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第三十二話 「公爵令嬢は湖城を訪ねる」

 暫く馬車を走らせていると国境を越え、グルーテンドルスト領に入り、周囲の景色が開けてきた。大きな湖の奥に城が見える。


「あれが北の湖城……」


「美しい城だな」


 ミシェルが感嘆するのも無理はない。白亜の城が湖上に見えると同時に、城の姿が鏡の如く湖面に映し出されている。その美しさに皆、一様に息をのんだ。


 正式名称がヴァイスヒルシュ城と呼ばれるこの城は当時、高名であった建築家が設計を担当し、その外観の優美さから名城として、近隣諸国でも名高いと本で見たことがあった。


 一度は訪れてみたいと思っていたが、わざわざ国境を越える気にもなれず、今の今まで直接、目にする機会が無かった。まさかこのような形で訪ねる事になろうとは……。



「城の前が庭園なんですね。この広大な土地をこんな見事な庭園にするなんて……」


 ラウルがエメラルドグリーンの瞳を輝かせて感心している。城自体は湖の上だが、ラウルの言葉通り城の正面と左右に見事な庭園が造られていた。


 城の正面に近づくと湖の中、石造りによって人工的に作られた、強固な土台の上に城が建設されているのがよく分かる。湖城の名に違わぬ外観だ。城へは、美しい曲線のアーチ橋がかけられており、これを通行することでのみ城内へ入る事ができる。


 橋を渡る前に警護に当たっている衛兵に馬車を止められた。御者をしているフィリップが馬の手綱を握りながら、朗々と説明する。


「先日、ディートリヒ王子に面会を申し込んだ、ファムカ国のブランシュフルール公爵令嬢の馬車でございます」


 黒髪の従僕が明朗に告げ、第二王子からの書状を見せれば、すでに話が通っていたらしく、あっさりと通行を許可された。石橋を渡り、城の正面で馬車を降りる。


 間近で城を見れば、白い石造りの柱にはそれぞれ美しい彫刻が施されいる。もっとも、昔は鮮やかな青色であったであろう城の屋根や尖塔が、経年劣化で若干、色あせているのが、ほんの少し残念に思えるが……。



「じゃあ、また後でね」


「分かった」


 ここでいったん、白鳥を城の周りの湖に放す。いきなり白鳥連れで、初対面の第二王子に謁見しようとすれば、さすがに止められるであろうし、馬車の中に一匹だけ残しておくのも不審がられるだろうと判断し、暫し別行動だ。



 巨大なオーク材の門が開かれ城内に入れば、白い天井にまで広範囲にわたって彫刻が施されており驚く。しかし、壺や彫像、絵画など、もっとあって良さそうな華美な装飾品の類はほとんど見受けられず、狩猟の成果であろう、立派なツノを持った鹿など、獣の頭部骨格標本がやたら壁に飾られており、嫌でも目につく。


 城内の召使いに案内され二階へ向かう。今まで見たことが無い、大きな石造りの螺旋階段に内心、驚きながら階段をのぼると王子との謁見できるのは、私のみという事でミシェルは顔を顰めたが、私は客間に。同行者は隣にある控えの間へ案内される。


 廊下でいったん別れ、客間に入ろうとする前、突如ヴィクトルが真剣な表情で私の手を握って来た。



「!?」


「例え、離れていても俺の心は変わらないし、天使がピンチの時には必ず駆けつけるから安心してくれ……!」


「え、ええ。頼りにしてるわ」



 今生の別れではあるまいし、隣室に控えているだけなのだから、そこまで大げさにする必要は全く無いのだが……。


 思わず苦笑していると、ヴィクトルは誓いの証と言わんばかりに、握った手を自身の口元に近づけ、私の指に口付けようとした……。まさにその瞬間、背後から手が伸び、ヴィクトルの耳が強く引っ張られた。



「いででででで!」


「これから王子と会う大事な時に、下らん事をするな! このクズがっ!」



 柳眉を逆立てて一喝したプラチナブロンドの麗人は、ゴミを投げ入れるように、ヴィクトルを控えの間に放り込んだ。



「控えの間と客間は繋がっているから、何かあれば、すぐ呼んでくれ」


「うん。分かったわ」


 ミシェルの言う通り、客間と控えの間は内部で、ドアを隔てて繋がっている。何か異変があれば、すぐ分かるし駆けつけられる。



 客間に入室すれば、またもや立派なツノを持った鹿の頭部骨格標本が複数、左右の壁に飾られている。しかも、ご丁寧に白骨が目立つように、標本が飾られている場所だけは、赤蘇芳色の壁紙が貼られている。正直、こんなにも並べられると気が滅入ってしまう。



「また鹿の骨……。城の主はかなりの骨格標本好きなのね……」


「この城は元々、ここを建設した王が狩りで滞在する為に造られた城だからな」


「!」


「頭部骨格標本が、そこかしこに並べられてるのは、自分の狩猟の成果を後世にも誇示したいと考えたのだろう……」



 突如、背後から声が発せられ驚き、振り返れば、上質な漆黒の布地に金糸の刺繍が施されている宮廷服を身に纏った、驚くほど端正な顔立ちをした金髪の貴公子が、冷めた表情でたたずんでいた。

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