番外編④
雨音と晴太、図書室にて。
カリカリカリカリ
図書室は今日も静かでシャープペンシルがノートを滑る音だけがやけに大きく響いている。
「……晴太君は」
雨音が唐突に晴太の名前を呼ぶ。雨音が唐突なのはいつものこと、言うなれば出会ったその日からのことなので、晴太は特に驚くこともなく返した。
「なに?」
「晴太君は魔法が使えないのよね?」
魔法が使えない、という言葉に一瞬だけ晴太の手が止まる。
「あら、もしかしてあなたの心の傷をえぐってしまったかしら?」
ごめんなさいねとわざとらしく笑う雨音。
「いや、傷とかないから」
晴太は目線を書きかけノートに向けたまま苦笑いをする。もちろん傷がないというのは事実だったが、魔法の実力がものをいうような世界において晴太自身、色々と思うところがあったというのもまた事実だった。
「でも、魔法を使えない人の社会的地位が今社会問題になっているらしいじゃない。それってあなたのことでしょう?」
「よくご存じで……」
「参考までに是非あなたの話を聞きたいのだけど」
何の参考になるんだと思いながら晴太が顔を上げると、予想以上に雨音が真剣な表情をしていたので思わず居直る。
「え、まあ、何もなかったと言えば嘘になるけど…………僕の場合座学の方が結構出来てたから、魔法が使えないからいじめられるとか、そういうことはなかったよ」
世界には現在60億ほどの人間がいる。その中で一割ほど、生まれつき魔法の使えない人が存在する。晴太もその中の一人だ。かつては魔法が使えない人に対する差別があった。しかしそれも今では国際的にそういう差別行為が禁止されているので魔法弱者に対する差別は存在しない。
ことになっている。
実際には完全になくなったわけではなく、場所によっては今でも根強い差別が残っているし、世界屈指の先進国と言われるこの国においても、魔法が使えないという理由でいじめを受けたり、就職が困難になったりといったことも起こっているというのが現状である。
「だから……僕はまだ恵まれてる方だと思うよ」
「そう……」
雨音は何やらもじもじと何か言いたげな様子で晴太の顔を見ている。
「あのー、雨音?」
晴太が尋ねると雨音は一瞬だけ目をそらし、やがて言いづらそうにもごもごと口を動かした。
「晴太君はその……私といるときにその…………嫌な気持ちになったりだとか……」
「え?」
「だから!その……私みたいな魔法が得意な女のそばにいて……複雑な気持ちになっていたりしないかしら?私自身の存在が……あなたにひどく劣等感を与えてしまっているのではないかしら?」
雨音は不安そうに晴太の顔を見るが、晴太は目をぱちぱちとする。というのも、複雑な気持ちになったりだとか、劣等感を感じたりだとか、そういうことは雨音と付き合うようになってから今まで一切なかったからだ。
「雨音、そんなこと気にしてたの?」
晴太の問いかけに雨音は黙って頷く。それを見て晴太は可笑しそうに笑った。しかし雨音はまだ不安そうな表情のまま晴太の顔を見つめていた。
「えーと……何かあった、とか?」
「実は昔……仲の良かった友達に『あんたといるとあたしが否定されてる気がする』って言われたことがあって……」
雨音はその時の事を思い出したのか泣きそうな表情になった。
「それは……きついね」
人を慰めるというのは非常に難しい。共感一つとっても伝え方にはバリエーションがある。それでも晴太の
一言は雨音にその意思を伝えるのに十分な熱量を持っていたらしい。雨音は小さく頷くとさらに続けた。
「そうね、きつかった。正直才能なんかいらないと思ったわ」
雨音は悲しげに笑った。才能の重み、才能というものに恵まれなかった晴太にとって、それがどれくらいのものなのかを測ることは出来ないが、ある程度予想することは出来る。普通にしているだけで人より勝ってしまう程の才能。一見羨ましいもののようにも思えるが、それがどれほど重いものか。雨音はそれをまだ幼いときに知ってしまったのだろう。
「僕は……恵まれてる方だな」
晴太は改めてそう思った。普通が一番とはよく言うが、まさにそういうことではないだろいか、そんな風に思った。最も晴太の場合、魔法が使えないという時点で普通とは少し違うのだが。
「そうでもないわ」
「え?」
その時、思考する晴太の中に雨音のしっかりとした声が飛び込んで来た。
「生まれつき魔法の使えない人が恵まれている訳ないでしょう?」
「そう……なのかな?」
「そうなのよ」
おそらく晴太は恵まれていない人間だ。生まれつき魔法が使えないというハンデを背負っている。しかし自分のことを恵まれていないとは思っていない。思ってはいけないと思っていた。だからこそ雨音の一言は真新しい衝撃を持って晴太の体の中を駆け巡っていた。慰められた、のかもしれない。
「あなたは恵まれていないし、私も恵まれてはいない。だけど……出会いには恵まれていたようね」
晴太は頷きかけてふと我に返る。『出会いには恵まれていた』というのはどういう意味だろう。見ると雨音は何もなかったかのようにノートにシャープペンシルを走らせている。
「出会いってもしかして……」
「ちょっと黙っていてくれるかしら?勉強に集中できないから」
「え?あ、ごめん」
先程の会話が嘘のように何食わぬ顔で教科書を読む雨音。しかしよく見ると耳の先が真っ赤に火照っているのが分かる。確かに出会いには恵まれていたのかも知れない、晴太は雨音に気付かれないように小さく笑った。
読んでくれてありがとうございます!
なんか今回の話、甘いですね(笑)
まあ恋愛ものと銘打ってあるので問題はないわけですが。
よくチート系の主人公とかヒロインが出てきたりしますが、人より秀でているが故の孤独とかあったりするんでしょうね。平凡な筆者からすれば羨ましくも思えるものですが。
さいごに
ちょっとした連載もの、序盤だけ少し書いてみましたが、なかなか面白い主人公になりそうです。
作詞の方も夕方投稿したのでよかったら見てみてください!