第三十話 「公爵令嬢は泣き崩れる」
真相を聞いた私は、息をのんだ。
「そんな事が……」
「この状態のまま居なくなれば、ジュリアはこれ以上、罪を重ねる事もないと考えたんだが……。まさか君に、あらぬ罪を被せるとは想像してなかった……。本当に済まなかった」
心苦しそうに目を細めながら、白鳥は頭を下げた。第三王子が白鳥になって、何も言わずに行方不明になれば、最後に面会している上、腹違いの非嫡出子であるジュリアが真っ先に怪しまれただろう。
そこで置き手紙を捏造し、ついでに愛しい兄の婚約を破棄させようと、一石二鳥の計画を思いついたに違いない……。そして、まんまとジュリアの思惑通りに事は運んだ。
「本当に申し訳ない……。全く関係の無い君を巻き込んで……。辺境にまで追いやられた挙句、命を危険に晒させてしまった……。詫びのしようも無い」
「あなたに悪気があった訳では無いのは分かったから、もういいわ……。頭を上げて」
「エリナ……」
蒼みがかった白鳥の瞳は潤んでいた。
「でも……。どうして?」
「?」
「私たちは会った事が無いでしょう? どうして私との婚姻を望んでいたの?」
前にフィリップも、王子は私との結婚を望んでいたと言っていた。あの時は、私自身を望んでいたのではなく、結婚することによって生じる、何らかのメリットゆえに婚姻を望んでいたのかと思った……。しかし彼の話を聞く限り、本当に私に対して好意を持っていたように聞こえる。
「君は覚えてないかも知れないが……。会った事はある」
「え?」
「一番最初は……。生まれる前……」
「?」
「前世で、俺は城の近衛兵だった……。その城で姫を守っていた」
「まさか……」
私は唇に指を当て、愕然とする。
「隣国に城が攻められた時、姫を守ろうと戦ったが、多勢に無勢で力及ばず……。姫を守り切れなかった」
「そんな、まさか……」
「君を守っていた近衛兵の中で、最後の一人が……。俺なんだ」
唖然としながら以前、毎晩のように見ていた前世の記憶が脳裏に蘇る。突如、隣国に攻め込まれ、城内まで敵兵が雪崩れ込む。
前世で姫だった私を守って、近衛兵が一人、また一人と倒れ、最後に私は敵兵の手にかかって殺される。自分が殺される瞬間は鮮明に覚えている……。しかし……。
「ごめんなさい……」
「?」
「私、貴方のことが分からない……」
確かに今聞かされたことは、私の前世の記憶と一致する。彼の言ってることも事実なのだろう。だけど、彼に関する具体的な記憶は無い……。私の中では、そのような人物がいた気がする程度だ。
「エリナ……」
「貴方は前世で、自分の命を投げうって、私を守ろうとしてくれたのに……。私は貴方の顔も、名前も思い出せない……」
「……」
「ごめんなさい……」
私の両頬を涙が零れ落ちた。自分が殺される時の恐怖で最後の瞬間は覚えているけど、周囲の人々のことは靄がかかったように朧気だ。
今の今まで、ほとんど気に掛けた事もなかったが……。命をかけて、前世の私を守ってくれた人たちに対して、何て薄情なのだろうか。私は申し訳なくて涙が止まらなかった。
「いいんだ」
「え?」
「前世で、俺と君は殆ど言葉を交わした事はなかった……。君が覚えていないのも無理はない」
白鳥は自嘲気味に呟き、視線を床に落とした。
「そうなの?」
「ああ、だからいいんだ」
「でも……」
なおも自分の不甲斐なさを悔やみ、唇をかむ私に白鳥は穏やかな瞳で話しかける。
「君が覚えていなくてもいい……。過去の悪い記憶なんて、忘れてしまって良いんだ……。大事なのは現代なんだから」
「現代……」
呆然と呟いていると、白鳥は長い首を背中にやり、自身の翼の下をクチバシでごそごそと探り、ある物を取り出して、私に差し出した。
「君が、これをくれて嬉しかった」
「これは……。何でこんな物を?」
渡されたのは、所々くたびれている物の、私自身が婚約者であった王子に送った手紙に間違いなかった。湖を去る前に、白鳥がブナの樹洞に首を突っ込んでガサガサと音を立てていたが、隠していたこの手紙を探していたのだろう。
城から逃げ出した時に、これだけは持ち出したというのか……。驚愕したまま、何故? と目で訴えれば、白鳥は優しい眼差しで答える。
「初めて君が、俺にくれた手紙だから……」
「え?」
「嬉しかった……。君から手紙を貰えて」
「でも、私は……!」
ボロボロと涙が溢れ出る。手紙は形式的な婚約祝いのお礼しか書いていない。前世の彼についての記憶は、ほぼ無い。
私は今の今まで、自分の事しか考えていなかったのに……。そんな私が、想われる価値なんて無いのに……。泣き崩れ、肩を震わせる私に白鳥は優しく語りかける。
「いいんだ。前世の事なんか、本当にどうでも良いんだ」
「……」
「君の傍にいられるなら、それでいいんだ……」
その言葉を聞いた私は、余計に涙が止まらなかった。そんな私を慰めるように、白鳥は両翼を広げて抱きしめてくれた。