を握った。
(クレオ)「平常の精神状態から、少し外れてます。このまま続けますと、ログには、今回の操作は真理さんに脅迫されていた可能性がある、と記録されます」
(水島)「・・・何のこと?」
真理に視線を向けると、組んだ腕を右だけ解いて、頭を掻きながら答える。
(真理)「ケイのバイタルのパターン、あたしに脅迫されてるみたいだって」
(水島)「・・・?」
(真理)「あたしに脅されて、仕方なくやってるんじゃないかって、コイツ、心配してるの。まあ、いいわ、そうログに記録されても。続けて」
(水島)「・・・構わないって。じゃあ、真理に権限を与えて」
(クレオ)「分かりました」
そう言うと、クレオは立ち上がって真理の方を振り向いた。真理は、慣れた手つきでクレオの手を握り、さらに、クレオに目の中を覗き込ませた。虹彩のパターンを認識しているのだろうか?クレオが「新しい権限の設定が完了しました」というと、真理はクレオをソファに座らせ、後ろからクレオの両耳を掴むような動作をする。すると、クレオは、まるで気絶したように全身から力が抜け、ソファに倒れこむような体勢で動かなくなった。カンダ・モビリティーズの製品では、左の耳たぶと右耳の中に小さな接点があり、同時に両方を3秒間押すことでシャットダウンするそうだ。
真理は、クレオの左耳にケーブルを差し込み、タブレットを使って操作する。クレオは、ほどなく寝起きのように、ゆっくりと身体を動かし始め、瞼を持ち上げるとソファに姿勢を正して座り直した。ただ、その顔には、全く表情はない。初めて見る無愛想なクレオだ。
(水島)「これがテストモード?」
(真理)「ええ、愛想ないでしょ?あたしみたい?」
振り向くその顔には、一瞬、やんちゃな笑顔が浮かぶ。無愛想だったり、表情豊かになったり・・・、ホント、猫みたいな女性だ。
(真理)「あなたの名前、オーナー、アクセス権を言って」
(クレオ)「水島クレオです。オーナーは水島敬太様、私のシステムへのアクセス権は、水島敬太様、テンポラリーでメアリー・M・ファーガソン様がお持ちです」
(水島)「ファースト・ネームはメアリーなんだ?真理はミドルネーム?」
(真理)「ええ・・・」
真理は気の無い返事をすると、ソファの対面にあった食卓用の椅子に座り、タブレットに次々と流れる情報を目で追い続けた。僕は、半開きの目で表情を消して真正面を見続けるクレオの横顔を見るともなく眺める。15分も経った頃だろうか、真理は立ち上がり、クレオの耳に差したケーブルを抜き取った。そして、ケーブルをビジネスバックにしまい、代わりに一枚のシートを取り出した。
(真理)「裸になって。下着もピアスもネックレスも全部取って、何も身に付けないで」
(水島)「・・・えっ、ちょっと待って」
僕は、慌てて部屋のシステムに「ブラインド、完全に遮蔽して」と指示して外から部屋の中を見えなくする(※この時代、ガラス自体がブラインド効果がある)。振り向くと、クレオは白いブラウスを脱ぎ、上半身、下着姿になっていた。僕は、杖をついて立ち上がり、ベッドルームへ向かおうとした。
(真理)「どこ、行くんです?」
(水島)「ベッドルームにいるよ」
(真理)「・・・もしかして、クレオに気を使ってます?」
(水島)「・・・」
(真理)「ケイ、たしかに、この子たち、人間そっくりよ。でも、機械、それも、あなたの所有物(※正確にはリース)。それでも、気を使うの?」
真理は、少し呆れた顔で僕を見る。クレオは、紺のタイトスカートを下ろし、上下とも下着姿になり、スカートを軽く畳んでソファにかけた。
(水島)「ああ、・・・僕は、太陽も擬人化してしまう男だからね」
(真理)「・・・太陽?」
クレオがブラに手を掛ける横を通ってベッドルームに入り、後ろ手でドアを閉める。奥の窓際のベッドに腰掛け、杖を壁に立てかける。まだ昼の二時、カリフォルニアだって、まだ夜十時だ。が、ベッドに倒れ込むと急に睡魔が襲う。色々なことがあって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。だが、今日、僕は、自分がケイ・ミズシマであることを思い出した。記憶は、まだ、一部だが、少なくとも、ケイ・ミズシマという自分は取り戻した。
