番外編⑥
穏やかな午後のこと
栄市、本土の東側に位置する島だ。かつての中心街である旧市街と近年成長の著しい新栄町。島の南東部に工業区、南部には古くからある漁業の町があり、北部は田畑や住宅街となっている。島の名前はそのまま栄島。名前の由来は魔法工業によって栄えた街だから、というのと、これからのさらなる発展を願ってというもの。だが、由来からも分かるようにこの名が付いたのはわずか数十年前のこと。それ以前は別の名が付いていた。
その名も隠島
迫害を恐れて本土から逃れてきた魔法弱者が多く潜んでいたことからこう呼ばれるようになった。一つには海に囲まれた島だからというのがあるが、実はもう一つ、多くの魔法弱者がこの島にやって来た理由がある。それは島の西部から北部にかけて連なる標高200メートルほどの小高い山とそこに生えているマゴロシノキだ。マゴロシノキは魔力を吸収するというその性質上古くから人々に恐れられてきた。魔力の過剰吸収は死に直結するからだ。が、魔力に干渉できない魔法弱者はその影響を受けない。それはそもそも魔力というものを所持していないからだとも言われているが、詳しい理由は分かっていない。
ともかく、マゴロシノキのおかげでこの島に逃げてきた魔法弱者達は生き延びることが出来たのだ。そして今から数十年前、魔鉄鋼とこのマゴロシノキを使った魔法工業という分野が確立され、世界中で工業ブームが巻き起こった。マゴロシノキが大量に群生していた隠島もこの波に乗った。近代産業の一時代を担ったと言っても過言ではない。やがて差別主義から平等主義へと時代が変わり始めると、隠島は栄島と名を変え、栄市という自治体になった。
そうして魔法弱者が隠れて生きる時代は終りを告げたが、まだ全てが解決したわけではない。彼らに対する差別は今も残っているし、第一魔法とは何か、なぜ魔法を使える人と使えない人がいるのか、そんな根本的なこともまだ研究段階だ。
少し工業的な話をしよう。
魔法工業によって魔法具の自動化が可能になった。それまで魔法具を使う際には継続的な魔力供給が必要とされてきたが、魔鉄鋼とマゴロシノキによって人の手を加えずに魔力供給を行うシステムが構築可能になったのだ。このシステムが開発されたとき、研究者達は、これで魔法使える者も使えない者も同じように魔法具を使用できるようになると考えた。しかし実際には、どうしても始まりと終りの二回だけは人の手による魔力供給が必要であり、完全な自動化は実現できなかった。結局、魔法弱者が魔法の使える者と同じように生活することは不可能なのだと誰もが思った。
だが、そんな世界に一つの光明が差し込む。
廻川水が、魔法の使えない者でも魔法を使うことが出来る、まるで夢のような杖を開発したのだ。このシステムを応用すれば、魔法の有無など関係なく魔法具を扱えるようになるし、そもそも魔法の有無という隔たりそのものがなくなってしまうかも知れない。かつては誰もが実現不可能だと思った未来が、たった一人の少女によってすぐそこまで迫ってきているのだ。
そこで魔法史教師の空津義明は後ろを振り返った。教室にいる四十人、その全員が机に突っ伏している。いや、よく見ると一番前に座る男児生徒が一人、真剣なまなざしで黒板を見つめていた。
「お前だけだよ……俺の授業を真剣に聞いてくれるのは……!」
空津はそう話しかけるが、男子生徒は答えない。不審に思ってよく顔を近づけてみると、その男子生徒は目を開けたまま熟睡していた。
「はあ……今日も全員か……」
空津はため息をつく。ここは栄市の南西部にある工業高校。工業高校であるため歴史が苦手な生徒が多いのは仕方がない。午後の一発目という時間帯もよくない。が、四十人全員を寝かしつけてしまうのは、空津自身の指導力のせいに他ならない。もっと面白い授業が出来ればと常々思ってはいるが、人に何かを説明するのが苦手な上に、人前で喋るのが苦手という性格も相まって、空津の授業はいつもクラスの大半がこうして眠ってしまうのだった。
「はぁ~。どこか遠くに行きたいなぁ~」
窓の外に広がる景色を見て空津は呟く。煙突から黒い煙を吐き出す工場、巨大な貨物船。ここ数日はずっと天気が悪く雨の日が続いていたが、昼前に雨は止んで今は灰色の雲が空一面を覆っている。そして遠く空の向こう、雲の切れ間からわずかに青空が覗いていた。
思えば、空津は元々教師になりたかったわけではなかった。歴史に興味があったので、学者になりたかったのだ。しかし、興味があるだけでは現実に立ち向かえない。大学院で挫折した空津は仕方なく教師になる道を選び、今こうして教壇に立っている。この高校に赴任してきたときもそうだ。それまで工業高校では歴史を教えないことになっていたのだが、『魔法工業も魔法史の延長線上にある以上その歴史を学ぶことは大変意義のあることである』という国からのお達しによって、この栄工業高校で試験的に魔法史が実施されることになった。そしてその時教師として白羽の矢が立ったのが空津である。何のことはない。誰もやりたがらなかったため、半ば強制的に空津が赴任することになっただけだ。
ふと空津は廻川水のことを考えた。彼女はこの高校と同じ栄市にある栄第一高校に通っているらしい。そして、そこには傘咲雨音というこちらも天才と呼ばれる少女がいるらしい。なんでも実践魔法の名手で、全国大会でも素晴らしい成績を残しているらしく、それでいて座学の方も全国レベルの実力だということだ。
「そんな子を受け持つことが出来れば、少しは違ったのかな……」
思わずそう呟いてしまった空津。慌てて教室を見回すが、誰も聞いている気配はない。ほっと胸をなで下ろし、そして改めて自分の立っている場所を思う。とある工業高校の教壇。特に志があってここに立っているわけではないが、それでも立っている限りは仕事をしなければならない。
「おい、お前ら起きろー」
空津の声に一人二人と生徒達が顔を上げる。とても眠そうだ。
「まあなんだ。お前らが眠たくなるのは俺のせいなんだが、俺も何とか寝かさないようにするから、お前ら
も何とか眠らないようにしてくれ、頼む」
分かったような分からないような顔で頷く生徒、迷惑そうにまた眠りに入る生徒。教師として、あるいは大人として、自分のやっていることが正しいのかどうかは分からないが、それでも今目の前にあることに、自分なりに、真摯に向き合おうと決めた。穏やかな午後のことだ。
ありがとうございます。
いやホント、見てくれてありがとうございます。
さて、前回説明しきれなかった分を説明してみました。前回は大手魔法具メーカーの社員でしたが、今回は工業高校の魔法史教師です。
そして廻川水。彼女、ああ見えて実はすごいことをやってのけたんですよ。誰もが『魔法が使えなくても使用できる魔法具』を目指す中、ただ一人『魔法の有無にかかわらず魔法が使える杖』を開発した。魔法が使えない人に合わせた道具をいくら開発しても根本的な解決にはならない。魔法の有無という違いが存在し続ける限り平等はありえない。そのことにわずか十代そこそこの少女が気付いたわけですよ。
マジで世界を変えるかも知れない。そして、それもこれも雨音が水と仲良くなったおかげかも知れないわけですね~。晴太くん、そんな二人に囲まれて大丈夫かな……?




