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追放者 その3

 わたしは何度も、その手紙を日付の若い順番に読みました。最後の手紙から順序を逆にして読んだこともあります……とイルレンジョリレオッパは言った。その中で、わたしはあることに気付きました。わたしの翻訳角、翻訳器官は、話し言葉を翻訳する際には、ある種のテレパシイのようなもので、頭脳の波長を読み取ります。それはしっかりと証明された原理ではないにしろ、少なくともわたしはそのように自分の能力を理解していましたし、一般的にはそのような説明が為されていました。それならば、わたしはどうやって書き言葉を理解するのでしょうか。一般的には、書かれる文字にも、我々人間種に共通する一定の原型規則、原型文法が存在し、我々は角を通じてそれを読み取っているのだろうと言われています。でも、わたしはその説明に納得していませんでした。書き言葉にも話し言葉と同様に、文法以上の領域が存在するとわたしは思っていました。つまり文書にも、誰かが叫んだり、泣いたりするようにして話すのと同じように、そういった文法以上の感情が織り込まれる余地が存在すると思っていました。それは文字の乱れだとか、そういう次元の表現よりも上位のものとして。事実としてわたしは、文書中のそういった感情の機敏を読み取ることができました。書かれている以上の内容を。ならば、わたしはどうやってそれを読み取るのでしょう。わたしはやはり、文書を通じて、これを書いた者と交信できるのではないかと思い始めていました。わたしが角を通じて誰かが話す脳波を読み取ることができるのならば、文書の書き手の、何らかの波長というものも読み取ることができるのでは? もしそうならば、それは受信するだけの一方通行的な現象なのでしょうか? それとも、双方向性のあるコミュニケーションなのでしょうか? それは一種の、結論ありきの推論でした。わたしはこの書き手と交信したいと思い、そうできればいいと思い、そうであって欲しいと思っていました。そうすれば、わたしはこの最初の手紙……この夫がブドウ畑と領地を担保に入れたいという旨の手紙を通じて、この夫と交信し、出征を思いとどまらせることができるのではないかと思ったのです。


 イルレンジョリレオッパは琥珀酒を飲むと、きつそうな顔をした。土の味がする、と彼は言った。その味が好きなんだ、とユパは言った。わたしも好きになりましょう、とイルレンジョリレオッパは言った。


 イルレンジョリレオッパは辺りを見回すと、話し込んでしまいましたね、と申し訳なさげに言った。あまり長話をして困らせるつもりはなかったのですが、他に客もいないようでしたし、なによりこの店の雰囲気が良くて、ついつい話しすぎてしまったのです。


 気にする必要はないよ、とユパは言った。それより、ぼくとしては、他の客が来て忙しくなる前に、その話の結末が知りたいな。追放されたと言ったろ? それはどういう意味なんだい?


 ユパがそう言うと、イルレンジョリレオッパは嬉しそうな顔をした。わたしが最初に言ったことを、覚えてくれていたんですね。


 ぼくは人の話をきちんと聞くんだ。とユパは言った。


 結果として、それは成功しました。イルレンジョリレオッパはそう言った。わたしは何日もその手紙とにらみ合うことによって、この手紙の書き手と交信することができるという確かな感触を得るに至りました。わたしは仕事が終わると毎晩、その最初の手紙に向かって、お前は遠征に参加するべきではない、と唱え続けました。それだけでは説得に不足していると思い、論理的に説明しようと試みました。遠征に参加せず、当時は臆病者と罵られた者たちが、結果としては今のガオンを引っ張る存在になっているのです。彼らには浅慮な名誉心よりも優れた先見の明があり、その遠征は多大な損害を被るばかりで、得る物は何もないと知っていたのです。賢くあれ、と私は彼女の夫の手紙に向かって交信し続けました。お前がするべきは神と国への忠誠と勇敢さを証明するために、私財を投げ打ってまで死地に赴くことではなく、家に留まってお前のことを愛してくれる妻と安らかに添い遂げることなのだと。それを成すのが真の勇敢さなのだ、とわたしは祈り続けました。わたしは交信のために、様々な策法を実行しました。手紙を一字ずつ丁寧に読みながら、その手紙の文書と声を出して会話してみたり、文書を写経して、その上から返事の手紙を書いてみたりしました。そんなことを飽きもせずに、真剣に取り組むうち、わたしの周囲で不思議なことが起こるようになってきました。それは些細なずれのような、デジャヴュのような、一つ一つは取るに足らない出来事でしたが、それは段々と、連続した、一貫性のある異変であることがわかってきました。


 たとえば、私は日付をよく間違えるようになりました。今日は何日だと思っていたのに、その日付は昨日だったとか、明日だった、ということが頻発するようになったのです。最初の頃は私も、連日徹夜で奇妙なことに没頭しているおかげで、疲労が溜まっているのだろうと思いました。しかし、その日付のずれは段々と拡大していき、しまいには、記憶していた出来事との整合性すらも合わなくなってきたのです。たとえば、この仕事は昨日やったはずだったのに、今日見てみると手付かずのままであったり、逆に今日やろうと思っていた仕事が、すでに完璧に仕上がっていたりしました。その頃には、これは単なる私の思い違いではなく、私には、もしくは私とこの世界との関係性には、何らかの異常が現れていると思い始めました。やがてその異常が、私にとっての平常になる頃、私はある仮説を持ってその現象を解析しようと努め始めました。私と世界との間のずれは完全にランダムのようにも見えましたが、私はその中に何らかの法則性を見出そうとしたのです。“ずれ”があったとわかると、私はその世界が私の記憶とどう違うのか、何日のずれがあるのか、出来事にはどういった差異があるのかを詳細に分析し始めました。興味深いことに、それらの差異が過去の差異と一致する場合があることに私は気づきました。


 最終的に、私は13本の異なる時間軸、もしくは13の隣接した異なる世界を移動しているという結論に達しました。


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