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第三十一話 「公爵令嬢は説明する」

 自室での話を終えて、私と白鳥は階下に降りる。居室にはミシェルとセバスティアンがいた。プラチナブロンドの麗人は、私の顔を見るなりギョッとし、即座に白鳥に視線を向け気色ばむ。


「貴様……! 事と次第によっては許さんぞ!」


「!?」


 どうやら泣きはらして真っ赤に充血した、私の目を見て誤解したようだ。


「違うのよ、ミシェル……。実は……」



 私と白鳥はカウチソファに座り、今までのこと。聞いた経緯をみんなに説明する。どうしてアルヴィン王子が失踪したのか。


 ジュリアは妹ではなく、本当は弟であること。公妾のヘレネ夫人が殺害されていたこと。今回の件とは直接、関わりの無い、前世以外は全て説明した。



「なるほど……。そういう事情があったのか」


「エリナお嬢様。今後はどうなさるおつもりなのでしょうか?」



 顎に指を当てるミシェルと、今後の方針について尋ねるセバスティアンの目を見ながら、自分の考えを整理しつつ口にする。


「私としては……。アルヴィン王子が見つかって、置き手紙は事実無根だと証言して貰えば、自分の潔白を証明できると思っていたんだけど……」


「すまない。俺がこんな姿では……」


 チラリと横を見れば、白鳥は申し訳なさそうに視線を落としていた。確かに、せっかく当のアルヴィン王子が見つかったと言っても、この姿では誰にも信じて貰えないだろう。


 しかし、いわれ無き悪評によって、私のみならず、両親や弟までもが大きな迷惑、被害をこうむっているのだ。汚名を晴らすという事を諦める訳にはいかない。



「ジュリアは公妾のヘレネ夫人を殺害しているのだから……。事が公になれば相当、重い罪に問われるわよね?」


「ああ……。ヘレネ夫人の殺害に加えて、他国の公爵令嬢を殺害しようとしたなど、余罪がある……。極刑でもおかしくは無い」


 白鳥がその瞳に、昏い影を落としながら話す。


「じゃあ、ジュリアに取引を持ち掛けられないかしら? 本来なら死刑になるのを減刑するかわり、アルヴィン王子を元に戻すようにって……」


「それは……」


 私の言葉を聞いて、何と返答すべきか白鳥が答えあぐねていると、ミシェルが口を挟む。


「量刑を決めるのは裁判所ではないのか?」


「裁判所が判決を下したとしても、国王の恩赦が出れば減刑が可能なんじゃないかしら?」



 非嫡出子とはいえ、ジュリアは国王の子供である。親ならば子供を助けたいと考えるのが常であろう。恩赦が出たとしても無罪放免は無理だろうが、それでも死刑になるよりはマシなのではなかろうか。


「恩赦を取引材料にか……。アレが素直に言う事を聞くとも思えないが……」


「でも、自分の命と引き換えと言われれば……。考え直すかもしれないし……」



 ミシェルは眉間に皺を寄せている。確かにあのジュリアが素直にいう事を聞くとは思えないが、アルヴィン王子を元の姿に戻すことができるのはジュリアだけと言っていた。少しでも可能性があるなら、私はそこに賭けたい。


「俺は……。このままの姿でも構わないと思っていた……。俺の術が解ければ、他の者が同様の被害に遭う可能性があるからだ」


「……」


「だが……。俺が元の姿に戻らないと、エリナの名誉が回復できないというなら、元の姿に戻りたいと思う」


「王子……」


「ジュリアの術は相手の身体の一部に指で文字を書き、変化させるという物だ……。俺が湖で、ジュリアの右手の指を折っておいたから、仮に元の姿に戻っても恐らく当面、術は使えないと思う……。念の為に左手も警戒する必要があるだろうが……」


 白鳥の言を聞いてミシェルは頷く。


「だったら、奴の右手が回復する前にカタをつけたいな」


「一番良いのは、グルーテンドルスト国王夫妻に、話を通すことなんでしょうけど……」



 グルーテンドルストの国王夫妻と直接、話が出来れば、アルヴィン王子本人であると信用して貰えるかも知れないが「アルヴィン王子が白鳥の姿で見つかったから、国王夫妻にお目通り願いたい」と正直に言っても、門前払いになる未来しか見えない……。


 私は一応、公爵令嬢という身分ではあるが、しがない貧乏令嬢である、私個人には何の権限も無い。当然、グルーテンドルスト国にコネなど無い。おまけに私と実家のブランシュフルール公爵家は、婚約破棄の件で評判が失墜している。


