(5)デリカシーは必要
【前回】
雨の中、むしろその雨を利用した魔法を繰り出す雨音、その姿に晴太は彼女に言わなければならぬ言葉があると気づき、雨音のもとへ向かう。
ランドリールームの前、晴太はドアを開けようとしてかけた手を止めた。何となく雨音を追いかけてきてしまったが、ランドリールームにいるということは、つまり着替えるということではないだろうか?濡れた服を乾かすか、あるいは泥で汚れたので洗濯するのか。どちらにせよ、入って良いものか迷う。
晴太は少し考えて、二回ほどドアをノックした。
コツコツ
「どうぞ」
中から雨音の声が聞こえた。晴太が少し慎重にドアを開けると、雨音は濡れた髪の毛をタオルで拭いていた。
「あら、晴太君じゃない。わざわざ会いに来てくれるなんて、よっぽど私に会いたかったのね」
「まあ…そんなところかな」
そう言ってから晴太は雨音から目をそらす。濡れた体操服が体に張り付き、何とも言えない雰囲気を放っていたのだ。
「その…すごかったよ、さっきの。特に転移魔法をライティングに使うあたり。無詠唱で魔法を使ったのもびっくりした」
「あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ」
雨音は表情を変えずに言う。晴太は少し間を置いて、本題に入る。
「それにちゃんと、雨が降ることを考えて構成してあった」
「そうね」
「楽しみにしてたんだね」
「そうね」
晴太はうつむき、もう一度雨音の顔を見ていった。
「ごめん…体育祭楽しみじゃないなんて言って」
雨音は雨が降ることを知っていた。雨女が『雨が降ることを知っていた』のならその理由は一つ。楽しみにしていたからだ。もっと言うと、いくら魔法が得意でも、ぶっつけ本番で挑むわけがない。当然色々考え、練習もしてきたはずだ。それに対して、仮に関係が無いとは言え、楽しみでないと言うことは些かデリカシーのない発言だったと晴太は気がついたのだった。
「とっても傷ついたわ」
「ごめん……」
反省の言葉を述べる晴太に、雨音は疑わしげな目を向ける。
「本当に反省してるのかしら?」
「もちろん」
「じゃあ証明して見せて」
とはいえ、謝れば済む話だろうと思っていた晴太は予想外の言葉に驚いた。
「証明!?どうやって?」
雨音はにやりと笑って晴太の方に歩み寄ってきた。肌が触れそうなほど近くに雨音の体を感じ、晴太はドギマギした。
「あの……傘咲さん?」
「男女の愛の証明なんて、やることは一つでしょう?」
雨音が濡れた掌で晴太のほほをなでる。晴太は思わず体をのけぞらせたが、その場から動くことは出来なかった。雨音の瞳がしっかりと晴太の瞳を捉える。晴太は痛いほど心臓をならしながらも目をそらすことが出来ず、ただじっと雨音の顔を見つめていた。徐々に雨音が顔を近づける。展開が早すぎる、晴太はそう思った。
と、そこで、それまで晴太を縛っていた何とも言いがたい力がふっと消えた。同時に雨音が手を離し、くるりと後ろを向く。
「冗談よ」
雨音は何事もなかったかのように晴太から離れた。
「冗談って」
晴太はため息をつく。
「それより晴太君、何か牛乳臭いわよ?」
「ああ…今朝牛乳こぼしちゃって」
晴太がそう言うと、雨音は「あら」と眉を上げた。
「意外とお茶目なところもあるじゃない」
「はは…」
晴太は苦笑いで答えた。牛乳について言えば間接的に雨音も原因の一つだが、詳しいこと黙っておいた。
「そういうことなら、ついでに洗っていく?」
そう言うと雨音は自らの服を脱ぎ始めた。
「え?ちょっ、待って!」
慌てて晴太は雨音を制止する。雨音は怪訝そうな顔で晴太を見る。
「何かしら?汚れて気持ち悪いからすぐ洗いたいのだけど」
「いや、それは分かるけど!いきなり脱がなくても、すぐ出て行くからっ」
そう言って後ずさる晴太に、雨音は不思議そうに言った。
「晴太君は見たくないの?私の裸。私はあなたになら見られても構わないけど」
その言葉に一瞬どきっとした晴太だったが、すぐに首を振った。
「そりゃあ見たくないとは言わないけどっ!見ちゃ駄目でしょ!」
そう言うと晴太は慌ててランドリールームを出て行った。
「お茶目な上に恥ずかしがり屋さんなのね」
閉められたドアを見ながら雨音は呟く。
「はぁ」
ドアを閉めて、晴太は一つため息をついた。
「傘咲さんがあんなにぐいぐい来るとは…」
僕は本当にこの作品を完結させることが出来るのだろうか……。