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第五十四話 「公爵令嬢は茫然となる」

 お茶会が終わった後、ディートリヒ王子は侍従あてに手紙を書きたいと希望した為、セバスティアンに紙やインクなどを用意してもらった。


 一方、白鳥と共に自室へ戻った私は、第二王子に要請された通り、カルミア伯に相談との面会を求める手紙をしたためた。


 『はじめてのお手紙なのに、不躾なお願いでございますが……』などと、実の両親にもまだ話を通していない婚約者がいる。彼は私と同じ公爵家の家柄なのですが現在、問題が生じている。ついては、その件について、カルミア伯に相談させて頂きたい。などと事実をベースに、いかにもそれっぽい手紙を書くことができた。


 一見すると、お互いに好意を持って密かに婚約した公爵家の令嬢、子息であったが、その親は両家とも仲が悪い為、国内で結婚できないなら、国外に亡命して結婚しようと思い詰めてるという風に取れないこともない内容である。



「はぁ……。我ながら、よく書けたわね……」


 ちょっとした恋愛小説の導入部分のような手紙が書けて、思わず自画自賛した。


「まぁ、カルミア伯にしてみたら、隣国の上級貴族の婚姻についての情報なら知りたいだろうし、仮に問題が解決できなくても痛くもかゆくもないだろうから、これならきっと会って詳細を聞きたいと思ってくれるんじゃないかしら?」


 同意を求めて、振り返ると居室のソファに鎮座している白鳥は眠気に負けて、うつらうつらと船をこいでいた。


 私は白鳥を起こさないように、そっと自室の扉を開けて廊下に出た。書き上げた手紙をセバスティアンに渡すべく歩いていると、調理場の方から激しく口論する声が聞こえて来た。



「どうして貴様はいつもそうなんだ!」


「うるせぇ! てめぇに関係ねぇだろうが!」


「私だって、貴様に関わりたいとは、これっぽっちも思わないが、この屋敷に居る以上、無関係じゃないから言ってるんだっ!」


「うぜぇ……」


「いいか!? 仮にも他国の第二王子が滞在しているんだから、エリナの立場も考えろっ!」


「ほっほっほっ。仲がよろしいことで……」


「「どこがだっ!」」



 詳細は分からないが、ヴィクトルの態度が悪いとかでミシェルが釘を刺したんだろう。もっとも視線があっただけでも罵声が飛び交う、水と油の関係のような二人だ。もはや明確な理由など、あって無いような物なのかも知れない……。


 鋭い舌戦を繰り広げている両者を仲裁するべきか。少し悩んだが、君子危うきに近寄らずという言葉を思い出す……。それにセバスティアンもいるようだし、今日はあくまで口論レベルだ。まぁ、あれもあの二人なりのコミュニケーションの手段なのかも……。


 今回は間に割って入るようなマネをしなくてもいいだろうと判断する。私は気付かなかったことにしてそっと、その場を離れた。



「それにしても……。どうして、あの二人はもう少し穏やかに会話することができないのかしら?」


 ひとりごちながら廊下を歩いていると、屋敷の外で強くなってきた風がカタカタと窓を揺らしはじめた。何気なく窓の外に視線を向ければ暗灰色をした幾層もの厚い雲が、蒼穹の大空を覆いはじめている。


 これは天候が大きく崩れるかも……。そう思いながら歩いていると、なんと私と同じく廊下を歩いていたディートリヒ王子に遭遇した。


「ブランシュフルール公爵令嬢……」


「ディートリヒ様……。ちょうど、さきほどカルミア伯に送る手紙を書き終えた所ですのよ」


 手に持っている手紙を見せれば、美貌の王子は表情をほころばせた。


「俺の方も、侍従に送る手紙を書き終えた所だ。ブランシュフルール公爵令嬢に預けても構わないか?」


「ええ、構いませんわ……。確かにお預かりします」


「頼む」


 第二王子から受け取った手紙を見ると、封の部分に上半身が鷲、下半身がライオンの幻獣、グリフォンの意匠が施された封蝋印……。シーリングスタンプが押されていた。


「あら……? このシーリングスタンプは……?」


「ああ、それは俺が身につけていたペンダントに彫られていた物だ」


 ディートリヒ王子は自身の首にかけている金のペンダントチェーンに手をかけ、服の中にしまい込んでいた円形のペンダントトップを取り出した。そこにはシーリングスタンプと同じ意匠のグリフォンが輝いていた。


「黄金のグリフォンのペンダント……。ここまで精密な意匠は珍しいですわね」


「これは昔から、お守りとして身に着けている物だ。このシーリングスタンプを見れば、俺の従者ヨハンも差出人が一目瞭然だと思ってな」


「確かにそうですわね……。とても良いアイデアだと思います」



 第二王子と侍従は、馬車ごと谷底に落ちた時に別れたきりなのだ。すでにフィリップからディートリヒ王子は生きていると話は聞いているはずだが、王子が昔から身に着けている物をシーリングスタンプで見れば心配しているであろう侍従は安堵するに違いない。


「ディートリヒ様が所持しているペンダントのシーリングスタンプを見れば、きっと安心なさることでしょう」



 私の言葉を聞いた美貌の王子は、嬉しそうに宝石の如き双眸を細めた。その時、屋敷の外で吹き上げるような突風の音が鳴り響いた。


「風の音か……。強いな」


「嵐が来るかも知れませんわね」


「そうだな」


 言ったそばから雨が降り出し、窓からポツポツと小さな雨音が聞こえて来た。そして次の瞬間、バン! という大きな音と共に廊下の窓が開き、窓から突風と雨が入り込んできた。


「鍵が開いていたのかしら? 閉めないと……」


 足早に窓際に近寄ったが、ふと違和感を感じて窓の外を見れば、そこには見覚えがある大柄な黒衣の男が立っていた。ダークグレーの髪色、筋肉質で強面の顔。


「まさか……」



 驚きながら、唇に指を当てて思い出す。はじめて会った時は湖の畔で、私が白鳥の餌にしようとして落とした米粒を一緒に拾ってくれた。強面な見た目に反して良い人だと思った。


 そして二度目に会った時はジュリアンヌ姫の護衛としてこの屋敷に来て、黒髪の従僕フィリップの首を絞めて意識を失わせ、私は理由も分からないままジュリアンヌ『姫』だと思っていた相手に命を狙われた。


 そして、私を助けようとしたミシェルの前に、この大男が立ちふさがりミシェルと剣を交わした。そして、その時にミシェルから脇腹に致命傷とも思える剣撃を受けて倒れたはず。


 ポツポツと落ちて来る雨粒が徐々に大きくなり地面を打ちつける中、遠くの空でゴロゴロと音を立てていた雷が光った。


 本格的に降り始めた雨に打たれながら雷光に照らされた黒衣の大男は、茫然となった私をまっすぐ見ると琥珀色の瞳を細めて口角を上げる。


「久しぶりだな……。エリナ嬢」


「まさか、本当にマリウス様……?」

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