 ブランシュフルール公爵当主である父から、ファムカ王宮を経由してグルーテンドルストの国王夫妻に連絡が取れないかとも思ったが、ファムカ王も一度、婚約破棄になった令嬢の為に動きたくは無いだろう。



 だいたい、下手にエリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールという私の名前を出せば、グルーテンドルスト王家にしてみれば、第三王子が行方不明の原因となった者の名前だ。


 信用して貰えるとは思えないし、これ以上、自分の実家を巻き込みたくない気持ちも大きい。そもそも、下手に手紙や書状を出しても国王夫妻に届く前に、ジュリアが奪い取ったり、その手紙に手を加えるなりして、また捏造されたら目も当てられない。


 家紋の意匠が施されたシーリングスタンプで封蝋を施し、手紙に封をしていても、シーリングスタンプを偽造されれば、偽物と見破るのは難しいだろう。



 ならば私や実家の名を伏せれば……。と考えたが、どこの誰だか分からない人間からの手紙なり、連絡がグルーテンドルスト国王夫妻にまで届く訳がない。


 せっかくアルヴィン王子が見つかり、事態が好転するかに思えたのに、城の中に居る国王夫妻に直接、接触する手段が無い……。またもや八方塞がりに思えて、途方に暮れていると居室のドアが控えめにノックされ、黒髪の従僕フィリップが姿を見せた。



「フィリップ。休んでなくて大丈夫なの?」


「はい。少し横になっていたら、すっかり体調が戻りました」


 一時は意識不明となっていたのだが、顔色もすっかり良くなり、穏やかに微笑している黒髪の従僕の様子に、もう心配無いようでホッと胸を撫でおろした。


「それは良かったわ……。でも、あまり無理はしないでね」


「ありがとうございます。……実は先ほど、以前エリナ様が調べるように指示されてた件の報告が届きました」


「?」


「グルーテンドルスト国の第一王子ジークフリート殿下と、第二王子ディートリヒ殿下の所在についてです」


「ああ……。確かに頼んでいたわね……」



 呪いをかけたのが弟だと白鳥から聞いた時、第一王子ジークフリートと、第二王子ディートリヒが白鳥であるという可能性を考えて、念の為に兄王子、二人の所在を確認しておいた方が良いと考えたのだった。


 弟というのがジュリアで、白鳥の正体が第三王子アルヴィンであると分かった今となっては、どうでも良い事となってしまった……。


 私の指示に対して、忠実に調べてくれていた黒髪の従僕に、面と向かって「今さら、どうでも良い事になった」とも言えず、微妙な顔をしているとフィリップは報告書をめくりながら口を開く。



「第一王子ジークフリート殿下は、ずっと王都の城におられるそうです……。そして第二王子ディートリヒ様ですが……。現在、この屋敷から比較的、近い場所に滞在しておられるようです」


「!?」



「なんで第二王子が?」


 ミシェルが大きく見開いたアイスブルーの瞳に驚きの色を滲ませて、疑問を口にすれば黒髪の従僕が答える。


「行方不明になっているアルヴィン王子を探している内に偶然、この近くに来たようです」


「そういえば第二王子ディートリヒ様は、アルヴィン王子を探して王都を出ていたんだったわね……」



 神秘的な青い瞳をしている美貌の王子との噂を聞いた事があるが、まさか近くにいるとは想像していなかったので驚く。そういえば、ジュリアが殺害したという公妾のヘレネ夫人はディートリヒ王子の母親だ。


 遅かれ早かれ、第二王子には事実を伝えなければならないとは思っていたが……。私が思わず眉間に皺を寄せているとフィリップが報告書を見ながら告げる。



「ディートリヒ殿下は、グルーテンドルスト領の南……。ここから北に位置するヴァイスヒルシュ城という、湖城に滞在しているようです」


「王都に居る国王夫妻よりは、会える確率が高いわよね……。駄目で元々。行く価値はあるわ……!」


 私が横を見れば、白鳥も力強く頷く。こうして意を決したが、セバスティアンが心配そうに眉を顰める。


「しかし、またエリナお嬢様が危ない目に遭うといけません……。行くにしても万全の態勢にしておかねばなりません」


「万全……。と言っても馬車で行くから馭者1人と、馬車に乗り込めるのは合計で5人程なんだけど……」



 従僕のフィリップに馭者をやってもらうとして、私と白鳥、護衛のミシェルは確定。白鳥に関しては、私の膝の上にでも乗せておけば場所は取らないから、人数に入れなくていいだろう……。屋敷を空にする訳にも行かないからセバスティアンは残るとして、あと二人をどうするか。



