表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第一章 第三話 『街歩き』

「ほらほら、綺麗なお花だよ」


 店先に並べられた大型の花瓶には種々の花々があり、マーリンは目を輝かせてそれらを眺めている。

 記憶を取り戻すきっかけになれば……。ということを口実に、マーリンに遊びに外へと出されたタクミは、活気に溢れた通りを歩いていた。


「すごいな。こんなに人がわんさかいると迷子にでもなるかもな」


「タクミもあたしから離れないようにしないといけないね」


「それ、マーリンの方だよね……」


 人でごった返している街中を二人はあちこち目を向けながら歩を進める。


「今頃シェリアの家は大騒ぎだろうな」


 周囲を警戒してキョロキョロしていたタクミをマーリンは自慢気に見上げた。


「記憶を無くしたあんたと、見た目だけは十歳くらいのガキんちょにしか見えないあたし相手に本気を出して監視しないもの。そんな相手なら多少の手練れくらい、あたしの力で抜け出すなんてことは余裕だもん」


 部屋のクローゼットに入っていた革製のベストとズボンを着たタクミは、マーリンの後を付いて部屋の外の長い回廊を走っていたが、通りかかる使用人はおろか、騎士らしき装備を纏っていた人にさえ二人に気付いた様子が無かったのだ。

 結果、そのままシェリアの家から脱出した二人は悠々と大きな門から外に出て、すぐ近くの大きな街へと繰り出していくことができたのだった。


「相手が本気かどうかはともかく、誰か探しに来たらどうするんだよ?」


「それまでパッと楽しむんだよ。あたしはもちろん、あんたもこういったことしてこなかったみたいだし、少しの間ならちょっと怒られるくらいで済むでしょ」


「……怒られる前提なんだね」


 小一時間タクミはマーリンの様子を見つつ、街の雰囲気を楽しんでいた。屋台の食事、店の店主が声を張り上げて客の呼び込みをする。そういった活気に身を浸し、無くした記憶に刺激を与えるが、


「やっぱり覚えが無いな……。僕も来たことはあるはずだけどな」


「何かビビっと来るのないの? ここって国の中でもかなり大きな都市みたいだけど」


 マーリンの言葉にタクミは無言で首を振る。どうやら進展は無さそうだったが、マーリンはふーんと答えるだけで目は店先の品物を物色するばかりだった。


「本当に僕のためにここに連れてきたのか?」


 疑いの目を向けるタクミだったが、マーリンの無邪気に遊ぶ姿から彼女自身のために街に連れ出されたと気が付くまでに、そう時間は掛からなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「これこれ、すっごく美味しいの。さっき屋敷抜け出すとき、メイドさんの部屋通ったときに宣伝の紙がおいてあったんだよ」


「ああ、よかったな……」


 マーリンがほおばっていたのはこの辺りでも有名なアイスクリームらしく、屋台の店主に聞くとこの国にやって来た旅人が広めたものらしい。ちなみにお金はタクミの部屋にあった所持品とおぼしき革製のショルダーバッグにある程度のお金が入っていた。


