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プロヴィデンスは変わらない  作者: 野兎症候群
8/8

幕間 Living Time

 思い返せば、子供の頃から私は物語の世界の悲劇のヒロインに、ヒーローになりたいと思っていました。誰もが同情できる過去があって、その上で覚悟を決めて歩いていける、そんなドラマティックな姿に憧れていました。物語の中で特別な役割のある彼らに、憧れていました。

 残念なことに、というよりもごくごく当たり前のことでしたが、大多数の人間と同じように私も凡人で、物語のヒロインやヒーローのような過去なんて持ち合わせていませんでした。ですが、彼らのようになれる可能性が少しでもないかあれこれと妄想の中で過ごしている時期もありました。

 分別のある私にはそんな子供じみた考えがナンセンスであることは分かっていました。物語は人を楽しませるために書かれているのだから、ヒロインやヒーローたちは読者の共感を得るための過去が必須なのです。私みたいに語るに落ちる一般人は物語の世界には存在し得ないということも分かっていました。

 しかし、天命を受けて私の周りの世界は劇的に変わりました。その様は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいものでした。昔思い描いていた、ヒーローやヒロイン達が見ていた世界に、私は立っていたのです。地獄の水は相変わらずなくなりはしませんでしたが世界が与えてくれた大役が私の世界に彩をくれました。福音は救いの道へのしるべを下さったのです。私はこの任だけを全うすることに邁進していればいいのです。問題はもはやどこにもありません。世界が望んでいるのです。

 そうして私は物語の舞台の登場人物のような、世界の歯車にきっちりと噛み合った存在に成りました。目に見えない暴力の溢れる地獄のような社会の中で私が果たすべき役割を見つけたのです。神聖な声によって全肯定された私に迷いはありませんでした。

 それからも毎晩、鐘の音と福音を聴きました。使命を果たすために酷使した脳と身体を癒してくれる至福のひと時でした。

 鐘の音を聴きながら時折思うのです。嗚呼、あと何人お送りすれば私は貴方の御許に行けるのでしょうか? 私の考えはすべてお見通しのように、きまって福音は答えてくれます。しかるべき時が来れば、と。


 そして今、漸く待ち望んだ瞬間が見えてきました。優木早織。彼女が最後です。彼女を打ち倒した時、私の願いは成就すると、今朝、福音が告げました。先ほど店に来た時には逃してしまいましたが、彼女は運命の導きによって、私の下に戻ってきます。願いは果たされるのです。

 こうして書いてきた記録も数分後には、誰にも読まれることがないまま焼け落ちるでしょう。これから燃やそうとしている記録をざわざわ書く必要は普通に考えれば、ないのでしょう。ですが、私はこの感動を書き残したいという、胸を焦がすような衝動に抗えなかった。福音の主の御許へと向かう道の終端を見て、その先への思いを書かずにはいられなかったのです。

 嗚呼、待ち遠しい。今まさに耳元で鳴り響いている鐘の音に漸近していくその瞬間が。神の国は近づいたのです。そして、これからその場所へ私は歩を進めていくのです。幾ら願っても届かなかったその場所へ。ああ、なんてまぶしいのでしょう。


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