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第一章 第一話 『星の少女』

 魔導というものは実に深いものだ。この世界には多くの種族が存在し、その全てが魔導という一つの体系に縛られながら生きている。時には生活の基盤を根幹から為し、時には敵を倒す武器として扱われる。そんな破壊と創造の二面を持つ大きな力なのだ。

 ヒューマン族を始めとした多数の種族は団結して特色に溢れた国を多く造ってきたが、その歴史は正しく魔導の歴史と言っても過言ではなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 少年が目を開くとそこは小さな部屋だった。清潔な白いシーツが引かれたベッドに横たわり、辺りには水が汲まれた桶があるだけで、あとは何の変哲もない部屋だ。


「ここは? どうして……僕はここにいるんだ?」


 少年は辺りを見回して情報を得ようとするも、見覚えが無いのか頭を横に振ってため息をついた。諦めて部屋から出ようと足を床に伸ばしたとき、ドアのノックする音の後に「入りますわよ」と少女の姿と声が同時にくぐり抜けてきた。


「あら? ようやく起きましたのねタクミ」


 少女は少年の顔を見て腰に手を当てた。少女の身は鎧を纏い、背丈は年頃の少女よりも少しばかり高め、そして目を惹くのは青空を思わせるような瞳と同色の丁寧に結われた髪だった。


「とりあえず、貴方には色々と話を聞かせて頂かなくてはなりませんわよ」


「僕は……タクミっていうのか? 君は一体誰なんだ?」


 タクミの言葉に少女は眉をひそめた。疑いの色を含めた声色でタクミに問いかけると、少女は不思議そうに首をかしげる。


「何を言ってますの? 貴方はタクミで……一応聞いておきますけど、自分の事はちゃんと分かってますの?」


「……分からない。僕がタクミって名前なのもはっきりとしてないし、君が僕と面識があることも覚えていないんだ」


 そう答えて頭を振るだけのタクミに、少女は髪を揺らして天井を見上げる。その顔には少しばかり困惑が見えたが、数秒目を閉じると、


「そうですのね……。それなら仕方のないことですわ」


 そう呟いて近くにあった木製の椅子に腰掛けてタクミに向き合った。黒髪に黒い瞳という容姿をしたタクミは困惑した表情で少女を見ている。


「わたくしの名前はシェリア。姓は今はどうでもいいことなので、とにかく貴方の名前はタクミ、わたくしがシェリアということははっきりとしてください」


 シェリアと名乗る少女にタクミは無言で頷く。了承を示す動きに彼女も少しばかり表情を緩めた。そこでタクミは落ち着いた様子のシェリアに声を掛ける。


「僕が記憶喪失なのに、どうしてそこまで落ち着いていられるんだ?」


「魔導師は自身の扱える限界以上の力を使った時に記憶に影響があることが知られていますし、実際にそういった方をわたくしも見たことはありますので……。それと、本当に記憶を無くしているとしたら、その程度によっては大問題ですわ。名前も忘れているようですが、魔導についてはどうですの?」


「ま……どう?」


 問い掛けに狼狽えるタクミにシェリアはため息と共に頭を振った。


「ああ、よろしくてよ。忘れているなら無理になさらなくても結構ですわ」


 そうタクミを制すると、シェリアは一冊の手帳を取り出した。


「とにかく分かってて貰いたいのは、わたくしと貴方は共通の友人を経て友好関係を持っていますの。幼い頃からの付き合いですわ」


「シェリア……」


 その響きにタクミは目を細めるが、精悍で整った麗しき少女の顔に覚えていることは無いのか、彼の表情は曇りが晴れないままだった。記憶を失って戸惑うタクミの表情を見ていたシェリアは、一冊の手帳を取り出すとタクミの手にそれを握らせる。


「とにかくこれを貴方のお師匠から託されていますの。確かにお渡しいたしましたから」


 そう言い残して彼女は部屋を後にした。残されたタクミは手渡された手帳を開くと、そこには持ち主の名前であろうマールフィンという名前が革の表紙の裏に刻印されていた。


「マールフィン……。シェリアは僕の師匠って言ってたな」


 タクミにはその名に聞き覚えがあるのか目を閉じて深く息を吸い込む。シェリアに「貴方のお師匠」と言われたからそれなりの関係なのは当然だが、今のタクミには顔すらも浮かばない。

