(13)もうすぐですね
【前回】
女の子と一緒にいる、それだけで周りが気になり勉強に集中できない晴太に、雨音は彼女の前でぐらい素直でいいと言った。
「あら、何か嬉しそうね、晴太君。彼女でも出来たのかしら?」
放課後、晴太が図書室に行くと、先に来ていた雨音がすでにいつもの場所で教科書を開いていた。
「出来たも何も、今まさに目の前にいるんだけどね」
そう答えながら晴太はいつも通り雨音の前の席に座る。こうして二人で勉強するようになって2週間ほどが過ぎた。土日を挟んで来週の月曜日には期末テストが控えている。雨音との勝負のこともあるので、勉強しなければならないのだが……。
晴太は鞄から文庫本を取り出す。
「あら?対戦相手を前に読書とは、ずいぶんと余裕なのね」
「まさか!ちょっと休憩だよ。ほら、さっきまで授業受けてたわけだし」
雨音の問いかけに晴太は慌てて答える。実際のところ、雨音との試験勉強が意外とはかどったので余裕を感じていたのも事実だった。しかし晴太はそっと文庫本を閉じる。
「読まないのかしら?」
晴太は頷くと鞄から今度は魔法理論の教科書を取り出す。
「やっぱり勉強に集中しないとね」
「じとーっ」
雨音は真っ直ぐに晴太の目を覗き込む。
「な、何ですか……?」
「いえ、何でもないわ」
雨音は晴太から視線を外すと開いていたノートに目を落とす。晴太がほっとしたのもつかの間、雨音はノートに目を向けたまま口を開いた。
「言っておくけど、私は強いわよ。もちろん、高得点をたたき出すという意味で」
その瞬間、晴太の体が強ばる。雰囲気だけで分かる強さというのだろうか。あるいは魔法の実力者特有の言霊か。もちろん晴太は、雨音の学力が並大抵のものではない事を知ってるが、それでも改めて雨音の言葉に宿る絶対的な自信に圧倒されるのだった。しかし晴太も、負けるつもりでこの勝負を引き受けたわけではない。
「分かってるよ。ただ、勝率はゼロじゃないと思ってる」
すると雨音は面白そうに笑った。
「やけに自信ありげじゃない。月曜が楽しみだわ」
「お手柔らかに」
晴太が苦笑いをしつつそう言うと、雨音は「何を言っているの」あきれ顔で答える。
「私は勝率100パーセントだと思っているわ」
例によって言葉から溢れ出す自信に圧倒される晴太に、雨音は続けた。
「ちなみに、もう既にあなたに聞かせるためのお願い事を複数考えているわ」
『聞いてもらう』ではなく『聞かせる』という表現をするところに雨音らしさを感じつつ、晴太は来る試験の事を考えた。対象科目は魔法理論、晴太の得意科目だ。先程は自信があることを否定しなかった晴太だったが、正直なところ勝率はかなり低いと思われた。ただ、絶対に勝てない何てことはない、そんな風にも思っていた。それには雨音を知り身近に感じたことで、勉強的な意味でもまたは人間的な意味においても、決して届かない存在ではないのだと実感したことが影響しているのかも知れない。
「月曜日が楽しみね」
再度雨音が笑う。
「そうだね」
晴太にとって、こんな気持ちでテストに臨むのは初めてのことだった。競争をあまり好まない晴太だが、誰かと勝負することは意外と楽しいのかも知れない。そんな風に思っていた。
帰り際、並んで階段を降りる雨音と晴太。あと五分ほどで下校時刻になるが、グラウンドからはまだ体育系部活動らしきかけ声が聞こえてくる。
「ねえ、晴太君」
ふいに雨音が晴太の方を見る。
「なに?」
晴太は自分の足下を見ながらそう答える。
「明日はその……土曜日で学校が休みな訳だけれど……、また図書室でいいかしら?」
「ああ、うん。そうだね。また朝8時?」
晴太は雨音を見る。雨音は足下を見ながら頷いた。『また』というのは言葉通りの意味で、先週末も同じように図書室で勉強したのだ。こういうのもデートに含まれるのではないかと緊張していた晴太だったが、案の定ただ黙々と勉強するだけだった。まあ、それはそれで良いことなのだが。
「あ」
雨音が靴箱近くの壁に掛かっていた時計を見て声を上げる。
「どうしたの?」
「バスに乗り遅れるまであと五分しかないわ」
「それは…………つまり急がないといけないって事じゃない!?」
雨音が非常にわかりにくい言い方をしたため晴太は一瞬驚くのが遅れてしまった。いちいちこういう言い回しをするところを見ると、雨音って意外とお茶目なのかも知れないと思いながら晴太も時計を確認する。7時、ということは雨音が乗るべきバスは7時5分なのだろう。ここからだと走ってギリギリだ。
「じゃあ晴太君、私はここで失礼するわ」
「うん、また明日」
晴太は右手を軽く挙げる。それに答えるように雨音も右手を軽く挙げる。そして何か思いついたように「そうだ」と言って晴太の顔を見る。
「明日は遅れずに来なさい」
「あ、はい。そりゃもちろん」
晴太は恐縮してそう答える。というのも、晴太は先週の土曜日、待ち合わせに遅刻しているので次は何があっても遅刻することは許されないのだ。静電気はもう食らいたくなかった。
「今度は絶対遅れないよ」
「ならいいわ。じゃあ」
とだけ言って雨音は校門の方に走っていった。晴太は路面電車で通学しているが、路面はひっきりなしに来るので特に急ぐ必要はない。雨音の姿が見えなくなると晴太はゆっくりと校舎を出た。
暗転
ありがとうございます。
暗転…………ということで。
次回、急転かが訪れます(予告)
ただ新しい展開になることで執筆ペースが少し落ちたので、投稿は多少遅くなるかも知れません。