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(52)それだけは

 その日の放課後、人のいなくなった教室に晴太と雨音がいた。晴太はいつものように窓際の自分の席に座り窓から外を眺めていた。雨音は一つ前の席に座り、同じように窓の外に広がる街を眺める。梅雨が明け、すっかり夏になった街は夕日を受けて赤く染まり、蜃気楼が揺れている。グラウンドからはいつものように運動部のかけ声やボールの弾む音が聞こえてくる。

「それで、海守さんの告白は断ったの?」

 そう言いながら雨音は心の内側を全て見透さんとするかのように晴太の目をじぃっと見つめる。

「え、えーと……」

 どうやらあの告白の現場を水に見られていたようで、最後まで見ていたのかどうかは分からないが、水は慌てて午前の課外が終り魔道部の午後錬に勤しむ雨音のもとへ報告に来たらしい。その報告を聞いた雨音は取りあえず魔道部の練習をしっかりとこなし、その後大急ぎで晴太の教室に駆けつけたというわけだった。

「一応、断ったよ……」

「一応?」

「しっかりとお断りしました」

「そう……」

 告白を受けなかったということが分かって、雨音は心なしかホッとした表情になる。それを見て少しいたずら心が疼いた晴太は、にやりと笑って「安心した?」と尋ねた。が、当然その程度で動揺するような雨音ではなかった。

「ええ。だってあなた、押しに弱そうだから」

「ああ、そうだね……」

 予想以上に冷静な返答に晴太は少しがっかりする。まあ実際雨音の言うとおりなので仕方がないが。そういえば以前水にも同じようなことをいわれた気がするなと晴太が思い返していると、雨音がじぃっと、今度は何かを確かめるような目で晴太の顔を見る。

「雨音……?」

「晴太くん、何か話したいことがあるんじゃない?」

 正直、図星だった。晴太は自分でも分かるくらい痛々しい笑みを浮かべて、「わかる?」と尋ねた。

「ええ、分かるわ。あなたのことずっと見ているから」

「そっか……」

 晴太はそう言って一瞬だけ口を固く閉じるが、すぐにぽつり、ぽつりと話し始める。本当は言わないつもりだった。しかし誰かに言いたくて仕方がなかったのだ。渚に対する気持ち、感じた罪悪感、その全てを雨音に語る。雨音はただじっとそれを聞いていた。やがて晴太が話し終わると、雨音はゆっくりと口を開く。

「そう、晴太くんのいいたいことは分かった。確かに、晴太くんがもっと早く海守さんに私たちのことを伝えていれば、彼女は泣かなくてよかったかも知れない。必要以上に思いを募らせて傷つくこともなかったかも知れない。でも……」

 そこで雨音は言葉を切って、晴太の目を見る。

「それは晴太くんのせいじゃない」

「そうかな……」

「ええ。そもそも、それを言うなら私だってそう。自分の気持ちに向き合えずに、仮の恋人なんて妙な遠回りをしてしまった。それに海守さんだって、おそらく私たちの間に何かあると薄々感づいていたはず。あなたのことが好きだったのならなおさら。だから私たち全員がもっと早くに結論を出せた。だけどそれをせずに引き延ばした。でもそれは決して悪いことじゃない。強いて言うなら……自然にそうなってしまった……それだけよ」

 あなたのせいじゃない、決して悪くない。その言葉を聞いて、晴太の中にあったトゲトゲしたものが少し丸くなった気がした。同時に、その言葉を聞きたかったわけじゃなく、他でもない、雨音に言って欲しかったんだなとそう思った。

「そう……だね。誰かが幸せになるとき、誰かが不幸になる。それを仕方がないと割り切らなきゃならないときもあるよね。だけど……」

 でも、出来れば渚にも幸せになって欲しい。晴太はそう思ってしまった。でもそう思うこともきっと仕方のないことなのだろうと晴太は思った。

「それでその……今度は私の話も聞いて欲しいのだけど……」

 晴太が思考をやめてふと顔を上げると、雨音が不安そうな顔で俯いていた。

「どうしたの?」

「まず、一つ意地悪な質問をしてもいい?」

「え?いいけど……」

 意地悪な質問とは言ったどんな質問だろうか。晴太は身構えた。

「もし、もしも、私より先に海守さんと仲良くなっていたら。もしも、私より先に海守さんがあなたに思いを伝えていたら……あなたは……彼女を選んだ?」

 なるほどこれは意地の悪い質問だと晴太は思う。だが雨音は至って真剣だ。雨音がこの質問をした意図は見えなかったが、彼女が正直に答えて欲しいと、そう思っているであろうことは晴太にも容易に想像が付いた。だからあえてシンプルに、さも当然のように晴太は答えた。

「そうだね。もしそうなっていたら、僕は海守さんを選んだと思う」

「……そうよね」

 雨音は最初から分かっていた風に答えた。だがその顔はどこか寂しそうでもあった。

「でも、いまの僕は雨音と出会って、雨音に告白されて、雨音と付き合ってる。この現状に関しては後悔なんてしてないよ」

 だから、もしもの話などしても意味がない。もし今と違う過程があったら当然今と違う結果になるだろう。でも今は今しかない、今が全てなのだ。晴太は、雨音と出会い彼女と共にいる今を心底幸せだと思っていた。もしこれがそっくりそのまま渚と入れ替わっていてもそれはそれで幸せなのだろうが、この今においてそれを考慮する必要は全くない。