 気を取り直して目を開け内容を読むと、そこに書かれていた丁寧な文章にはこうあった。


『君には故郷に帰す前にこんな辛い目に遭わせてしまったことを申し訳無く思っている。これは僕の力不足だが君に頼みがある。これから君に教え残したことを娘と共に学んでくれないか。彼女は君も会ったことがあるから大丈夫だろうが、未だに精神的に幼いところがある。だから君と一緒にこの世界の多くを見聞きしながら、これから起こる大いなる厄災へと立ち向かってほしい』


 タクミには現状を把握できないことばかり書き込まれていたが、危機という言葉は穏やかではない。マールフィンに何があったのかは知らないが、弟子のタクミに託したということはきっと重要な事だろう。

 そして、最後にはこう纏められていた。


『娘は君に前教えた魔法で行ける空間に住んでいる。普通の人間では行けなくとも、ちゃんと行くための手段は用意しているから、これを読んだらすぐにでも会いに行ってほしい』


 そうして文章は終わっていた。記憶を無くしたタクミにとって意味をほとんど理解しきれなかったが、手帳の最後のページになにやら複雑な図形が描かれていた。いくつもの図形と難しい文字列の組み合わせにタクミがおもむろに指を触れてみると、図形が光りだした。


「な……んだ?」


 あまりの輝きの強さに目を覆い隠してやり過ごしていると、次第に光が弱まり、薄く目を開いて確認してみるとそこは部屋ではなく夜空が広がっていた。


「ここは? 星がこんなに……」


 そこは満天の星々がタクミを包み込む不思議な景色だった。そして、タクミの目の前には一人の少女が椅子に座ってこちらを眺めている。


「久しぶりねタクミ、元気にしてた?」


 見た目からは歳はタクミよりもずっと幼く、十歳位の背丈に夜を思わせるような艶めく黒髪と、空に浮かぶ星々を表したかのような髪飾りが目を引く。顔立ちもあどけない子どもの幼さがあり、瞳も宝石のように黒い瞳が瞬いていた。


「済まない。僕は記憶を無くしているらしくて、君のことも分からないんだ」


「はぁ? 折角こうしてパパの言い付け守ったのに、あんたが記憶喪失だとどうしたらいいってのよ!」


 突然顔を赤くしてタクミに詰め寄る少女。背はタクミよりも頭二つは小さいのに、何故だかタクミは後ずさりしていた。


「あたしはマールフィンの娘で、その愛称をそのまま受け継いだマーリンよ。少し前にパパからあんたをサポートするように言いつけられて、久し振りに会うためにパパの空間魔法でここに呼びつけたってわけ」


 小さな拳を胸に当ててマーリンと名乗る少女はどこか偉そうな態度だった。幼いがやんちゃな少女らしい態度にタクミは扱いに困ったのかため息を漏らす。


「それで、そんなちんちくりんのマーリンが実際に僕のどんなサポートをするの?」


 小馬鹿にしたようなタクミの疑いのこもる声にマーリンは不敵な笑みを見せる。


「まさかあたしの力のことまで記憶に無いなんて、どうやら記憶喪失も重症なようだけど……」


 何かを教えようとしていたマーリンだったが、周りに視線を向けると座っていた椅子から立ち上がる。


「あたしのことを教えてあげる前に、この空間もそろそろ持たなくなってきたからまずは元の世界に戻ろっか」


 その言葉の後に指を鳴らすと、突然星の浮かぶ空間に大きな亀裂が走った。不可思議な光景にタクミは目を丸くするが、マーリンが小さな手でタクミの手を握りしめて真剣な表情へと変える。


「目瞑ってて。それでも少しチカチカするけどね」


「何を言って……」


 そう言うとヒビの入った部分から眩い白色光が飛び出し、すぐに空間を埋め尽くす。


「うわっ!」


 しばらくして目を開けると、元いた部屋のベッドの上に仰向けになり、シェリアが座っていた椅子にはマーリンがベッドに肘をついてタクミを見つめていた。


「どう? あたしがただの女の子じゃないの分かってくれた?」


 立ち上がり、腰に手を当ててウインクして見せたマーリンにタクミは「ははは」と乾いた笑い声を出すことしかできなかった。


「これが魔導ってやつなのか?」

第一章を第一話から三話目までを10時、12時、18時に投稿して、その後は毎日一話ずつ投稿します。土日は10時、他は18時です。

一応は第二章も進行していますが、いつ投稿できるか分からないので期待しないで下さい。

2019年1月20日現在、リアルがかなりキツいので書けたとしても二章のある程度の投稿は3月以降になると思います。

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