<11> あたしに、あなたを守らせて
シャワー(入浴ロボット)の間に雨は上がり、青空が天空の半分を占めた。帰国道中、ジーンズの下に着けていたパワー・アシスト・スーツはシャワー後は着けず、杖をつきながら部屋の中を歩く。小さな部屋だがリビングの窓は大きく、そこには相模湾を一望できるベランダがある。リビングの右奥はツインのベッドルームだ。カリフォルニアのメルクーリ本社ではヒューマノイド専用の大部屋があったが、今日からはクレオも同じ部屋で暮らす。これまでは病室だったが、ここは長期滞在用のホテルのようだ。
クレオがベランダにテーブルをセットアップしている間、僕はドア近くで真理を待った。ほどなくチャイムが鳴り、近くのディスプレイに扉の外の映像が映る。「ご案内しますか?」と部屋のシステムが対応を求め、「開けてくれ」と応える。扉が開き、黒い服に着替えた真理が一歩足を踏み入れる。彼女は、僕と目が合うと慌てて右頬を手で覆った。クレオが出迎えると思っていたのだろう。頬の傷を気にしているようだが、最近、負った怪我なのだろうか?これだけ、医療が発達した時代だが、傷跡は消せないのだろうか?
「どうぞ、遠慮せずに。ここは君がセッティングしてくれた部屋なんだから」
先ほどの優しい雰囲気の着こなしではなく、黒のパンツスーツに白のシンプルなカットソー、ロングヘアーを後ろに束ね、左手には黒い大きなビジネスバッグ、まるで仕事に出かける格好だ。微笑みはなく、キリッとした少し吊り目の真顔を崩さない。ベランダへ案内する途中、後ろから問いかけられる。
「その杖は?」
「ああ、まだ下半身、筋力不足でね。杖が必要なんだ。さっきは、パワー・アシスト・ウェア着てたから歩けたけど、この通り、まだ、よちよち歩きさ」
真理をベランダのテーブルに招き、海岸線と平行に真理と向かい合って座る。クレオは真理と僕にナプキンとタブレットを渡し、本日のお勧めメニューを紹介する。西海岸からの移動、時差の関係で、今日、二度目のランチだ。お勧めメニューがあまりに多すぎるので、僕は面倒になって、BLTサンドイッチとアイスティーを頼んだ。
(真理)「あたしも、同じもので」
真理は傷跡を隠すためか、それとも海岸線を眺めるためか、左頬を前に斜に構えて座り直す。
(クレオ)「かしこまりました。水島さん、先ほどは普通食でしたが、疲れが残ってらっしゃるので、レベル4にしますか?」
(水島)「いや、普通でいいよ」
(真理)「レベル4?・・・って何ですか?」
(水島)「食べ物の柔らかさのレベル。まだ、飲み込む力が弱いんで」
(真理)「そんな状態なのに、・・・すみません」
(水島)「えっ?君は、何も悪くないよ」
(真理)「いえ、そうでもないんです」
真理は、にらむような視線で僕を見つめ、意味深な返事をした。僕らは、しばし、見つめ合うというか、にらみ合った。懐かしい感覚を覚える。はじめ、それは祖母のケイコさんの面影のせいかと思った。が、すぐに違う理由を見つける。自然さだ。ヒューマノイドと違って、人に好かれようとする計算された愛想が一切ない。ヒューマノイドと見まごうほどの美貌だが、ヒューマノイドではあり得ない、その無愛想さは、とても新鮮に感じる。馬鹿なこと言うと席を立って出て行ってしまいそうな、そんな怖い雰囲気も今は楽しい。頬の傷跡にも生命感が宿り、自我というのだろうか、定規で測れる以上の存在を彼女に感じる。
ちょっと、ビビりながら言葉を探していると、真理の方から話かけてきた。
「水島さんって、お爺ちゃんの前でも、こんな感じだったんですか?」
真理の口元に少し笑みが浮かぶ。声も意外に優しいトーンだ。
「こんな感じって?」
「優しい雰囲気。あたし、祖父のこと、大好きだったけど、豪胆というか強引?特に仕事では独裁者だったって」
「ハハッ、そうだね。暴君だった、あいつを説得するのは大変だったよ」
