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第二話 「公爵令嬢は金髪縦ロールに来襲される」

 外で鳴いている小鳥の声でゆっくりと目を覚ます。起床して自室の窓を開ければ気持ちの良い快晴だった。遠くに浮かぶ薄い白雲に、まばゆいばかりの朝日が反射して美しい。しかし、悠長に朝の景色を眺めている時間はない。身支度を整え、ダイニングで朝食を食べ終わった私と弟は共に家を出る。


 いつも通り学園で授業を受けるべく教室に入った所、クラスの生徒たちの視線が一斉に集まる。驚いていると、茜色がかった髪色の侯爵令嬢イザベラ、亜麻色の長髪が美しい伯爵令嬢メアリーに加え、ピンクブラウンの巻き毛が可愛い、子爵令嬢ローザが満面の笑みで声をかけてきた。


「エリナ様、聞きましたわよ!」


「?」


「グルーテンドルスト国の、アルヴィン王子とご婚約されたのでしょう?」


「あ、ええ……。まぁ……」


 どうやら私と王子が正式に婚約したことが、すでに知れ渡っているらしく級友たちは興味津々という雰囲気で私の様子をうかがっている。


「何でお話してくれなかったんですの!? 私、びっくりしてしまいましたわ!」


「その……。はっきりと決まるまでは、言えなかったというか……」


「まぁ! 言いたくても言えなかったんですのね! それなら仕方ないわ!」



 こうしてアルヴィン王子の婚約者となって、学園の友人、生徒たちにも良縁だと次々に祝福された。時間が経つにつれて、私の心の整理もついてきた。


 どんなに嘆こうが、断る事は出来ないのだし、おとなしく運命を受け入れよう。不幸中の幸いか、相手は王子といっても第三王子、普通に考えれば王位継承に絡んでくる事はまず無い。私は、ふと思いたって令嬢たちに尋ねた。



「皆はグルーテンドルスト国のアルヴィン王子について、何かご存じないかしら? 私、まさかグルーテンドルスト王家に関わると思ってなかったから、人となりとかよく分からなくて……」


「まぁ、エリナ様ったら、婚約者の人となりをご存知ないの!?」


「ええ……。面目ないんだけど……。縁談話が出たのも、つい先日だし……」


「エリナ様はパーティなどに殆ど出ないから、そういう話題には疎いとは思っていたけど……」



 侯爵令嬢イザベラは驚嘆し、伯爵令嬢メアリーと子爵令嬢ローザは、可哀想な物でも見るかのような目で、私を見つめている……。


 いや、他国の事はある程度、情報を入れるようにしているけど、前世のトラウマがあって、殺害されるた時の事を思い出してしまうから王族関連だけは極力、情報を入れないようにしてきただけなの! と説明できない為、私は呻くしか出来ない。



「うう゛……」


「ふふっ。エリナ様らしいですわね! ご安心なさって! 私、先日グルーテンドルスト国のパーティに出席した時、小耳に挟みましたわ! アルヴィン王子は聡明と評判だそうよ!」


「そ、そうなの?」


 伯爵令嬢メアリーは、にこにこと微笑みながら王子について話してくれた。私が食いつくと、侯爵令嬢イザベラも負けじと話に入る。


「私も親戚がグルーテンドルスト国の貴族だから、あちらのパーティには何度か出席したことがあるわ!」


「え、じゃあ王族の方もご存じなの?」


「もちろん! とは言っても、軽く挨拶させて頂いた程度だけど……」


 イザベラは苦笑するが、かの国の王族と直接会った事のない私にしてみれば、少しでも情報を引き出したい所だ。


「どなたにお会いしたの?」


「私がお目にかかったのは第一王子ジークフリート様と、第二王子ディートリヒ様ですわ」


「第三王子ではないのね……」


 肝心の婚約者殿と直接、面識があった訳ではないと知り、ガッカリしてしまう。気落ちした私に侯爵令嬢イザベラは続ける。



「ええ、残念ながら……。でも第一王子も第二王子も長身で、タイプの違う美丈夫でしたから、きっと第三王子も素敵な方に違いありませんわ!」


「第二王子は美しいプラチナブロンドに、神秘的な青い瞳でしたわ! とっても目鼻立ちが整ってらして、国一番の美貌と評判ですのよ!」


「私、初めてディートリヒ様にお目にかかった時、目の前に天使が舞い降りたのではないかと思いましたのよ! あの方と親族になれるなんて、エリナ様が羨ましい!」



 侯爵令嬢イザベラ、伯爵令嬢メアリー、子爵令嬢ローザは二人の兄王子について熱く語っている。そんな人間離れした美貌の王子様が義理の兄となって、親戚関係になるなんて、私の目指していた平穏な人生がますます遠ざかるな……。思わず遠い目になる私をよそに、三人のガールズトークは止まらない。