「そういや、生前は『僕』じゃなく、『俺』って言ってたな?・・・まあ、いっか」
* * *
(真理)「ケイ?・・・ねえ、起きて、ケイ?」
いつの間にか眠りに落ちていた。三十分ほど眠っていたようだ。体を起こし、振り返ると、真理はドアのところでクレオの肩に手をかけて立っている。クレオも女性としては長身だが、真理はクレオより、さらに背が高い。こうして並んでいると、一見、仲の良い姉妹に見えなくもない。まあ、真理はクレオを機械としか見てないのだが。素の表情の真理、人に好かれる柔らかい表情を作るクレオ、二人とも僕に視線を向けている。
(真理)「このシンスは、シロね」
(水島)「シンス?」
(真理)「あぁ〜、え〜と、ヒューマノイドのこと」
(水島)「(Synth、”Synthetic Humanoid” の略か)・・・それは、良かった。で、次は何をすればいい?」
(真理)「奴ら尻尾、出したみたい。あなたを狙ってる連中」
(水島)「・・・今日の突然の日本帰国、連中の尻尾を掴むため?」
(真理)「あら、いい勘ね。・・・あたし、今からポートランドに行ってくる」
(水島)「ポートランド?向こうは真夜中だろう?」
(真理)「あなたが氷漬けになっていた旧カルダシェフ財団の施設、トラブルが起きたの。二十四時間以内に戻ってくる。それまで、ここで、大人しくしていて」
(水島)「・・・気を付けて」
AICSという組織は慢性的に人手不足、さらに昨日から別の事件が発生し、リソースをそちらに取られ、僕の警備が手薄になるそうだ。一応、クレオに護衛用のプロウェアをインストールしたそうだが、強度に規制のある市販品なので、護衛といっても気休めにしかならないとのこと。
(真理)「クレオから離れないで」
(水島)「・・・わかった」
真理は、クレオの肩を押して僕の方へ向かわせ、一瞬、睨むような視線を僕へ向けてから部屋を出て行った。真理が醸し出す雰囲気は少々怖い。が、悪気がある訳じゃない・・・たぶん。あれは彼女の個性なんだ。とりあえず、僕はそう思うことにした。
クレオは僕に近づき「もう少し、お昼寝しますか?」と聞いてきたが、僕は首を振り、バスルームで脱ぎ捨てたパワー・アシスト・ウェアを持ってくるよう頼んだ。再び、パワー・アシスト・ウェアを身に着け、ジーンズを上から履く。六月初旬、この季節には蒸し暑い格好だが、仕方あるまい。
「あのぉ、どこかに、お出かけですか?」
「海辺を歩きたくなった。すぐ目の前の砂浜」
「でも、真理さん、『ここで大人しくしていて』と仰ってましたが?」
「そうだっけ?クレオから離れるなって、言ってた。すぐ、そこの海岸さ、一緒に行ってくれる?」
「はい、お伴します」
「あっ、その前に、その服・・・もっと、軽い雰囲気の服に着替えてきなよ。クローゼットにいっぱい君の服があったよ」
「はい。あれは、メーカー出荷時の付属品です。水島さんの服も、もっと買い揃えましょうね」
この子は、随分、たくさん衣服やアクセサリーを持っている。僕の生前、スマホのケースもそこそこの市場があったが、ヒューマノイドの装飾市場は、比べ物にならないくらい大きそうだ。
「その薄いブルーのワンピースと、あの白いサンダルなんて、いいんじゃない?」
「はい」
僕はベッドに座りながらクレオの着替えを待った。クレオは着替えを持って部屋の中を見回し、僕から見えないバスルーム横の洗面スペースへ向かい、そこでワンピースに着替えて戻ってきた。
「わざわざ、向こうで着替えてきたんだ」
「水島さんの目の前で下着になるのは失礼かと」
「(さっき見ちゃったけどね)君の下着姿を見れるなんて嬉しいけどね」
「本当ですか?じゃあ、もう一回、脱ぎますね」
そう言って、背中のホックに手をかけるとクレオの顔は見る見る紅潮する。
