<9> 帰国
ロビー・フロアに降り立つと、そこは賑やかなリゾートホテルのように人で溢れていた。僕は少し唖然としながら、自分が病院にいる証拠を目で探し求めた。そして、ようやく見つけたそれは、僕を見つけて近づいてくる白衣を着た上杉だった。
上杉は追い立てるように僕を巨大なエレベータに乗せ、機材入れのロボット(※あとで分かったことだが、この時代、このロボットをスーツケースと呼ぶ)を引き連れたクレオも同乗した。地下フロアで大きな扉が開くと、そこは広々とした乗降場になっていた。おそらくは、無人自動運転車であろう車が次から次へとやってくる。傍の案内板に目を向けると空飛ぶ乗り物の映像が表示され、その下に上向きの矢印と共に ”Rooftop(屋上)” のテロップが流れる。
行き交う車体に何か違和感を感じたが、その理由はすぐに分かった。窓もドアもないのだ。ぬっぺりした車の側面には広告が掲載され、表示が刻々と変わる。空気抵抗を減らすためか、車体は全体的に流線形で、前方が尖った形状をしている。あまりカッコいいデザインとは思えない。徹底した機能重視か?
「水島さん、これに乗ってください」
上杉が停まっていた一台を指差す。次の瞬間、車の前後が鳥が羽を広げるように、ゆっくりと持ち上がった。ドアは側面ではなく、前後に付いていた。上杉はクレオに何か指示を出すと、僕のすぐ傍に立ち、肩に手をかけ、耳打ちするように小さな声で語りかけた。
「向こうでは真理という女性が水島さんをお待ちしてます。あなたの身元引き受け人です」
「身元引き受け人?」
「素敵な女性です。あっ、この話、真理さんに会うまで、クレオには内緒にしてくださいね」
そう言うと上杉は軽く右手を上げ、あっさり、その場を立ち去ってしまった。少し呆気にとられながら車に視線を戻すと、クレオは車の後方で機材入れ(ロボット)を収納して固定し、それが終わると僕に視線を合わせ、楽しそうに笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「さあ、では、出発しましょう」
クレオは僕の手を取り、昔の車であればボンネット側から車に誘い、マッサージチェアのようなシートに僕を座らせ、自分も隣に並んで座った。
ほどなく前後の扉が閉まり、雑踏のノイズは吸い込まれるように消え、車は静かに発進した。窓に相当する位置には外の景色が映し出され、それは、ガラス窓のように見えた。フロント中央下側の一画には地図とルートが表示される。目的地はサクラメント近郊のPRISM Stationとある。現在地から117マイル(188キロ)、予想運行時間29分、平均移動速度は時速235マイル。
「(235マイル・・・時速376キロ!?平均で?)」
「水島さんのご生前とは、交通事情、随分、違うんじゃないですか?」
「うん、・・・そうだね、自動運転がまだ実験段階だった」
「えっとぉ〜、自動運転って、どういう意味ですか?」
「うん、当時は僕たち人間が車を制御してたんだ」
クレオはこめかみに指を当てる。ネットで情報を検索する仕草だ。僕には見えないが、コンピュータたるクレオは電子回路の中で様々な情報にアクセスしている。
「あっ、ホントだ、ハンドルという丸い輪で人間が車を制御してます。凄い!」
「当時の映像見てるの?じゃあ、足の先を映した映像も探して?足の部分にはペダルという板があって、スピード調整したり、ブレーキかけたりしてたんだ」
「・・・ホントだ。当時の人って、凄いですね?」
「ハハッ、そうかい?」
クレオは、可愛い表情で目をキラキラさせる。が、こんな計算され尽くされた愛想に、一々、反応していたらアホになる、そう自分に言い聞かせながら、この時代に生きる人間を想像して怖くなる。おそらく、AIに犬猫のように飼われている人間が数多くいるはずだ。