「それを言うなら、やっぱり第一王子ジークフリート様よ! なんと言っても次期国王ですし!」


「そうね! 長身で、軍神の彫像のような佇まいは、物語に出てくる勇者のよう! 文武両道で女性に優しい、穏やかな性格! ジークフリート様は、まさに理想の王子様ですわ!」


 うっとりと夢見る乙女と化した、三人の令嬢たちに圧倒されてしまう。


「な、なんだか凄いのね……」


「あと、グルーテンドルスト国の王子は皆、それぞれ母親が違うけど兄弟仲が良く優秀とも聞いてますわ」


「母親が?」


「第一王子ジークフリート様の母は、すでに亡くなられている先の正妃ソフィア様。第二王子ディートリヒ様の母は公妾ヘレナ様、第三王子の母は現在の正妃ルイーズ様。一番末の妹、ジュリア姫は確か、母親が愛妾とか……」


「に、人間関係が複雑ですわね……」


「まぁ、王族の血族なんて、どこも複雑な物でしょう?」


「子供の数が少ないだけ、それほど複雑でもないですわよ。多い所だと正妃だけで10人以上、子供を産む場合もありますし」


「…………」


 一人で二桁産むのは想像しただけで大変そうで、私は顔を引きつらせながら絶句する。


「あと、第三王子のアルヴィン殿下に関しては、腕の立つ職人を手厚く保護して特産品の生産に力を注いだ所、次々と成果を上げられてるとか」


「特産品……」


 近年開発された無色透明のクリスタルガラスや、純白の上質紙が脳裏に浮かぶ。あれらもアルヴィン殿下が携わった物なのだろうか。


「それに末の妹姫。ジュリア様から、最も慕われてるのが第三王子と聞きましたわ」


「噂になる程なのですから、アルヴィン王子は兄妹思いで、とてもお優しい方なのでしょう」


「…………」



 学友たちが知る噂によれば兄妹仲も良く、特にアルヴィン王子は末の妹、ジュリア姫から慕われているらしい。どうやら、聡明でお優しい方のようだから野心は無さそうだし、上手くいけば平穏に暮らす事も夢ではないかもしれない。


 となれば、嫁ぐ国についての知識がほとんど無いのは問題だから、グルーテンドルスト国の歴史や王族の家系図など、しっかり頭に入れておかねばと早速、王立図書館へ足を運ぶ。



 探したところ、近隣諸国の貴族名鑑にしっかりと載っていた。級友に聞いていた通り、グルーテンドルスト国王の正妃の名前はソフィア。西国ベルギアの王家から嫁いできたと明記されていた。国王と正妃ソフィアの子供である第一王子がジークフリート。


 さらに国王の公妾は宰相の娘であるヘレネ・ド・ディモルフォセカ。この公妾ヘレネと国王の間に生まれたのが、国一番の美貌と言われている、第二王子ディートリヒ。


 そこまで読んだが、第三王子アルヴィンと末の妹姫ジュリアに関しては記述が無かった。


「あら? 近年の情報は入ってないのかしら?」



 残念に思いながら、貴族名鑑を本棚に戻して帰路につく。我がブランシュフルール公爵家が現在、住んでる邸宅は質素倹約を旨としている為、庭などはお世辞にも華やかとは言いがたい。しかし結婚して余裕が出来たら、嫁ぎ先で庭いじりでも始めてみようか。そう考えた私はタイミング良く、特売品として売り出されていたハーブの種を格安で購入した。


 私が足しげく通っている王立図書館の庭園のような、開放的でリラックスできる庭園造りには密かに憧れを抱いていたのだ。


 最初は育てやすい簡単なハーブを植えて、ゆくゆくは美しい薔薇に囲まれた庭園を造ってみたい。そこでお茶でも飲みながら静かに過ごせたらきっと幸せだろう。


 私は鳥が好きだし、貴族の間では綺麗な声で鳴く、小夜啼鳥を飼うのが流行っているという。新生活が落ち着いたら鳥を飼うというのは、とても良いアイデアに思えた。



 前向きに考えれば、確かに良縁に違いないのだ。前世の事など、私以外は誰も知る者は居ないのだし、こうなったからには覚悟を決めて受け入れるほか無い。


 帰宅した私は家族と共にダイニングテーブルで食事を囲んだ。貧しいながらも、私をここまで育ててくれた両親と可愛い弟の為にも、矢張りこのまま嫁ぐのが最善だ。父母と弟の顔を見ながら、私はすっかり心を決めた。