「仕方ない……。気は進まないが、奴を連れて行くか」


「?」



 ミシェルが同行させるのを提案したのは、驚いたことにヴィクトルだった。何でも学生時代はミシェルと互角に戦えるほど剣が使えたのだという。


 一時は大公家に仕える可能性もあったので、剣術や礼儀作法なども叩き込まれていたらしい。料理人の意外な一面に驚嘆する。


 そういえば、客間で優雅に一礼してマドレーヌを置いていたが、そういう教育も受けていたなら、所作が堂に入っているのも頷けた。マナーなども問題ないなら、公爵令嬢の同行者として不審に思われる事も無いだろう。


 私とミシェルは調理場に足を運び、湖での出来事……。白鳥の件を話せば「前々から、妙に小賢しい鳥だと思ってたが、道理で……」とブツブツ呟いていた。


 とにかく、北の城を尋ねなければならない事情を話し、ヴィクトルに同行して貰えないか持ち掛けると、赤髪の料理人は顔色を変えた。



「ミシェル! テメェが付いていながら、何で天使にケガさせてんだよ!?」


「む……」


「俺が付いていれば、ケガなんてさせなかったのに!」



 ジュリアに切りつけられ、私が腕を負傷したと聞いて、やり場のない怒りに身を震わせている料理人を宥める。


「ヴィクトル……。ミシェルも頑張ってくれてたのよ。その位で……」


「ああ。俺の天使は外見が美しいだけでなく、心まで優しいな……。とにかく、もう安心してくれ! 俺が傍についてる間は天使に、カスリ傷ひとつだってつけさせないぜ!」


「あ……。ありがとうヴィクトル」



 料理人は真面目な表情で、私の長い髪を自身の手で一筋すくって、その髪に口付けるようにして囁く。



「例え世界中を敵に回しても、この美しい髪の一筋だって傷つけさせはしないから安心してくれ……!」


「うん……。気持ちは嬉しいけど私、世界中を敵に回す気は無いから大丈夫よ……」


 私が若干、引き気味に笑っていると、ミシェルが冷ややかに評する。


「まぁ、こんな奴だが、錆び付いてなければ、そこそこ剣の腕は立つ筈だ……。いざという時は捨て駒にでもすればいいさ」


「ミシェルったら、そんな……」


「心配いらん。殺しても死なないような奴だ」


 プラチナブロンドの麗人の言葉に、ヴィクトルが噛みつく。


「化け物じゃあるまいし、そんな訳ねぇだろうがっ! テメェには血も涙も無いのか!?」


「ああ、少なくとも貴様のようなクズの為に流す涙は、一滴たりとも持ちあわせてはいないな!」


「なんだと!」



 ヴィクトルとミシェルの間で舌戦が始まった。残る一人の同行者に事情を話すべく、その場を後にして屋敷の外に出れば、柔らかなアッシュブラウンの髪を揺らし、熱心に庭園の手入れをしている庭師と視線があう。


「ラウル。お願いがあるんだけど……」


「?」



 私が事情を話せば、白鳥の件は目を丸くして驚いたが「そうでしたか。なるほど……」と微笑しながら納得した様子を見せ、同行についてはエメラルドグリーンの瞳を細めて、快く了承してくれた。


「剣の腕はそれほどでも無いのですが……。それで良ければ、お供しますよ」


「ありがとう、ラウル……。助かるわ」



 こうして私と白鳥、護衛のミシェル、従僕フィリップ、料理人ヴィクトル、庭師ラウルは北の湖城を訪ねる事となった。




 同行者を決めた後は、北の湖城へ行く前に、急ぎ先触れを出しておく。初めて面会する王族に、何の連絡も入れないまま直接、会いに行くのは流石に無謀過ぎる。急なことだが最低限の礼儀は守らないといけない。


 あとミシェル、フィリップは問題ないとして、ヴィクトル、ラウルの服装だ。この屋敷内なら料理人はオーソドックスなコックコートでも何でもいいし、庭師は作業着で問題ないが、仮にも公爵令嬢の同行者として他国の王族を尋ねるからには、それなりの服装をして貰わなければならない。



