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第一章 第六話 『夜の孤児院』

 再び戻ってきた孤児院は昼間ですら薄暗い日陰の場所にあったが、夜になるとほとんど灯りもなく、星明かりを頼りにしなければ何も見えないほどの暗さだった。

 それでもマーリンは間違えることなく道を進んでここまでやって来たのだ。そんな記憶力にタクミは内心拍手していた。


「静かね。昼間は子どもたちも大勢いたからわいわいしていたけど……」


「確か孤児院では早めに寝るって言ってたな。もう寝てるんじゃないか?」


 孤児院でアリスと話していたとき、タクミは壁に貼り付けられていた紙に『就寝は暗くなってから』と、実に丁寧な文字で書かれていた事を思い出した。


「ふぅん……。その割りには嫌な雰囲気がガッツリしてるんだけどね」


「嫌な雰囲気?」


「昼間に言ったアリスの権能よ。他の人が寝静まったからなのかもしれないけどずっとハッキリしてるから、少なくともアリスはまだ起きてるようね。でも別の物も感じる……。場所は特定しきれないけど、孤児院の中なのは間違いないよ」


 目を細めるマーリンは孤児院の扉にひたと手を当てて目を閉じた。


「なんとなく感じるのは五人。分かるのはアリスとすれ違った不審者ね。後は孤児院の強そうな大男たちかな?」


「シェリアって可能性は?」


「それは無いわ。シェリアに至っては権能の数も質もアリスとは文字通り桁が違う。権能はきっかけを以て目覚めるけど、あんたと同世代でもシェリアから感じるものはおぞましいほどよ」


「おぞましいって、どんな形でそれを感じ取るんだ?」


「胸の奥がざわつくというか……。それよりもとっとと調べるわよ。場合によってはアリスたちが極悪人ってこともありうるしね」


 マーリンがタクミのポーチから折り畳まれた布を取り出すと、それを上から被る。


「ほら、さっき屋敷で使ったやつだから所詮子供だましにしかならないだろうけど、アリス以外は十分と思うし、見つかっても逃げる手段はあるから何とかなるわ」


 ウインクして見せると、二人はシェリア邸と同じようにシーツを被ってゆっくりと入り口の扉に手を伸ばした。


 静音魔導で音を立てずに扉の中に入り込んだ二人は、蝋燭の橙色に染められた広いエントランスを柱の影から様子を伺う。

 昼間にいた場所と同じとはとても思えないほどに、橙色の灯りが差すだけの部屋は何ともおどろおどろしい雰囲気を醸し出してはいたが人の気配は感じられない。しかし隣でしゃがみこんでいたマーリンの表情にまだ緊張は見えなかった。


「黒ローブの奴がどの辺りにいるかわかる?」


 タクミの問いにマーリンは頭を振る。


「あたしはそういうことに特化した魔導師じゃないの。色々と齧ってはいたけど、結局バランス良く多方面の魔導が使えるだけでどれも二流なの。あまりあたしに期待はしないで」


 そこまで言ったところで入り口から左側の扉に指を指した。


「あの奥にアリスと一緒にいた人の気配がするわ。でも肝心のアリスの位置が掴めなくなった。きっと警戒して隠れているかも」


「そうか……。もしかしたら僕らの存在にも気が付いているのか?」


「さあ? 気配を察知するのは権能に限ったことじゃないし、見つかってもどうしようもないとこもあるわね」


「で、ここからどうするつもりだ? アリスを探して変な奴が中に入ったって伝えるのか?」


「まさか、そんなことしてたら黒ローブのやつに知られるでしょ。仮に相手が容赦なく襲うなら、孤児たちがいるここが戦場になるから、とにかく隠密行動よ」


 そう呟いてから数秒の後、マーリンの小さな指が奥にある一際小さな扉を差す。


「奥の扉から変な物の力を感じるから、そこら辺にいるかも。黒ローブの所持品かもしれないけど、かなり怪しい感覚だから孤児院で隠し持っている物の可能性もあるよ」


「じゃあそこに行くか」


 人の気配のない扉側を通るルートで部屋の外周を歩いてタクミが中を伺う。

 扉の奥は灯りすらもなく、外の月や星の青白い光が窓から注ぎ込むだけだ。全く周囲を確認できないタクミは誰も見えないのを確認したマーリンの後を付いていくことしかできず、少女に頼ることしかできない状態にもどかしさを見せていた。

 そして、一番奥の小部屋をマーリンが確認していると、


「なるほどね。こんなものがあったの……」


 何かを確認したのか彼女の表情に翳りが見えた。深く一つ息を吐き出すと、タクミの方を振り向く。


「シェリアが言ってた貧民街の怪しい奴らが動いてるってやつ、あたしらの手に負えるレベルじゃない存在よ。すぐに戻ってシェリアたちに知らせて……」


 そこまで口にしたところで、何かがすぐそばを通る風切り音がしたかと思うとマーリンが舌打ちをする。


「最悪ね……。バレたわ」


 その一言の後にシーツに切れ目が入ったと思うと、あっという間に大きな裂け目が二人の姿をあらわにした。後ろを確認すると、扉には投げるのに適したナイフが一本刺さっている。


「そんな……。見つかったのか」


「あっはは! こんな孤児院にまさか魔導師がいるなんて、情報には無かったわ」


 暗がりに目を向けたマーリンの掌に灯された灯りは、漆黒のローブに身を包んだ存在を捉える。たった一人だったが、他にも身を隠した敵もいることを考慮してタクミは辺りを見回した。


「マーリン、どうにかして援軍を呼ぶ手段は無いのか?」


「とりあえずシェリアの屋敷の方に救援の魔導を飛ばしたけど、気付いてシェリアに知らされるまでどれだけ時間が掛かるのかってとこ」


「なるほどな……」


 顔ほ見えないが、声から女性だと判断できる黒ローブから僅かに覗かせるのは深紅の瞳。そんな彼女は小声で会話する二人に武器も持たずに話しかけてきた。


「多分君たちここの人間じゃないみたいだけど、見逃してくれれば命は取らないでおいてあげようかしら?」


「あんたも帰ってくれればいいんだけどな。それにそんな気本当にあるのか?」


「ふふ、私には目的があるのよねぇ。あんまり事を大きくはしたくないのよ」


「そんなナリをして、よっぽど重要な目的なんだろうな」


「君たちには言うことはできないの。ほら、そこをどいて頂戴」


 タクミたちに一歩ずつ距離を詰める黒ローブだが、その歩みに音が無い。


「どうやって歩いてるのよ……」


「そんなこと知る必要は無いわ。ほら、死にたくなければそこを……」


 タクミたちとの距離十メートル。そこまで黒ローブが来たところで、


「勝手に人んちで何してるんだい?」


 昼間に聞いた少女の声が部屋に響く。

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