地下から地上に出ると、窓に相当する部分のモニターには、外の風景が映し出された。幾つかの巨大なビルの影を横切り、緑豊かな広大なメルクーリのキャンパスを駆け抜ける。晴天の午後の日差しの中を牧草地帯を通り抜け、やがてハイウェイのランプに入る。既に異常なスピードが出ている。合流地点では窓のない数多の車が群れをなす野生動物のように荒々しく、しかし、ぶつかることなくハイウェイを疾走しはじめる。車線を変更するごとに速度が上がり、外の光景を目で追うのが辛くなりはじめた時、色が溶けあうようにモニターに映る外の景色が消え、代わりに観光案内の広告が流れ始めた。フロント中央の情報モニターには時速251マイル(404キロ)が記録されている。
「PRISM Stationって、何だい?」
右座席に座るクレオに視線を向けると、待ってましたとばかりに身体を近づけながら答える。
「パシフィック・リム・スーパー・マグレブ・ハイパーループという乗り物です。頭文字を取ってプリズム(Pacific RIm Super Maglev hyperloop)と呼びます」
「パシフィック・リムは環太平洋、スーパー・マグレブはリニア・モーターカー?で、ハイパーループって、真空チューブの中を弾丸のような車体でぶっ飛ぶ、あれかぁ?・・・つまり、僕らは、陸路で日本に帰るってこと?」
「はい、陸路です。サクラメントからバンクーバ、アンカレッジ、ヤクーツク、サハリン経由で、まずは東京へ向かいます」
「へぇ〜、それは、それは。・・・それ、時速何キロ出るの?」
「トラフィックによりますが、ベストエフォートで時速6000キロです」
音速を基準とした速度マッハは、高度0メートル、気温15度で時速約1200キロ。弾丸の速度はマッハ1程度だから、プリズムってやつは弾丸の五倍の速度で真空中をかっ飛ぶ。
「ふ〜ん、・・・東京まで一時間くらい?」
「一時間四十五分を予定しています」
やがて、車が減速するのを感じると、再び、正面や側面に外の風景が映し出された。そこには地平線まで伸びる田園風景が広がり、その一角に巨大な建物が現れ、いく筋ものパイプがそこに突き刺さるように混じりあっていた。それがプリズム・ステーションであることは一目瞭然だ。車は、その地下に滑り込むと、実にスムーズに止まり、微かな機械音だけを立てながら前後のドアが持ち上がり、僕はクレオに手を引かれながら車から降りた。
地下の乗降場から、巨大なエレベーターで上のフロアに登ると、そこには小綺麗なショッピング・モールが広がり、カフェやレストランもあった。一見、僕の生前と同じような風景だが、店員は親しみやすい笑顔でフレンドリーに振る舞い、揃いも揃って美男美女だった。
「お買い物か、お食事にしますか?」
“Leave me alone”というフレーズが頭に浮かんだが、クレオの瞳に視線を向け、微笑みながら首を振った。僕には、この子が必要だし、本音では否応なく好きだ。
歩きながら周囲の旅行者をそれとなく観察する。誰かと連れ添い、一人、荷物を運ぶ美男美女の姿がちらほら確認できる。彼らの表情は一様に朗らかだ。比率は女性型の方が多い。ごく稀に人間らしくないヒューマノイドも見かける。
「世の中には、女性型ヒューマノイドの方が多いのかな?」
「そうですねぇ、単純に女性型、男性型の2つに分類できないのですが・・・」
クレオによると、顔も体も性格も女性型として設計されたヒューマノイドは32%、男性型は25%。残り43%の内訳は、かなり複雑だ。男性型で女性の性格もあれば、外出先では男性の性格、自宅では女性という具合にTPOに応じて細かく設定するオーナーもいる。中性というオプションもあれば、若干だが、ゴリラやSF映画に登場するような架空の生き物の姿をしたヒューマノイドもいるそうだ。
「私もカスタマイズしますか?」
「いや、・・今のままがいい」
クレオは、一瞬、視線を外し頬を染めると、緩んだ口元に白い歯をのぞかせ、微笑みを浮かべながら、瞳だけ僕へ向ける。そのあまりに自然な振る舞い、表情に、僕は思わずクレオの手を取り立ち止まる。
「君は、本当は・・・」
<人間じゃないのか?>という言葉は飲み込む。代わりに、まっすぐ見つめるクレオに微笑み返し、「先を急ごう」というフレーズに置き換える。