「祖母が言ってました。祖父はよくケイと喧嘩したけど、最後は、いつも、ケイの言うことを聞いたって。だから、あたし、水島さんって、お爺ちゃんより、さらに豪快な人だと想像してました」
「ハハッ、もし、そうだったら、僕らの関係は上手くいかなかったさ。僕は豪快なカイルをなだめ、カイルは気弱な僕に勇気をくれた。そんな関係さ。真理さんは、」
「真理って、呼び捨てにしてくれます?」
つい、吹き出しそうになるのを堪える。表情を変えず、ビシッと言いたいことをいう。この子、カイルに似ている。
「オッケー、真理。じゃあ、僕のことはケイって呼んで。カイルやケイコさんみたいに」
「ケイ」
「うん、その方が自分の名前だって実感できる」
「ケイ、・・・フフッ」
不意に風切り音が耳に届き、ベランダの手すり越しに四角いケースを携えた中型のドローンが現れた。と、ほぼ同時に部屋の中から小さいドローンが現れ、中型のドローンの周りを威嚇するように飛び回り、その後、真理の方へ向かい、彼女の手の上に収まる。中型のドローンは、サンドウィッチやアイスティーが入ったケースをテーブルに置くと、すぐに飛び去る。一方、小さいドローンは、アニメのキャラクターのような声で「脅威は発見されませんでした」と伝えると、真理の手を離れ、部屋の中に飛んで行った。僕は、狐につままれたような感覚になる。が、その横で何事もなかったように、クレオはケースからサンドウィッチや紅茶、ナプキンなどを取り出し、テーブルに並べはじめる。端正な横顔、芸術的に美しく流れるショート・ボブの横髪、ほどよく開いたブラウスの胸元、指の先端まで行き届く優雅さ。真理とクレオ、人と機械のコントラスト。
・・・我に帰り、問うべきことを思い出す。
(水島)「今の何?部屋に飛んでったヤツ?」
クレオは人に好かれる優しい笑みを浮かべ、甘い声で僕の問いに答える。
(クレオ)「フライング・スキャナーです。盗聴や盗撮、窃盗などのドローンやロボットが部屋に侵入するのを防ぐためのセキュリティ・システムです。この手のシステムは一般家庭にも普及してますが、今のはロッカード社のRSD270、軍事用にも使われるプロ仕様の製品です」
(水島)「軍事用?」
真理に視線を向けると、彼女は涼しい顔でサンドウィッチを頬ばり、アイスティーを口に含むと、僕の瞳を見つめ返した。
(真理)「いただいてます」
真理は軽く微笑み、視線を逸らしてサンドウィッチを食べ続ける。僕もサンドウィッチにかぶりつく。僕らは、しばらく、無言でテーブルに向き合い、時々、チラリと視線を交わしながらサンドウィッチを頬張った。
クレオは食べ終わった食器やコップをケースに戻し、ケースの蓋を閉めてベランダの床に置いた。ほどなくして、先ほどの中型のドローンが現れ、ケースを回収する。この時も、部屋の中からフライング・スキャナーと呼ばれる小型ドローンが現れ、スキャンが終わると再び真理の手のひらに収まった。真理は、フライング・スキャナーのカメラを僕に向ける。
「ケイ、このデバイスに向かって名前を言ってください」
「・・・水島敬太」
「・・・よし、これで、ケイもこのデバイスの管理者に登録、クレオも登録したわ。こいつ、スキャン終わると飛んでくるので、手を差し出して。こんな感じに」
真理の手のひらには、黒いドローンがすっぽり収まっている。彼女が、その丸い上部を軽くなでると、ドローンは浮き上がり、ホバリングしてから部屋へ飛び去った。ドローンを充電器に返すコマンドなのだそうだ。
「あの手の機器の一般的な使い方なの?その、頭なでるみたいな?」
「フフッ、本当は『That’s it』とか『お疲れさま』って言えば良いんだけど。あの設定、気に入ってるの」
「へぇ〜(意外に可愛いところもあるんだ)」
