第六話 「公爵令嬢は決意を固める」
その日の晩は張り切った料理人ヴィクトルが腕を振るってくれて、とても辺境の地とは思えないような、料理がテーブルに並び、私は目を見張った。
サラダは完熟トマトのスライスと、ブラックオリーブ、ざく切りにされた半熟ゆで卵、薄切りハムの上には、オリーブオイルとトマト酢に、砂糖と塩、少々のスパイスに、玉ねぎのみじん切りがたっぷり入った新鮮なドレッシングがかけられており、下に敷き詰められた瑞々しい青菜や葉菜とのコントラストも美しい。手にしたフォークで口に入れれば、シンプルながら素材の味わいが素晴らしかった。
鴨肉のローストは絶妙な火加減で仕上げられており、赤ワインと酢を合わせた濃厚なソースとの相性は抜群で、こんがりと焼けたパンやスープも美味しく、どんどん食が進んだ。また、付け合わせのパプリカなど野菜や香草の配置や彩りも美しく、目で見ても楽しめる料理に流石、王都で人気のレストランで働いていた料理人なだけあると感心した。
デザートのオレンジタルトは一口サイズにカットされた、オレンジの果肉が上部を美しく彩っており、裏ごししたジャムを表面に塗ることによって、輝きを増した黄金色の果肉は、まるで宝石のように煌めいていた。口に入れれば、中にあるオレンジカスタードの甘さと、果肉の甘酸っぱさが程よいバランスで、このタルトを作った料理人と犬猿の仲らしいミシェルの舌をも唸らせた。
晩餐の後はセバスティアンが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、私がこちらに来るにあたって新規で雇われた召使い、あの料理人ヴィクトルや、一番最初に出迎えてくれた庭師のラウルなど。
皆、若いがそれぞれの分野で一流の腕を持っていると、セバスティアンが認めて雇用した者ばかりだと、それぞれの経歴について軽く説明を受けた。
そして一人だけ、紹介が後日になる召使いが居るので、その者に関しては、また到着次第ちゃんと挨拶させると報告され、彼らの詳細な経歴について明記してある書類を受け取った。長旅の疲労で書類に目を通す気になれず、私はテーブルの上に書類を置いて指示を出す。
「行方不明になっているアルヴィン王子が、この北の辺境周辺に居ないか、国内外にそれらしき男性が居ないか……。何か手がかりが掴めれば、すぐに知らせて欲しいの……。お願いできるかしら?」
「そう仰られると思いまして、すでに王子の情報を集めるべく動いている者がおります」
「そうなの?」
「はい。先ほど申し上げた『一人だけ紹介が後日になる召使い』というのが、情報収集に当たっている者でございます」
「動きが早くて助かるわ。良い情報を掴んで、戻って来てくれると良いのだけど……」
私がこの辺境の領地に来るにあたって、父から事情を知らされていたのだろう。私が指示するより先に、独自の判断で動いてくれていた事に感謝し、セバスティアンに下がってもらった。
今さら会った事も無い、元婚約者殿に対して未練は無いが、彼が事実無根の置き手紙を残して行方知れずになった所為で、私は王子の心を弄んで捨てた悪女の濡れ衣を着せられた。
そして私と公爵家の名誉が傷つけられ、何の罪もない弟がケガまで負う事態となってしまった。このままでは、今生の目標である平穏な暮らしを送るなど、夢のまた夢になってしまう。弟や家族の為にも、汚名は必ず晴らさねばならない。
事態を打開する最善の方法は、アルヴィン・フォン・グルーテンドルスト王子の身柄を確保し、彼の口から、私の無実を皆に話して貰う事だろう。そして、何の為にあのような狂言の手紙を書いたのか、私自身が彼に聞かなければ気が済まない。
王都から遠く離れた地に追放されたような形だが、必ず事態を打開してみせる。バルコニーに出た私は厚い雲の隙間から、かすかに輝く三日月を見つめ決意を固めた。