「シェリアのとこの街に行くのは初めて?」


 その問いにマーリンはタクミの瞳をじっと見つめる。その表情には複雑なものを持ち合わせているのか、決して明るいものではなかった。


「そうね、あたしもこんなに活気のある場所に来たことないから、ついついはしゃいでた」


「マーリンはそもそもこんな場所に来るのが初めてなんだろ? もうシェリアに叱られるのは分かってるし、見つかるまでは楽しむといいよ」


「本当? ありがとう!」


 タクミの言葉にやんちゃな笑顔を見せたマーリンが駆け出したその時、人混みから一人の少女が飛び出して二人が強く衝突した。


「あっ!」


 マーリンの小さな悲鳴と共に二人は石畳に倒れる。尻餅をついたマーリンが後ろに尻餅するほどの衝突だったが、相手の少女は体格差のせいか大したことにはならなかった。


「ごめんなさい!」


 生なりのチュニックを着た金髪の少女は急いだ様子で立ち上がって頭を下げてそそくさとその場を離れていった。側にいたタクミが声を掛ける暇もなかった程だ。


「マーリン大丈夫か?」


「別にケガしてないし、そんなに痛くもないよ」


 不機嫌そうに立ち上がって裾に付いた砂ぼこりを払い終えてからマーリンは身に起きた異変に気付いた。


「嘘……無い、あたしの髪飾りが無い!」


 頭に手を当てるマーリン。確かに星を象ったアクセサリーが無くなっていた。タクミはどこかに転がっていないか辺りを見回すが影も形も無いのだ。


「誰かが蹴飛ばしてどっかにいったとか?」


「あれ本当に大切なやつなのよ。どうしよう……」


 先程までの気の強い少女とは一転、おどおどとアクセサリーを探し回る様子はまだ出会って間もないマーリンの別の一面だった。


「おい、そこのお二人さん」


 気落ちしていたマーリンの様子を見ていたのか、近くにいた果物屋のおじさんが声を掛けてきた。


「さっきのぶつかってきた嬢ちゃん、もしかしたらスラム街のやつかもなぁ」


「おじちゃん知ってんの?」


 マーリンが食い付くようにおじさんに詰め寄る。「ああ」と肯定する一方で、おじさんは首を振って手を広げた。


「けど取り返すのはムリかもな。もしかしたらスラム街はかなり入り組んでいるから、捕まえるのが難しいんだ」


 その言葉を聞いてマーリンは店先のカウンターを叩き付けて声を張り上げた。


「スラム街はどこよ! アイツをとっちめてやるんだから!」


「向こうの七番街だが……。そこから先はならず者がのさばる無法地帯だし、迷路のように入り組んだ路地裏の奥だぞ」


 それを聞いたタクミは何か手立ては無いのか果物屋のおじさんに詰め寄るも、すぐに後ろの裾を引っ張られて振り向いた。


「大丈夫だよ、あの盗人ならすぐに追い付くから」


「何か考えはあるのか?」


 タクミの言葉にマーリンは頷くと、「こっちだよ」とすぐそばの路地へと走り出す。タクミはマーリンの言葉を理解する前に後を追いかけた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 入り込んだ路地は市場通りを日向の部分とするならば、この街の日陰の部分と言うに相応しい雰囲気だった。通りがかりに見かける人は誰も彼もみすぼらしい格好で貧しさを漂わせていた。

 迷わず路地を駆け抜けていくマーリンを不安そうに追いかけるタクミだったが、いくつの角を曲がったのか数えられなくなってきたころ、


「タクミ、あんた前を走って次の角で思い切り飛び込んで」


 その一言の後に素早い動きでタクミの後ろに回り込むと、「えいっ」と彼の背中を精一杯突き飛ばしたのだ。いくら幼い少女の体格とはいえ、全力で体当たりされた勢いに前へとつんのめったかと思えば、