 セバスティアンに相談してみると、にこやかに頷いて答える。


「こういう事もあろうかと思いまして、上級召使い服の予備がございます。古い物ですが、炭火アイロンをかければ、すぐに着用できますのでご安心ください」


 用意周到な老紳士は心得てくれていた。セバスティアンが用意し見繕った、上級召使い服の予備をヴィクトルとラウルに試着してもらえば、身体にぴったり合うサイズだったようで、私はホッと胸を撫でおろす。


 こうして同行者の準備も無事に整った頃、ディートリヒ王子側からも、謁見を許す旨が認められた書状が、こちらの屋敷に届いた。




 翌日、気持ちよく晴れ渡った空の下、屋敷の前に用意された二頭立て馬車。従僕フィリップは黒い上着に黒いズボン、上着の中に着込んでいるシャツだけが白色で、首元は黒いタイをしめた姿で馭者台に座り、馬の手綱を持ちながら待機してくれている。


 プラチナブロンドの護衛騎士、ミシェルは濃藍色の騎士服に身をつつみ、腰には銀色に輝くレイピアを帯びて凛とした表情だ。


 従僕フィリップとほぼ同じデザインの上級召使い服を着用した、ラウルの首元につけられたタイは深緑色だった。恐らく、彼のエメラルドグリーンの瞳に合わせてたのだろう。


 ヴィクトルもフィリップ、ラウルとほぼ同じデザインの上級召使い服だが、彼の首元のタイは緋色だった。これも矢張り、ヴィクトルの瞳の色に合わせたのだろう。かなりサマになっている。


「よく似合ってるわね、ラウル」


「恐れ入ります」


 気恥ずかしいのかラウルは、少し頬を上気させてはにかんでいる。ラウルに関しては元々伯爵家の者なので言うに及ばないが、ヴィクトルの変わりようには驚いた。


 彼は口を開けば残念なイメージが強いが元々、目鼻立ちも整っているし、長身で筋肉も均整の取れた体格に程よくついてる。美丈夫と言っても差し支えない。そんなヴィクトルが私を見るなり、大げさなリアクションを交えながら口を開く。


「おお、俺の天使は今日も美しい! いや、昨日よりずっと美しく見える!」


「ありがとう……。ヴィクトルも見違えたわ」


 苦笑して返せば、赤毛の美丈夫は、立て板に水の如く喋り出す。


「そうか? こういう堅苦しい服装は好きじゃないんだが、俺の天使が望むなら、いつでも着るぜ? いや、それにしても、昨日のドレスも良かったが、今日の菫色のドレスもよく似合ってる。このフリルも天使の可愛らしさを引き立ててるな!」



 そう言いながら、私のドレスに付いてる白いフリルを感心した様子で触れる。決して直接、私の肌には触れない。左鎖骨から左肩あたりにあしらわれている、白いフリルを触る仕草はとてもスマートだ。


 しかし……。確実に、私との距離が近くなっている……。ヴィクトルは相手に警戒されないように、自然と懐に入るのが上手い……。一体、どれだけこうやって女性を口説いてきたのやら……。


 父親が大公だけあって黙っていれば、どことなく品があるように感じる。特に今日のように、きちんとした服装をしていれば、見た目だけなら貴公子に見えなくもない。そんなヴィクトルを、冷ややかな瞳で一瞥したミシェルは吐き捨てるように呟く。


「フン。馬子にも衣装だな」


 プラチナブロンドの麗人は学生時代の同期が、上級召使い服を見事に着こなしても、いささかの感銘を受けなかったようだ。そんなミシェルの言葉を一切気にせず、私の間近で今日のドレスを褒めたたえ続けているヴィクトルに不穏な影が忍び寄っていた。


「いや、俺の天使は本当に、何を着ても似合ってるが、俺にとってはどんな美しいドレスよりも、ありのままの天使が……っ! いでっ!」


 足元に視線を向ければ、例によって例の如く、白鳥がヴィクトルの脚をガッ! ガッ! と容赦なく突いていた。


「てめぇ……!」


「!」


「お前たち……。さっさと北の湖城へ向かわねば、日が暮れる……。追いかけごっこがしたいなら、置いていくぞ」


 ミシェルが冷淡に告げて、馬車へ乗るよう促す。私は白鳥を抱いて、一番に馬車へ乗り込む。次いでミシェル、ラウルが乗る。最後に、憤懣遣る方無い様子のヴィクトルが渋々乗り込み、笑顔のセバスティアンに見送られながら馬車は出発した。



