第三十四話 「公爵令嬢はモヤモヤする」
美貌の王子は私達との話を終えると客間を出た。私はホッと胸を撫で下ろしながら息をつく。
「ディートリヒ殿下って、意外と笑い上戸なのね……」
「……」
「それにしても、噂には聞いてたけど、本当に兄弟仲が良いのね」
王族で異母兄弟という間柄。もっとギスギスしていても、おかしくないであろうに第三者の目から見て、驚くほど自然で打ち解けている雰囲気だった。私が感心していると白鳥は語り出す。
「兄弟仲か……。俺の母上は元々、一番最初の正妃ソフィア様の女官だったんだが、学術への造詣が深かったのもあって、兄上たちの教育係も務めたんだ」
「教育係……」
「その関係で俺も小さい頃から、兄上たちと親しく接していたんだ。異母兄弟でも、仲が良好なのは、母上のおかげだろうな……」
「なるほど」
正妃の女官であり、王子の教育係を勤め上げるほどの才女が、それぞれの母親が違っていても、兄弟仲良くすべきだと王子たちが幼い頃から、熱心に教育した賜物なのだろう。
それにしても前正妃の女官、王子達の教育係。そして現在は正妃……。ルイーズ王妃というのは相当、有能な女性なのだなと感嘆してしまう……。
ともあれ、ディートリヒ王子との謁見は無事に終わった。こちらが把握している情報は正確に伝えられたし、協力も仰げた。大成功である。そして第二王子が王都に帰るのなら、私達もここに用は無い。
日が暮れる前に、辺境の屋敷に戻らねば……。城を後にすべく、ミシェルたちと合流すれば、騒がしい赤髪の男が見当たらない。
「あら、ヴィクトルの姿が見えないけど?」
「それが……。最初は控えの間と客間を繋ぐドアに、べったりと貼り付いて聞き耳を立てていたんですが……」
「どうやら危険が無いと分かった途端『トイレに行く』と言って、部屋を行ったきり戻って来なくて……」
フィリップとラウルは困惑しながら状況を説明する。
「城内の方に聞いて、僕も見て来たんですが見当たらないんです」
「結構、時間が経ってるんですが……」
このまま、ここで待っていても、いつ戻って来るのか見当もつかない。
「一度、馬車の方に戻ってみる?」
「そうだな。最悪、奴は置いて帰ってもいいし」
「ミシェル。それは流石に……」
冷淡に言い放つミシェルに苦笑しながら、私たちは大きな石造りの螺旋階段を降りた。通路を歩いていると、よく知った声が、どこからともなく聞こえてくる。
「君の名前はアリア・アルケ・フィサリスと言うのか! こんなにも美しいレディが、グルーテンドルスト国に居ただなんて! 俺は地上に女神が舞い降りたのかと思ったよ!」
「あら、そんな事を言ってもらったのは初めてだわ」
「なっ!? グルーテンドルスト国の男は、みんな目が節穴なのか!? これほどの美女に言葉をかけないなんて信じられない!」
「うふふ。私の素性を知っても、そんな事を言ってくれるのかしら?」
「例え、君が何者だろうと、君の美しさを讃えずにはいられないさ!」
「まぁ、嬉しいわ」
声の聞こえた城の中庭に視線を向ければ、紫黒色の布地に白いレースが華やかにあしらわれたドレスを着た、妖艶な美女が膝の上に本を置いて、ガーデンチェアに腰掛けている。その美女をヴィクトルは思いつく限りの美辞麗句で絶賛していた。私が思わず口を開けてポカンとしていると、ミシェルは無表情で呟く。
「私が最初に言った通りだろう? 奴はクズだと」
「……」
「エリナがショックを受ける必要は全くないぞ」
「ショックというより、呆れたと言うか……」
軽々しく愛の言葉を語るような男性と言うのは、やはり誰に対しても、そういう事を言うものなのだ。目の当たりにして、つくづく痛感した。
ヴィクトルに関しては恋愛感情を持っていたつもりは無いので、別に失恋した訳でも無いのだが、顔を合わせれば天使だの美しいだの言われていたのも相まって、何だかモヤモヤしてしまう。このやり場のない思いを、どこにやれば良いのだろうか……。
「とりあえず、奴は馬車に乗せず置いて帰ろう」
「……」
「徒歩なら屋敷に戻るのに、相当かかるだろうが、死にはしないから問題ないだろう」
「……そうね」
普段なら、ミシェルの提案を苦笑しながら、たしなめるが、今はそんな気になれず心のまま同意した。