第一章 第四話 『陽の当たらない街』
「そこの女の子の髪飾りがクリスに取られたって?」
「取ってないもん!」
リーダーらしき少女の言葉にクリスと呼ばれたマーリンの髪飾りを持った少女が口を曲げる。それを見たマーリンは声を先程よりも大きくして、クリスに指を突きつけた。
「そこのクソガキがあたしの宝物をぶつかった拍子にスッたのよ! この落とし前どう付けてくれんのよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすマーリンに、リーダーらしき少女はクリスと呼ばれた少女を見下ろしてため息を吐く。
「一応こちらとしてもクリスが盗んだのなら相応の謝罪をしなきゃならないがねぇ、何かしらの証拠はあるのかい?」
その問いにタクミは眉を潜める。辺りに目をやり、他に誰かいないか確かめると声を低くした。
「それってこちらが不利じゃないのか? 僕らがそれをマーリンの物だと証明するのは難しいぞ」
「それならあんたらが言いがかりをつけてきたとしか思えないねぇ。ウチらとしてもこういった理不尽を味わってきたんでね、何分慎重なのさ」
こうなると確実に彼女もクリス側の人間だ。タクミも何か逆転の目はないか思考するが、ここでも腕を組んでいたマーリンがクリスが手に持つ星々の浮かぶ髪飾りを指差す。
「良いわよ。あたしがきちんと見せてあげるわ」
そう言いながらゆっくりと指差していた右手を広げる。
「あのクソガキも見たけど、あたしは魔導が使えるの。それがあたしの物って証明するのもお茶の子さいさいよ」
小さな右手が青く輝き出すと、それに呼応するように髪飾りが青く光り出した。クリスは「嘘?」と横目で金髪の少女を確認するも、先程よりも鋭い眼光がクリスを突き刺す。
「認識系のタグ付けの魔法だね……。クリス、あんたまたやったのか?」
先ほどとはうって変わって鋭い眼光をクリスに向けると、これ以上の抵抗は無意味と悟ったのか、うなだれて無言で頷いた。
「お前、これどうするつもりなんだ? 謝罪はともかく、賠償金をまた払わないといけないよな?」
少女はそう言うと、すぐに大きなため息を吐く。隣にいた大男も頭を振って呆れたと言わんばかりだ。
「本当にすまなかった。落とし前はウチの監督不行き届きってことでウチが責任を取るってことで収めてくれないか?」
先程までの態度を一変させて頭を下げた少女だったのだが、ぷりぷりと頬を膨らませるマーリンの機嫌を収めることはできなさそうだった。
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二人が連れてこられたのは、入り組んだ路地を抜けた先にある貧民街にしてはきちんと手入れの行き届いた建物だった。途中で通りがかる人は皆、危なっかしげな雰囲気であったり、人相の悪い男ばかりであったが、リーダーらしき少女を確認すると舌打ちして睨み付けるだけだ。
建物の中には年端もいかない子どもから、青年まで若い人たちが暮らしているらしく、年の近そうなマーリンに同世代の子どもたちが群がっていた。
「改めて本当にすまなかった。こちらとしてもその……お金の解決は難しいんだ。だからそれ以外での謝罪をしたいんだが……」
「別に返せばいいのよ。あたしとしてもこれ以上大事にはしたくないわ」
頬を膨らませながらも、愛しそうに髪飾りに触れるマーリン。余程大切な物なのかタクミの後ろに隠れていたが、その瞳は相手のリーダーの目を真っ直ぐに見ていた。
「遅れたがウチはアリスという。ここの孤児院のリーダー的な役割をしてるんだ」
「僕はタクミ、こっちはマーリンだ」
「……ふん!」
未だに不機嫌なマーリンは無愛想に鼻を鳴らすだけだった。タクミは辺りの様子を確認していた。所々壊れた家具やひび割れた壁はあったが、多少のことでは壊れないように拙いが補修が施されている。
「大体、何で盗みを働いた子を庇うような真似をしたんだ?」
