(16)雨音と水とこいつ
【前回】
自分が誘拐されたときの状況を何となく理解できた晴太。しかし、まだ分からないことがあった。水はなぜそんなに怒っているのか、なぜ晴太を誘拐したのか。
「あちきは小学校の時からずっと傘咲先輩の後輩だったのです」
そりゃ年下なんだからずっと後輩だろうと言いかけてグッとこらえる。普通に考えて、小学校からずっと同じ学校に通っているということだろう。
「そ……そうなんだ。結構仲良かったの?」
「いえ……あちきの片思いです……」
「片思い!?」
はずかしそうにそう言う水に晴太は思わず甲高い声が出てしまった。晴太は同性愛に否定的な立場ではないが、やはり実際に耳にすると身構えてしまう。ましてや自分の彼女だ。しかし水は大きく手を振って晴太の想像を否定した。
「あ、片思いとは言ってもレズではないのです!」
それを聞いて少しほっとする晴太。自分は同性愛に対して寛容だと思っていたが、案外そうでもないのかも知れないと、そんな思いが晴太の頭をよぎる。
「好きなことは好きだったのですが……人として……といいますか」
水は例のおやすみの杖を指先で弄びながら続けた。
「傘咲先輩は……魔法の使えないあちきにも、普通に接してくれました。それまで、いじめられるか過保護にされるかしか知らなかったあちきにとって、それは……とても嬉しいことだったのです。あちきが魔法のことを教えて欲しいと頼んだときも、傘咲先輩は何も言わず教えてくれました。あちきの突飛なアイディアも否定せずに最後まで聞いてくれました。だから……今のあちきがあるのは…………傘咲先輩のおかげなのです」
最後の方は、長年積み重ねてきた思いをゆっくりとはき出すように言った。そうか、と晴太は思った。今まで忘れていたが、廻川水も魔法が使えない、いわゆる魔法弱者なのだ。実はそのことが彼女を有名にした理由の一つでもある。魔法が使えないことは一般にハンデだと認識されているため、それを背負いながらも魔法工学の第一人者として活躍している彼女は、世間的にヒーローのような立場になっているのである。
「だからこそ、水にとって雨音は特別な存在なのか……」
晴太も魔法が使えない身だが、そんな晴太に対しても雨音は特別な対応をする事はなかった。考えていないのではなく、考えた上で気にしていないのだ。それはある意味、雨音が自分の才能に関して絶対的な自信を持っていることの裏返しではあるが、そういう所も雨音らしいと言えた。
「特別な存在……まさにその通りです」
特別、という言葉をかみしめて水は大きく頷いた。そんな彼女を見ていると、晴太は少し申し訳ない気持ちになった。
「ところが!」
水の鋭い声がしんみりとした空気を打ち破る。
「あちきが高校に入学すると、傘咲先輩は急にあちきから距離を置くようになったのです。あちきは悩みました。何が悪かったのか、どうすればまた仲良くしてもらえるのか……。そんな時、傘咲先輩がどこの馬の骨とも分からぬヒョロ男と親しげに歩いているのを目撃したのです」
じぃーっと晴太の目を見る水。
「あ、こいつのせいだ、と」
「いやいや!それたぶん僕のせいじゃないよ!」
晴太は水の言い分を否定する。もちろん根拠もちゃんとあった。
「そもそも、僕が雨音とつきあい始めたのはつい最近だし!」
「そうなのですか?」
「そうです」
水は腕を組んで何やら考え込む。その顔が濃いオレンジ色に染まっているため日の入り間近であることが分かった。ここで誤解が解けなければ帰れるのはいつになるか分からない。この状況が誤解の生んだ結果である以上、いち早くその誤解を解かなければならなかった。しばらくして水は顔を上げる。
「なるほど……では、傘咲先輩の件についてはあちきの思い違いだったと言うわけですね。大変失礼いたしました」
深々と頭を下げる水。それを見て晴太はほっとした。何とか帰れそうだ。
「よかった……!じゃあこれ、ほどいてくれる?」
晴太が体を捻って縛られた手首を見せると水はにっこりと笑った。
「ダメです」
「ええ!なんで!?」
「あちきと傘咲先輩については他に原因があるのでしょう。しかし!あなたが傘咲先輩と付き合っていることは容認できません!」
頑としてそう言い張る水はさながら娘の決行に反対する父親のようだった。いや、父親よりもたちが悪いかも知れない。
「でも水は雨音に恋愛感情を抱いてるわけじゃないんでしょ?」
「それはそうですが、なんかイラつくので」
完全に言いがかりである。
「ちなみに、あなたと傘咲先輩が明日待ち合わせていることは立ち聞き……ではなく、調査済みなのです!時間になっても待ち合わせ場所に来ないあなた、傘咲先輩は怒って『もうあんな人知らない!』となるでしょう。そこに颯爽と現れたあちきが先輩の傷ついた心をどうにかこうにか癒やしてあげる。『やっぱり水しかいない!』と…………完璧な作戦ですね」
怒った雨音は想像できなくもないが、傷ついた雨音など全く想像できない。この子は本当に何年間も雨音の後輩をやっているのだろうかと疑わしく思えるほどガバガバな作戦である。しかし呆れてばかりもいられない。晴太は遅刻の前科があるため次は絶対に遅刻できないのだ。次は一体何ボルトを食らうことになるか、考えただけでも恐ろしい。
「あの~、早く帰らないと家族が心配するんですけど……」
「父親は一週間ほど出張、母親は職場の研修で三日、妹は部活動の大会に出場するため帰ってくるのは明日の夕方、全て調査済みです!」
安心して下さいと言わんばかりの笑みを浮かべる水。何をどう調査したら人の家族のスケジュールをそこまで把握できるのだろうか。晴太は少しだけ震えた。
「いや~、学校にお泊まりなんてワクワクしますね~」
いつの間に持ってきたのか水の横には大きな旅行鞄がどっかりと置いてある。ふんふんと鼻歌を歌いながら鞄を漁る水を眺め、晴太はため息をつく。こうなってしまってはもう流れに身を任せるしかない。もう日は沈みきっただろうか。体育会系部活動のかけ声もいつの間にか聞こえなくなっていた。雨音はバスに間に合ったかな、晴太はそんなことを思った。
ありがとうございます。
廻川水ちゃん、絶好調ですね。
お団子でちっちゃくて天才なのにちょっとアホっていうキャラクターになってるんですが、個人的には結構気に入ってます。性格が受けだからかこういう素直なキャラに惹かれるんですよね-。
もちろん、雨音ちゃんのようなちょっとひねくれたキャラも大好きですよ。
と、いうわけで。。。自作のキャラに惹かれる男、志賀飛介の小説をぜひ次回も見に来てください!