そして、僕らはゲートを通り抜けた・・・らしい。いつのまにか、ノース・ウェスト方面の搭乗口にいる。パスポートや出国の書類は、クレオの中で電子的にすべて処理された。セキュリティー・チェックも出国手続きも、ここにたどり着く前のどこか数メートルの区間でワイヤレスで完了していた。もし、問題があったなら、僕は、今頃、別室に送られているはずだが、僕は今、そこにはいない。
広大な下のフロアには、弾丸のような形状のプリズム・ループの車両、『ポッド』が百台以上並んでいた。長さは電車の車両の半分程度、小さくスリムな乗り物だ。側面はつるりとして窓はなく、輪切りにされた後部に乗車口があり、奥までつながる車両の中央通路が見える。車両が十数台去っていくと、新たに十数台の車両が現れ、順番待ちの列に並ぶ。このフロアではタイヤで走っており、何とも奇妙な乗り物に見える。搭乗口は、実に慌ただしく、一見ランダムに物事が進んでいた。
「ポッド一台あたりの定員は何人?」
「36名です」
僕の生前、米国では、バスや電車などの公共交通手段の一台あたりの定員についての議論があった。日本の首都圏の路線バスを想像すると分かりやすい。通勤時間帯は座席数二十七のバスに七十名もの人がすし詰めになるが、昼間は一人か二人しか乗っていない。無人自動運転化されれば、七人席の小さなバスを作り、混雑時は十台を同時運行、昼間は一台に減らし、余った車両は貨物輸送に活用すれば交通渋滞も防げ、事業主の経営も安定する。では、ある路線では定員何名の車両を作るのが良いのか?米国では、同じトラフィックという用語を使う情報通信理論の洞察を応用して議論されていた。
クレオは、ボ〜ッとしていた僕の手を引いて弾丸型の車両に導いた。機材入れの姿が見えないが、あのロボットは荷物専用の車両に自ら乗り込み、目的地で僕らと落ち合うそうだ。弾丸の中は、通路を挟み左右2座席ずつ、9列のシートが配置されている。僕は後ろから3列目の左端に、クレオはその横に座る。シートのフレームはとてもしっかり作られ、背もたれや座部の弾力性は高く、さらに体を包み込むように中央がえぐられた構造になっていた。加速で生じる強いGから乗客を守るためだろう。
ほどなく出発のアナウンスが流れ、後部の扉が閉まる。シートの左右からシート・アームとでも言おうか、柔らかい帯状の器具が現れ、包み込むようにしっかりと乗客をシートに固定する。車内の照明が暗くなり、左右のモニターが窓のように車外の風景を映し、車両がスムーズに動き始め、僕の心臓も高鳴った。
車両がスロープを登り始め、登りきった辺りで大きなパイプ(チューブ)の中に入る。後方で何かが閉まる音が聞こえ、モニターには減圧中のサインが表示される。そして、サインが消えると車両はスルリと進み始める。軽い振動の後、かなりの加速度を感じ始める。モニターに広大な田園風景が映し出される。まもなく浮き上がった感じがあり、振動が消え、続いて飛行機の離陸時のような強い加速を感じはじめる。一体、いつまで続くのか怖くなるほど加速が続く。モニターではあまりの速度に外の風景が溶け出す。真空チューブの中を宙に浮いて進む車両は風切音も摩擦音もない。静寂の中、10分は続いたであろう加速が終わり、車内の照明が元通り明るくなる。モニターの片隅に現在の速度がマッハ4.1、時速約5000キロと表示される。クレオが体を寄せて隣の座席から心配そうに僕の様子を覗き込む。まあ、僕の心拍数が上がり過ぎなのだろう。
僕は、クレオの頭を撫で、頬を包むように手を添える。その柔らかさ、温もり。ほどよい形の耳たぶにはスティック状のピアスが下がり、小さく揺れながら銀色の光を反射している。その揺れが収まるのを見て、僕は頬から手を離し、視線をピアスから瞳へ戻した。
「大丈夫、僕の身体は心配ない。テクノロジーの進化に興奮してるだけさ。でも、疲れた。少し眠るね」
そう言い残し、シートに身を深く沈め、まぶたを伏せると、車両の微かな揺れを感じ取ることに集中した。