クレオが二人分のコーヒーをテーブルに運んでくる。真理は何も言わず、クレオに目を合わせることもせず、コーヒーカップを口に運んだ。まるで、そこにクレオがいないかのように。僕が、クレオに「ありがとう」と言うと、クレオは上品な微笑みを浮かべ、軽くお辞儀してから部屋の中に戻っていった。僕は、コーヒーを一口飲んでから問いかける。
「君は、特殊な犯罪捜査とか警備の仕事に就いてるの?」
「・・・なぜ、そう思うの?」
「当てずっぽうさ」
「そうかしら?」
「軍事用のフライング・スキャナーの扱いに慣れている」
「それだけ?」
「ここの受付は君のことを知らなかった、ここに滞在しているのに。上杉先生も『真理』という名前以外、最小限の情報すら教えてくれなかった」
真理は両肘をテーブルに乗せ、右手で頬づえを、左手の白いコーヒー・カップで口元を隠し、いたずらそうな瞳をのぞかせながら問い続ける。
「それから?」
「『君は悪くない』と言ったのに対し、『そうでもない』と意味深な返事をした」
「フフッ、それから?」
「細身だけど、アスリートのように鍛えられたボディー、それと、こうしてる間も周囲の警戒を怠らない。独特のオーラを感じる」
「そして、この頬の傷ね?」
真理は、右手の人差し指を頬の傷に押し当て、ニッと笑いながらウィンクする。無愛想だと思っていたのだが、・・・猫の目のようにコロコロ表情が変わる。
「嬉しい!あたし、まだ、新米扱いなの。だから、そんな風に見てもらえるのって、はじめて」
「・・・君は僕を警護するの?」
「ん〜、ちょっと違うかな。ほら、ケイって日本人初のクライオニクスから蘇生した人だから、盗撮とかありそうで、・・・ちょっと待ってて。クレオ!」
真理は、クレオを呼ぶと隣の713号室へ物を取りに行かせた。スーツケースの中かも、ベッド周辺かも、クローゼットの中かも、と何箇所も場所を伝えながら。
クレオが扉から外に出るのを確認すると、真理はビジネスバッグから黒い棒を取り出した。その棒も、盗撮・盗聴デバイスを発見するスキャナーだという。周囲を一通りスキャンした後、僕に近寄り、小声で囁くように告げる。
「ケイ、あなた狙われてるの、誰かに。そして、・・・そうよ、あなたを守るのが私の仕事」
おかしいとは思ったが、改めて告白されると、うまく咀嚼できない。
「・・・ごめん、理解できない。五十年以上、氷漬けになっていた男を誰が狙うの?僕なんかを、何のために狙うの?」
「今のところ、可能性は二つ。まず、あなたの蘇生。これまでの事例より、驚異的に順調なの」
「・・・そのようだね」
「それを探る産業スパイみたいな?奴らに誘拐、あなたの解剖された姿は見たくないの」
「・・・もう一つは?」
「奴ら、あなたが過去に書いた著作を徹底的に調べてるわ」
「えっ?・・・僕には、今の時代に使える知見なんて、何もないと思うけど(それとも、その部分の記憶がないのか?)」
「あなたが狙われているのは事実、信じて」
椅子に座る僕の横で、立ったまま見下ろすように見つめ続ける。さらに一歩近づき、片手をテーブルに、もう一方を僕の肩に乗せ、額が触れるのでは、と思うほど顔を近づけてくる、にらむような視線で。
「あたしに、あなたを守らせて」
やると行ったらやる、暴君、カイルを彷彿させるオーラ。僕は、自分の置かれた危険な状況より、彼女の瞳にドキドキする。高鳴る心拍を抑えるべく、静かに息を整え、ゆっくり問い返す。
「君がカイルとケイコさんの孫で、僕の身元引き受け人というのは本当なの?」
「あたし、あなたのこと、子供の頃から知ってるわ。フフッ、思い出しちゃった。ケイは、お爺ちゃんにとって、お婆ちゃんと引き合わせた愛のキューピットなんですってね?でも、お婆ちゃんの話では、本当は、ケイは、お婆ちゃんのためにカイルを遠ざけてたって。そうなの?フフッ」
「・・・それで、僕はどうすればいいんだ?」
「まず、クレオを調べさせて」




