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(18)雨音と水

【前回】

水の開発した杖を使って、生まれて初めて魔法を放った晴太。それは体中を風が吹き抜けるような、今までに味わったことのない感覚だった。

チュン チュン チュン…………


「んん……?」


晴太はもぞもぞと体を動かそうとする。が、思うように体が動かない。それもそのはず、晴太の両手両足はロープで固く結ばれていた。


「はっ!?今何時だ!?」


晴太は体をねじって黒板の上にかかっている時計を確認した。


10:00


待ち合わせの時間からすでに二時間経っている。もとより朝が弱い晴太だが、昨夜遅くまで水と話し込んでいたので、今朝は特に目覚めが悪かった。さらには、昨日水が窓の色を黒にしたことも晴太の目覚めを悪くさせる要因の一つになっていた。


「そういえば水は……」


横を見るとお気に入りらしい熊のイラストが描かれた抱き枕を抱いて幸せそうに寝息を立てている。ちなみにこの抱き枕、折りたたむと水筒ほどの大きさになるため大変持ち運びがしやすいのだが、これも水の発明品らしい。全くとんでもない少女である。しかし感心している場合ではなかった。今の晴太はこのとんでもない少女に誘拐され、そしてピンチなのだ。


「水!起きて!」

「ショートケーキを作ってくれる杖を開発したですぅ……むにゃむにゃ……」


夢の中でも発明しているらしい。


「ちょっ、水!起きてってば!ピンチなんだって!」

「むにゃ……?」


水の目がうっすらと開いて、晴太の顔を認識する。


「晴太先輩……?ああー、もう朝ですか。うう……体が痛い」


水は腰をさすりながら顔をしかめる。どうやら水も朝が弱いらしい。が、すぐに状況を理解したようで、はっとした顔で時計を確認する。そして今が午前十時であると分かると、勝ち誇ったような顔で晴太の方を振り返った。


「今の時刻は午前十時、待ち合わせの時間は午前八時。これはもう終わりましたね。さすがに二時間も待たされたら、温厚な雨音先輩とて許すことは出来ないでしょう」


雨音が温厚というのは多少の疑問が残るが、許してもらえないのは確かだろう。何しろ、次は絶対遅れないと約束したし、そうでなくとも待ち合わせに二時間も遅れたら怒って当然だ。


「ああ……どうしよう。どんな顔で雨音に会えば……っていうか合わせる顔がないよ……」


落ち込む晴太を見て水は嬉しそうに言う。


「ぬっふっふ!ここから先はあちきの出番!早速傷ついた傘咲先輩を慰めに行かなければ!」


雨音は今どうしているだろう。先週晴太が遅刻したときは図書室の前で待っていてくれたが、今回は時間が時間なので先に入って勉強を始めているか、あるいは怒って帰ってしまったとも考えられる。


「もしかしたら、怒って帰っちゃったかなぁ」

「あ、それは考えてなかったですね……」

「帰ってないわ」

「「!?」」


突然聞こえてきたその声に晴太と水は驚いてその方向に目を向けた。いつの間に教室に入ってきたのか、雨音が腕を組んで仁王立ちしている。とても怒っている……かどうかは分からなかったが、心なしかムッとしているように見えなくもない。


「雨音!?」

「あら、晴太くん。楽しそうね?」

「全然楽しくないよ……」


約一日ぶりとなる雨音のジョークに力なく答えると、晴太は簡単にこうなった経緯を説明した。


「昨日雨音と別れた後、急に意識がなくなって、気がついたらこんな状態で……。それより雨音は?どうしてここが分かったの?」

「今朝、私がひ・と・り・で図書室にいたら、教頭先生が来て、『昨日夜遅くまでこの理科室の明かりが付いていたと近隣住民から問い合わせがあったから、廻川さんに確認して欲しい』と言われてもしやと思って来てみたら……というわけよ」


窓は確か黒くしたはずと言いかけて晴太は口をつぐんだ。そういえば、黒くしたのは校庭側の窓だけで、廊下側の窓はそのまま、明かりは漏れ放題だったはずだ。


「まさかSMプレイをしているとは思わなかったわ」

「違うよ!?」


やっぱりちょっと怒っているのだろうか。晴太は思った。雨音は感情が表に出ないタイプなので、喜怒哀楽を読み取りにくい。しかし、『ひとり』をやけに強調するあたり、結構怒っているのかもしれない。が、雨音はすました顔で言った。


「大丈夫よ、全くもって怒ってなんかないわ」


晴太もよく感情が表に出ないと言われるが、雨音にはなぜかバレているらしい。多少言い方に含みがあったが、怒っていないと聞いて晴太はひとまず安心した。それから雨音はポカンとした顔で突っ立っていた水に目を向ける。