「うおっ?」


「きゃっ!」


 女の子の声がした後タクミはそのまま前に、ぶつかった少女は後ろに尻餅をついた。盛大に倒れ込んだタクミは「ごめんなさい」と謝りながら少女へと振り向くと、


「クソガキ見つけた!」


 ぶつかった少女は先程マーリンと衝突した金髪少女だった。ぶつかった拍子に落としたのか、少女の目の前にはマーリンの髪飾りが落ちていた。


「やっぱり君がマーリンの髪飾りを盗んだのか?」


「どうやってここを当てたのよ! ここいらじゃ、あたいの庭みたいな場所なのにっ」


 慌てて髪飾りを手にとって後ずさる少女だが、マーリンは一歩詰めて手を前に出した。


「今なら返したらここで見逃してあげる。痛い目見たくなければその髪飾りを返しなさい」


「はぁ? そんなこと言われて返すやつがいるわけ?」


 立ち上がると、両手を腰に当てて胸を張って見せた少女の至極当然な返答に眉間にシワを寄せるマーリンだが、怒ることなく至って冷静に髪を耳に掛ける。


「どうせそんなこと言うと思ったし、こっちも力ずくで取り返すもん」


 そう言うと、左手をゆっくりと少女に向ける。それを見た少女は指を口に加えると、甲高い音を鳴らした。


「指笛か?」


「何する気よ?」


 瞬間、少女の横に立て掛けてあった木の板が破裂音と共に粉々に粉砕されていた。「ひいっ」と情けない声を出す少女だったが、


「チビッ子が魔導師なのは想定外だけど、ここはあたいたちの領地(テリトリー)だ。あたいに手を出せば、仲間が黙ってないよ」


 冷や汗が見えるが口許には笑みを見せる少女に、タクミは目を細める。


 ――こいつ、仲間を呼んだのか?


 そう予想するが早いか、すぐさまマーリンの左腕を掴んだ。


「この子、仲間を指笛で呼んだのかもしれない。早く取り返そう」


「分かってるよ!」


 まだ少女の右手に握りしめられていた髪飾りに手を伸ばすと、少女は手を引っ込めようとするが、マーリンの手が間に合って取り合いへと発展した。


「返せっ!」


「ふざけんな!」


 体格差はあったが、マーリンが小さいにも関わらず意外な力で拮抗していた争いになっている。

 すると、それに介入しようとしたタクミより早くマーリンの襟元を大きな手が掴むと、小さな体とはいえ意図も容易く放り投げられた。


「……敵か? 何された?」


「こいつらよ! あたいにちょっかい掛けてきたのは!」


 現れた男はタクミの頭三つ分は背が高く、体格も屈強な男と言うに相応しい筋骨隆々なものだった。その厳つい顔も相まってか、無意識にタクミとマーリンは後退りしていた。


「こいつ、どう見てもヤバい奴だよな?」


「むむーそうらしいね」


 肯定の返事は返すものの、マーリンは隣の男ではなく未だに髪飾りを盗んだ少女を鋭い眼光で睨み付けているばかりで、その様子からは危機感どころか怒りしか見えない。


「早く髪飾り返してよ、あたしの大切なものなんだよ!」


「何言ってんの、力ずくで取り返すんでしょ? ほら、やってみなさいよ!」


 悪びれる様子も無く、隣の大柄の男に隠れるようにマーリンに向けて舌を出す。そんな安い挑発に応じて無言で更に一歩前に進むマーリンに男が遮った。


「……嬢ちゃん、うちの子に因縁付けてんのか?」


 図体通りの野太い声からは脅しを込められたような圧力があった。タクミは「マーリン……」と小声で止めようとするが、当の本人は更に歩を進める。


「あんたは犯罪を犯した女の子を庇うつもりかしら? こっちとしても事を荒立てる気は……」


「ここはスラム街だ。俺たちのテリトリーだ」


 言葉を遮る男に、マーリンは鋭い瞳で見上げて左耳に髪を掛ける。


「そんなの知らないもん、それともあんたもここでぶちのめしてやるわよ?」


 どう見たって大人と子供の口喧嘩。しかも相手は盗人を庇うような男だ。これではマーリンが痛い目を見るに決まってる。すると男と少女の後ろから、


「指笛が聞こえたと思ったら、あんたらウチの連れに何か用かい?」


 と、二人の後ろから現れたのはタクミより少し背の低い少女に、厳つい男に勝るとも劣らない、髭面で屈強な強面の男の二人だった。

 これで四対二。しかも相手は図体のでかい男二人に腰にナイフらしき得物を携えた少女。対するは記憶を失った少年と幼い少女だ。


「こいつらもあちらの味方のようね」


「……そうだな」


 タクミとマーリンは顔を見合わせて苦笑することしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