第二十四話 「公爵令嬢は再会する」
視線の先に以前、湖の畔で短い時間ながら言葉を交わした、貴族らしき身なりをした黒衣の男性が佇んでいるのが見えて驚く。肩幅が広く筋骨隆々としている大男。
遠目からでも異様な圧力を感じるほど、鋭い琥珀色の瞳が印象的な強面だが、あれで意外と親切な人物なのだという事を私は知っている。私が彼の方へ歩み出せば、ラウルが慌てた。
「エリナ様!?」
「あの方は知り合いだから大丈夫よ」
見ず知らずの怪しげな大男に警戒しているのだろうが、庭師を安心させるように微笑して、そのまま門の方へ行き、ダークグレーの髪色をした大男に声をかける。
「マリウス様!」
「エリナ嬢……」
「久方ぶりですわね。こんな所までいらっしゃるなんて、何か御用ですの?」
「ここは、エリナ嬢の……?」
「ええ。我がブランシュフルール公爵家が所有している屋敷ですわ」
もしや私に、何か用があって尋ねて来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。マリウス様の視線は私の遙か後方に注がれている事に気づき、私もそちらへ視線を動かせば、ちょうど白鳥が池から出た所で、純白の身体をブルブルと素早く震わせる事で、自身の羽毛についている水滴を払い落としていた。
「あの白鳥、覚えてらっしゃいます?」
「……」
「私とマリウス様が初めてお会いした時、湖に居た白鳥ですのよ」
「どうして、白鳥がエリナ嬢の屋敷に?」
「実は……」
マリウス様が湖を立ち去られた後、白鳥が狩人によって翼を矢で射られ、あわや絞め殺される寸前で、何とか助け出し、傷ついた白鳥をこの屋敷で保護しているのだと説明した。
「そんな事が……」
「ええ。危うい所でしたが、助ける事が出来て良かったですわ」
私の話を聞いたマリウス様は眉を顰めた。白鳥が傷ついたという話を聞いて心を痛めるなんて、やはりマリウス様はお優しい方だと思っていたら、話題の主である白鳥がぺたぺたと、こちらに近づいて来た。
「……」
「この子とも、すっかり仲良くなれて、本当に良かったと思ってますの」
私が手を伸ばして白鳥の咽喉を撫でれば、白鳥は長い首を伸ばしながら気持ちよさそうに目を細める。その様子を黙って見守っていた大男は琥珀色の瞳に影を落とし呟く。
「エリナ嬢……。我としては非常に不本意なのだが……」
「?」
いつの間にか、日が落ちようとしている。夕日に照らされているマリウス様が、苦々しい表情で言葉を続けようとした時、不意に後ろから呼びかけられた。
「エリナお嬢様ー! こちらにいらしたのですね! 少し早いですが、晩餐の支度ができました!」
従僕のフィリップに声をかけられて振り向き、笑顔でひとつ頷いた後、マリウス様に視線を戻せば、自分の正面に、ついさっきまで居た筈の人物は忽然と姿を消していた。
夕食を終えた私は白鳥を伴って早々に自室へ戻った。夕方現れて、忽然と姿を消したマリウス様の事を白鳥に尋ねる為だ。しかし白鳥の返答は素っ気ない物だった。
「いや、俺は知らない……」
「本当に?」
「ああ。狩人に翼を矢で射られた日、見慣れない大男が湖畔で俺の方をずっと見ていたから、あいつの顔はよく覚えているが……。それだけだ……」
「そう……」
マリウス様が白鳥を気にかけていたのは、白鳥が呪いをかけられる前、人間であった頃の知り合いなのではと思ったが白鳥の言い分を聞く限り、そうでは無さそうだ。
「……それにしても突然、姿を消すなんて。……それにマリウス様は一体、何を言おうとしたのかしら?」
白鳥も視線を床にやって思案に暮れているが結局、答えが出る事は無く、その日はそのまま眠りについた。
しかし、すぐに思いもよらない形でマリウス様が言わんとしていた事を理解する事となった。