 軽やかな馬の蹄の音を響かせながら、揺れる馬車の中で、ヴィクトルの横に座っているラウルは一応、笑顔なのだが、ヴィクトルのペースとテンションを目の当たりにして若干、顔を引きつらせている。私も苦笑いを浮かべながら、ラウルに対して何やら申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう……。



 それにしても……。思えばアルヴィン王子は伯爵家の娘の私生児として育てられたが、国王に認知されて王位継承権を認められた。一方、ヴィクトルは父親は大公だというが、平民の娘を母に持つ庶子として産まれた。両者とも父親が王侯貴族の婚外子として産まれているが、境遇の違いに何とも言えない気持ちになる……。


 もっとも、王子として認知された筈のアルヴィンは現在、白鳥の姿で私の膝の上に鎮座してるし、自らの境遇を嘆いても良さそうなヴィクトルには悲壮感の欠片すら無く、たくましく生きているので、少なくともヴィクトルの身の上を、私が気にする必要は全く無さそうなのだが……。




 膝の上に乗っている白鳥と共に、馬車の中から流れゆく景色を眺める。屋敷の東にある湖もそうだが、この周辺は豊かな水源と石灰石質の大地によって、多種多様な生き物の生態系が作り上げられ、景観も素晴らしい。


 秋になればブナの原生林は黄色く色づき、辺りの木々も燃え立つように鮮やかな紅葉で染め上げられ、冬には湖の周囲にあるモミの木と共に真っ白な雪化粧がされ、春が訪れれば色とりどりの花々が咲き乱れるだろう。


 針葉樹林の傍で、見事な黒い尾を広げたオオライチョウが闊歩しているのを偶然発見し、一瞬目を奪われる。森林の上の方を眺めれば、馬車が走る音に驚いて羽ばたいてゆく、シジュウカラやコマドリらしき小鳥が見えた。外の様子に気を取られていると、横に座っているミシェルがおもむろに口を開く。



「それにしても、第二王子ディートリヒとやらはどんな人物なんだ?」


「ディートリヒ兄上は誤解されがちだが、良識がある方だ。……安心していい」


 白鳥が答えれば、やわらかなアッシュブラウンの髪を揺らしてラウルが微笑む。


「良識がある人物なら、穏便に話が進みそうですね」


「まぁ、私がケガを負ってしまった直後で、セバスティアンがすごく心配してるから同行して貰ったけど早々、危ないことは無いと思うわ……。それより本当に第二王子に会えるか心配よ……」



 せっかく目的地に着いても、肝心のディートリヒ王子が気難しい方だったり、弟との婚約を破棄となった公爵令嬢には、矢張り会えないなどと言われれば、完全に無駄足になってしまう。何とか謁見して、こちらの事情を話し協力を仰ぎたいのだが……。


 膝に鎮座している白鳥の背中を撫でながら物思いにふけっていると、ヴィクトルが身を乗り出し、真剣な表情で切り出す。



「ところで、大事な質問をしたいんだが……」


「?」


「北の湖城には……。女も滞在してるのか?」


「……」



 みんなの視線がヴィクトルに集中し、一瞬、馬車の中が静まり返る。プラチナブロンドの麗人にいたっては、ゴミを見るような瞳で、目の前に居る赤毛の男を見た後、相手にしていられないとばかりに彼から視線を外した。



「……まぁ、ディートリヒ王子が良識ある人物と言うのはありがたいが、ジュリアンの息がかかった者が居ないとも限らん。決して油断しないようにしよう」


「そうね」


「そうですね」


 白鳥も頷き、一同が気を引き締めた。一方、完全にスルーされたヴィクトルは緋色の瞳を見開く。



「えっ! 俺の質問は無視かよ!?」


「貴様の下らん戯れ言に一々、付き合ってられるか!」


「下らんとは失礼だな! 重要な事だろうが!」


「どこが重要だっ! 限りなく、どうでもいい事だろうがっ!」


「俺のモチベーション的に、そこは最重要なんだよっ!」



 懸命かつ、切実に重要性を訴えるヴィクトルに対して、ミシェルは自身の柳眉を逆立てて激怒し、二人の舌戦が始まった。


 今日もか……。そう思いながら、諦めの境地で遠い目をしていると、ヴィクトルの真横に居るラウルは、二人の剣幕にドン引きな様子で完全に固まっていた……。私は白鳥の頭を撫でながら、心の中で不憫な庭師に同情と謝罪をした。

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