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第一章 第七話『貧民街の花』

「ああ……。また面倒な奴らがいるな」


 地下へと繋がる部屋に声が響く。辺りをキョロキョロしているのはタクミだけで、マーリンと黒ローブの訪問者は無言で見合うだけだった。


「あら? 女の子の声ね。ここの住人に見つかっちゃったようだわ」


 気の抜けた声だが、マーリンは目を細めるだけでそのままの体勢で口を開く。


「ちょっとアリス、変なのいるんだけど何とかしてくれない?」


「……それお前らもだぞ。こんな夜更けに来てるんだからな」


 正論にマーリンはぐうの音も出ないといった表情を見せる。


「さて……と、話を戻すがここに何の用だ?」


 部屋に声が反響しているせいかアリスの位置は把握しきれないものの、黒ローブも落ち着いた様子だった。


「ふぅん、あなたがここの……猿山の大将のようね?」


「随分とウチのこと文句言うんだな。大方どっかの密偵か暗殺者って格好だが、こんなショボくれた孤児院に何しに来たんだ?」


 姿を見せることの無いアリスの問いに黒ローブは軽い身振りを交えて答える。


「最近ここらで魔石が出回ってるって聞いたの。それに用があるのよねぇ」


 聞きなれない言葉にタクミがマーリンの側に屈みこんだ。


「魔石?」


「魔力を大量に保持した特殊な石よ。大型魔導系にはよく使用される高価な媒体ね」


「そんなの探しに来ていたのか?」


「こっちで持っていた最上級の魔石がこの街で盗まれたのよ。犯人も場所も目星はついてるのよねぇ」


 妖しさを含んだ甘さのある声で、そのテンポは軽く脅しや危険を感じ取らせるものでは無いのだが、それがむしろタクミたちにとっては脅威を与えられていた。


「へぇ、それは大変なこった。けどウチのとこに来るってことはウチらが魔石を持っていると?」


「そういうこと。数日前に私のとこから盗んだ物返してくれるかしら? あまりこちらとしても手荒なことはしたくないのだけど」


「ははっ、『何が手荒なことはしたくない』だ。そんな殺気と血の臭いを漂わせて嘘にしか思えないねぇ?」


「残念だけど、あの魔石は特別品でね。私を始めとした特殊な魔力に反応するのよ。やろうと思えばここら一帯を焼け野原に出来るほどの爆弾になるわよ?」


 その言葉にアリスの返答はない。数秒の静寂の後に少し声を低くした黒ローブの声が部屋の空気を震わせる。


「どうやら心当たりがあるみたいね。ほら持ってきたら? ここの奥に倉庫でもあるんでしょ?」


「……その後に証拠隠滅でウチらを消すんだろ? ここであんたのこと取っ捕まえて憲兵にでも差し出せば、感謝の一つでもされるかもな。どうせあんな代物、正規のルートで手にした物じゃないだろうしな」


「へぇ、返す気無いってこと……」


 瞬間、部屋の中央の天井付近の暗闇に火花が飛び散り、アリスと黒ローブの女性の紅い瞳が浮かび上がった。


「へへ、やっぱり殺す気満々じゃないか」


 舌を小さく出してから口角を僅かに上げるアリス。


「アリ……」


 その様子を心配したのかタクミが見えた方向に駆け寄ろうとするが、言葉よりも早くマーリンが急いでタクミを柱の影に押し込んだ。


「今からシェリア呼びに行くわよ。これ、あたしらにできることがなさそう」


「何を言ってるんだ、アリスが……」


「ちょっとは自分の力を理解して! あたしはともかく、今のあんたじゃ手助けどころか足手まといよ」


 辛辣ではあるが、完全に正論であるマーリンの言葉に拳を固めるタクミだが、無言で頷くことしか彼にはできない。

 二人のやり取りは次第に速度を増し、時折見える火花と金属のぶつかる音しか暗闇の空間の中で感知できない。いつ敵に首を掻き切られるかもしれないだけに、タクミの頬から汗が滴る。


「下手に動けばこっちが狙われるんじゃないか?」


「それでも走ってよ! あんたの方があたしよりも足が速いし、アリスと黒ローブは割りと拮抗してる今がチャンスなの!」


 少女にどやされるタクミだが、それ以上に命の危機に瀕した状況に集中することしかやるべきことがないだけに、ひたすらにエントランスへと続く扉に向かって全力疾走した。

 僅かな外からの光の隙間にアリスと黒ローブの戦いが映り込む。


「成程、疾風の加護ね。ここまで動きが速いのならかなり強い加護のようだけど……」


 再びアリスの姿が消えたと同時に黒ローブは五時の方向に体を捻ると、そこには短剣を構えるアリスの姿が現れた。完全に先読みされて攻撃体勢を取っていた彼女の表情に驚きを浮かぶ。


「残念。ワンテンポずれてたようね」


 あっさりとアリスの縦一閃を避けたと思えば、黒ローブの回し蹴りがアリスの脇腹を捉えた。


「くっ!」


 鈍い音とともに訪れた蹴りの衝撃に顔をしかめるが、それ以上に女性の蹴りとは思えないほどの勢いでアリスが壁へと吹っ飛ばされていった。


「うぐっ……」


 一瞬呼吸を奪われ、歯をくいしばって耐えるアリスは敵を確認しようと前に視線を戻すと、眼前に現れたブーツの爪先を鼻の先で回避する。


「いい反応ね。そんじょそこらの荒くれ者とは訳が違う」


 片手で跳ね起きてから素早く距離を取るアリスの身のこなしに感嘆の声を漏らす黒ローブに、


「ウチを嘗めるなよ」


 僅かにトーンを低くした一言だけでアリスが攻撃に転じる。すると何かを悟ったのか、黒ローブの奥から覗いた深紅の瞳から一層の殺気が放たれる。


「成る程ね……。どうやらあなたがもう一つのターゲットみたい」


「何が言いたい?」


 アリスの蹴りを容易く避けた黒ローブが体勢を低くしてアリスの足元へと滑り込んだ。


「私たちの脅威対象よ。忘れ形見さん!」

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