「・・・あのぉ、どういう訳か脱げません。水島さんに喜んでもらえるのに」
「人前で下着姿になるのが恥ずかしいからかな?」
「はい、どういう意味か理解できないんですが、私のシステムは『恥ずかしい』と状況認識しています」
「羞恥心があるように見える仕組みが実装されてるんだね」
「すみません。せっかく、水島さんに喜んでもらえると思ったのですが」
僕は、思わず笑った。
「下着姿を見れるのは嬉しいと言ったのは冗談。それより、君には羞恥心もある、それは驚きだ」
「恥ずかしいとか羞恥心とか、よく分からないのですが」
「それを説明するのは難しいな。・・・まあ、羞恥心は、君をより魅力的にするたぐいの性質だ。『秘すれば花なり』、ってね」
僕はベッドから立ち上がり、クレオの肩を軽く抱いて促し、クレオを先に歩かせて部屋を出た。
砂浜に出た頃には、日差しが雲に隠れ風も少し出てきた。踏み入れた足の先に広がる砂浜は、細部にわたるまで綺麗なテクスチャーを描き、打ち寄せる限りなく透明な波がそれを少しずつ描き換える。最後にこの地を訪れたのは六十余年前、驚くほど綺麗な海に変貌している。
「少しだけ、水に入っていいですか?」
クレオは、いたずらっぽい表情で僕の顔を覗き込む。
「もちろん」
僕も笑顔で答える。クレオは脱いだサンダルを左手の指にかけ、右手で風に揺れるワンピースの裾を抑えながら、波間を裸足で戯れる。その容姿、立ち居振る舞い、表情、ユーモアある会話から、恥ずかしさで頬を紅潮させる姿まで、よくぞ、ここまで徹底的に人間を再現したものだ。
「水島さんも靴を脱いで入りませんか?」
「ここから、君を眺めているよ」
そう言って、僕は砂浜に腰を下ろした。
心があるかのように、意識があるかのように、自我があるかのように、羞恥心があるかのように、・・・振る舞う。コンピュータが『あるかのように』振る舞うことは原理的に可能だ、振る舞いを真似るための膨大な学習データと、もし、人間と同じレベルで状況認識ができるならば。目の前で波と戯れるクレオには好奇心があるかのように見える。しかし、クレオに好奇心はないかもしれない。たぶん、ないだろう。スーパー・インテリジェンス(※クレオのような高度なAI)に好奇心は、あまりに危険だ。AIたるクレオの最優先は、オーナーである僕の人生を豊かにすることだ。おそらく、映画やドラマのシーンで女優が演じるような振る舞いが一緒にいる男性の心を和ませると学習し、クレオをあのように振舞わせているのだろう。
「それは、人間も同じだよな」
両足を砂の上に投げ出し、両手を斜め後ろについてつぶやいた。人前で人間がどのように振る舞うか、通常、無意識にやるので気付かないが、ほとんどの立ち居振る舞いは過去に見た誰かのモノマネだ。MITのエドガー・シャイン教授はSocial Theater(社会劇場)という言葉を使っていたが、人は幼少期から生涯を通して社会生活における、その場、その場の役割を学び、往々にして無意識にそれを演じている。
『あるかのように』なのか、『ある』のか?コンピュータという機械に心は持ち得ないのか?『中国語の部屋』の思考実験を提唱した哲学者ジョン・サール教授は、コンピュータが人間と同じような心や意識を持てるかという議論には否定的だが、人の脳も結局のところ電気で動いている機械であり、その意味で機械が心を持てないとは言えないという。
「(あの子はコンピュータだ。が、うまく、それを認識できない。あの子に心を感じてしまう。あるはずのない心を)」
『限りなく透明に近いブルーは透明である』
顔も名も思い出せない高校の数学教師が極値理論を教える際に使ったフレーズが頭に浮かぶ。
「(限りなく心があるかのように振る舞うAIには、心があるのだろうか?)」
遠くでクレオがサンダルを持った手を大きく振り、右手を口にあてて笑顔で何か叫んでいる。僕は右膝を立て、肘を当てて頬杖をつき、特に反応することもなくクレオの振る舞いを眺め続けた。




