彼女が亡霊になるまで……そして哀しみに気づく
もうひとりのジゼルの話です。
亡霊となって彷徨っていた彼女。身も心もヴィリになりきっていたが、もうひとりのアルブレヒト少年に救われるきっかけをもらい、光を見いだす。アルブレヒト少年もまた葛藤を持っており、彼は彼の『ジゼル』を探しています。
同じ名前が出てきて、少しややこしいかもですがお付き合いください。
初投稿になります。よろしくお願いします。
彼女が亡霊になるまで
まだ、森や林、山の中に精霊が宿ると信じられてい
た時代。
自分の暮らす場所は誰が統治しているなんて、小さ
な村に住むジゼルには知り得ない。
しかし、娘は出会ってしまった。幸か不
幸かはわからない。彼女にとって運命の相手であっ
たからだ。
アルブレヒト・フォン・ベルンシュタイン。
年は17歳。ようやく、成人を迎えたばかり。
広大なベルンシュタイン領を治める大公の子息であ
った。ガウテン村を含むクロイツェル地方の領主で
もある。
きりりとした見目麗しい容姿に闊達な性格の若者で
あった。礼儀正しく、誰に対しても親切に対する善
良な性質で、森の中で足をくじいてしまったジゼル
を、たまたま散策していた彼に助けられた。
自分達と同じような服を着ていたため、はじめ隣村
の人か思っていた。
他の同年代の娘たちに比べてもややぽやんとしたと
ころがあるため、気がつかなかった。
何も知らないジゼルはたちまち、この若者に恋し
た。アルブレヒトもまた素朴で優しいジゼルに惹か
れていった。
互いに愛称で呼び合うように。仲は深まっていく。
「ジリー」
「アルビー」
想いが通じた幸せな恋人達は初めての恋に戸惑いつ
つも互いにしか見えない、掛け値なしのしあわせな
日々はいつまでも続くと信じていた。
しかしどんなに思い合っても、二人の前に立ちはだ
かる壁があった。身分という高い壁が。
ジゼルはその事をいやというほど思い知る事にな
る。そして死してもなお囚われ続けていた。
この辺りに伝わるヴィリとなって。
未婚で亡くなった娘が夜の森を彷徨う|亡霊《ヴィ
リ》となると言われている。
そのきっかけとなったのは、ある日自分と母の暮
らす家に、立派なお仕着せを着た貴族に仕えてい
るだろう家人が訪ねてきたからだ。
すぐ後ろに綺麗な女の人が立っていた。ジゼルよ
りいくつか年上だろうか。
アルビーことアルブレヒトには身分の釣り合う許
嫁がいた。名前はバティルダ。
隣の領主の娘である。美しく気品に溢れる姿を見
て呆けたようにジゼルは見惚れていた。
高貴な姫君は頭の天辺から足の爪先まで丹念に手
入れされていた。見た事がない美しい刺繍が施さ
れたドレス。そのドレスに合わせた煌びやかな石
を使った装身具。侍女によって結われた黒髪。
瞳は森の緑を閉じこめたようだ。陽に焼けたこと
のない透き通るような白い肌。
元々の美貌を更に磨かれたその人はまるで女神さ
まのよう。
ジゼルは自分の手荒れのしたカサカサな手を見
た。 肌だって陽に焼けているし、毎日の炊事洗
濯、家畜や畑の世話。きっと、髪だってボサボサ
だ。服だってかの人と比べるべくもない。
持っている一張羅だって、姫君にとってはボロみ
たいな些細なものだろう。
急に恥ずかしく思えてしまう。
どうして、自分に会いに来たのか。
姫君はじっとこちらを品定めするような目で見て
いた。訳がわからない。
「……見た目は野暮ったい村娘にしてはまあまあ
ね…… 」
「えっ……?」
バディルダ姫は表情を変えず淡々と言った。
貶されているのか、褒められているのか微妙では
あったが。一応、褒められたのだろう。
「領内の娘で良かったわ。でなければもっとややこ
しかったから」
つらつらと姫君は話し出した。
ジゼルは聞かされる。アルブレヒト次期大公の非
公式の愛妾として、ベルンシュタイン家に迎え入
れると。ぽかんとした顔でバティルダ姫の言う事
がどうい うことかが理解出来ていない。
ーーーー妾?
アルビーからかけ離れる言葉。
彼の誠実さな面差しからは感じられない。
けれど、ジゼルは彼から何も聞いてない。
アルビーは?
あの人はどういうつもりなの?
貴族、しかも自分の暮らす直属の領主様だ。
いきなりそんなことを聞かされる。
どうして婚約者の姫君が来ているの?
そんなジゼルの疑問に答えるように姫君はさらり
と言った。わたし、何も言ってないよね?
一抹の空恐ろしさを感じた。
自分達はただ、会って仲良く話をしていた。
「知りたければ、わたくしと共にいらっしゃい
……あなたにはその権利があるわ」
ジゼルが口を開く前に、バン、と乱暴に扉が開く
音と共に二人の若者が飛び込んで来た。
焦茶の髪の若者と金の髪の若者がぎゃあぎゃあと
言い争っていた。
金の髪の若者がギョッとした顔でまくし立てた。
「バティルダ!どうして君がここに?ジリー、無
事か?何かされていないか?」
姫君は、手にしていた扇で口元を隠した。
「あら、噂をすれば我が婚約者の君ではありませ
んか……失礼ですわね、これだから殿方は粗野
で嫌になりますわ」
「アルビー! それにヒラリオン……⁉︎」
「ジゼル、騙されるな! そいつはお前を妾にす
るつもりだぞ!」
「違う! だから、誤解だ!」
「わたくしはそう聞いておりましたわ」
ジゼルは混乱していた。
いったい誰の言葉が正しいのか。
そもそも、アルビーはちゃんと言ってはいない
ではないか。自分達のこれからのことを。
「アルビーは嘘をついていたの? 」
「ジリー!」
アルビーは青い瞳を潤ませた。
長い時を経て、亡霊となってしまったジゼル。
愛した相手に裏切られたと思い救われないまま亡くなった。そう思いながら彷徨うのは苦しい。
最終的に彼女を解き放つのは、自分達と同じ名前を持つ少年少女です。
その時初めて、誤解が解け、愛はすぐそこにあることに気づき恋人と再会し夫婦になります。
アルブレヒト少年からの視点で掲載したいと思います。