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第五十三話 「公爵令嬢は心配せずにはいられなかった」

 熱いお茶を頭からかぶって「あちちちち!」と悶え苦しむ赤髪の料理人を見たセバスティアンが、心配そうに「おやおや、大丈夫ですか?」と声をかける。一方、金髪の麗人ミシェルは腕を組んだまま、冷ややかにアイスブルーの瞳を向けた。


「ハッ。普段の行いが悪いから、このような事になるのだ。己の所業を顧みて、少しくらいは悔い改めることだな」


「てめぇ! それがケガ人に言うセリフかよ! 覚えてやがれっ!」


 涙目の料理人は悪態をつきながらも、ヤケドの手当てをすべく早足で去って行った。その様子を呆気に取られながら見ていた第二王子が、怪訝そうな顔をしている。


「あれは……?」


「この屋敷の料理人、ヴィクトルですわ」


「料理人……」


 ついさっき食べていた、見た目も味も絶品なアップルローズタルトを、あの騒がしい赤髪の料理人が作ったと悟ったのだろう。第二王子は微妙な表情で絶句した。



「ヴィクトル……。大丈夫かしら」


「あれだけ悪態つく元気があるんだ。問題ないだろう」


 美しいプラチナブロンドをかき上げながらミシェルは呟くが、私は以前、ヴィクトルが自身の父親を「ハゲ」と呼んでいたのを知っている。命の心配は無いにしても頭皮へのダメージが、そのまま彼の脱毛化を促進させるのではないかと内心、心配せずにはいられなかった。



「ところで、ブランシュフルール公爵令嬢……」


「はい?」


「婚約の件、了承してもらえたということで、よろしいかな?」


「え」


 料理人が大騒ぎしていたので、そちらに気を取られてしまったが、そういえば先ほど第二王子に「婚約して欲しい」と告げられたのだった。



「俺はグルーテンドルスト国王の子ではあるが、公妾の産んだ非嫡出子で王位継承権は無い」


「あ、はい」


「しかし、幸い母方の実家が公爵家だ。祖父は元宰相でもある。時期が来れば、俺が実家のディモルフォセカ公爵家を継ぐという話になっていた」


「そ、そうなのですか?」


「ああ。そのような血筋であるから、公爵令嬢たる其方の婚約者として、俺の身分は釣り合うはずだ」


「えっと……。急に、そんなことを言われましても……」


 まさか第二王子から婚約を申し込まれるとは、夢にも思っていなかった私は困惑を隠せない。驚きのあまり、ソファからズリ落ちて、床に突っ伏していた白鳥が震えながら長い首を上げる。


「あ、兄上、まさか本気で……?」


「勿論だ」


「あ、ああああああ、兄上っ! お、おおおおおお、落ち着いて!」


「おまえが落ち着け」


 私以上に混乱している白鳥に、第二王子は冷静な突っ込みを入れた。


「待って頂きたい」


「ん?」


「ミシェル……」


「ディートリヒ王子は今、祖国であるグルーテンドルスト国から追われていて、婚約どころでは無いはずだろう? いたずらにエリナの心を惑わせる発言は止めて頂きたい」


 居室の入り口に佇んでいた金髪の麗人ミシェルが、第二王子に苦言を呈する。確かに第二王子は謀反の疑いありと祖国から追われていて、婚約どころでは無いはず。そう思いながら美貌の王子に視線を向ければ、ディートリヒ王子は不敵な笑みを浮かべた。


「ああ。俺もすっかり、そうだと思っていたのだが、状況が変わった」


「え?」


「ブランシュフルール公爵令嬢が婚約してくれれば、道が開ける」


「どういうことですの?」


 意味が分からず尋ねれば、第二王子はサファイア、エメラルド、アクアマリンを閉じ込めたような美しい瞳に鋭気の光をたたえながら頷く。



「うむ。ブランシュフルール公爵令嬢には、ある人物に書状を出して欲しい」


「どなた宛てに?」


「グルーテンドルストの国境警備、長官を務めている、カルミア伯という貴族だ。以前、俺の力になってくれると言っていた人物だ」


「カルミア伯という方が、ディートリヒ様の力に?」


「ああ。だが、俺は追われている身だ……。グルーテンドルスト国の貴族であるカルミア伯に、堂々と会いに行くことは出来ない。そこで君から、カルミア伯に書状を出して欲しいんだ」


「カルミア伯に書状を出すのは構いませんけど、なんで婚約する必要が……?」


 私が首を傾げれば金髪碧眼の王子は、その質問を待っていたとばかりにニヤリと笑みを浮かべる。


「まず君の方から『カルミア伯に相談がある。出来れば直接、会って話がしたい』という内容の書状を送る」


「はぁ」


「で、カルミア伯から了承の書状が届くはずだから、次は『婚約者を同行させたい。この婚約者は両親にもまだ話を通していない相手なので、グルーテンドルスト国の者にも顔を知られたくない。失礼と承知だが、カルミア伯に直接会うまで、婚約者の素性は隠させて欲しい』と……」


「なるほど……。私が自分の婚約者として、ディートリヒ様の身分を保証しつつ、グルーテンドルスト国の兵に、顔は知られないように配慮すればよろしいのですね」


「ああ」


 得心して頷いた私を見て、第二王子は眩い笑みを浮かべる。しかし、ミシェルは柳眉を逆立てた。


「ちょっと待て! ディートリヒ王子は謀反人として追われている身なのだろう? それなのに敵地に行くのは……。まして、エリナを同行させるなど……!」


「カルミア伯は長年、国境警備の長官という要職に就いていた人物で、今も現役だ。そんな職に就いている者が、いたずらに他国の公爵令嬢に危害を加えるような真似はしない」


「しかし……!」


 納得できないミシェルが、なおも食い下がろうとする。


「私は構いませんわ」


「エリナ!?」


「そのカルミア伯という方が、ディートリヒ様の力になってくれて、道が開けるということであれば、同行いたします」


「ブランシュフルール公爵令嬢……。助かるよ」


 見目麗しい金髪の王子が、眼前で表情をほころばせた。学生時代、同級生の女生徒達が色めき立っていた隣国の美形王子が、間近で甘い微笑みを向けている。自身の美貌がどれほどの物か、十二分に分かった上での所業であろう。……正直、心臓に悪い。


「ただし、婚約者というのは、あくまで『婚約者の振り』でよろしいのでしょう?」


「ああ……。正式な婚約ではなく、カルミア伯に会うまでの『偽装婚約』ということになる」


 第二王子の発言を聞いた白鳥はホッとした様子で、大きく息を吐いた。私は足元の白鳥を抱き上げて、ソファに置く。


 居室の床は綺麗に磨き上げられているが、ソファから白鳥がズリ落ちた際に直接、床に触れたであろう純白の羽毛に覆われた胸元などを念の為、ホコリを落とすように軽く撫でながら嘆息する。


「ディートリヒ様も人が悪いですわね……。それならそうと、最初からおっしゃって下されば、みんな驚かずに済みましたのに……」


「カルミア伯への手紙に『婚約者』の実家が、どういう家柄であるか必要だろう? 普通に説明したのでは面白くないと思ったんだが?」


 美貌の王子が悪戯っぽい表情で答えると、ミシェルは呆れ果てた表情で肩をすくめ、その様子を見守っていたセバスティアンは灰色の目を細めた。

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