「それは自己防衛ってやつさ、ウチらも適当な口実付けられて貴族とかのお偉いさんに物だとか金品を奪われてきたからねぇ。しっかりとウチらの物はウチらの物と言い張らないとな」
両手を頭の後ろで組み、器用に椅子の後ろ足だけでバランスを取ってみせるアリスに、マーリンが椅子を前に寄せた。
「でもこんな盗みをする事もあるんだよ? 少しは注意して物事判断しなさいよ。あんたこれでもリーダーなんでしょ?」
「……そうだな。まさかこんな小さな女の子が魔導を使うなんて、ここいらじゃそんな人間はいないからな」
「そんなもんなのか?」
「まぁ、ここはテレストル家の領地だからな。魔導の才覚のある人間は幼い頃には魔導の名家の領地にある学校まで行って、そこで住み込んで力を伸ばすもんだ」
アリスの隣にいた二人の体格の良い男たちが頷く。
「にしても、大人なんてあんたの周辺にしかいないけど、スラム街の奴ら大分ヤバそうなのにどうやって身を守るのよ? 子どもたちとか人質に取られそうにならない?」
「そこはウチらみたいな戦える奴らでなんとかするのさ。孤児院の中だったら子どもには指一本触れさせない自信があるからね」
器用にバランスを取ったままアリスは得意気に笑みを見せた。彼女から発せられる圧力はその自信を裏付けるか分からないが、タクミは思わず生唾を飲み込んでいた。
「一応聞くけどあんたの見た目からして、タクミとほとんど年変わらなそうだけど、大人の男相手に勝てるの?」
「リーダーを名乗ってるんだ。こうした孤児院の運営はもちろん、戦いに関しても外の奴らはウチらに手出しは無謀だとわからせてるさ」
マーリンの真っ当な質問にアリスが手に持ったのは、簡素ではあったが決して安物の雰囲気の無い柄に納められた短刀だった。そしてマーリンとアリスが互いに無言で顔を見合わせたかと思えば、
「なるほど、あんたも大した剣士なのね。そりゃあたしもタクミも相手にはしたくないわね」
マーリンがそう口にしてから腕組みして椅子に座り直す。隣でただ見ているだけだったタクミが声を掛けた。
「マーリン、アリスの腕分かるのか?」
そんな問いにマーリンは高い天井を眺めながら紅茶を啜る。
「まぁ、加護や権能持ちは感覚で分かるよ。そういった相手は今のあんたはもちろん、あたしにも無茶な相手なのは分かっててちょうだい」
「へぇ、そっちの兄ちゃんよりも嬢ちゃんの方が強いみたいだねぇ」
タクミをちらりと横目で見て、小さな麻袋をテーブルに滑らせた。受け取ったタクミは中を改める。中には銀貨と銅貨が数枚入っていた。
「僅かだけど謝罪の気持ちだよ。今は祭りの時期でね、何かしらこれで買い物するといいさ」
「でも、アリスたちは……大切なお金だろ?」
「言ったろ? 謝罪のヤツだし、このお金はこういったときのために取っといていたもんさ。渡すのがあんたらのような奴らで良かった気がするよ。腐った貴族だったら、ここいらをぶっ壊すとか脅してきたからな」
「意味はどうであれ、だったらありがたく受け取っておくよ」
麻袋をカバンに入れて、二人は孤児院を後にした。子どもたちはマーリンの見せていた魔導の手品を見たいとせがんできたが、快く手軽なものを三つほど見せてから孤児院を出てきた。
きっちりと髪飾りを取り返した帰り道の途中、マーリンは先程の話を思い出したのかタクミの袖を掴んだ。
「ねぇ、あんた本当にアリスから変な気配というか、何も感じなかった?」
「いや? 僕には何も……」
そう答えたタクミに呆れたのか目を細める。
「あんた本当に魔導関連の能力全部無くしたの? 流石に魔力とか能力の感知まで出来なかったら、本当にただの一般人だよ?」
手厳しい言葉にタクミはたじろいでいたが、すぐにマーリンは前を向くと手を後ろで組んで走り出した。
「とにかく街に戻るよ。まだ遊べる時間はありそうだし」
「おい、あまり急ぐなよ!」
タクミも急いで彼女の後を追って歩を早める。
時刻は日が西に傾いた頃、伸びた影が街へと戻る二人を追いかけていた。