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第二十二話 「公爵令嬢は推測する」

 白鳥が、弟に呪いをかけられたと言っていたから念の為、身近で怪しげな人物はいないかと軽い気持ちで書類に目を通したら、料理人のヴィクトルは大公家の庶子で、従僕のフィリップは子爵家の血筋、庭師ラウルは伯爵家の五男だという衝撃の事実が発覚してしまった……。


 お茶の用意が整い、せっかくだからソファでゆっくり出来る場所でとセバスティアンに促され、私はよたよたと居室に移動した。



 カウチソファに腰かけ、セバスティアンが用意してくれたカモミールティーをゆっくり飲んで一息つく。鎮静効果がある上、胃に優しいカモミールの爽やかな香りが、混乱していた私の気持ちを、少しずつ落ち着かせてくれている気がする。



「それでエリナお嬢様の、お眼鏡にかなった幸運な者は、誰でしょうか?」


「……は?」


「最近は連日、調理場を訪ねて、ヴィクトル殿と親しくされているとか?」


「え」


「しかし、ヴィクトル殿は残念ながら、女性に目がない方でございます……。ミシェル様のおっしゃられていた通り、ヴィクトル殿は女性に出会えば見境なく、口説かずにはいられない性分なのです」


「……」


「性格的には、フィリップは真面目でございます……。しかし、子爵家の血筋とはいえ、現在は爵位がありません」


「……」


 私が唖然としているとセバスティアンは真剣な表情で、たたみかけて来た。


「その点、ラウル殿でしたら五男とはいえ、れっきとした伯爵家の子息でございます。エリナお嬢様には婚約破棄という御不幸がございましたが、新たなご縁に恵まれたのでしたら、王都のブランシュフルール公爵もきっとお喜びになられるかと……」


「ちょっ……」


「は! もしや、ラウル殿でなく、フィリップ……? いや、ヴィクトル殿でございますか!? 庶子とはいえ、貴族の血を引いておりますし、エリナお嬢様がどうしてもと言う事であれば、この老骨、知恵をしぼらせて頂きますぞ!」


「ちょっと……」


「そうですな……。平民の身分のままでは流石に無理がございますので一度、養子という形で貴族になってから、公爵家に婿養子として入るという手は如何でしょう? 何、心配はございません。真実の愛さえあれば、どんな障害でも乗り越えられる物でございます!」


「だから、違うの! 誤解よっ!」


 この後、何故か異様にテンションの上がった老紳士の勘違いを訂正するのに、多大な労力を費やさねばならなかった……。




 やっとの事でセバスティアンの誤解を解いた私は、居室のカウチソファにもたれながら、ぐったりとしていた。


 元はと言えば、弟に呪いをかけられた白鳥があまりにも警戒しているようだから、念の為に身近な召使いの経歴を確認しただけなのに……。



 ともあれ、大公の庶子であるヴィクトル。いくら父親が大公であろうが、庶子であるがゆえに例え、嫡流に何かあったとしても、彼に爵位や財産が転がり込んで来るなどという都合の良い話は無いはず。つまり、貴族的な利害関係、金銭面を考えればヴィクトルが他者を呪うなんて事はまず無いだろう。


 次にラウル。彼はジャルダン伯爵家の五男だ。しかし、仮に爵位を継ぐであろう長兄が居なくなったとしても、他に三人も兄が居る。それ以前にラウルの造園や植物に対する熱心さを間近で見てる身としては、彼が爵位に執着するあまり兄を害するなど、とても考えられない。


 フィリップに関しては子爵家の血筋というが、本人は平民として育てられた為か腰が低く、真面目で誠実な人柄だ。身内は病気の母がいると言っていたが、彼には兄弟がいないそうだし、やはりフィリップも他者を呪うとは到底思えない。



 そもそも呪いなんて、一体どうやってかけたんだろうか? かつて、王都で私がアルヴィン王子の心を弄んで捨てた悪女という噂を立てられ、それが原因で弟のルーベルがケガを負ってしまった時、藁をも掴む思いで魔法について調べてみたが、王立図書館には眉唾物の本しかなかった……。



「何かの書物によって呪いの知識を得られたとすれば、相当な身分の者でないと、そのように希少な書物を手にすることが出来ないのではないのかしら?」


 私は唇に指を当てて思案する。


「大昔の王で、不思議な力を使う者がいたという記述の本を読んだ覚えはある……。あれは権力者の捏造だと思っていたのだけど……。意外と事実が根幹にあった話なのかしら?」



 答えの出ない考えを巡らせていると、ドアの隙間から白鳥がひょっこりと顔を出し、ぺたぺたと私の方へやって来た。


 ヴィクトル達の経歴を知った際に受けた精神的ショックに加え、セバスティアンの誤解を解く際、多大な労力を使った為、短時間でげっそりとやつれ果てたであろう、私の顔を見た白鳥は小首を傾げる。



「ふふ……。ちょっとね……。今日は思いがけない精神的ダメージを受けてね……」


「?」


 私が力無く、乾いた笑いを浮かべれば、白鳥はますます分からない様子でさらに首を傾げる。


「フィリップがね……。子爵家の血筋だって、さっき聞いてね……」


「……」


「ラウルが伯爵家の五男だって知って……」


「!」


「ヴィクトルは……。大公の庶子だったんだって」


「!!」


 白鳥は瞳を見開き、ポカンと口を開けて完全に固まった。現在、居室には私と白鳥しかいないが、いつ誰が入って来るかも分からない為だろう。白鳥は一切、言葉を発しない。私は白鳥を抱き上げて、構わずに語りかけ続ける。


「驚くわよね……。私も吃驚したもの」


「……」


「別に彼らが貴族の血筋だからって、何かが変わる訳では無いはずなんだけど……」


「……」


「私、知らず知らずの内に、先入観で物事を見ていたのかも知れないわね……」


 呟きながら、そっと白鳥の頭を撫でれば、彼は瞳を閉じて俯いた。

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