表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロヴィデンスは変わらない  作者: 野兎症候群
5/8

幕間 Intuition

 ある日、日が昇るよりも少し前、私はコーン、コーンという鐘の音を聴いて目が覚めました。立ち上がって窓を見ても外は真っ暗で、こんな暗い時間から鐘を鳴らすなんて何かあったのかと思って窓を開けてみましたが、そこには夜闇と静寂が渦巻いているばかり。

 何処かの若者が悪戯でもしたのだろうとベッドに戻って目を閉じると再びコーン、コーンという鐘の音が響きました。鐘の音はまるで頭の中で響いているようで、地獄の水に塞がれて遠くなってしまった私の耳にも鐘の音は鮮明に届きました。それはそれは不思議な響きでした。

 奇妙に思って音の正体を確かめようとベッドから起き上がろうとしましたが、今度はどういうわけか手足は痺れてしまったように硬直して動いてくれず、瞼も開きませんでした。

 最初は悪夢かなにかだろうと思っていましたが、そうしている間にも鐘の音は私の頭の中で鳴り続けていました。

 しばらくその音を聴いた後、ふと気が付くと朝になっていました。近所の人に夜中に響いていた鐘の音について訊ねてみましたが、誰も聴いていないと言います。しかし、その日も、その次の日も夜になると鐘の音が響きました。そんな現象は何日も続きました。近所の人に別の日に訊くと、きっと病気が悪くなったんだと病院に行くように言われました。

 私は病院には行きませんでした。

 うつ病と診断されたとき、医者は私を人間としてではなく病人として、弱者として、腫物のように扱いました。彼らは私に染み込んだ地獄の水に触れることを避けているようでした。紹介されたカウンセラーに心の病気になって退職した高橋のことを打ち明けましたが、「今はあなたのことだけを考えればいいの」と言われました。違うんです、私の耳を塞ぐ水は今もそこから湧きだしているのだと、言っても分かってはくれませんでした。結局彼らは表面上滞りなく職務を遂行することだけを至上目的として他人にどこまでも無関心な融資課の人間たちと変わらなかったのです。私は手元の抗うつ剤を噛みつぶしながら日々を過ごしました。

 鐘の音は最初こそ不気味でしたが、次第に心地よく感じられるようになりました。コーン、コーン。夜に響く鮮明な鐘の音だけが私に関心を払ってくれているように思えたからです。その音だけが私にとってリアルな現実のように感じられました。

 ある朝、私は不思議な声を聴きました。とても神々しい声でした。人の声をクリアに聴いたのはもう十数年ぶりのことで、知らぬ間に涙が流れていました。キリストか、ペテロか、マリアか、声の主は分かりませんでしたが、聖書や神話に登場する聖人たちのような威厳と慈愛に溢れた神聖な声は、まるで魂に直接語り掛けるように、私に福音を与えてくださったのでした。

「地獄に囚われし、哀れなれど優しき勇者よ。月の美しい夜ごと、我がもとに猛き男の魂を送りなさい。我を守る勇敢な戦士の魂を。貴方と同じく世俗に囚われた哀れな魂を開放するのです。役目が終われば貴方も我がもとに」

 声は私の地獄を完全に理解していました。私は肯定されたのです。福音を告げた声だけは私を包む水に阻まれず、私に生きる目的を与えてくれたのです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