「あっ、あの……」


が、すぐに視線を晴太に戻すと、固く結ばれたロープを魔法を使わずに手際よくほどいていく。


「出来たわ」


雨音の言葉と当時に晴太の中に今までにない開放感が溢れる。こんなに長い時間四肢を固定されていた経験のない晴太の体は、あちこちの関節をきしませながら自由になった喜びを感じているようだった。雨音はロープを机の上に置くと、もう一度水に一瞥をくれる。が、またすぐに視線を逸らす。


「あの、えっと……」

「さあ、行きましょうか」


水が何か言いかけたが、雨音は聞こえていない様子でくるりと回転すると、さっさとドアの方に向かって歩き出した。水が何か話したがっている。いや、水だけではない。雨音もきっと何かを話したがっている。それぐらい人間関係に疎い晴太でも十分に分かった。雨音を止めるべきだ。そして話をさせるべきだ。二人の間に何があったかは分からないが、おそらく些細なすれ違いではないだろうか。晴太にはそんな風に思えたのだ。しかし引っ込み思案な晴太はこういう場面にめっぽう弱い。気付いていても、分かっていても黙っていることがほとんどだった。しかし……。


晴太は水の方に目を向けた。水は口をへの字に結んでいたが、その目はしっかりと雨音を捉えていた。続いて雨音の方を振り返る。徐々に遠ざかる背中、二人の距離が、離れていく。


「雨音!」


気がつくと晴太は雨音の手を掴んでいた。驚いて振り返る雨音。その顔を見て、晴太は自分が何を言っていいのか分からないままに動いてしまったことに気付いたが、それでも何とか伝えようと必死に言葉を探した。


「水は……雨音と仲良くしたいって、昔みたいに。だけど高校に入ってから距離が出来てしまって、それは

僕のせいなんじゃないかって。それで僕を誘拐して僕を雨音から引き離そうとしたって」


言葉を出し終えると、晴太は緊張で荒くなった呼吸を整える。雨音は少しうつむいたまま、水は口をへの字に結んだまま、時計の秒針が沈黙を刻む音だけが響く。やがて水が沈黙を破るように口を開いた。


「あちきが悪かったのでしょうか?あちきが…………。あちきの話を楽しそうに聞いてくれていると思っていたのはあちきだけで、あちきに魔法のことを教えるのも本当は嫌々で、傘咲先輩は、本当は…………あちきのことが嫌いだったのでしょうか……?」


今にも涙を落としそうなゆがんだ表情で水はそう尋ねる。しかし雨音はその顔を見て力なく答えた。


「私のせいね」

「いえ、そんなことは……!」


水が慌ててそう言うが雨音は首を振った。


「中学校までは楽しかった。水は私の唯一と言っていい友人だったし、一人っ子の私にとっては妹みたいな存在でもあった。あなたはこんな私にも気軽に話しかけてくれたし、あなたの話を聞くのはとても楽しかったわ。あなたに魔法のことを教えるのも、嫌々やってなんかいなかった。あなたが本当に嬉しそうな顔をするから、私まで嬉しい気持ちになっていたもの」


その時のことを思い出したのか、雨音は少し嬉しそうな顔をする。が、すぐにまたうつむいて悲しげな顔になる。


「でも……高校に入って、それからあなたが高校同じ高校に来て、一年ぶりにあなたを見たときに……距離を感じてしまったの」

「距離……ですか?」

「そう。あなたは一年前よりもさらに有名になっていた。そして私は気付いてしまった、私がずっと仲良くしてきた廻川水という少女は、私なんかが対等な立場に立てる存在ではないと。と、言うよりは……そう思ってしまったのね」


おそらく雨音は水の存在の大きさを知り、萎縮してしまったのだろう。単に声を掛けづらくなってしまったと言えばそれだけだが、それだけの事でも十分に人と人との関係性は変わってしまうのだ。


「私はまたあなたと…………水と、仲良くしてもいいのかしら……」

「そんなの……当たり前じゃないですか」

「…………ありがとう」


ありがとうございます。


雨音と水の部分、本当はもっと細かく書きたかったんですが、僕の力ではこれが限界でした……。まあ、二人の間に誤解があったわけではないので、すぐに解決してしまっても問題ないんですがね。


みなさんもありません?クラスが変わったら友達だった奴がなんかイケてる集団の中にいてそれ以来話さなくなったみたいな。あんな感じですね~。


関係ないけどすごく眠たいのであとがきはここまでにします(笑)では、

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