(19)似たもの同士
【前回】
起きたら十時、焦る晴太と喜ぶ水のもとに雨音が現れる。雨音は晴太を助けるとすぐ出て行こうとしたが、二人に話をさせるべきだと判断した晴太が雨音の手を引く。雨音と水は互いの気持ちを確認し、また前のように仲良くしようと言った。
海水処理場の下、栄の街を見下ろせるその場所に雨音と晴太は立っていた。先程まで降ったり止んだりを繰り返していた雨も今は止み、どんよりとした雨雲が空一面を覆っていた。昨夜はひどく雨が降ったようで、街全体にも同じようにどんよりとした空気が漂っているようだった。
「私は特別扱いをする人が嫌いだったし、したくないと思っていた。だけど私は水に対してそういう感情を抱いてしまった」
不意に雨音が口を開く。出てきたのは自責の念だった。
「仕方ないんじゃないかな?水は特別だから」
「でも特別じゃない、そうでしょう?」
客観的に見れば、水は特別な人間だ。ただ、それは周りの人が彼女の特別な一面しか知らないからそう見えるのであり、自分の中に人と変わらない平凡な感覚があると知っている彼女自身にとってみれば、当然自分はみんなと同じただの人間だという思いがあっただろう。
「まあ……難しいって事だよね」
晴太は少し笑って言った。何が普通で、何が特別なのか。そういう感覚は相対的なものであるため人によって異なる。特に水のように特別視されやすい人にとっては。もちろん雨音もそうだと言える。だからこそ二人は仲良くなれたのだろうが、ちょっとした距離のはかり違いがそのバランスを崩してしまったのだろう。逆に言うと、二人の関係はそれぐらい微妙なバランスの下に成り立っていたということになるが、まあ、おしなべて人間関係とはそういうものである。
「そう、難しい。積み上げてきた関係も、時間が経つことで振り出しに戻ってしまうことがある。私は少し、自分の平衡感覚に自信を持ちすぎていたかも知れないわね」
雨音も少し笑ってそう言った。だがどこなく、ため息交じりだった。しばらく沈黙が流れる。晴太は雨音の次の言葉を待った。が、それは全く予想外のものだった。
「さあ、私の話はここまでよ。次は晴太くん話を聞かせてくれるかしら?」
「え?」
驚く晴太の顔にグイと迫る雨音。晴太は思わずのけぞる。
「百歩譲って、あなた達が下の名前で呼び合っていることには目を瞑ってあげるから、それ以外のことを全て話なさい」
「全て、と言いますと……?」
「全てよ」
雨音はジトーっと晴太の目を覗き込む。
「わ、分かったから!全部話すからちょっと落ち着いて!」
晴太は雨音の肩を押して遠ざけると、昨日の夜から今日の朝、雨音が来るまでのことを順序立てて話した。
「なるほど……。かくして二人は結ばれて、幸せに暮らしました……と、言うわけね」
「待って、それたぶん違う話だね」
こうしたいつものやり取りも、一晩監禁されるという特殊な状況下にいたせいか、何だか懐かしく感じる晴太だった。
「それにしてもよかったわ」
雨音が遠くを見つめながらそう言った。
「何が?」
「晴太くんと水が仲良く出来たみたいで」
「僕と水が?」
晴太は驚いて雨音を見るが、雨音は遠くを見つめたまま続けた。
「私は、四月に水が入学してきたときから彼女との関係を模索していたわけだけど、同時に彼女が寂しそうにしているのも知っていた。そんな時晴太くんとつきあい始めて思ったの、この人なら水と仲良くなれるのではないか、と。ほら、水の話って少し難しいじゃない。でもそれでいて子供っぽくもある。加えて他人との接し方が独特だから、受けに徹してくれる人じゃないと中々難しいのよ」
雨音の話を聞いて晴太はなるほどと思った。晴太自身、実際に水と話してみて、何となく相性の良さを感じていたからだ。発明の話も面白かったし、空気感というか、距離感に関しても居心地がよかった。
「だから……こんなことがあった後で申し訳ないのだけど、廻川水と友達になってはくれないかしら」
晴太の目をしっかりと見つめるいつもの雨音とは違い、少しうつむき気味に雨音は言った。
「もちろん」
その分晴太はしっかりと雨音の目を見つめてそう言った。すると雨音の表情がふっと軽くなる。緊張をほぐすような優しい風が吹いた。さわさわと木々が揺れる。
「ありがとう」
雨音は微笑んだ。それを見て晴太は少し嬉しくなった。晴太はずっと、雨音は自分よりも大人で、ずっと晴太の前を歩いているのだと思っていた。でも違った。晴太が悩み、憂い、考える少年であるように、雨音もまた少女だったのだ。その事に気付いたこと、またそんな彼女の助けになれたことが晴太には嬉しかったのだ。栄市の上空は一面の灰色だが、遠く空の向こう、工業区にあるクレーンのさらに向こうに少しだけ青空が覗いていた。それがどういった意味を持つのか、晴太には分からなかった。それでも悪い意味ではないような気がした。
「晴太くんを縛っていたロープの結び方を覚えているかしら?」
唐突にそう言われて晴太は首を捻る。覚えていないというか、見たことのない結び方だった。
「うーん、なんかすごく複雑な結び方だった様な気がする……」
晴太が曖昧に答えると雨音は頷いた。
「実はあの結び方、私が昔水に教えたやり方なの」
「え!?そうなの!?」
晴太は驚いて声を上げる。
「そうよ。水と出会ってすぐのことだったと思うけど、あの頃水は自分が魔法を使えないことをひどく悩んでいた。そこで私はあの結び方を教えたの。魔法を使わずとも出来ることがあると伝えたかったのね。当時はただ水を励ましたいという一心だったけれど、あの子はそれをずっと覚えていてくれたのね」
そう言う雨音の表情は相変わらず控えめであったが、彼女が心底嬉しがっていることはよく分かった。
「それ、水に言ってあげれば?喜ぶと思うよ?」
「それは恥ずかしいわ」
雨音はスッと真剣な表情になる。それを見て晴太は思わず笑ってしまった。晴太と雨音だけではない。雨音と水も、きっと水と晴太も、みんな少年少女であり似たもの同士なのかも知れない。晴太はそう思った。
ありがとうございます。
雨音ちゃんの弱い部分が出ましたね。普段は気丈に振る舞ってますが、彼女も臆病なんです。それは水も、もちろん晴太も同じで、結局みんな似たもの同士だったというわけです。
お互いがお互いの弱い部分を知り、一方が落ち込んでいるときには一方が励ませる。いい関係じゃないですか、羨ましい。。。僕は弱い部分を見せるのが苦手なので……。まあそのために生み出したのが僕なんですけどね(笑)