 翌日、学園の休み時間に教室で窓の外を眺めていた時、ハイヒールの靴音を高鳴らせながら突然それはやって来た。



「公爵令嬢、エリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールはどこですのっ!?」


 白いフリルの付いた赤いチョーカーリボンを首に巻き、深紅のドレスを身に纏った美しい令嬢は、豪奢な金髪縦ロールを揺らし、見るからに怒り心頭という様子だ。


 一歩後ろに黒髪の従僕を従えた、その姿は明らかに身分の高い貴族令嬢であると確信させる。予期せぬ来訪者に教室中の生徒がざわめく中、私は一歩前に出る。


「エリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールは私ですわ。……何か御用かしら?」


「この女狐っ! 貴女の所為でお兄様がっ!」


「は?」


 初対面の者から、女狐呼ばわりされる覚えは無いと困惑していると、金髪縦ロールの令嬢は甲高い声で叫んだ。


「よくお聞きなさい! 私の名前はジュリアよ! ここまで言えば分かるでしょう!?」


「ジュリアって、まさか……」


「そうよ! 貴女の婚約者、アルヴィン・フォン・グルーテンドルストの妹よっ!」



 何と、このヒステリックに叫ぶ、金髪縦ロールは婚約者の妹だった。衝撃の事実に唖然とするが、気を取り直して返す。


「貴女のお名前と身分は分かりました……。突然このような場所まで、何の御用でいらっしゃったのですか?」


「……この後に及んでまだシラを切ろうと言うのね」


「本当に、何の事だか分かりませんもの……」


 戸惑う私に、金髪縦ロールの姫は深く息を吸い込んで、方眉を上げる。


「いいわ、よく聞きなさい……。私の兄、アルヴィン・フォン・グルーテンドルストが行方不明になったのよ!」


「そんな……。何故?」


「なぜですって……!? 決まってるじゃない! 貴女が原因よっ!」


「え!?」


「しらばっくれても無駄よっ! 『エリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールに深く心を傷つけられた。しばらく旅に出るから探さないで欲しい』この通り、お兄様の置き手紙があるのですから!」


「!?」


 ジュリア姫は私の眼前に紙を突き付けた。そこには確かに、黒紫色のインクで私の名前が記されており『しばらく旅に出るから探さないで欲しい』と走り書きされていた。私が唖然としていると、妹姫は金切り声を上げて糾弾をはじめた。



「この悪女っ! 一体、お兄様にどんな酷い仕打ちをしたのよっ!」


「ま、待って……。私、そもそもアルヴィン様には、まだお会いした事が無いのよ……。傷つけるなんて不可能だわ……!」


 そう。婚約を了承したが、まだ実際にお会いしていないのだ。しかし金髪縦ロールの妹姫は弁明する私を鼻で笑う。


「フン! 口では何とでも言えるわよ! お兄様の置き手紙に、貴女の名前が書かれていたのは事実なんですからね! 見え透いた言い訳をしたって無駄よっ!」


「そ、そんな……」


 妹姫の剣幕と、あまりにも身に覚えがない嫌疑をかけられて戸惑いを隠せないでいると、妹姫の後ろに控えていた黒髪の青年が、おずおずとジュリアンヌに声をかけた。


「ジュリア様……。もう、その位で……」


「フィリップ! お前は従僕の分際で、私に指図しようと言うの!?」


「そのような事は……。ですが……。まだ、はっきりとした事が分かった訳ではありませんし……」


「……まぁ、いいわ。今日の所はこれで帰るとするけど、公爵令嬢エリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールが、私の兄にした心無い仕打ちは絶対に許される事ではありませんわ! ここにいる者たちも、この女狐に騙されないようにお気を付けなさい!」


 真紅のドレスを翻し、金髪縦ロールを揺らしながら、ジュリアンヌ姫は颯爽と帰って行った。フィリップと呼ばれていた従僕が、申し訳なさそうに私に一礼し、慌ててジュリアンヌの後を追う。


 しかし、先ほどのやり取りはクラス中の生徒が目撃しており、教室の中は騒然とした。突然の事態に呆然としていると、級友の侯爵令嬢イザベラと、伯爵令嬢メアリー、子爵令嬢ローザが戸惑いながら声をかけてきた。


「エリナ様、今の話は本当ですの……?」


「さっきも言ったけど、私はアルヴィン様にまだお会いした事が無いのよ……。きっと、何か誤解があるんだわ」


「そうですわね……。ジュリア姫が勘違いなさったのかも知れませんわね……」


「ええ、きっと」



 級友に励まされたが、その後もアルヴィン王子の行方は、ようとして知れず、置き手紙に私の名前があったと、クラス中の生徒が聞いていた事から、噂はあっと言う間に広まった。


 公爵令嬢、エリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールは婚約者である、アルヴィン王子の心を弄んで捨てた悪女であると……。

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