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第一章 第八話 『血に餓えた刃』

 足元からバネのように跳ねる黒ローブの手に持つナイフがアリスの首を捉える寸前、アリスの手は相手の頭の上に置かれて逆立ちをする格好で上を取っていた。それはまさしく、軽業を極めた芸術的なまでの身のこなしだ。


「忘れ形見かなんか知らねーが、命を取りに来たってなら……容赦しねーぞ」


 逆手から順手に手早く持ち替えた短刀で突きを繰り出す。それを黒ローブは紙一重のタイミングでナイフで受け流す。


「本当に良い身のこなしね。さっきもそうだけど、短刀(ダガー)の扱いも心得ているようだし戦闘の心得はなってるわね。でも……」


 黒ローブは右手で器用にナイフを回して声を低くする。


「見れば見るほどに、あなたを血で飾ってあげたいわねぇ。きっとお綺麗よ?」


 その様子を思い浮かべていたのか、恍惚の様子を覗かせる紅い瞳にアリスは渋い表情で返した。


「趣味わりーな。首を的確に狙うテクニックから恐らく暗殺者だろうが、そういう奴らはおかしな趣味を持ってるもんか?」


「さあ? 自分以外の同業者には興味を持たない質でね」


 再び剣戟が始まるが、アリスの攻撃を確実に対処する黒ローブは余裕からか、刃を交えながらアリスの言葉に答えていく。


「そういえば、あなたのとこの下っ端たち来ないけど呼んだら? 少しはマシになるんじゃない?」


 そう助けを呼ぶように促すが、アリスの返答は単純なものだ。


「ウチがここまで手を焼いてるヤツにあいつらが束になっても勝てねぇさ」


「ふぅん、あくまでも犠牲を抑えるつもりなの? あなたが死ねば、全員死ぬって分かるのにね」


「へへ、ウチにも勝てない敵が出たときも対策は考えているよ」


 そう言ったところで黒ローブの目が細くなる。


「……他の人は逃がしているってことかしら?」


「ま、こんなゴミ溜めでも子どもたちには立派になって欲しくてさ、まぁ魔石は好きにしな。だけど……」


 左手を腰に伸ばして取り出したのはもう一つの短剣。右手に持つ物よりも簡素であるが、その刃の輝きは月明かりと混じって仄かに翠を放っていた。


「あんたはここでウチが止める。ちっこい嬢ちゃんも言ってたけど、本当に援軍が来たらウチも助かりそうだしな」


 その言葉に黒ローブの返答はない。ただ舌打ちの音が空間に響く。


「へへ、本気になってくれたようだな」


 口角を上げるアリスだが、そこからの戦闘は一方的なものだった。攻撃をナイフではなく打撃を受けているだけだったものが、次第に髪の毛数本、コートの袖と刃が通っていき、


「つぅ……」


 アリスの身にナイフが届くまで二十合ほど、黒ローブとの実力差を思い知らされたアリスの額からは汗とともに血が滴っていく。


「良かったわよ。せめて殺し合いを体感したあなたとなら、きっと互角に戦えたのかもね」


 余裕を見せる黒ローブに向けて短剣を突き出したアリスに足払いを仕掛けて体勢を崩させる。


 ――ちっ、こんなやつに殺られるなんてな……。


 後ろから滑るように現れた黒ローブのナイフがアリスの首を狙う。万事休すを悟ったのかアリスは目を固く閉じた。その数秒後、目の前には両手を前に構えたマーリンが立っていた。


「あら? お嬢ちゃん、死にたくないなら手を出さないでって言ったのに……。お陰でほら、ローブの右袖燃えちゃった」


 ナイフを持つ手を上げると、ローブの袖から数センチを燃やし、露になった手首はほんのりと赤くなっていた。


「ふふっ、これでもあたしは誰かを見捨てる選択を取れるほど、合理的な考え持ってないの。それに、あたしの魔導が通用するなら十分ね」


 相も変わらず得意気な様子を崩さないが、流石に余裕のある雰囲気は感じられない。迎撃の魔導を用意しているのだろうが、かなり気を張ったようにも見える。


「あら? そんな事言ったって、小さい子を殺すのに躊躇いなんてないわよ。むしろそっちにも楽しみはあるのよね」


「へぇ、あんたみたいな殺し屋風情に殺せるほど……あたしは軽くはないよ?」


 強気を崩さない言葉に黒ローブから覗く口元から獣のような笑みを見せた。


「それなら望むようにしてあげる」


 瞬間に姿を現したときにはその距離十メートルをコンマ秒で詰めていた。完全にマーリンの首をはね飛ばせる距離に達したとき、そんな状況のはずなのに突如として黒ローブが突然後ろに小さくジャンプしたのだ。


「何かしら?」


 下がった理由はマーリンの溢したその言葉と同時だった。黒ローブが踏み込んでいた場所にけたたましい音を出しながら瓦礫が降り注いだのだ。


「あー、助け来たみたいね」


 深くため息をついたマーリンは両手を下ろす。まだチリの舞う瓦礫の山。それはうず高く積もることで互いの姿を隠すものだったが、そのてっぺんから現れたのは一人の少女だった。


「全く……。あの二人にはきついお仕置きを与えなくておかなくてははなりませんわ」


 月明かりの中、腰に両手を当ててそこにいたのは空色の少女だった。

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