「ええ、分かるわ。晴太くんの言いたいことはよく分かる。でも……不安なのよ。果たしてこれでよかったかと、この期に及んで考えてしまうの」

 それは奇しくもあの神社下のトンネルで晴太が思ったことと全く同じことだった。だからこそ晴太にもその気持ちはよく分かったし、かけるべき言葉がないこともよく分かった。

「正直彼女の気持ちもよく分かるのよ。海守さんが何を思って泣いたのか。でも、それは私が気にするべきことじゃない。だけど…………」

「わかるよ……」

 雨音が言いよどんだ言葉も、おそらく晴太が言わなかった言葉と同じだろう。ままならないものだと晴太はしみじみ思った。

「でも」

 だからこそ、これだけはしっかりと、はっきりと心にとめておかなければならない。

「僕は雨音が好きだ。誰に、どんな感情を抱かれてもこの気持ちはきっと変わらないよ」

「随分と……恥ずかしいことを言うのね」

 雨音は心底恥ずかしそうに目を逸らした。その後でぼそりと、「まあ、嬉しいけれど……」と呟いたのを晴太は聞き逃さなかった。


「そういえばさ、今日の天気、予報では雨だったのに晴れたよね」

 一通り話し終えて、段々と恥ずかしい気持ちになってきた晴太は話題を変えた。所に寄り激しい雨が降る可能性がある、という予報だったはずだが、今日は一日中夏らしい青空に入道雲が輝いていた。そして今は夕暮れ。空は橙から紺の見事なグラデーションである。

「そうね。晴太くんの思いが勝ったと言うことかしら?」

 雨音はにやりと笑ってそう尋ねる。しかし晴太のやられっぱなしと言うわけではない。「さあ?」と意味深な笑みを浮かべてからふと真面目な顔になる。

 あの時雨音と見た空は青空から雨粒が落ちてくるというまさにワンダーランドな空だった。しかし、これは後から分かったことだが、その日は上空の風が強く、遠くにあった雨雲から栄市の方まで雨粒が飛ばされてきたらしい。つまりあの奇跡のような景色は結局偶然だったというわけだ。そもそも天気雨という現象自体、頻繁には起こらずともさして珍しい現象というわけでもない。それでもあの時あの場所に雨音と二人でいたことや、タイミングも狙い澄ましたかのようにドンピシャだったことは奇跡以外の何物でもない。

 それに晴太が今までの人生で楽しみにしていた日がことごとく晴れだった例外のない晴れ男であることは紛れもない事実であり、同じく雨音が楽しみな日をことごとく雨に潰された例外のない雨女であることもまた事実である。

 ならば晴太が思うことは一つである。これからの雨音の人生、とまでは言わないまでも、せめて一緒に過ごす日くらいは晴れであればいい。

 そして出来るなら、またあのワンダーランドを見られたらいいなと晴太は思うのだった。

「どうしたの、晴太君。にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて」

「え……そんな顔してた?」

「気持ち悪いのは冗談よ。でも何か嬉しそうな顔をしていたわ」

「そっか」と、晴太は意味深に微笑む。

「何?気になるじゃない。もしかして私の裸でも想像していたの?」

「そうだね」

 全くの見当違いだが、悩みも話せて気分のすっきりしていた晴太はつい冗談のつもりで頷いてしまった。

「なっ……!晴太くん、今からちょっとそのあなたのどうしようもない脳みそを矯正するわ!」

 久しぶりに雨音の体がバチバチと電気を貯める。ショートカットぎみの髪の毛と、それよりもさらに短くなった前髪が帯電して逆立つ。

「ちょっ……待って!?冗談!冗談だから!!!」


 バチン!!!


と、空気が揺れる。


「いぃったぁーっ!!!」という晴太の悲鳴が夏の淀んだ風に運ばれて、紺から黒が見え始めた空へと消えていった。


 ありがとうございます。あと二つほど蛇足がありますが、本編はここで終了となります。長らくのお付き合いありがとうございました。迷走したり、手が止まったり、色々ありましたが何とか書き上げることが出来ました(執筆自体は結構前に終わっていますが)。


 この作品は最初夕暮れとか夏とか、そういう青春っぽい風景をもとに書き始めました。魔法という設定をなぜ加えたのかは覚えていません。

 雨女と晴れ男の設定は後から付けたもので、実はタイトルが先に決まったんです。よさげなタイトルを考えていたときに『雨音と晴太のワンダーランド』という言葉がふっと浮かんできて、それに合わせて話を考えたときに雨と晴れの設定を思いついたというわけで。着地点を天気雨にするっていうのも書き始めてから思いついたんですよ。だから最初の方は結末も定まらないまま書いていて、そのせいで着地は結構無理矢理でした。

 それでもまあ、初めての長編小説で、最後まで書き上げることが出来たのは素直に嬉しいです。この感覚を説明するのは難しいのですが、一言で言うと爽快感ですね。一度想像してしまうと完結させるまでずっと頭の中に中途半端な状態で燻っているので、モヤモヤするんです。もちろん忘れてしまうことも出来ますが、この作品は完結させると決めていたので、何とかかんとかやりました。とはいえ完結しても晴太くん達はまだ僕の頭の中にいるので、形が定まって安定したと言った方がいいかも知れません。

 最後に、僕は宣伝とかもあまりしてなくて、評価等もなんか格好つけて『お願いします!』みたいに書いたりしなかったんですが、何だかんだ言って終わってみれば2000PVちょっと。決して多くはないのでしょうが、それでも中には評価やブクマをしてくださった方もいて、内心とても喜んでいました。言うのが遅くなりましたが、こんな所まで足を運んでくださって本当にありがとうございます。そしてありがとうございました。

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