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 その日はとても忙しなく、酩酊した一日だった。そもそも、その一日をどのタイミングで区切ればいいかすら、ユパにはわからなかった。物理的な時間の捉え方をするならば、もちろんその日は午前の0時から始まって、同じく午前の0時に区切られるはずだった。しかし実際的な時間の捉え方というのは、そう上手くは区切れないような気がしていた。その日は0時を回っても親しい客が帰らなかったので、午前の1時を回った辺りで、店主であるユパも一緒になって酒を飲み始めた。そのまま4時くらいまで談笑したりしながら飲み潰れて、仕舞にはユパもカウンターの奥から出てきて、客と一緒に立ったり座ったりしながら飲んだり、ボールポケットの賭けをやったりして、次に目覚めると朝の7時ほどだった。頭は打ち鳴らされる鐘のようにガンガンと鳴り続けていて、酷い吐き気がして、立っていられなかった。散乱した様子の店の床には、数時間前まで一緒に騒いでいた客たちが寝転がって、いびきを立てていた。ユパは外で何度か吐いてから、なんとか客たちを叩き起こして、家に帰さなければならなかった。彼らが無事に家に帰れるかどうかは別として、とにかく店から退散させなければならなかった。ユパは店の片づけなどは後にして、とにかくベッドに入って重い頭を枕に沈め、元々自分が健康体であるなんて信じられないほど酒に侵された身体が調子を取り戻すまで、ぐっすり眠ってしまいたかったが、そうもいかなかった。昼から大事な約束があったので、ユパはとにかく店を片付けてしまう必要があった。とにかく、人が訪れても構わない程度には。しかし店の荒れ具合は大したもので、永久に片付かないのではないかと思われた。この王国で、王権が引っ繰り返るような革命が起こって、その王政と革命軍の激突というのが、何かの間違いでこの店を舞台にして行われたような具合だった。ユパは何から手を付けるでもなくとりあえず椅子に座って、誰でもない自分が片付けなくてはいけない店の様子をぼんやりと眺めながら、自らが手を下さなくとも何らかの奇跡が起こって、店が綺麗さっぱり片付くのをしばらく待ってみた。


 彼が店を訪れたのは、ユパがそろそろ現実逃避から重い腰を上げて、とりあえずグラスの類から手を付けるかなと思い立った時だった。開店していないのに勝手に店に入ってきた彼の姿を眺めて、ユパは特に何かを思うようなことはなかった。懐かしい顔で、何かの感慨があってもよかった。むしろ何かを思ってしかるべきだったのだろうが、今に限っては、そういう余裕は存在しなかった。


 散らかっているね、と彼は言った。滅茶苦茶じゃないか、と彼は付け加えた。


 イヴスフ、とユパは彼の名を呟いた。懐かしい顔だね。


 誰にとっても懐かしい顔だろうさ、とイヴスフは言った。


 何の用だい。


 金を貸してほしいんだ、とイヴスフは言った。


 僕の前に、何人にそう言ったんだい?


 さあ……六人くらいかな。七人だったかもしれない。


 どれくらい集まった?


 いくらも集まってないよ。昼飯も食えない。


 昔の君だったら、もう家が買えていたかもしれないのにね。とユパが言った。


 冷たいものさ。とイヴスフが言った。


 いくら必要なんだい? とユパが聞いた。


 たくさんだ。でも、少しだけでも良い。君に断られても、また何人にも聞いて回るつもりだから。君には正直に言った方が良いと思うから、そうした方が君も心を開くだろうから、俺もかなり正直に言ってみるんだけれど、実は貸してもらったとしても、返すあては無いんだ……いや、上手くいけば色を付けて返せるんだけれど、そういう保証はちょっと出来かねるんだ。昔の俺なら、絶対に上手くいくんだろうけど。残念なことに、ここにいるのは昔の、ひとかどのポケットプレイヤーだったイヴスフではなくて、家賃も払えない借金まみれのイヴスフだから。


 昔の君は無敵だったからね。ユパはそう言った。たしかにひとかどのポケットプレイヤーだったよ。


 聞いてみるんだけれど、俺にいくら貸してくれるかな。イヴスフはユパにそう聞いた。昔、君の店で結構飲んだよな。羽振りが良い時さ。たくさん連れてきて、馬鹿な飲み方をしたことも結構あったよ。それでも、いくらかはこの店の売り上げに貢献したんじゃあないかと思うんだ。


 その売り上げを返して欲しいのかい?


 返して欲しいわけじゃない。そのささやかな売り上げと楽しかったかもしれない思い出に、いくらの値を付けてくれるか聞いているんだ。


 難しい問題だ。ユパはそう言うと、革命軍が通り過ぎた後の店内を眺めて、イヴスフに顔を向けた。


 ならとりあえず、このお店の片づけを手伝ってもらうかな。それから考えることにしようよ。


不定期 話の順序すら

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い作品ですね、引き込まれます。
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